第四戦 ろくでなし
ネオワールドウォ・オンラインには領域錬度という概念がある。
「---」から始め「SSS」まで分かれるこれは、文字一つがそれぞれ海・空・陸の戦闘能力を現す。例えば「--F」の場合、海と空での戦闘力は皆無だが陸では最低限の能力を有していると読み取れるのだ。
これらの能力値は武装人形一体ごと異なるし成長によって上がったり下がったりもする。
「私は『--F』です」
無防備に首筋を見せる銀髪の少女アイゼンで例えてみよう。
彼女の場合、育て方によって海空陸全ての領域で戦闘を行えるタイプで、彼女のような人形を全領人形と呼ぶ。だといって別に珍しいタイプではない。レア度が低い人形ほど全領人形になる場合が多いのだ。
「私は『D--』ね」
見せはしない形で自己申告する幼女空母葛城で例えよう。
軍艦をモチーフとした武装人形の中で空母は特殊なタイプだ。彼女らがどれだけ優れても領域錬度自体はそれほど高くない。何せ彼女らの元ネタである航空母艦とは「戦う」というよりは艦載機などを「運ぶ」目的で建造された艦だからだ。
「私だって艦載機さえあれば...」
この言葉には要注意だ。「艦載機」だといっても彼女の自身の武器ではないのだから。
「艦載機自体ならあるぞ。見た目だけで見分けがつくが場所が場所だ。新しく第77連隊を建て直す会という様式美を重んじるとしよう」
俺の音頭に従い指揮官室に入ってきた3体の武装人形たちが自己紹介を始める。
「ヘルキャット。名前はない。領域錬度は『-C-』」
猫耳猫尻尾の黒髪ボーブカット美少女が名乗る。キュートな外見のわりには無感情無表情なのが特徴なキャラクターだ。アイゼンの無印状態が「鉄屑の少女」であるように、彼女は「意地悪な猫少女」を元とする人形だ。つまり意地悪な猫少女にヘルキャットという鸃装を装備させたってことになる。
それにしてもヘルキャットか...これは大きく出たな。レア度はSRで艦上戦闘機の中ではずば抜けてる性能を誇る。例に漏れず第77連隊らしく低錬度なのに空での領域錬度が破格の「C」。育て方によっては全領人形も狙えるキャラクターで、新米指揮官が扱う艦載機の中では最高クラスだ。
「うちは戦術輸送機のマーティンJRMだぜ。マーズって呼んでくれ、旦那!」
次は藍色のウルフカットで活発な笑顔が魅力的な少女が名乗ってきた。第77連隊にきて受けた自己紹介の中で一番好感が持てるタイプだ。いやむしろこれが本来あるべき形で他の娘たちが愛想悪過ぎたかもな。
とにかく戦術輸送機が残っていたならありがたい。まぁ単に今まで使えなかったから残ってたという可能性も否めないがな。
「よろしく」
「おうよ! ちなみに領域錬度は『-D-』だぜ」
「悪くないな。頼りにするぞ」
「任せてくれ!」
空母と輸送機があるのはラッキーだったな。あと高火力の戦力があって欲しいのだが。そうやって最後の1体が名乗る。
短い三つ編みが特徴的な金髪の女の子だ。白と青の生地でできた軍服がよく似合ってる。
「僕は『自由の花嫁』だよ。自分で花嫁って言うのは恥ずかしいな」
「そう名乗るってことは、ずばり?」
「うん、全領人形だよ。武装はグリッドレイ・ヘルダイバー・M4シャーマンを装備していて、領域錬度は『CCC』さ」
高火力とまでは言わないが主戦力ともいえるキャラクターが出てくれた。この娘に加えアイゼンと地獄猫ちゃんを全領人形に育てれば暫くの部隊運用は安泰なはず。
「それにしても呼びづらいな、固有名は?」
「決まってないよ。指揮官が付けてくれると嬉しいな」
「わかった。いい名前を考えておこう」
全領人形が3対になるのは嬉しいことだが、やっぱり決定打にかけるんだよな。例えば今の戦力を相手に敵が重装甲を出してきたら押されてしまう。
「これで全員よ。みんな私が育てた優秀な子達なの」
最後の自己紹介が終わると葛城がドヤ顔を見せる。
まぁうざいけど感心したのも事実だ。何も知らない新兵状態の武装人形がここまで持たせてくれたのは賞賛に値する事案だ。
「そうだな。見直したぞ葛城」
「そ、そう? やけに素直ね。調子狂うわ」
「俺は評価すべきところはちゃんと評価する人間だ」
では戦力を把握したしこれからのことを考えないとな。
葛城の証言によるとドックも工廠も装備倉庫も何もかもが駄目になっているらしい。ガチャを回せないのは残念極まりないが、どうせ何の資源もないから何も出来ないのは同じだ。
つまり今の戦力をもって一か八かの突破戦を繰り広げるしかないという状況だ。やっぱり高火力が欲し...うん?
