表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

大衆酒場 バランシィエ・リュヌ

行きつけの大衆酒場は今夜も賑わっている。安っぽいホールは無骨な木造で特に装飾もされておらず機能重視、集まる人々は大雑把な奴らばっかりだ。けれど、酔いが回れば別段気になることもない。酒と肴が美味ければいいのだ。大好きな麦酒を一気飲みし、空いたグラスをテーブルに叩きつけて、私は叫んだ。


「セックスがしたいです!!」

「うんー???やだやだァ声を抑えてねー??もう酔っちゃったかしら」


一緒に飲んでいたリリィは珍しく焦った顔をして、私の口を手のひらで塞ぐ。ふわりと上品な甘い香りがした。安っぽいカウンタから、店員のお兄さんが慌てて水を持ってきてくれるのが見える。優しい人じゃないか。私はリリィの手のひらを唇から引っペがして、そのお兄さんには追加の麦酒を注文した。お兄さんは凄く心配そうな顔をして迷っていたけれど、一応引き受けてくれたようだ。


リリィと一緒に呑んでいる時に、私はこんな風に非常識な発言をするのは初めてだ。珍しいこともあるもんねぇと彼女は私の顔をマジマジと見詰めた。


「お水ちゃあんと飲みなさいな。ジャンヌってそんなに性に開放的だったっけ。いつもアタシの刺激的で最高な性活の話、マトモに聞けないくらい初心じゃない」

「違うの、違うの、話を聞いてください。まず、わたし、フランティアと別れました」


今日の夕方、ついさっきの事だ。口にすると本当のことなのだと苦しくなるから、アルコールが脳を弛ませるまで言い出せなかった。リリィはやはり予想外の話だったのか仰け反った。彼女の大きな胸がふるん、と揺れた。


「うっそー仲良かったのに。まだ付き合って3ヶ月くらいじゃないの。貴女、初めての彼氏が出来たって喜んでいたじゃない。いきなり呼び出した理由ってそれかー。え、じゃあ……」

「そう、振られたのです。理由は性の不一致です」


とても痛ましいものを見る目が、私に向けられる。やめて、そんな目で見ないで。


「え〜、やだァ〜詳しく聞きたくない〜」


面倒くさそう、と眉根を寄せるリリィの手を私はがっと握り締めた。


「是非詳しく聞いて」

「……はぁ……。それじゃあ、ジャンヌ、貴女は処女拗らせて何かやらかしちゃったのかしら?フランティアはぱっとしない男だけど、かと言って些細な理由で恋人を突き放す人間でもないわ」


別に性行為なんてどうってことないわよぉ?なんて彼女にとってくそ面倒くさい処女と思しき友人を窘めてくる。


「性行為はどうってことあるけどそうでもなくて…」


私は口篭りながら、少し抜けてきた酔いに顔を顰めた。丁度、先程の店員が麦酒を運んで来てくれて、受け取ってそのまま口へと運ぶ。


ちら、と私はリリィの憮然とした顔を見た。


リリィは純潔の花というその名前に似合わず、性経験が豊富な人である。とっても美人だし、スタイル抜群、大きな胸は男性の劣情を誘うのに十分だ。服もいつも煽情的で、今日は胸元がざっくり開いた黒のワンピースを着ている。帯がしっかりと締められて彼女の体の曲線を綺麗に浮き上がらせているし、腰まで入った深いスリットは見ていてハラハラする。私から見ると魅力はそれだけじゃなくて、尖った八重歯とか猫っぽい大きなツリ目が余計愛嬌があるように見せていると思う。性格も、白黒ハッキリしている所が好ましいなと常々感じている。そして何気に面倒見が良い。


田舎から出てきてからずっと仲良くしてくれているので、何かあったら私はいつもリリィに泣きつくようになった。


「ねェ、早くなんか言いなさいよ。帰るわよアタシ」


リリィがほんとに怒ってしまいそうだ。私は酒を煽った。ぐびぐびぐび、麦酒は喉越しが命である。空になったグラスを、また近くを通った店員に渡して追加注文をする。幾ら飲もうが財布は痛くない。しゃらくさいので2杯同時に持ってきてください。


くわぁん、としてきた頭を脊椎に真っ直ぐのせるのは、存外難しい。


「………ほら私って防御力高いじゃないですか」

「ええ、ええ。よーーぉく知っているわ。この国の民全てが知っていますとも。5年前のドラゴンの大進撃、3年前の戦争、エルヴァラへの決定的な打撃を防いだのは偏に貴女のお陰。最近は恥ずかしい二つ名までついてるじゃない。戦闘能力は雑兵に毛が生えた程度なのに、物理防御と魔力防御が誰よりも高いのよねェ」


