第二戦 初戦
「旦那、ついたぜ。じゃおいらは次の指揮官さんを迎えに行くぞ!」
「こらこら、勝手に殺すなよ。俺は長生きするタイプなんだぞ」
「それ前々回の指揮官も言ってた。今は半身不随になってるとか」
「おい洒落にならんことはやめろ。今、まさに尾骶骨がやばいんだよ」
痛くなったお尻を撫でながら乗せてもらったトラックから降りる。
確かに移動時間は長かったが、車に乗ってた時間自体はそんなに長くなかった。なのにこんなにこんなに尾骶骨辺りが悲鳴をあげるのは、道路の道路らしからぬ凸凹さのせいだろう。
道ぐらいちゃんと整備しとけよ。税金払ってんだぞ。
「ここからは民間人出入り禁止区域だからおいらは入れないわ、悪いな旦那」
「いやいやここまで乗せてくれてありがとう」
「じゃ達者にしろよ!」
ここまで乗せてくれたおっさんがトラックを引き返して走り出すのを見送る。
一週間くらい前に中央本部から左遷命令を受けた俺は、直ちに荷物を纏めて中央を出た。6年間粉骨砕身しながら建て直した都市なのに、去るとき挨拶する者は誰もいなかった。
寂しい気持ちが無かったと言ったら嘘になるが、後ろ髪引かれるよりはマシだと思う自分もいたのも事実。清清しいことだと自分に言い聞かせながら中央を後にした。
「中央以外も気にかけていたつもりだが...これはひどい」
地理的にも行政的にもこの国の中央に位置した巨大な都市――特別中央行政市。通称中央。
俺は人生の6年間をその場所に費やした。
立て続く大戦争で国々はその機能が麻痺し飢饉が続いていた。当然飢え死ぬ国民が続出する上に流行り病が猖獗を極まった。
そんな世を安静させる傍ら戦争でも勝たなきゃいけない無理ゲー状態を6年間過ごしたのだ。
その結果がこれか。
俺が中央に居座っていたのは事実だが決して地方をないがしろにしてた訳ではない。周りの視察も忘れなかったし軍需補給のため全国をまわることもあった。
「道の真ん中に木が生えてるじゃないか」
だが、流石にこれは何ともいえない。道の真ん中に木が生えている。山道であることも僻地だから包装できなかったのも理解しとう。だがこれはないだろう。
車が通れないから歩くしかなくなるだろうが。
「着任初日から行軍か。中々の仕事場じゃないか」
指揮官室に着いたら、まず秘書官を更迭しよう。うん。
ようやく見えたと思ったら割れた電球がそのままついてる街灯。壊れて識別がつかない道しるべ。山の獣に掘られと思われる道の真ん中の穴。
「これは紛うこと無き6-77だな。いやこのレベルになると流石に人がいるかすら怪しくなるぞ。もはや廃村じゃないか」
魔境と言い換えてもいい。
背中のでかいリュックサックに汗が滲むのを感じる。何で山にあるんだよ。あのクソ部隊は。
いつの間にか日も暮れ山中を照らすのは木漏れ日ならぬ木漏れ月だけになってしまった。
意識が護身のため身につけている拳銃に向けられる。
左遷先にも着けず山道で獣に殺されるなんて洒落にならないからな。
夏は夏で獣が活発で危ないが、冬はそれに比べられないほど危険度が増す。何せあいつら食べ物が少なくなって人間すら攻撃してくるからな。
「せめて短機関銃か小銃でもあったら狩れないこともないけどな」
「そこに誰かいますか」
「うわっ!」
いきなり横の芝から声が聞こえてきて拳銃を抜く。
「う、撃たないでください!私はにゃんこちゃんじゃないです!」
「トラはにゃんと鳴かねぇんだよコラ!」
気が動転して突っ込んでしまった。
喋ってるってことは人かそれに準ずる何かってことだから弾丸を突っ込むよりはマシか。
「何者だ」
変わらず拳銃を向けて聞いてみる。
それに答えるのか芝が分かれながら誰かが近づいてくる。
敵が話してかけてくれることはまずないが、はぐれ民間人が賊に化す場合も多々ある。こんな辺鄙なところなら尚更だ。
