第九話 来訪者
「たっだいまー!」
ご機嫌な元気のいい喧しい声と同時に勢いよくリビングの扉が開けられる。
そこにいたのは宮原からパシリに出されていた烏丸。手には三元堂と書かれたビニール袋。どうやら本当にお使いをこなしてきたようだ。
「どうしていつもタイミングが悪いのよあんたは! 何であんなに時間あったのに今帰ってくるのよこの空気読めな男!」
「せっかく必死にパシってきたのにその言いぐさ!?」
「ドンマイだ空気読めな男。さぁ僕に芋羊羹を献上するんだ」
とか冷静に烏丸をディスリながらも僕の心臓は今日何回目かの激しい動悸を起こしている。
あのまま続いていたら何言われてたのか正直めちゃめちゃ気になるけれど、自分の想像したことと真逆のことを言われたら正直恥ずかしくて死ねる。
「ふふふ……。いいのかな、俺にそんな態度を取っていいのかな?」
「別に芋羊羹さえあればあんたに用はないわよ?」
怖っ。
いつもはここまで辛らつな言葉を投げない宮原だが、話を遮られたことに対してかなり腹を立てているようだ。
「……ふふふ。本当にいいのかな。俺にそんな態度を取っても!」
「もう一度言った?!」
どうしてそこまで強気な態度になれるのか分からないが、烏丸は腕を組んで物理的にも精神的にもこちらを見下している。
僕と宮原が顔を見合わせて首を捻っていると、
「では本日のサプライズゲストだ!」
烏丸は扉の奥から一人の小柄な少女を登場させた。
そこにいたのは全く予想していなかった人物。これには僕も宮原も言葉を無くした。
「は……はぁ!?」
「うっそ……でしょ!」
世界は非情だ。
どうしてこうも連日頭を抱える日々を送らなければならないのか。
「じゃじゃーん。今をときめく女子高生シンガーソングライターの織原香苗さんでーす!」
「こんにちはー」
そもそも特定の人間と連日会う可能性なんてよほど近所の住人かあらかじめ予定を合わせた人しかいないだろう。
しかもそれが自分の家という閉鎖空間にやって来たというなら尚更世界の悪意を感じずにはいられない。それもさっきの気まずい宮原とのやり取りの直後でだ。
芋羊羹に非はないが恨むぞ烏丸。
「あれ、先輩じゃん。どうして先輩がここにいるの?」
「それはこっちのセリフだ。どうしてお前が僕の家にいる」
「え、ここ先輩の家なの!? 烏丸さんの家じゃないんだ!」
「烏丸どうなってんだ?」
「帰り道でたまたま会ってな。せっかくだから一緒に芋羊羹食べながら音楽について語り合わないかって連れてきた」
「三元堂の芋羊羹だよ! これはご相伴に預からないと!」
どうやら音楽よりも芋羊羹に釣られたようだ。
プロの歌手のくせに花より団子か! とツッコミたくなる。
「お前もお前で男の家にほいほいついて来てんなよ」
「えぇー、先輩心配してくれてるの? やっさしいんだぁー」
「う、うるさいな後輩! 僕は誰にだって優しいんだよ」
「あ、そういえば先輩私のこと嫌いなんだっけ? 初対面であれはキツかったなぁ」
気になっていたことを言われ心にグサッときた。
やはり多少なりとも傷ついていたらしい。
「……嫌われてること分かってるのにあえてグイグイ来るやつも大概だけどな」
「大丈夫。本心はそうじゃないって先輩の心の声私には聞こえてるから!」
「勝手な妄想怖っ!」
「なんだなんだお前ら仲良いな!」
「マブダチですね!」
「仲良くない!」
僕の否定に対し織原は親指をグッと立て肯定する。
僕たちのやり取りに烏丸はやけにニヤニヤと楽しそうな笑顔を浮かべ、宮原は何か疑い気味に目を細めてこちらを見ている。
本来なら癒し空間である自宅で何故こんな辛い目にあっているのか。
しかし不意に宮原が手を叩き僕に集まっていた注目を自分へと移した。
「夏代と織原さんの仲が良いかどうかはともかく。せっかく織原さんが来てくれたんだから早く音楽座談会を始めましょう」




