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歴史


 歴史とは繰り返すものである。幾度も同じ過ちを。しかしその中で、稀に、幸運をつかみ取る者が見受けられる。ある者は伝説になり、あるものは英雄になる。そうして歴史とは色が付けられ、それが架空のことだとしても多くの人々を惹きつけてやまない物語を作り上げる。しかし、本当にすべてが架空の出来事なのだろうか。一つ、私の知りうる物語を教えてあげよう。


「では諸君、時間が少し余ってるのでここで一つ、昔の話を聞かせてあげよう」


 教壇越しに最近来たばかりの若い教授が生徒たちを見渡す。みな眩いばかりの眼差しを持ち、希望に満ち溢れている。私はそういった人が好きだ。


「これは1500年ほど前の出来事なのだが……」


 ◆ ◆ ◆


 1500年前、世界はもっとシンプルだった。争いはなく、人々が互いを助け合い、誰しもが幸せだった。


「兄さん、こっちだよ!」


 端正な顔つきの少年がはしゃぎながら森を駆ける。そのあとを必死に追いかける意志の強そうな顔立ちの少年はおそらく少年の兄。その後ろを二人の子供が追う。一人はかわいらしい顔つきの少女、一人は四人の中で一番幼い顔つきをした少年だ。


「そっちは危ないって言ったろ!」


 少年たちの向かう先は町の大人たちも近づかない常闇の森。周囲の木々は高く、少し奥に入ってしまえば日の光は届かないとも闇の魔物が巣くっているとも言い伝えられている。


「大丈夫だよ!」


 少年は兄の言葉も気にすることなく走る。やがて森を進むうちに開けた場所へたどり着く。そこは大きな泉のようだった。周囲をぐるりと木々が囲み、開けた円状の空からまばゆい太陽の光が差し込み水面に反射している。


「うわぁ、綺麗」


 少女が泉の水に触れる。水面は綺麗な波紋を立て、それに合わせるように心地よい風が四人の頬を撫でる。


「姉さん、冷たい?」


 四人の中で一番幼いであろう少年が姉の隣で水面を見ている。その様子を他の少年二人は見つめている。


「そうね、冷たくて気持ちいい。ほら兄さん達も触ってみて」


 少女は微笑むと隣の弟と二人の少年に笑いかけた。少年のうち一人は少女の空いているほうの横に来て水面に掌を押し当てるようにつける。水面は少しいびつな波紋を波打った。


「ほんとだ、気持ちいい。ほらお前も」


 そういっていまだにこちらを見つめる少年に手招きする。少年はじっと立ったままで三人を見ている。


「もう、あなたは世話の焼ける子なんだから」


 少女はそういうと立ち尽くす少年のところまで行き手を引く。すると少年はひゃっと声を漏らした。どうやら少女の手についた水滴に驚いたようだ。


「あら、ごめんね。びっくりした?」


「うん、姉さん」


 少年は満面の笑みで姉に微笑むとつないだ手を放し泉のほうまで行くとバシャバシャと水面を叩いた。慌ただしい波が水面を揺らす。それを見て少年は面白そうに笑う。いつしかそんな彼につられ兄弟達は笑顔になっていた。



 ◆ ◆ ◆


 数年後、兄弟達は森へ狩りに出かけていた。この場にいるのは兄弟の中で一番意志の強い長男、端正な顔つきの次男、まだ幼さ残る末弟。かわいらしかった長女は今や美しい大人の女性へと成長し、彼ら兄弟の帰りを待っている。


「あそこだ」


 長男が次男と末弟に得物の居場所を指さす。彼らが狙うのは雌鹿。貴重な食糧である。雌鹿は一心不乱に草を食べている。


「今日は僕がやる」


 末弟が弓を引き絞る。それを二人の兄弟が見守る。ふーっと息を吐きながら狙いを定める。ある程度息を吐き呼吸を止め矢を引き絞る手を離した。矢は吸い込まれるように雌鹿へと飛んでいき。


「やった!」


「さすがだな! また腕を上げたか?」


 末弟の矢は見事、雌鹿を一矢で射止めた。兄が弟を誉め彼の手を引き雌鹿のところへ走り出す。その様子を少し面白くなさそうに次男は見ていたが一息つくと視線を移した。


「!」


 次男の視線の先には立派な角を持つ雄鹿が立っている。おそらく先ほどの雌鹿のつがいであろう。その瞳は駆ける兄と弟をじっと見つめている。


「兄さん!」


 次男が雄鹿を矢を引き絞り狙う。兄と弟は気づくのが一歩遅れすぐ走る方向を変え逃げようとする。しかし雄鹿はその鋭利な角を二人に向けたまま走り出している。引き絞った矢を離す。矢は雄鹿に命中した。しかし傷は浅く雄鹿は止まることなく兄弟に迫る。己の弓術の腕前を今更憎んでも遅い、すぐさま次の矢を引き絞る。おそらくこれを外せば兄弟は最悪……。鼓動が早くなる。兄はこんな時どうするだろう。落ち着いて矢を放てるだろうか。そうなら自分もできるはずだ。脳裏に浮かぶ最悪のイメージを追い出し、兄弟のことを考え自分にできると言い聞かせた。そして矢を放った。


「そんなっ!」


 放たれた矢は雄鹿を射止める軌道であったがあろうことか雄鹿は急にスピードを落とした。おそらく先の矢のダメージが今頃来たのだろう。ともかくそのせいで矢は宙を射た。もはや兄弟と雄鹿の距離は次の矢を放つまでの余裕はない。


「いやだ、やめてくれ!」


 兄弟に迫る雄鹿を見て次男が叫ぶ。それに合わせるように兄弟の叫びが聞こえる。


「……え」


 正直目の前で起こったことは最初は奇跡かと思った。しかし現実で起きたことは理解不能であり、おかしなことだった。兄弟はその場でしりもちをついているが怪我をしている様子はない。ドサリという音とともに雄鹿が倒れた。その首にはなぜか矢が刺さっている。だれかほかの人物が放ったものではない。次男が放ったものだ。矢はあり得ない軌道を描き見事、雄鹿を射止めたのだった。それが魔術の類だと彼らが気づくのはそれから数日必要であった。



 ◆ ◆ ◆


「いつしか兄弟は魔術の始祖と言われるようになった。彼らのおかげでいま私たちはみなが魔術を操ることができ、生活もとても楽になっている」


 教授は時計を確認してスーツの襟を正す。生徒たちは次の話はまだかといったように彼を見つめる。


「そして世の中には【魔法】という魔術を超えたものが実在すると主張する者がいる。なぜなら兄弟は—―」


 講義終了のチャイムがちょうど教授の言葉を遮った。幾人かの不真面目な生徒は颯爽と帰り支度を始める。その様子を教授は優し気なまなざしで一瞥する。


「本日はここまで。物語の続きはまたいつか。あぁ、次の講義は最後にチラっと言ったが魔術と魔法の違いについてだ。自分なりに意見をまとめておくように」


 彼は聞いているのか聞いていないのかわからない生徒たちを微笑ましく送り出したあとに机の上を片付ける。


「本当に豊かになったものだ」


 窓の外を見ると様々な魔術を見ることができた。建築魔術、飛行魔術、広場では戦闘・防御魔術の訓練なども行われていた。そろそろこの街でも大会の予選が始まる。各部門の最高の魔術師候補を選ぶ大会。この目で見るのは何年ぶりだろうか。とても楽しみではある。



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