「そういえばさ葛城」
「何よ」
「お前を含めて武装人形は6体と言ったな?」
「そうよ」
でも待ってよ。
「ひ...ふ...み...5体じゃねぇか。残り1はどうした」
「その娘はもう忘れなさい」
「忘れろってどういう意味だ」
問いかけてみるが葛城は視線をそらすだけだ。おいこういうことはちゃんとしておかないといけないんだぞ。
そのとき葛城の代わりに俺の元嫁アイゼンが説明し始めた。
「それがですね。今動けないんです」
「壊れたのか。だとしたら最初から数えること自体おかしいだろう」
「死んでないです! えと...えと...」
叫んでたアイゼンが困ってるのを見て、隣にいたマーズが話を繋ぐ。
「一昨日、戦闘があったんだがよ。正直うちらの中で戦力と言えるのは、自由ちゃんとあいつ二人しかいないんだ。で、そいつがうちらの代わりに身をはっちゃって、今は満身創痍になってるって話さ」
「......」
マーズの話が終わる頃には葛城の顔色が真っ青になっていた。
言わなくても分かるぞ。その気持ちは新米指揮官なら誰もが通る道だからな。
この世界で「戦え」と命令することは、「死ね」と言うのとほぼ同義だからだ。
本来なら人間の指揮官がやるべきことなのに、こいつに要らん重荷を背負わせてしまった。
「彼女、多分長く持たないよ」
自由の花嫁がそう言い、みなが落ち込む。
でも俺は落ち込まない。こういうのもなんだが俺は壊れて廃棄される武装人形を呆れるほど見てきた。今更会ってすらいない人形1体や2体が死に際を彷徨おうとも気に留めやしない。
ただ現実と向き合うだけ。
「確認しよう。その人形の武装はなんだ」
みんなを体表して、俺と同じくあまり感情的にならない猫ちゃんが答えた。
「VIII号戦車、マウス」
「......」
あまりにもおかしな内容をさぞ当たり前のように淡々と述べる猫ちゃん。
いきなりレア度SSRの超兵器を出すんじゃねぇよ。反応に困るだろうが。
「チュチュ?」
お前猫だからネズミの泣き声の真似はやめろ。反応に困るだろうが。
その答えの後、ドヤ顔を見せる葛城。
「私が引いたのよ? すごいでしょ? ふふ...」
そんな後悔と自責の念に捕らわれながらドヤ顔するやつ初めて見たわ。今日会ったばかりなのにお前に何回感心させられればいいんだよ。
それにしてもマウスか...確かに火力としては申し分ないことのを通り越して有り余りすぎるくらいだが。これをどうしたものか。
「指揮官、お願いします。マウスを助けてください!」
「アイゼン...」
アイゼンが涙ぐんだ上目使いで俺に頼ってきた。
俺としても元嫁キャラに助けを求められたからには助け舟を出すのも吝かではないが、果たしてそれが正解かどうかは別問題になる。
今の戦力なら助けられなくもない。だが助けたとしてそれが終わりではないだろう。以後の管理も重要なのだ。
ゲームに例えると、ゲームを始めたばかりの新米プレイヤーの俺が、マウスのような燃費が悪すぎるSSRを使うのは無理がある。
ましてや最早ゲームではなくなったこの世界では、使わなくても維持費が掛かるのだ。それで簡単に「助ける」と言えない。
「あ、それとね、指揮官」
「何だ」
俺が助けると答えられないのを知って落胆するアイゼンの代わりに、自由の花嫁が前に出た。俺が知ってるゲーム頃のこいつらとはすこし変ってはいるが根が同じだとしたら、この娘はけっこう理知的だ。
「マウスは僕たちの中で一番錬度が高い」
「だろうな」
「これは領域錬度の話さ。彼女の錬度は『BBS』全領人形さ」
待て。マウスみたいに高い処理能力を必要とする武装人形が、どうやって全領人形になれたんだ。それもあんな馬鹿げた錬度で。ありえないぞ。
武装人形が身につける武装――艤装には種類によって必要とする処理能力が頃なってくる。例えばマーズや葛城のようにでかすぎる武装は必要とする処理能力が高くなるから他の武装に回せる余裕がない。
マウスも同じだ。でかい上にSSR武装であるから必要処理能力が高い。ゲーム内では運用するだけで資源がぶっ飛ぶ代物だ。
「ありえない。マウスに全領人形を務めるほど処理能力の余裕があると思えない」
「うん、そうだね」
「じゃ今の言葉の真意は何だ。俺の判断を覆させるための出任せか」
「それは違う」
根拠があっての言葉か。口からの出任せなら容赦はしなかったが、一応聞いてみよう。彼女も全領人形だ。聞くだけの価値ならあるかもしれない。
「指揮官は、今の第77連隊にマウスという轙装を使える余裕があると思うかい?」
「...!」
