第三戦 左遷ですサーセン
「ここが第77連隊です、指揮官!」
「お、おう...」
正式な着任式を行う前に初陣を済ませた俺とアイゼンは、その後すぐに基地に向かった。
空腹以前に弾が切れていては戦など出来っこないからな。
「ここの方たちは曲が強くていたらないところが多々あると思いますが、ご了承ください」
「さっきのお前のようにか」
「そ、それは言わない約束です!」
「それにしてもこれは...」
俺にいたらなくても構わんが、せめて基地内だけでも管理が行き届いて欲しかった。
基地外はもはや敵に襲われるほどの魔境に化していたし、基地内は見ていられないほどの荒れっぷりだった。
まず敷地と外を分かつ入り口に誰もいなかった。別に自動迎撃システムとかは望まないからせめて門番くらい立たせろって話だ。
「敵に基地内潜入を許したことがあったのか」
「え...それはですね...」
「素直に答えろ」
敷地内グラウンドに黒く焦げた穴が何個も掘られているのが見えた。
俺の眼力に怯んだアイゼンはもじもじしながら答える。
「これまで度々ありました。基地内戦闘...」
「やはりか。それ以外もあったのか」
「といいますと?」
「見方同士の打ち合いもあったのかと聞いてるんだ!」
「は、はい!」
これは思ったことより事態が深刻極まりない状態のようだ。
まず敵が敷地内に進入するのを許すとか、難易度ハードのイベントの時さえもそうそうないぞ。戦闘力不足以前の問題だ。門番を立たせて事前に何とかしようとする意志すら見えない。
そして何よりも見方同士の打ち合い。演習とかではないと見た。だってこの跡はどうみても実弾の痕跡なのだ。見方同士で実弾の打ち合いなど言語道断。認めて堪るものか。
「一応聞いておこう。なぜ見方同士打ち合った」
「わかりません。私が作られるより前の出来事だったので」
「お前はいつ作られたんだ?」
「1年ちょうどです」
はあ? じゃ何だ? 少なくとも1年前からこの魔境っぷりを保てているってことか。何それ。最早弛んでるとか無能だとかのレベルの話しじゃないぞ!
「前の指揮官は何をしていたんだ!」
「わかりません」
「はぁ?」
「私が指揮官...って言いますか、人間に会ったのは前島指揮官が初めてなんです」
俺が初めての男ならぬ始めての人間だとか、第77連隊の悪名は聞いていたがこんなカオス地帯だったなんて聞いてないぞ。
「1年以上指揮官が不在だったなんて置いておきたくはないが、一先ず置いておこう。じゃ今ここは管理してるのは誰だ」
「管理...してるかどうかはわかりませんが...」
「...一番えらいやつでもいい」
「それでしたら...」
「私が第77連隊の秘書官を務めてた葛城よ」
俺の指示道理一番えらい奴を連れてきたアイゼン。長い黒髪を翡翠色の簪で留めた和服を着ている美少女。
アイゼンと並んで立つと一層小さく見えるな...アイゼンの背が高いわけではないが、頭一個ぐらい差があるぞ。っていうか完全に幼女だ。
俺はこいつを知っている。
目つきがすこし鋭くなって悪ぶってることを除くと俺がよく知ってる奴だ。
雲龍型航空母艦葛城。
ゲーム時代に使ってた落ち零れ空母の一隻。ちなみにレア度はSR。
「葛城か... あったんだな空母」
「そうよ、私は空母なのよ。えらいのよ」
「ごめん、何故威張るのかわかんねぇんだわ」
何こいつ何様?俺は指揮官様だが。
「あんた、指揮官なのに分からないの? 空母はすごいのよ?」
お前も「そんなことも分からないんですか」の目で俺を見るな。女子にそんなこと言われたら地味に傷つくんだよ。
「空母はすごいか...」
「そうよ」
普段の俺なら指揮官席に座り込んでラスボスのごとく踏ん反り返ってるところだが、残念ながら指揮官室すら何者かに爆撃を受けたように天井が吹っ飛んであったし、当然俺が座れる席すらなかった。
だから俺も突っ立ってる状態でこのちんちくりん和風空母と睨めっこをしなくてはいけなくなった。
「ここ山だぞ。なぜ空母がえらいのか説明しろ」
「...ひ、ひこうきとばすの」
いきなり幼女化すんな。
「ぷぷっ」
「うう...えらいったらえらいのよ!SRは私しかいないんだから」
ちなみに俺が笑ったわけじゃない葛城の隣に立ってるアイゼンが笑ったのだ。お前、地味に嫌なやつだな。
ちょっと待った。葛城のやつ今なんつった?
「SRがお前しかいない...だと?」
「そうよ。ようやく私のすごさが分かった?」
「ああ、お前を直ちに解体したくなったわ」
「なんでよ!」
俺が第77連隊の話を最初に聞いたのは少なくとも3年前だ。つまり3年前には既に出来上がって実戦経験を積んでる部隊だったってことだ。
で、今SRが何体だと? 落ち零れのてめぇだけだぁ?
