第一戦 左遷
美少女コレクションゲームとは美少女を愛でるためのものである。
美少女たちを集め仲良くなりハーレムを作って勝利を掴む。
きゃきゃうふふのバラ色世界。
異世界にいくならこのような世界がいいなぁー天国だろうなぁー
俺もそう思っていた。
――それがVRMMOになる前までは。
「指揮官、朝です。起きてください」
女性の声が耳に届き、眠りの淵から浮上する。
相変わらず体がだるい。寝ても疲れが取れない。
視覚が定まらないし何より頭を殴られたかのような目覚め。
「指揮官ったら...目が覚めないのも分かりますが、睨まないでください」
それは誤解だが敢えて言い訳はしない。
俺の目つきの悪さは、子供の頃既に家族のお墨付きをもらっている。今更取り繕うことでもない。
鉛の重りのような頭をあげる。体を起こす。
この一連の動作に苦痛すらあった。
毎朝行ってるはずだが。
「もう俺も歳か...」
「何寝ぼけてるのですか。この前22才になられたばかりでしょ?」
「そう、だったな」
介護用ベッドならベッドが体を乗せて起こしてくれたはずだが、残念ながら俺がいるこの空間にそんな贅沢なものがあるはずもなかった。
何せ俺は今――
「ご苦労様でした、指揮官。出所です」
「高が二週間の営倉入りだ。出所はやめろ」
ここは営倉。
俺は指揮官。
つまりここは、軍だ。
「さっさと支度して向かいましょ。指令がお待ちです」
「朝一会いたくもないご老体と顔を合わせなきゃならんのか。どうせなら美人のほうがいい」
俺の言葉を聞き流した軍服の女性が営倉の鉄格子ドアを潜り出て俺の出を待つ。
あまりの疲れに二度寝の誘惑に負けそうだったが仕方なくベッドから下りて彼女の後を追う。
「ご心配なくても美人さんならちゃんといますよ?」
「お前の話はしてないぞ」
「あら私も私の話はしていませんでしたが、私の顔は指揮官のお目に適ってるようですね」
「......」
お前も嫌いだ!
上官に一言も負けないようとする奴め。
ムッとする俺を横目でニコニコしながら彼女は言った。
「改めて、二週間の営倉生活はいかがでしたか?」
それを聞いてどうする。と思ったが素直に答えよう。
「何より悪いのは便座が同じ空間にあってふざけんなって話だ。病気になったらどうする。
そしてベッドも悪かった。今時石ベッドは流行らんぞ。メシも不味かった。最悪の心地だったが、まぁ...仕事がないのは良かった」
「......」
俺の答えに不満でもあったか視線を足元に下ろす。
そして一歩一歩ゆっくり廊下を歩き出す。
営倉の入り口に立ってる憲兵が俺を睨む。だから睨め返す。二週間同じ釜の飯は食べなくとも同じ空間で同じ時間を過ごした仲間にそれはないだろ。
「これから指揮官の処遇が決まります。指令の気に触れないようにしてください」
「何だ。俺の心配か」
「当たり前...! ...じゃないですか」
「当たり前ねぇ」
零れそうな笑みを口元で留めては指し指で目糞を弾ける。
そして欠伸。
「またそうやって不真面目な態度を...!」
「何、上官に説教? お前が顔洗う時間すらくれなかったからだろうが」
「だからと言って...!」
今度は耳をほじってみせる。あーあー聞こえない。
そんな俺の態度に呆れたのか、溜息を吐いて視線を前に向ける。
「で、お前じゃないなら美人さんって誰?」
「お分かりでしょうに敢えて聞くのは何ですか」
「現実逃避?」
「お止めください」
すかすかと歩く彼女の後ろ姿を俺の死んだ目が追う。
堂々とした背筋と並んだ黒く長い髪のけが目の前で踊る。
普通の仕官なら髪を編んでるはずだが、彼女にはそんな必要がない。
特権って言えるかも知れないが、口にした瞬間、それは皮肉になるだろう。
何せ彼女は――
こんこん
「司令官、第十三特殊戦闘連隊指揮官がつきました。...心の準備は?」
「アイ・ハブ・コントロール」
「......」
彼女のイラっとした顔とともに司令官室のドアが開いた。
ゆっくり開く大きなドアの向こうから眩しい日差しが目を刺す。
それは――
――遠の昔、俺が何時の日か目にした光景とすごく似ていた。
新しい始まりを告げるようなその眩しい光景を、俺はあの頃画面で見ていた。
ネオワールドウォー・オンライン