その言葉で彼女の真意が伝わった。この世界に迷い込んで6年も経ったというのに俺は未だにゲーム知識に捕らわれていたらしい。
マウスという武装人形は造られた時点で既に「マウス」という轙装を装着している。いやむしろこの轙装のために武装人形の方が造られたと思っても構わない。だからこそ他の人形にこの轙装を移すという発想すら持てないし、ステータスの割り振りも轙装の能力を引き出すことに主眼が置かれる。故に彼女は「マウス」と呼ばれるし、彼女から轙装を外すことも考えられないのだ。
これは生まれながらの空母である葛城と戦術輸送機であるマーズも同じといえる。
「彼女の艤装はザイドリッツ、鸃装はシュトゥーカ。それに加え轙装はマウス」
何だその化け物は。そんなのゲーム時代は作れない代物だぞ。流石にゲームではなく現実ってことか。
まぁ回り道を何十回何百回もすれば似たような物を作れないわけでもないが実際それを造ろうとする人間はいないだろう。そういう点ではゲーム時代に俺が作った「SSSアイゼン」も同じぐらいの難易度かもしれないな。
そっとアイゼンに視線を送る。
今SSSアイゼンはないが、それに並ぶレア度のキャラクターが近くにある。
だったら――
「わかった、助けよう」
「......!」
俺の判断に悔しがっていた葛城が顔を上げる。
「本当に? 本当にマウスを助けてくれるの!?」
「聞いた話が本当なら、あれほどレアな人形はそうそうないはずだ。助けない理由がない」
「現金な指揮官ね」
そう「憎たらしいやつめ」と言いながら睨む葛城だったが、嬉し涙と口元の笑みを隠せなかった。
これほどの報酬があるんだ。このイベントを逃す理由もない。負傷兵もしくは人質を助ける緊急イベントはゲーム時代にも幾つもあったし、この6年間も呆れるほどこなしてきた。今更面倒がるような事案でもあるまい。
「これから可能なかぎり早足で第77連隊の状況を確認し、マウスを助ける作戦に入りたいと思う。これの成否は君たちの力添えで決められる」
「わかったわ。何でも命令して頂戴、指揮官」
簡潔に答えてくれる葛城。
「まず施設の確認だ。ドックや倉庫、工廠など。基地の重要施設の状況を簡潔に纏めてくれ」
「それなら出来てるわ。まずドックは完全に破壊されて使えない。おかげで今までどれくらいの仲間が散っていたことか」
ドックの一番の存在意義は負傷した武装人形たちを修復することにある。その施設がないというのは相当な痛手だ。最早アカウントを捨ててゲームをリスタートした方がマシなくらいに。
「倉庫も1年前に9割ほど壊れたわ。まぁどうせ積んでおくほどの資材もないから関係ないけどね」
だったら倉庫とは言えないな。
「工廠も駄目ね。こっちも完全に破壊されてる。それで3年も使えなかったわ」
「おかげで私が末っ子です。えへへ」
アイゼンが場を和ませるためか可愛い子ぶってみせた。あざといが許す。
「技術研究所は3割しか壊れていないけど中身がメンテを受けてないから事実上廃棄されてる状態よ」
何も知らない武装人形が高級知識を要する技術研究所のメンテなど出来るはずないもんな。それはしかたない。
ちなみに技術研究所とは武装人形が持つ特技を鍛えたり開発する施設だ。満足にキャラクターもない今では猫に小判だ。
「飛行場も滑走路が割れて使えないわ。まぁ私と同じくマーズも武装がないからあってもなくても同じだけどね」
「ごめんな、旦那」
だったらマーズを飛ばせるのも無理だな。
ヘルキャットは小型飛行機だ。多分自分の身体に装着するタイプの鸃装だろう。だが戦術郵送機であるマーズは装着型ではない。
「それに第77連隊に港はないな」
「当たり前でしょ! 何? 喧嘩売ってんの?」
いきなり元気だなおい、さっきまでのしおらしいお前はどこへ行った?
つまり何だ? この第77連隊は......
「総合評価をすると?」
「全然駄目だわ。ここよりゴミ捨て場がマシでしょうね」
本当だよ。6-77って誰が初めて言ったか知らないけど上手すぎるよ。マジでろくでもない部隊じゃねぇか。
「よくもこんなところで生活できたな」
「生活じゃないわ、生存よ」
指揮官の指揮錬度不足で施設が解禁されてない状態なら俺の指揮錬度を上げれば良いだけの話だが、破壊されてる状態では作戦能力の幅を広げようとしても望みが薄い。
これは仕方ないな。俺に出来る範囲での全てをやりきる。6年間そうやって生きてきた。今更スタンスを変える気はない。
「方針が決まった」
俺のその言葉に、集まってる5体の武装人形たちの顔色が変る。緊張しながらも何かを覚悟した面構え。悪くない。
「この基地を捨てる」