「ふざけるなぁ!」
「ひぃっ!?」
いきなり大声で怒鳴ったせいか怯む葛城とアイゼン。恐る恐る俺の顔色を伺う。
「SRが出る確率が低いのは俺も重々承知だ。だが出るまで回せば、数を重ねればいつか出るのがガチャってやつだ。3年前から回していたらSRなんぞコンプリートしてて当たり前だ。だというのにてめぇだけとか...笑えない冗談だぞ。これは責任問題だ。指揮官の不在の間、お前がここの責任者だったら」
責任を持って解体されろ。
「だって...だって...」
顔が真っ青になってぶるぶる震える幼女空母。
そんな彼女を姉のように庇うアイゼン。おいお前が年下だろ。
「指揮官、あまり虐めないでください」
「そうだそうだ!」
「ふぅ...いいだろう。言い訳があるなら聞いてやる」
「......」
「どうした。無いのか」
「...って」
声が小さいし距離が遠いから聞こえないぞ。お前の口と俺の耳は住む高さが違うからはっきり聞こえるように言えよ。言っておくが今の俺はあまり心に余裕が無いんだ。こんなカオスなところだとは微塵も思わなかったからな!
「だって仕方ないじゃない! みんないきなりいなくなったんだもん!」
「いなくなった? どういうことだ」
「言葉通りよ! 私が作られたばかりの頃...」
話は3年半前に遡る。
俺が南部戦争に終止符を打って国境線強化と国内の安静かに勤しんでいた頃、ここ北方に位置する第77連隊でその事件が起きていた。
山地のど真ん中に存在するこの第77連隊は、その険しい立地条件と強靭な敵群れが相まって物資補給がままならないところだったらしい。
そんな第77連隊の指揮官として赴任してきたのは、ろくに戦闘経験も部隊運用経験も積んでない「机型士官」だった。
なぜ事務仕官がこんな僻地に飛ばされたのかは知らないが、とにかく部隊運用も出来ないわ戦闘ではいつも負けるわで散々だったらしい。
「いつもみんな傷だらけだったよ」
山ん中でしかも作られたばかりの新米空母に出番など来るわけも無く葛城はいつも基地でお留守番をしていたそうだ。まぁそれは当たり前だな。
「あの日もそうだった。みな戦闘後へとへとになって帰ってきてたわ」
いきなり鳴り始めた警鐘でみなあたふたしていた。何故ならそれは敷地内襲撃時だけ鳴るようになっている警鐘だからだ。
「そりゃ今はこんな有様だけどあの時はちゃんと入り口に門番も立たせてたわ」
信じがたい話だがそういうならそうなんだろう。
「まず壊れたのはドックだったわ」
ドックが吹っ飛んでちゃんとした補給や治療も受けられず基地内の全武装人形たちが戦闘に繰り出された。
「練度が低い私は戦闘に参加することすら許されなかった」
治療してもらうためドックで待機していた武装人形はみな第77連隊の精鋭であったため一気でそれらを失った彼女らは厳しい状況強いられる。
だとしても邪魔だからといって彼女の戦闘参加は認められず地下シェルターへの避難命令が出た。
「悔しかったわ。私にも装備さえあれば...!」
空母は武装の値段が高いし燃費も悪い。当然艤装なら言うまでもない。山の部隊が低練度空母の彼女にそんな物資を投入するわけが無いのだ。
「私が地下シェルターから出たのは、シェルターの自動プログラムが作動する2ヶ月後のことだったわ」
彼女を含めた低練度の武装人形数機が見たのは廃基地と化した第77連隊だった。見方も敵も誰も残っていない空間だった。
「そこからはひたすら地獄だったわ」
指揮官すら残らなかった新米人形だらけの第77連隊は何とかして中央と連絡をとり新しい指揮官を派遣してもらうようにしたが、誰も来なかったらしい。
「待って。それはおかしいぞ。中央は定期的に指揮官を送ったぞ」
「じゃ道端で死んだんじゃないですか」
肩を竦めながら言うアイゼン。おいそれは洒落にならないぞ。マジで魔境じゃないか。あのクソジジィは知っておいて尚俺を送りやがったてことか!
「死んだんであれ神隠しにあったんであれ指揮官すらいないへっぽこだらけのここが3年間も保ち続けられたのはまさしく奇跡だとしか言いようが無いわ」
そうだな。今までの暴言は詫びよう。お前すげぇやつだな。
「何とかして部隊を再編成して新しい指揮官がくるまで待とうとしたけれど、仲間も一人ひとり減っていって、とうとう1年前人形製造機まで壊れたわ」
「私が作られた最後の人形です。えへへ」
マジか。ガチャまわせねぇじゃん!