VR技術を使った数多あるゲームの中で特に目を引く特徴があった戦略シミュレーションゲーム。
昔多かった、武器を擬人化させた美少女たちを集めるゲームたち。それの脈を引くゲームだったが、何故かVRを使っていた。
そりゃエッチなことが好きな人に美少女を集めてきゃきゃうふふするゲームは最高だし、それを実体験のように感じられるVRが合わせられればもっと素晴らしいものになるだろう。と、最初は俺もそう思っていた。
でも実際は違った。
2Dの時はゲームUIの助けもあって数多の美少女たちの情報管理は勿論、部隊運営も容易くできていた。
だが、いざそれを実体験でやろうとすると目が回るほどの多量の文書と一人相撲をしなくてはならなかったし、何気に美少女たちが「本物すぎて」面倒くさくなりコミュ障の人たちからの苦情が出た。
そして何よりの大きい問題は、この類のゲームが持つであろう「戦闘」そのものにあった。ゲーム画面越しでは分かるはずもなかった激しい戦闘を、いや戦争を肌で感じることとなり、多くのゲーマーがPTSDを発症するまでに至ってしまったのだ。
美少女ゲームは美少女を愛でるためにある。
だがリアルすぎた美少女たちの戦争は、悲惨そのものだった。
そしてその戦争に耐えるほどの精神力を、指揮官であるプレイヤーたちは持ちえていなかった。
それで徐々にプレイヤーの数は減り、やがてサービス終了を迎えた。
それがネオワールドウォー・オンライン。
――俺が6年前から存在している世界だ。
「ご苦労だった、第十三特殊戦闘連隊指揮官」
「まったくです。...うっ」
ご老人の挨拶に答えただけなのに俺の横に立ってる女性が尖ってるヒールで俺の足の甲を踏みつけてきた。マジで痛いからやめろ。
「わざわざ連れてきてくれてありがとう、信濃くん」
「いいえ」
ご老人の労いの言葉を笑顔で受け止める彼女。
名は信濃。
そっち系の人なら名前を聞いてすぐ分かったはずだが、正にそうだ。彼女はかつての軍艦を基にしてデザインされたキャラクターなのだ。
雪崩のような美しく真っ黒なロングヘアーと、どんな男性でも魅了するであろうスタイル抜群のボディーがゲームサービスが始まる前から話題になっていた。
もちろん超レアなキャラなので持ってる人は極僅かだったが。俺も持ってなかったし。
「前島大佐、君の処遇が決まった」
この流れで当たり前だが前島とは俺のことだ。
「脱げばいいんですか」
「なに、そこまでのことでもない」
別に体で償うとかの意味ではなく制服を脱ぐ、つまり軍を辞めるって意味だ。
ご老人――桜坂指令は、狸のような笑みを崩さず告げた。
「前島大佐、君が軍に入ってからの6年。その6年の功績はあまりにも大きい」
そうだろうな。一応俺も元ランカーだし、俺強ぇ無双はできなくても最強の部隊くらいなら容易に作れる。
負け続けていた軍にとって俺が作った数多の戦士たちは輝かしいものだろうな。
「英雄といっても過言ではなかろう。謀反を起こさない限り何でも許すのが当たり前であるくらいだ」
そこまでのことは~ あるな。うん。
「たとえ君が自分で作った最強の部隊を自らの手で壊滅させたとしてもだよ」
「......」
桜島指令の言葉で俺の胸がドキッとする。
そうだ。俺が二週間営倉にぶち込まれていたのはこれが主な原因だ。
「もう一度聞こう。何故そのような真似をしたのかね?」
用意してた答えを出す。
「仰る意味がわかりかねます。私は敵を滅ぼしただけです。乱戦になった戦場に火の雨を降らせたが、私の部隊が脱出できず巻き込まれてしまった...それだけの話です」
「答えは変らずかね」
「それ以外の理由が無いからです。閣下、彼女らは所詮道具。また作ればいいのです。全ては人類の勝利のためだとお忘れしないでください」
「そうか。認めよう」
魔法の言葉。人類の勝利ため。
劣勢に立ってる人類にこの言葉は心の支えであり生きる希望だ。
「......」
俺の言葉に横に立ってる信濃は何の反応も見せない。ただその翡翠色の眼に陰が出来るだけだ。
最強と謳われた俺の部隊、第十三特殊戦闘連隊に所属してた彼女なら俺を責める権利があったはずだ。
もちろんそれは彼女が人間だったらの話だが。
「話が逸れたのう。では君への処遇を伝えよう」
