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第十五話 不機嫌な少女に素直な言葉を投げてはいけない

 物語は加速する。

 望もうが望むまいが否応なしに。

 

 あのちゃらんぽらんな部長ですら知っていたのだ。流行を好む若者が集う高校で話が広がらないわけがない。

 僕が休憩時間中に教室へと戻る間に何度もネームレスの顔出しについての話を耳にした。

 一週間前まで名無しだった連中でよくここまで盛り上がれるなと感心する。


 部長から携帯に送られてきたリンクから情報を得ていないが、耳に入ってきた情報では今日の夜いつもの動画投稿サイトで生放送を行うらしい。

 人気が出たことに乗っかって早々に顔出しをするなんて馬鹿げていると思う。どうせその内ボロが出るのだから。

 

 けれど、集中した視線を自分に向けそれが認知されればそれが答えなのだ。彼らはそれを分かっている。顔を出してそれがどちらに転ぼうが一歩踏み出さなければその先には行けないと判断したのだろう。

 僕にはない行動力に感心はするが良いアイディアとは肯定はしない。

 顔出しをする人物が誰であろうとそれは――。


「……ぐぇ!」


 いきなり襟を後ろから掴まれ喉が締まった。


「……!?!?」


 何が起こっているのか全く理解が出来ないこの現状で僕はとにかく呼吸をするために襟元へと手を突っ込み気道を確保する。だが、あまりにも強く襟を引っ張られているため手が入る隙間がない。

 だが不意に引っ張られた襟が緩み、今度はシャツの背中を掴まれそのまま後ろ向きで歩かされる。


「げほっげほっ……。おい何だってんだ――って、早い早い早い!」


 ただでさえ後ろ向きで歩かされているにも関わらず、早歩きを超える速度で引っ張られる。おぼつかない足取りでも堪えつつ誰がこんなことをしているのか確認しようとした瞬間、急に角を曲がったことで体の向きが強制的に変わり右足が大きく宙に浮いた。

 残された左足も踏ん張りが利かずそのまま後ろに倒れ尻もちをつく。


「痛ってぇ……!」


 最近こんなことばっかりな様な気がする……。

 尻を打ち付けた衝撃と痛みで唸り声を上げていると、


「これくらいでコケちゃうとか、鍛え方が足りないんじゃないですかぁ?」


 物凄く聞き覚えのある声が鼓膜に響いた。

 え、嘘でしょ。まさかまさか、そんな馬鹿な。ここは学校で今いるのは二年生の教室があるフロアだ。それなのに? 仮に僕の予想が合っていたとしたら最近遭遇率高すぎでは?

 恐る恐る視線を上げていくと見慣れた女子の制服姿の織原が笑顔で僕を見下ろしていた。


「ハロー、セ・ン・パ・イ」


 いや、笑顔怖っ……、めっちゃ不機嫌やん。

 思わずエセ関西弁になってしまうくらい一目で分かるご立腹感。

 遭遇率は高いが先週から会っていないので原因は僕じゃない。なのになぜ被害が僕に及んでいるのか。まことに遺憾である。


「先輩見た?」

「な、何を……?」


 真っ直ぐ僕を見据えるその視線に耐えきれず視線と顔を僅かに下へ向ける。その瞬間色のついた何かが見え――。


「視線は上! で、見た?」

「見たか見てないかと言われれば見たけれど、見えてはいない!」


 白く艶やかな細い太ももは見えた。


「――で、どう思う?」

「ほとんど見えてないけど。そう、ほとんど見えてないけどもうちょっと肉ついてても健康的で良いんじゃ……ひぃ!」


 僕が直接的な感想を視線を泳がしながら述べていると、織原の左手が勢いよく伸ばされ僕の後ろの壁で何かが弾けたかの如く甲高い音が響いた。

 僕は後にこれを壁パァァァンと名付けた。


「何の比喩か分からないけど、見たのか見てないのかハッキリして」

「すいません見ました見えました! 淡い水色が見えてました!」


 僕の即答に織原は一瞬首を捻るがすぐに頬を赤らめ、壁につけていた左手でスカートの裾を素早く押さえる。


「違うわよこの変態! ネームレスのことよネームレス!」


 罵りと本題を叫び、刑罰を含めているのだろう僕の左頬を引っ張り出す。

 恥ずかしかったのだろう。ちょっと涙目になっている。

 またしてもこの話題。一体このやり取りは何回目なのだろうか。


「お前はそれしか頭にないのか?」

「ないけど何か文句でも?」

「いくら歌手とはいえ女子高生なら女子高生らしい会話くらい出したらどうだ? 恋愛系とか山ほどあるだろ」

「女子高生らしくミーハーな話題振りまいてるけど文句ある? ちなみに縁遠そうな人にそんな話題持ち出すほど空気読めなくないので」


 なんか今ものすごく馬鹿にされたような……気のせい?


