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第十話 感情と残響

 唐突に始まった烏丸考案宮原命名の音楽座談会は会話が途切れることなく進んでいく。

 テーブルには僕と烏丸、宮原と織原が横並びに座っている。僕と宮原はさっきの勉強から位置は変わらず対面。最後何を口にしかけたのかが気になってついチラチラと宮原の顔を見てしまう。


「私が作詞するときは基本物語形式だね。主人公の成長を描いたり、恋したり失恋したり。実体験に勝るものはないけど、イメージから辿っても意外と書けるもんだよ」


 会話の内容は最初の十分少々だけ今話題の歌手のことや楽器のこと、所属している軽音部での活動のこと等々を話していたがすぐに織原質問回へと姿を変えた。

 今は織原の作詞方法裏話編。


「へぇ、やっぱり実体験も使われてるのね。やけにリアルな恋愛表現があるからもしかしてとは思ってたけど。織原さんって案外経験豊富なんだ」

「いやいや、宮原さん変な想像は止めてください。私はほぼ恋愛経験ないんで! 恋愛初心者なんで! 友達から聞いた話とか余所で聞いた他人の経験を使ってます。街の中はネタの宝庫ですからね」


「街の中って? 歩いててもそんな話一切聞こえて来ないけど」

「ふふふ。たまの休日にカフェとかレストランによく行くんですけど、オシャレな場所だと生の告白とか別れ話とかが多いんですよ。もう食事をしに行くんじゃなくてメモ帳握りしめてネタ探しに行ってるんじゃないかって最近思い始めて来ましたよ」


 確かに雰囲気の良い場所だとそういうシーンにも出くわしやすいかもしれない。以前テレビで有名な歌手がバーでお酒を飲んでいたら横で恋人同士が壮絶な別れ話を始めたらしく、キタコレと言わんばかりにお店備え付きの紙ナプキンに内容を事細かにメモしていたというのを聞いたことがある。


 友達のことを元にするというのも恋愛に関してなら僕たちの年代であるならば話のネタは尽きないだろう。

 漫画や小説、テレビドラマなどのお話の中から部分イメージを取り入れるよりも、等身大のリアルを切り取った歌詞の方が当然共感性が高くなる。

 だから泣ける、励みになる、新しいスタートを切れるなど心に響くと声が上がる。

 それが織原香苗の人気の秘密の一つなのだろう。


「じゃあ心がけてるものとかあるの?」

「心がけてるもの……」


 宮原は相変わらず良い質問をする。織原にとっては考える質問かもしれないが、第三者からしてみれば聞いて一番心の中に入り込む質問。


「心がけているというか、一番大事にしてることですけど。『自分の気持ちや思ったことに嘘をつかない、等身大のまま素直に伝える』こと、ですかね。やっぱり自分の気持ちを込めないと相手には伝わらないですし。それに……」

「それに?」

「やっぱり自分が一番気持ちよく歌わないと!」


 織原のプロらしい物言いに宮原と烏丸は深い溜息をつきながら首を縦に振る。

 案外まともに答えたことに僕は少なからず感心を抱く。

 やはりこれもテレビでの受け売りだけれど。

 何事も自分が楽しんで歌っていないものはそれだけで相手に不純物が伝わっている。だから自分がその時最も高揚した感情を歌に乗せることが完成させる最後のピースなのだと。


「なぁ織原さん。俺が書いた詩ちょっと見てもらってもいい?」


 話の区切りを見計らったのか、烏丸が神妙な面持ちで話を切り出した。椅子の下に置いてあった鞄をごそごそと漁り出す。


「見ていいんですか。やったね!」

「何でそんなに嬉しそうなんだよ」

「人の書いた詩って気にならない? 私他の人が書いた詩見るの好きなんだぁ。ホントは先輩のも見たいんだけどねぇー」

「……お断りだ。それにもう残ってないよ」

「とか言いながら実は部屋にいっぱい隠されてたりしてー」


 そのうち「じゃあ今から書いてよ」と言ってきそうなしつこい後輩の言葉をどう流そうか考えていると、珍しくジャストなタイミングで烏丸が鞄から取り出した一枚のファイルを織原に差し出した。