私は生まれた時から防御の才能だけは突出していて、大怪我をしたことが無いし、どころか擦り傷ひとつ負ったことがない。加えて言うと何故か風邪も引いたことが無かった。それについては「馬鹿は風邪を引かない」とからかわれるので、ほんの少しだけ複雑な気分にはなる。


それはさておき…。と、まあそんな有り難い才能があったので、私は15からエルヴァラ王国の首都にて王国陸軍首都周縁自衛部隊に所属、現在は障壁隊長を務めている。リリィの言う通りそれなりの成果を上げているので、敵を屠っている訳でもないのに階位は中尉を頂いている。


しかし戦略を練ることもなく、戦闘を指揮することもない。私に任されているのは防御のみだ。軍の花形からは程遠い。実を言うと障壁隊も隊員は私だけ。もう言ってしまえば私は人型防御装置なのだ。


矛盾という言葉がある。絶対に突き通す矛と絶対に防ぎ切る盾は打ち合った場合どちらかが負けて同時に存在することはない、という話が語源だ。


私の場合、この世界に絶対の矛の存在を許さない。そんな次元に突入していた。


「その副作用…と言ったらなんですけれども、私って、非常に体の感覚に疎いのです」


昔は暑いとか寒いとか擽ったいとか、そういうのは感じていたのだけれど、軍で一心不乱に体を鍛えるにつれて、レベルがどんどん上がって、防御力もべらぼうに高くなったせいで、最近は被弾しても気付かない。


「あらァ、そうだったの。普通に働いてるから知らなかったわ。つまり、脱処女自体はできたのかしらァ。それでウンともスンとも喘がないから呆れられちゃった?」

「リリィは結論を焦りすぎですぅ。……まぁ、完全に間違ってはないのですが……」


追加の麦酒が2つ来た。リリィのグラスも空だったので、ひとつは彼女に回そうとしたが、彼女はビエールは口に合わないらしく、甘口のカクテルを頼んでいた。この店、そんな洒落たものあったのか。


「アタシ専用メニューよう」


そうですか。


私は再び麦酒を摂取する。6杯目だ。


「私とフランティアは行為に及ぼうとしました。2週間くらい前です。でも、およそ恋人らしいものとは言えない結果に終わったのです」


もう一杯の方も一気飲みした。そして吼えた。


「そもそも前戯の時点で、アレッ、これおっかしーなーと思ったんですよ!!ええそうですピクリとも感じないのです、初体験でしたので緊張も相まってドキドキしましたけれど、これはこの先のステップで絶対にやべぇことになると思いましたね!果たして喘ぎ声とはいついかなるタイミングで発するものなのか?受動的に喘げない時は能動的に喘ぐものなのですか??でもそれは序章でした!!決定打はこれですよ!!」


あああああ、お酒が回ってていても鮮烈に蘇るあの夜!!!!!


「──フランティアのフランティアが、私の体にとって敵だと認定されたらしいのです、エネミーです」

「…………はい?」


何が何やらと混乱するリリィ。心なしか、周囲のテーブルの人達も静かになっている。私は堪らず捲し立てた。


「だからですね!もうひとっつも入らないんですよ!!そもそもあんまり濡れてなかったですけれどね、それでも先っぽ位は入るでしょ?!初めてだからキツいねとかなるじゃないですか!どっこい入らないんです!!先っちょだけだから〜なんて何処ぞの遊廓で聞くような台詞すら許さないのです私の体!!!」


私は憤激してしまい、ダァン!!と拳をテーブルに叩きつけた。近くで呑んでいた男達が軒並みごふっと酒を噴き出したがこの大いなる問題を前には瑣末なことである。リリィはぽかん、と呆気に取られていた。しかし私の言葉をやっと理解したのか、姿勢を正して、口元に手を当てた。それはそれは憐憫の情に満ちた眼差しだった。


「かわいそう」


「アァ〜〜!ガチなトーンはやめてくださーーい、本当に傷付くやつですーー」


リリィは身を引いたまま、伏し目で私を見た。いつも耀く金の瞳が翳っている。


「……え、どうすんの?未開通なの?硬すぎない?頑なすぎない?鋼鉄の乙女(アイアンメイデン)じゃん」

「拷問器具の方がなんぼかマシかもしれません」

「"絶対防御の盾乙女(アイギスメイデン)"じゃん」

「まさかいつの間にか不本意にも付けられたその通り名がこの結末を示唆してたとは思いませんでしたよお!」


もうなんか涙が出て来た。ちがうもん。お酒飲みすぎたせいだもん。水分取りすぎたからだもん。ぐずぐず鼻を鳴らしていると空になったグラスが新しい麦酒と交換された。まだ注文してない…と顔を上げると、店員さんがあちらのお客様からですと言った。涙でよく見えないけどありがとうございます、記憶失くすまで飲もうと思います。