「私、近くの部隊の者です」
闇から月明かりの元に現れたのは少女だった。
ポニーテールの銀髪に学校の制服らしき白い服を身につけていた。そして何より目をひくのは顔につけている暗視スコープと手に握られてる長い小銃。
こんな格好をしたものを俺は良く知っている。
「Kar98k...武装人形か」
「私のことご存知ですか!?」
「俺の制服を見ろ。当たり前だ」
「あっ!」
そのときようやく俺の身なりを見て納得の嘆声を上げる少女。
図鑑番号4番のレア度コモンのキャラクター「鉄屑の少女」だ。
あの可愛い顔立ちが目を引くが、あまりにも出現率が高い上に能力値が並み以下であるのが重なって不人気となった悲運のキャラ。
そして、ゲーマー時代の俺のメインキャラ。
「私って個体数が多いらしいし当たり前っちゃ当たり前かー」
自虐ネタをぶちこんで落ち込む芸を披露する。
その瞬間、俯いた彼女の首筋から「--F」という文字が見えた。
あれは「領域練度」というものを示してるもので、定期検査を経て更新されるものだ。
「轙装までは与えられたようだな」
「あ、わかります?」
「だから俺は軍人だと言ったろ」
「そ、そうでした!」
ぼーっとしてるのも相変わらずだな。危うくてほっとけないところも。悲しいくらいに彼女はゲーム時代と同じだった。異なる個体であるはずなのにまるで同じ反応を見せていた。
だが、やはり久しぶりに会う相棒に嬉しさと懐かしさを覚え、知らず知らず遊び心が蘇る。
「で、お前はこんなところで何をしている。脱走兵か?」
「ち、違います!」
「本当か? 解体するぞ?」
「ごめんなさい! 本当に脱走じゃないです!」
あわわわーと慌てる彼女の姿に悲しくも和んでしまった。
そんな彼女の頭に手をぽんと置いた。
「冗談だよ」
「ひどいです...」
胸を撫で下ろしてしゅんとする。
「それより、どこの部隊に所属してるんだ?」
俺の問いに顔を上げてびしっと答える少女。
一抹の迷いもない。
「私、第77連隊に所属している、Kar98k-P1です! ...大佐!」
最後は俺の階級を確認して敬礼する。Kar98kは武装している小銃で、P1は彼女が持っている轙装を指す。武装だけ名乗るのをみると固有名は命名されていないようだ。
「俺が誰か分かるか」
「申し訳ありませんが存じ上げておりません!」
「正直でよろしい」
まぁ知ってるほうがどうかしてると思うがな。
俺は腕を組んで威圧感を出しながら彼女に問いかけた。
「俺は本日をもって第77連隊の指揮官に任命された前島周大佐だ」
って言ったら「新しい指揮官でしたか! これはご無礼を!」と慌てると思ったが、これは何ってことだ。彼女の目が死んでいた。
彼女は事務的な口調で淡々と話し始めた。
「指揮官でしたか。これはご無礼を」
想像したのと文字一つ違わないのに何故こんなに冷たく感じるんだろう。
「撃つ前に識別できてよかったです。指揮官まで狩るところでしたね。...ちっ」
ちょっとちょっと今舌打ったよこの娘。それよりまでって何?どうなってんの?
どうみても俺への高感度が0にしか見えない態度をとり始めましたよ。俺たち初対面だよね?そうだよね?
さっきまでの可愛い電脳世界女子はいなくなり今時のリアル女子に化けやがった。
「もしかしてお前狩りをしていたのか」
「よくお分かりでしたね。そんなにじろじろ見てたんですか」
こいつ態度変わりすぎ!
いったいどんな事情があったかは知らんが、流石に初対面の上官に対してその態度はいかんぞ。
「お前の銃がもろに猟銃に改造されてたからな。で、何で狩りなんかしてたんだよ。火器の私物化は洒落にならないぞ」
「そうでしたね。私を解体するんですね」
「いやいやしないから! 何でそんな考えに至るんだよ!」
この娘、こんな性格だっけ?