「先輩がモテなさそうって話題はいいからネームレス!」

「ディスり直してんじゃねえよ!」

「え、だって先輩Mでしょ?」

「ふざけんなドSですけど!」


 叫んでからハッと、周囲の生徒から嘲笑や軽蔑の目を向けられていることに気がつく。

人通りのある階段の前でこんな話していれば嫌でも耳に入ってくる。しかも二年生が一年生に向けて自分はドSだなどと叫べば尚更。


「あーもう! ちょっと来い!」


 僕は恥ずかしさにいたたまれなくなり織原の腕を掴んでこの場を投げるように後にした。

教室の最寄りだけどしばらくあの階段使えなくなりそう……。

 そして僕は織原を連れてあまり使われていない別棟にある科学準備室に足を運ぶ。扉に鍵は掛かっておらずそのまま中に入る。


 科学準備室と銘打っているくせに顕微鏡や薬品、生き物のホルマリン漬も置いていない。

ただ流し台と長方形の机が二つ置いてあるだけの部屋。

 色々と便利な部屋がないか物色していた一年生の頃に発見した。


 通常授業がある今生徒はおろか教師も来ないことは今までの経験から実証済み。次の時間もサボることになるけれどそれは仕方がない。

 しかし人気の無い部屋に男女が一人ずつ……漫画とかならきっとあの台詞が叫ばれるんだろうな。

 まぁこんなのは歌姫様の知識にはないだろう……うん。


「なぁ、織――」

「先輩! 人気の無いところに私を連れてきて何をしようっていうの?! 私をめちゃくちゃにするつもりなんでしょ!同人誌みたいに……エロ同人誌みたいに!」

「なんで俺がサラッと思っただけのこといともたやすく発言するかな?!」

「そう言われても絶好のシチュエーションだったから……」


「意外と幅広く知識あるな! ちょっとだけ見直したわ!」

「む、こんなことで見直されても困るんですけど。今まで先輩は私のことどういう目で見てたんですか。どう考えてもこれまでの方が尊敬に値するところありましたよね!」

「で、ネームレスが何だって?」

「そういうところが女の子に嫌われるってんですよ!」

「お前に嫌われても別段俺にデメリットはない」


 僕は鼻で笑いながら一番近くにあった椅子に腰かける。

 どうしてこいつは毎回毎回僕にこの話題を振ってくるのか。わざわざ二年のフロアに足を運んでまでだ。校門の前で待たれても困るが……。他にも共通の話題持つ友達くらいいるだろうに……。

 まぁこのタイミングでネームレスの話題を出してくるということはアレしかない。

 どいつもこいつも話題に敏感でご苦労な事だ。


「憧れの三次元バンドが急に顔出しして二次元化するからってそんなに怒んなよ」

「実際に存在してることは重々承知してるもん」

「ああ、そういやネームレスのこと探してたんだっけな。ならよかったじゃんか探す手間が省けた……な」

「っっっっ!」


 思わずぽかんと口が開いたまま停止した。

 目の前の少女がめっちゃブサイクな顔してる。

 膨れっ面というものを文字で見たことはあるが、ここまでその言葉を体現している姿は珍しいだろう。ハムスターが頬袋に向日葵の種を目一杯詰め込んだかのように頬を膨らませて地団駄を踏んでいる。

 そして体は頭からの伝令無しにポケットからスマホを取り出しその姿を激写していた。


「どうしてここで写真なのよ!」

「体が勝手に面白いことを求めていた」

「面白くない!」

「いやお前見てみろよ。僕の人生の中でもトップ五に入るくらい面白いことになってるから」

「ブッフォ! めっちゃブサイクだな私!」


 僕のスマホに激写された織原のブサイク顔にセルフツッコミを入れ盛大に吹き笑う歌姫様。あの数々のプロモで見るクールビューティーの彼女から打って変わるアホ丸出しの姿をファンの誰が想像しただろうか。


「って私のブサイク顔はどうでもいい!」

「僕のスマホッ!」


 諸悪の根源絶つべしと言わんばかりの勢いで僕のスマホは床に叩きつけられた。

 恐る恐る拾い上げて画面を確認。細かい埃が付いただけで傷一つない。さすがネットでも価格の割に耐久性がトップクラスと名高い――。


「あの人たちは偽物だから!」

「……何だって?」


 僕の危機察知センサーがまた何か良からぬことに巻き込まれると警告音を鳴らし始めた。

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