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短編集

超短時間異世界記

作者: 緋月

 今、あったことを聞いて欲しい。本気で自分の頭を疑うような光景が、今、目の前に展開された。

 いや、これを語っている時点で、既に『過去』のことなので、今、というのは正しくないかも? 今さっき? そんな感じ。

 いやいや、そんなことはどうでも良い。とにかく、聞いて欲しい。今さっき、起こったことを。

 因みに、嘘のような話だが、本当にあったことだ。ここ大変大事。




 本日は、課外授業というものがあった。とは言え、受験に必要なあれこれではなく、むしろ社会に出てから必要になるだろうそれこれである。

 いわゆる、礼儀作法を、希望者にのみ、放課後の時間帯を使って教える。そんな特別講習的なものが行われたわけだ。

 とはいえ、最低限の礼儀なんて、普通に生活してればそれなりに身につくものであり、なので受講者はかなり少なかった――はずだ。正式人数は覚えてないが、教室の半分くらいは埋まっていたから、最低でも十人はいたんじゃないだろうか?

 普通に過ごしていくのには、ちょっと堅苦しい礼儀作法を、美人な講師役に教えてもらって、そろそろ終了時刻だな、なんて思っていた時だった。

 突如として窓の外が真っ暗になり、反して教室の内部が明るくなった。

 これがいわゆる、ホラー的異界現象か!?

 ちょっと心が弾んだ直後、視界が一転する。良くある教室から、どこぞのサバト的な場所へ。

 いわゆる、魔法使い的な某かが纏っているのではないだろうか? と思われる、黒のずる長ローブを纏った人間らしき集団に囲まれ、困惑する以外になかったが、心の端では、これってもしかして異世界召喚的なもの? とわくわくもしていた。ラノベ好きだから。

 黒のローブ集団の後ろから、やたら豪華な――けど年代は古いんじゃないだろうか?――衣装を着た、偉そうな髭面が出てきて「ようこそ、異世界の勇者達よ」そう言った。

 どうやら異世界召喚、かつ勇者召喚で正解らしい。きっとこれから、陰謀と冒険の渦巻く人生に向かって一直線に進んでいくのだろう。たかが高校生が。

 不安と歓喜という、相容れないだろう感情に支配され、どうしたもんか、と考えたのは、一瞬のことであった。

 礼儀作法受講者達の中から、美人講師役が歩み出て、言った。

「どちら様?」

 首が傾いだということは、傾げたのだろう。恐らく、微笑みくらいは浮かべて。後ろにいたので、正面は見えなかったが。

 反して、対面していたので良く見えた髭面は、その問いに、不快そうな顔をした。

「私はこの国の王、イルベルト」

「へぇ」

 美人講師役は、腕を組んだ。きっと偉そうに見えたのだろう。王の後ろから歩み出てきた顔色の悪い細身の男が「無礼である、頭をさげよ!」と叫んだ。

 美人講師役は、そんな男を見やると、腕を組んだまま生徒達を振り向き「はい、注目!」と言った。

 言われなくても注目はしている。

「良いですか? 礼儀というものは、双方が持ち合わせて成り立つものです。例えばこの場合、私達はこの国の礼儀というものを知りません。必要な場合なら、顔を合わせる前に、相手方の礼儀作法を学んでおきましょう。ただ、今回の場合はあちら側の誘拐――即ち犯罪者相手に持ち合わせる礼儀はないので、毅然とした態度で臨みましょう。招待しておいてこちら側にのみ礼儀を強要するのは、明らかな無礼です」

 どうやら講義は続いていたらしい。

 美人講師は再び王を振り向くと「何の御用でしょうか?」と問いかける。当然、礼儀に必要不可欠な名乗りもなく、また礼もない。いわゆる、犯罪者相手への当然の所作なのだろう。

 王は、こめかみをぴくぴくさせながらも「実は、世界は今、魔王という危機に晒されている」と、良くある設定を述べ始める。

 それに対しての美人講師役の返事は「へぇ」の一言である。腕も組んだままだ。

「その魔王を、そなた達に倒して欲しいのだ」

 ふむ。美人講師役は頷いた。

「嫌ですね」

「何?」

「普通に嫌ですよね。っていうか、考えてみて下さい。あなたが突然自分の知らない世界に召喚され、自分の都合も考慮されず、誘拐紛いの行動を謝りもせず、死をいとわずに戦って下さい、と言われます。承知しますか?」

「……」

「しませんよね? しかも、魔王を倒して欲しいと言った直後に入るべく、報酬の話もしていないということは、魔王を倒した直後の、疲弊したその瞬間を狙って私達を殺し、功績は自分達に、負債は私達に押し付けるつもりだったんでしょう? ありえませんよね?」

 ああ、ありがちな設定だ。ということは、訓練中のどこかで逃げた方が良いパターンなのだろう。

「……報酬は十分に払うし、その後の身分も保証しよう」

「嫌ですね?」

「なら、どうすれば魔王を倒してくれるのだ?」

「いやいや、それは自分達でやって下さいよ。あなた達の世界でしょう?」

「お前達の世界にもなる。魔王を倒さねば、そなた達がこれから過ごす世界が滅びる。それでもか?」

「私達が生きる世界は、地球。それだけです」

 美人講師役はぱちん、と指を弾く。と同時、周囲を囲んでいた黒ローブ達が一斉に倒れる。

「この世界から、召喚の概念を消しました。もう二度と、他の世界から勇者を召喚なんてさせない。なので、自分達で頑張って!」

 次に美人講師役は、とん、と右足で床を蹴った。

 再び一転する視界。元の教室だ。

「さて! 時間が来たので、礼儀作法の講義はこれで終わりです。判らないことがあったら、この後職員室に挨拶に行くので、その後質問に来てください」

 美人講師役は、呆気に取られる生徒達の前で実に綺麗な笑みを浮かべると、去っていった。


 こうして生徒達は皆、物凄く短い異世界旅行を終えたのである。異世界の景色を見ることもなく。

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