俺の知ってるKar98kと違う一面が見られて嬉しいやら悲しいやら。複雑な気持ちを抱えたまま事情聴取を行う。正式の着任式を行う前に厄介ごとに巻き込まれた感がしてたまらないぞ。
「今までの指揮官はみな私たちを易々と解体してたからに決まってるじゃないですか。大佐なのにそんなことも知らないんですか」
出たよ。完全に上司を無視する台詞一位「そんなことも知らないんですか」。胸が抉られる気持ちになるぞ。いや知ってたからな? 俺もダブりの場合、散々解体してきたしね。
でも「解体」はだいたい何もすることがないときだけだ。ダブりは強化や改造の素材として使ったりするからな。今の第77連隊に強化や改造がカンスト状態であるとはとても思えない。
「でもお前は練度を上げて轙装までついたんだろ? 使われてるんじゃないのか」
「私のようなゴミ人形が使われるわけな...静かに」
「?」
言葉の途中、彼女は唇に指し指を当てて静かにするように促す。訳が分からないが、彼女が直ちに暗視スコープを装着して周りを見回すのを見て感づいた。
敵か、それに準ずる何かが出現したのだ。
俺も拳銃で周りを警戒する。
「敵です」
短いが思い意味を持つ言葉。
「数は?」
「ハウンド型が一体、ジラフ型も一体」
夜目が利かない人間である俺には見えないが暗視スコープを使ってる彼女にはそれが見えてるらしい。
でも緊張して損した。それぐらいなら楽勝である。チュートリアルもそれより難しいだろう。
「はぐれか。お前でも倒せるだろう。やれ」
「...です」
「え?なんだって?」
「無理です」
彼女は肩を落としながら答える。落ち込んでながらも目は敵を監視し続けている。それは褒めよう。
だが上官の命令に「無理です」って答えたのはいただけないな。出来ない命令は最初から出さないっつーの!
「無理って? あれくらい撃てば終わるだろう」
「......」
「何が問題だ。言え」
「弾がありません」
「......」
弾がないかー何故だろうなー
「なんで弾もないのに狩りなんかしてたんだ!」
一緒に身を潜めてひそひそ話す。戦闘マシンである彼女が役に立たないと分かった以上身を隠してやり過ごすかどうするか対策を考えないと。
「弾はありましたよ! ちょっと今日は調子が悪くて...」
「つまり当たらず弾を無駄遣いしたと」
「うっ...」
そうだった! こいつ低レベルの頃は命中パラメーターがクソ過ぎて誰も育成してなかったっけ。
だから万年素材って罵られたんだよ!
「まぁいいさちょうど俺の拳銃がP22だから」
実はゲームの頃から相棒に合わせてこれを使い続けただけなんだけどね。
「は? 指揮官の銃なんか握りませんよ、セクハラですか」
「アホか!」
「いたっ!」
あまりにもアホ臭い返しにイラっと来てチョップをかましてしまった。少女は頭を抱えて涙ぐんで俺を睨む。今のはどう見てもお前が悪いからな。
「俺の弾を使えと言ってんだよ」
「セクハラ第2弾ですか、弾だけに」
「マジで解体してやろうか」
「......」
目つきの悪さに定評がある俺が睨むとマジでビビる彼女。俺は説明する時間も惜しんで、彼女の銃を奪い自分で装弾し始めた。
こいつの銃が狩り目的で改造されてるおかげでなんだかんだ俺の拳銃の弾も使えるようになっていた。
狩りなんかしてたおかげで弾切れになってたけど猟銃にしてたおかげで弾丸を共有できるとか。災いを転じて福と為すとはこのことだな。
「さぁこれで撃てるはずだ。撃て。そして勝て」
「でも私は当たらないゴミ人形ですよ」
いやお前自体はめっちゃ当たるからな。ガチャ回すとめっちゃ当たるからな。
当たりではないけど!
「アホか。俺がついてるから当たるんだよ」
「何ですかそれ! 意味分からないです!」
「こらこら大声出すなよ」
敵がこっちに気づいたじゃないか。
もう時間がないな。ジラフ型はのろまだからまだいいがハウンド型は足が速いから早く撃たないとこっちがやられるぞ。
「早くやれ!」
「無理で...」
「やれ、命令だ!」
「っ!」
俺の「命令」って言葉に彼女の肩がどきっとする。彼女たち武装人形は「命令」って言葉に反応するするようになっている。言葉通りコマンドってわけだ。
「心配するな。俺が当たるようにしてやる。俺は夜目が利かないしその暗視スコープも使えない。よって撃てるのはお前だけだ」
「......」
「今日初めて会ったばかりの俺のことが信用できないのも分かる。でも俺はお前の能力を、可能性を信用している」
「私の......」
俺の言葉に目を大きく開く彼女に頷いてみせる。信頼を込めて。
「数多の人形を育ててきた俺だ。その中でもお前の可能性を群を抜いている。だから信じてくれ。俺のことはいい。お前自身を信じろ」
「私自身...」
「時間がない」
見えないが分かる。ハウンド型が近づいてくるのが分かる。
彼女もそれに感づいたのか、頷いて見せては射撃行動に取り掛かる。
右ひざを地面につけ左ひざを立てる。そして左肘を左ひざに当てて固定し右肩に銃床を当てはめる。それだよ。何だ、姿勢は完璧じゃないか。
だとしたら問題は...