 面持ちはやはりどこか強張っている。

 宮原も緊張しているらしく織原の顔を覗き込む様に上目使いになっていた。

 烏丸だけでなく宮原も真剣になっていることからこの詩は共同作なのだろう。

 そりゃプロに見てもらうんだから緊張するのは当然か。


「これなんだけど……」

「どれどれ、拝見いたします」

「やりゃ出来んじゃん」

「……誰かさんが手伝ってくれないから死にもの狂いで書き上げた」

「それでどんな感じになったんだ?」


 織原がファイルから一枚の白いルーズリーフを取り出し、目を通していく。

 僕もその詩を見るために椅子から立ち上がり、よく中身の見える織原の背後から覗き込んだ。


「……こりゃまた」


 烏丸が書いた詩は僕の予想の斜め上を行っていた。

 タイトルはまだ決まっていないようだが、内容的に失恋ソングのよう。それも昼ドラのような愛憎混じり合うドロドロの物語。

 逆によく書けたなと思うと同時に、部活のコンペでこんな暗いバラードを披露しようとしている烏丸たちの考えは分からない。逆に目新しくていいのかもしれないが。


 対して織原の表情はあまり見えないが、「ほぅほぅ、ほへぇ、なるほど、うんうん」などと短い声が口から漏れていた。

 最後にふぅ、と感嘆なのかただの嘆きなのか分からない息を吐きルーズリーフをファイルへと戻した。

 烏丸が真剣な表情で唾をのみ込み、テーブルに置かれた宮原の手が白くなるほどきつく握られる。


「すっごいドロドロだね! いいと思う! 小説にしたら三人くらい死んでそう!」

「評価が雑すぎる! 最後の何なんだ!?」


 織原はウインクしながら右手親指をグッと立てて一言褒め称えた。

 けれどまさか一言で評価が終わるとは誰が考えただろうか。


「お褒めの言葉キタコレ!」

「うぉい! それでいいのか?! もっと細かいアドバイスとか求めろよ! 宮原も何か言って――」

「ふふふ、やっぱりわたしが趣味で録画して観た数々の昼ドラがここに来て功を奏したわね」


 僕の驚きの反面軽音部の二人はこの一言で大いに喜び盛り上がっていた。

 誰かに褒められれば当然嬉しいのは僕ももちろん理解出来る。プロの織原になればなおさらだろう。

 それに大多数の人間はダメ出ししてくれと口では言ってみても本心ではあまり聞きたくない心理が強く働くはず。二人にとっては逆に良いところだけを言ってもらったことでさらなるモチベーションの向上に繋がるかもしれない。

 

 仮にこれで部内評価が低くても後悔なんてして当たり前。失敗を糧にして人は強くなっていくのだから二人にとってはどっちに転ぼうが成長することに変わりはない。

 それにしても実技に才能があって説明に才能が皆無な人が本当にいたことに少し驚いた。


「ウソウソちゃんと私の思う改善点言うから心配しないでくださいよー」


 そのセリフが出た途端二人の顔がこわばり目つきが鋭くなる。

 おお、おちゃらけててもちゃんとバンドマンの顔つきになるもんだ。

 緊張で喉も乾くだろうから何か入れてやろう。

 僕は席を立ち台所に向かった。

 コーヒーの粉末とコーヒーフィルター、カップをそれぞれ四つ用意し、電気ポットに水を注ぎ込む。

 

 席を立った際烏丸がアイコンタクトで一緒に聞けよと言ってきた気もするがこの講評を僕が聞いたところで意味がな……ん? 仕方がな……んん?

 違うな……なんだ……どうして言葉に違和感が生じる?

 まるで僕の中で言い訳を拒否してるみたいじゃないか。

 ……言い訳? 言い訳って、なんだ……? 僕は何に対しての言い訳をしてる……?

 

 自分の心の声に動揺して視線が小刻みに動き始める。

 たかだか織原香苗が素人の歌詞に評価と指摘をするだけじゃないか。

 いくら織原がプロだからといって、貴重な意見が聞けるからといって、あれは僕の詩ではないし自己満足をやめた僕にはもう関係がない。

 

 そもそも織原が言ったところでそれは――の言葉じゃないのか。

 だったら織原の口からじゃなくても――。


「……っ」


 電気ポッドから溢れた冷水が手に降り注ぎ、意識が現実に引き戻された。

 こんなことを考えたところで僕にはもう関係ない。出来なかったからこそ僕は手放して諦めたんだから。

 頭を振って思考を捨て去って行く。

 僕が紅茶を入れる後ろでは三人の楽しいような苦いような話し声が元気よく飛び交っていた。


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