「はい」
「前島大佐、君を第六師団七七連隊の指揮官に任命する」
「左遷ですか、しかもあの6-77への」
あの悪名高きクソ部隊に飛ばされるとか。ありえない。
左遷でもなんでもなくただ「死ね」と言ってるのと同じだ。
流石に冷静を保てなくなったのか信濃すら口を挟んできた。
「司令官、さすがにそれは...」
「信濃、君は黙っていたまえ」
「し、失礼しました」
信濃が反応するのも無理もない。あの第六師団七七連隊は普通6-77と呼ばれるが、それ以外にも指揮官墓地だの呪われた部隊だの廃サーバーだの散々な別称で呼ばれていた。
無理も無い。あそこに飛ばされた指揮官は、不遇な事故に遭ったり理由も分からなく死んでいたり精神の病で軍を辞めたりなど滅茶苦茶だったからだ。
ゲームの頃からそうだった。妙にSSRの出現率が低いのは勿論、サーバーがしょっちゅう落ちるのも日常茶飯事だった。
「ワシも鬼ではない。君がそこで何かの功績を挙げたら、また中央に呼び戻そう」
「それはまた大きく出ましたね。例えばどれくらいの功績でしょうか」
「そうだのう...一国を完全解放させるとかかのう」
「そんな...!」
狸じじぃの提案に信濃が声を発したが、それに答える人は誰もいない。
国一つを敵の手から完全解放する。それは至難の業だ。彼女だけじゃない。俺も知ってる。
何せ人類はずっと負け戦をしてきたからだ。
なのにいきなり一国を救えとか。無理に決まってる。
だが俺に拒否権など無い。
「いいでしょう」
「そう来なくては。いいかね、前島大佐。これは決して左遷ではないのだよ。君の実力を見込んでの試練なのだ。これで君の価値を示せば以後の出世街道も安泰だろう」
「わかりました。では私は色々と支度しないといけないのでこれにて失礼します」
「ああ、手紙はちゃんと書くのだよ」
「それは勿論」
桜坂指令に礼を挙げた俺は、そのまま体を転じて司令官室を出ようとする。そしてそんな俺を追うように信濃が指令に背を向けたその瞬間だった。
「あ、忘れたよ、信濃くん」
「はい?」
「君はこの中央に残ると言っておくのを忘れたよ、すまないね」
「私が...残る...?」
翡翠色の眼が濃い暗緑色になる。
「何を仰るのか分かりません。私は前島大佐の秘書か...」
「もちろんわかるとも。だがこれは彼一人に課せられた課題。君の力を借りては意味が無かろう」
その言葉を聞いた信濃は何も言えず俺の顔を振り返った。俺の目と信濃の目がある。
彼女の目から不安が読み取れた。いつも冷静優雅を信条とする彼女だが実はすごく感情的なのだ。
最初からともに戦場を駆け抜けてきた俺だからわかる。
彼女はいつも捨てられるのを怖がってる。一人になるのを怖がってる。
「信濃ひすい」
俺が彼女につけた名前。
「はい、指揮官...」
俺は躊躇いも無く告げる。
「お前から秘書官の任を解く」
「はい...?」
俺の言ってる意味が分からないのかそれとも聞き間違ったのか、彼女の顔からはてなが読める。
「お前を残すと言ってるんだよ。これ以上俺に構うな」
「......!?」
「達者でな」
それだけを言って信濃から背を向けた。後ろから彼女が力なく座り込む音が聞こえたが構わない。
焼き付けるように脳裏に刻まれた彼女の瞳の色は、真っ黒になっていた。絶望の色。失望の色。
俺の好きじゃない色。
司令官室の多きなドアが開き、外の眩しい光が差し込んでくる。
まただ。この演出。
普通ならこの後、新生部隊で初の秘書官を決めてチュートリアルが始まるわけだが、事実上BANされてクソサーバーに復帰したようなものだし、新しいゲームへのワクワク感は微塵もなかった。
心なしか泣き声が聞こえるような気もしたが、構えない。
もうあの日には戻れないのだ。
殲滅命令を出したあの日から、俺の決心は揺るがないから。
「うん? そういえば美人はどこだ?」
ひすいの奴、嘘ついたな?
始めまして、清風裕泰ともうします。
趣味で色々書いてましたが、なろうでの連載は初めてですね。
外国の生活が長かったゆえおかしな日本語があったらお許しください。
仕事の合間合間に書きますので連載速度はかなり遅いかと。
では、長い間仲良くしてもらえるよう頑張ります!