「で、今残ってる人形は私とこの娘を含めて6機だけよ」
「よくも連隊と名乗れたものだな」
「あんたたち人間のせいよ!」
葛城の目つきが鋭さを増す。怖い顔で俺に近づいてきたが俺との背丈の差がありすぎて上目使いになってしまった。
かわいいな、おい。
「俺たちのせい?」
「そうよ! あんなボンコツ指揮官さえ送らなければ...いやちゃんと次の指揮官さえ送ってくれさえすればみんな死ななくて済んだわ!」
「それがお前らが俺を目の敵にした理由か」
「そうよ!」
基本的に武装人形が人間を恨んだり憎んだりすることはまずない。人間の僕として道具として作られたからだ。
ゲーム時代もそうだった。指揮官への高感度パラメーターも「普通」である50から始めるもので「嫌悪」から始める人形は一体もなかった。
「この娘は初めて人間と会ったんだから何となく手篭めに出来たんでしょうけど、所詮この娘は私の中で最ちょろ。残りの私たちは違っへぶっ!?」
「うるせぇな」
怒りのあまりに涙ぐんで叫ぶ彼女の小さい頭に俺の仕官帽子を脱いで被らせた。小さい頭が完全に入って口を黙らせる。
言っておくが決して俺の頭がでかいわけじゃないからな。あいつが小さいんだよ。
「まぁ事情はだいたいわかった。ようするにちゃんとした指揮官がいなかったからこんな状態になったって言いたいんだろ?」
「そうよ! ってこの帽子くっさ!臭すぎるわ!」
おいそんなこと言うなよ。俺の繊細な心が傷つくだろ。
「じゃ問題は解決したわけだな」
「はぁ? どこがよ!」
「俺はちゃんとした指揮官だぞ」
なぁ? 同意を求めるようにアイゼンに視線を送るが、困った笑みだけ返された。おい、ついさっきともに戦った仲間だろうが。
「嘘ついても無駄よ。ちゃんとした指揮官がこんなところに着任するわけ無いでしょ!」
仰るとおりでございます。口がどれだけあっても返す言葉もございません。
「あんた何でこんなところに来たのよ」
左遷ですサーセン。
「顔見たかぎり女ね。セクハラ系に違いないわ。女難の相が出てるし」
このゲームは基本俺以外全員女子だからな?女難の相しか出ないからな?
ていうかさ、俺の顔そんなに悪いかな。おいアイゼン、お前はなんで納得してんだ?
「バカか。俺より優秀な指揮官はそうそういないんだよ。この有様の第77連隊を救える指揮官は、歴戦の指揮官な俺しかいないという桜坂司令のご慧眼だ。わかったら俺を指揮官と認めてひれ伏せよ」
「はぁ? あんたみたいに死に損ないのような顔をしてる人間が歴戦の指揮官なわけないでしょうが」
なかなか強情だな。しかしその時助け舟が出た。
アイゼンが夢見る乙女のごとく両手を胸に重ねて言った。
「前島指揮官は本当にすごいお方ですよ。私を指揮して敵を倒したんですから」
「え?ほんと? 貴女ごときが?」
お前本当口悪いな。見ろよ、アイゼンが落ち込んだだろうが!
「アイゼンはああ見えて陸戦錬度がFだ。陸で戦ったら低錬度空母であるお前は瞬殺されるぞ。あまりバカにするもんじゃない」
「指揮官...」
「な、何よ! そんなに通じ合ったみたいに! しかもアイゼンって何!? もう名前までつけちゃったの!? とんだ女誑しね!」
アイゼンあんたもちょろすぎでしょ!って言葉に「返す言葉もございません」と頭を下げるアイゼン。
「お前たちの否応無しに俺が第77連隊指揮官になったのは決定事項だ」
「あんたなんか認めて堪るもんで...」
「俺はお前を戦わせるぞ」
「認めるわ我が指揮官」
「ちょっと葛城さん、私よりちょろいですよ!?」
「うっさいわね。面倒くさい女はモテないわよ」
「しかも説教された!?」
ここでだらだらと講釈を垂れる余裕なんぞないんだよ。だいたいちょろくないと武装人形は勤まらないからこれでいいんだよ。
ちょろいのは仕様です。
「では本日この時をもって第77連隊指揮官として着任する前島周大佐だ。では早速命令する」
「なんでしょうか」
「戦わせてくれるの?」
「まず残りの面子をここに集結させろ」
「ですよねー」
「本当とろいわね。まだ挨拶もしてなかったの?」
お前のせいだよ。お前のせいで1話分量を使ってしまったと自覚しろよ。
そんな不満をあえて言わない俺にアイゼンが笑顔で言った。
「私が残りの方たちをお呼びしますのでお待ちくださいね」
「早くしてよね」
だから何でお前はそんなに偉ぶってんだよ。
呆れ気味の俺をもじもじしながら横目でちらちらと覗き見る葛城。
なんだキモいぞ。
「ま、まぁ? 一応、い・ち・お・う! 指揮官として認めてあげたわけだし? 私のために励みなさいよね!」
うわーマジうざすぎーありえなくなくない?
「よ、よろしくぅ...」
「ああ」
赤面しながら伸ばされた彼女の小さい手を握り返し握手する。
素材番長人形と山ん中の低錬度空母か。
次はどんな面子が出るか不安で不安で仕方ないが何とかするしかないな。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もっと世界観とかゲーム設定とか色々話したいのですが
チャンスは後になりがちですね。とほほ。