「指の力を抜け」
「はい」
「指先だけで引き金を引くんだ」
「はい」
「息を吸え」
「すぅ......」
「吐け」
「ふぅ...」
「いまだ。息を止めろ」
「...」
「狙いを定めろ」
「...」
「早まるな」
「...」
「撃て」
「...!」
たあぁん...!
「き”や”ぁ”っ”!」
化け物じみた端末魔が聞こえた。当たったな。
「司令官、私、当たりまっ」
「緊張解くな! 次弾装填!」
「は、はい! 次弾装填!」
俺の指示を復唱しながら装填を急ぐ彼女。このライフルに自動装填装置なんぞついてないのだ。
装填を済ました彼女はさっそく遠くからのこのこと近づいてくるジラフ型を狙う。
「頭を狙い撃て」
「はい!」
俺の指示を聞いて直ちに立射に変更する。目を引くほど動きが機敏になっていくのがわかる。
これが指揮官と武装人形の関係だ。
「狙ったら、...頭を吹っ飛ばせろ!」
「...っ!」
たあぁぁん...!
夜の闇を引き裂いた閃光が高い位置にあるジラフ型の頭を吹っ飛ばすのが俺にも見えた。ハウンド型は小さいから月明かりすら通さぬ木陰の下を走ってくるから見えないけど、ジラフ型は頭が木よりも高い位置にあるから肉眼で確認できたのだ。
「...やった...」
「ああ」
「私、やりましたよ、指揮官!」
「そうだな」
「やだ、嬉しい...!」
さっきまでの悪ぶった態度ではなく本当に嬉しがる電脳世界の少女らしき微笑ましい姿に俺も笑ってしまった。
「ほら言ったろ? お前なら当たるって」
「は、はい...」
月明かりの下で俺の言葉に顔を赤らませもじもじする。今更何もじもじしてんだ? 気持ち悪いぞ。今までの態度を顧みろよ。
「ひどい態度をとって申し訳ありませんでした、指揮官」
「なぁに、むしろ少しは疑ってかかったほうが人生安泰にすごせるぞ」
「そう...なんでしょうか」
「そうだよ」
笑って彼女の柔らかい銀髪を撫でる。
この世界に来て彼女とこうやってじゃれ合うのは初めてだ。ゲーマーの頃は相棒だったのにな。
俺の部隊は中央本部の顔だといえる部隊だったが故に「カモンとレアの武装人形は使うな」と上からの指示もあって、レア度が低いわりには使える人形たちを扱えなかったのだ。
確かに彼女はレア度コモンだし、初期領域練度だって「---」で測定外だ。
だからこそ彼女の可能性は偉大なものとなる。このネオワールドウォ・オンラインで、レア度コモンからSSRまで、そして領域練度「---」から「SSS」まで上り詰めることが出来るキャラクターは彼女しかいないのだから。
「じゃ指揮官を疑います」
「今まで散々疑っておいて何言ってんだか」
「い、今はわりと信用していいかなーって思ってるだけです!」
「お前ちょろいな」
「なんですってー!」
ぷんすかと怒るが嫌な顔はしない彼女だった。
「あぁそういえば俺、命名するの好きなんだよね」
「はい?」
「だからお前の名前を決めてやる」
「い、いきなり名前ですか!? 会ったばかりの相手を!?」
「ずっとお前と呼ばれたいのなら俺は別に構わんぞ」
「い、いいえ! お願いします!」
頭を下げて頼む彼女。流石にずっとお前呼ばわりされたら俺も嫌だわ。
俺は彼女を横目で見てはわざと悩むふりをする。それを見た彼女は不安で道た顔をする。
まぁゲーム時代にそんな人わりと多かったからな。自分の武装人形に如何わしい名前付けるプレイヤーが。
だが俺は違う。最初から彼女の名前は決まっていた。
どうしようもないほど、彼女にはこの名前以外ありえない。
「今日からお前の名前は、」
いつか偉大なる鉄の姫となるお前の名は、
「アイゼンだ。プリンセシン・アイゼン」
今回もよろしくな。
アイゼン。
明かしてない色んなものは後で明かされますのでお待ちを。
読んでいただきありがとうございます。
まだまだ続きます!