間章② 質問の意図は
深夜二時。
暗闇の中に一つだけ灯されたパソコンの画面。
モーター音だけが響く部屋の中にチャットウインドウが開く音が微かに響いた。
『こんばんは。起きてる?』
いつも通り簡素な挨拶文だが、今回はさすがに深夜二時を回っているためか三角定規から起きているかどうかの確認が入る。
『こんばんにゃー! 起きてますよ!』
普段なら椅子の上でバランスよく寝落ちしている時間だが、今日はたまたまテンションが上がっているためか目が覚めていた。
『聴いたよ新曲』
『お、どうでしたどうでした?! 個人的には今回も自信ありです!』
『良かった。今までで一番好きな曲』
三角定規はそこで一度言葉を途切れさせたが、すぐに次のコメントが送信される。
『正直ハマった』
いつも見せた詩に対して否定的な言葉を使わないことは気づいていたが、手放しで称賛されたこともなかった。
ネットで出会った音楽家という情報しかしらない相手。年上なのか年下なのか男か女かも分からないが自分よりも圧倒的にセンスを持っている相手だということは分かっていた。
その三角定規からここまでの褒め言葉を貰うとは、正直呼吸が苦しくなるほど嬉しい。
『マジか! 涙ちょちょぎれる……。まさに今目が潤んでいる! っていうか涙腺崩壊する!』
微かに震える指先でキーボードを叩いていく。
嬉しさに震える恥ずかしさを隠すためにもいつも通りのオーバーリアクションを取ってみるがやはりクールな態度は変わらず「そう」と二文字だけ相槌が画面に打ち込まれる。
それでもこの胸に湧き上がる感情を簡単に抑えることは出来ない。
深夜二時という時間のため大きく声を上げることが出来ないため、歯を食いしばり軽く握った右拳を机の上で何度も擦って感情を逃がしていた。
すると、チャットに三角定規からのメッセージが表示される。
『どうやってこの歌詞を作った?』
これまた珍しく歌詞に対する質問が投げかけられた。
どうやってと聞かれても普通に思いついたものや聞いたものを集めて作ったのだが、何て答えればいいのか。首を捻って腕を組み悩んでいると、
『その時考えていたことは?』、『どんな感情を胸に抱いて書いた?』、『自他に起きた実体験? それとも空想?』、『他の誰かと一緒に作った?』、『どのくらいで書き上げた?』
矢継ぎ早に質問が押し寄せてきた。
さすがの反応に驚きを隠せないまま一つずつ自身の中で最良の言葉を選んで答えていく。
『そう』、『なるほど』、『分かった』と三つの相槌をループして使う三角定規の納得を得ているかどうかは分からないが、反論の言葉や特別追及は送られて来なかった。
続々と投げかけられた質問を答え終わりため息交じりの長い息を吐いていると、
『最後に。誰のことを思って書いた詩?』
時間差で最も答えにくい質問を投げられた。
どこまでこちらのことを見透かしているのかこの文房具は……。
こんなもの恥ずかしくて言わるわけがない。例え見ず知らずの他人であってもだ。
確かにこの物語のモデルはいるし、リアルな高校生の心情や体験談も織り交ぜてある。正直言って今まで作った詩の中でも断トツでリアリティーのあるものになったという自負がある。それゆえ褒められたときの嬉しさはいつもの非じゃなかった。
だからこそこの質問には答えられない。
自分でも認めたくない真実だから。
『それはヒ☆ミ☆ツ☆です』
人生でほぼ使ったことのない星マークで面白可愛らしく拒否の回答。
さすがに掘り下げてくるかとさらなる回避の言葉を思考していたが、ここでも三角定規は『なるほど』とクールに一言返事でこの質問を終えた。
『質問悪かったね』
『いーえー! ちゃんと答えられてたかどうか心配だったけどね!』
『お世辞抜きに好きな曲だった。作詞に噛んでいるとはいえ、一ファンとして次も期待してる』
『次はちゃんと前もって見せるんで! またヨロシクっ!』
『あと……謝っておく』
『謝っておく? 何に? あ、今回開花された才能に?』
『ああ……それでいいや』
『え、ちょっと待って? ホントになんかした?』
『とりあえず謝ったから』
こっちの疑問の声も見事にスルーされ、『三角定規さんが退席しました』とチャットに文字が表示された。
謝られることをされた覚えはない。
強いて言えばいつも塩対応されていることくらいか。それとも前回曲の投稿時間に口を挟まれたことか。どちらにせよ気にされるようなことではない。そもそも今回は勝手に曲を完成させてアップまでしようとしたこちらが謝るべき案件のような気もする。
三角定規と関わって初めて要領を得ない言葉にモヤっとしたものを感じながらパソコンの電源を落とした。