「その後は?死ぬほど気まずくなるでしょうけれど?」

「んん……私、リリィから色々聞いてたじゃあないですか。だからその通りに色んな事しました。使えるものは全身使いましたよ。本命こそ閉ざされていますが、何をとは言いませんけど口に含んだり手で握ったりは出来ますから。下手だとは思いますけどね」

「えっ」

「その後も2回くらい試して見たんですけど、やっぱり入らなくて。だから謝罪も込めて一生懸命尽くしたんですけれど」


あれ?リリィが青くなってる。


「フランティアに、『感度の悪い娼婦に無理やり付き合わせてるみたいで正直精神的にキツい』『身が持たない』と、そんな旨の理由で別れを告げられました」

「…………」

「やだぁ〜〜黙らないでください〜〜」


私はリリィの両肩を掴んで、ガクガク揺らした。リリィは心ここに在らずで、されるがまま、首が取れそうになっていた。


暫く揺られて、彼女の両手が私の手の上へと伸びる。少しひんやりとしている。


「ジャンヌ……その、ごめんね?多分アタシが喋ってた……上級者向けのあれやそれをやってしまったんじゃないかしらァ……??」

「ふぇ?じょうきゅう?」


ぱちくりと瞬きすると、リリィは私の耳元に唇を寄せて囁いた。


「×××を弄って××××××を××××しちゃうとか、×××を××って××××させまくるとか」

「普通じゃないんですかそれ……???」


サァ……と血の気が引くのを感じる。私はもしかして、とんだアブノーマルプレイを…?


「でも、でもフランティアは泣いて喜んでいました!だから、私自身は、開通しなくても良いんだって思って」

「どんなことしちゃったのか…お姉さんに話して御覧なさい…?」

「え、えっと……。────。」


言葉を重ねる度、周囲の空気は重くなり、リリィは頭を抱えている。終いには小さく丸くなって、表情こそ見えないがその姿は絶望を表現している。


「やばいですか」

「やばいわねェ。フランティアの今後の性活が心配だわァ…」


リリィは蹲ったまま、ごめんなさいと小さく呟いた。耳年増の事故に対して、多少の罪悪感があったようだ。私の反応が楽しくて色々話していたけれど、私が本当に鵜呑みにするとは思っても見なかったという。私がリリィに責任はないと否定すると、彼女はちらっと視線を上げる。


「それでも、ジャンヌのちょうきょンンッ…頑張りを体では悦んでたのに別れたってことは、フランティアはジャンヌを大切にしたかったのかもしれない。

 体の関係って難しいから…。片方が尽くすだけでは釣り合わないのが、普通なのよ」

「……ふぇ」

「ああああ泣かないの、ほら追加でお酒頼みましょ?アナタの目と同じ色のお酒があるのよ。真っ青よ、綺麗よォ」


私は麦酒が好きなのに、リリィはなんかよく分からない、強いお酒を頼んだ。もう私を潰してしまうつもりなのだろう、麦酒だけじゃ潰れないと思ったのだろう。


ふはぁ、と酒くさい息を吐き出して、天井を仰いだ。



私は、フランティアを愛していました。


リリィの言う通り目立つタイプでは無かったけれど、優しくて穏やかで、私を好きでいてくれた。


だから体の関係が正しく持てない事を、どうにか補いたくて、愛していることを伝えたくて、でもから回って。触れ合う言葉は伝わらず、私はただの、淫らなだけの女になってしまった気がする。


それに、フランティアは、子供が欲しいから、ごめんなさいって言ったの。


私の今の体じゃあ、将来赤ちゃんなんて作れない。


「わたし、いっしょう、だれともつながれないのかしら」


悔しくて堪らなかった。このまま死にたくない。独りはいやだ。家族が欲しい。


リリィは、何も声を掛けずに向かいに居てくれている。掛ける言葉が見つからないのかもしれないけれど、下手な言葉で慰められるよりよっぽど良かった。


店員が私とリリィのお酒を運んでくる。リリィの言う通り、真っ青な酒だ。揺らすと僅かに銀に光る、綺麗だ。今まで見たこともないこのお酒も、どうやら彼女専用らしい。香りも良い、柑橘の香り。


甘い癖にスッキリとした飲み口と強い酒精が気に入った。


「決めました………」


これを一先ず決意の杯としよう。




「私、レベル下げします」

こういうのどうかなと思って書いてみました。

続きはまだ書いてないです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