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01 死神との魂の契約


 死神なんてろくなもんじゃない。生きている人間には無視するくせに、こちらが死んだ瞬間、魂の契約をしたがる。だったら生きている間に魂の契約をしろという話だ。そうすれば、少しは鬱血うっけつした現世で楽しく生きられたものだ。けれど、残念ながらそうじゃない。死神はそんな人間の気持ちなんて知る由もなく、死んだ人間の魂をあの世へと運ぶ。

 いや、違うか。死んだ人間は自分からあの世へ行く。ちゃんとあの世へ行けるのだ。それは人間、いや、生きとし生ける物が持っている“魂のキオク”が糸みたいなものであの世へと引っ張られる。誰もが生まれながらにして死について思うのはそういう“キオク”があるからだとボクは思う。

 けれども、“魂のキオク”のない者はどうなるのだろうか? あの世へ行くことができなって地縛霊のごとく、現世にいるのだろうか。

 安心しろ。そのときは、死神様がわざわざ遠出して現世へとやってきて、死んだ人間を魂のカンテラの中へと入れてくれて、あの世へ旅立つこととなる。

 

 そう、ボクは魂のカンテラの中に入っている。ボクの魂はドロドロ液性100%の死汁でできているのだ。


 遠心分離機でかき混ぜられてぐちゃぐちゃになったのようなスライムの塊、もとい“液体魂”ではあの世へ行くこともままならない。ボクとしては大変不本意だがもう慣れた。ボク自身がどうやっても動けないのだから、誰かに運ばれるのは仕方がない。一度、意識を失って担架に運ばれたことがあるから人間の限界は知っている。なら、魂が動けなくなっても不思議ではない。

 それに、僕の下へとやってきた死神少女“ルネ”は金髪の碧い目をしたロリっこで、おい、これはダメなヤツじゃないのか? と、笑みを浮かべて正論を言いたくなるほどの美少女だ。わきが見えそうな服装で下から覗いてくださいと言わんばかりのミニスカートに、ふとももを細く縛り付ける黒タイツ。死神装備が完備となんとやら。そんな準備満タンなコと一緒に長い長い何もない黄泉路の上をゆっくりと歩いている。こんなコに冥界まで魂を運ばれるのなら、生きてきたかいがあるというものだ。

 ただ、不満もある。ルネの性格がよくつかめない。死神少女なんだからもう少し死神っぽく、「死んだことを懺悔しなさい」と、暗黒微笑をかましてもいいのに、妙にさばさばと言うか、死神の仕事に関して業務的な感覚を受ける。ベテラン看護師の風貌というか、人間の死に関してどこか達観している。

 けれど、それがボクにとって安心感がある。ちゃんとあの世へ連れて行ってくれるのだろうと、このコの死神を信じている。

 

 ボクらは時折、長い長い黄泉路でたわいない会話を交わしている。

「コンビニとかないのか?」

「コンビニで何を食べる?」

「うーん。プリンでも」

「あなたの魂、プリンみたいなのに」

「いいだろう? 別に」

「プリンと魂が混ざって甘くなる」

「混ざるの? それ混ざるの!?」

 なんかすごく試したいぞ。

「やめなさい。食べるとしても冥界についてからにしなさい」

 冥界ってプリンでも売ってるのか? と冥界について考えていると、ルネはカバンからスマホを取り出した。技術革新バンザイだ。

「なんか書いてあったか?」

「ここら一帯には渦が出るって」

「渦?」

「シェオル・ヴェルテクス。冥界の渦。みんなからは渦って呼ばれている」

「渦ってあのうずまきだよな? 入るの?」

「誰が入るか。プディング」

「プディングって……」

「渦は黄泉路で起きる自然災害みたいなもの。世界が魂を求めている」

「世界? 魂?」

「おなかすいたら何か食べたいでしょう? 世界もそれと同じ。世界は自分が死なないために魂を持つ物を求める」

「あれ? 黄泉路って、死んだ魂が通るところじゃないの?」

「黄泉路から魂を求めるのその世界が大きな危機ということ。天から授かる魂だけじゃ足りないから黄泉路と無理やり接続している。自分の世界が死なないためにもね」

「死神はそういうの助けないの?」

「私たちは魂を運ぶ案内人でそういう世界を救うのはその世界にいるヒトがやること」

「なんかドライだな」

「そう思っていないと死神やってられない」

 ルネの言葉には毒がある。本音を隠さない。カノジョのストレートな言い回しは、ボクが魂のカンテラの中で目覚めたときからだ。


「床に落ちた豆腐のようにあなたの魂はぐちゃぐちゃね」


 ルネがボクに向けて言った始めての言葉。悪口なのか、本音なのか。

 一方、そんなこと言われたボクは正直何も思わなかった。床に落ちた豆腐という比喩表現なんて誰も使わないし、ましてや、あなたの魂レベルで言うなんて悪ふざけが過ぎる。冗談にしてはいささかシュールだ。

 けれど、それは悪ふざけでも比喩でもない、みたまんまの表現だった。ボクの魂は人間の身体とは言えないぐらいに、ドロドロでグチャグチャ。床に落ちた豆腐をすべてかき集めた残滓ざんしがボクなのだ。

 まあ、元々が豆腐メンタルだったボクにはお似合いの姿だったかもしれない。中学生の想い出を思い出すだけで奇声を上げるしまうほどのメンタルの弱さなので、そんな魂になってもおかしくない。映画やアニメのような気体状で透けてとおる幽霊であればよかったんだけど、残念ながらボクの魂は杏仁豆腐みたいにぷるぷるとした固体のカタマリだ。

「まあ、ムリもないわね。魂のキオクがないのだからね」

「魂のキオク?」

「誰もが持つ生まれる前から持ち合わしているあの世へと還るためのキオク。それがあるから誰もが来世で生まれ変わることができる。まあ、現世でどんなことをしたのかはさておいて」

「魂のキオクとボクの今の魂と関係はあるの?」

「現世で忘れたくなるほどつらい心のキズがあったのもしれない。そのキズを来世へ持ち込まないように死んだときに置き忘れた。多分、魂のキオクをなくしたのは現世で受けた心のキズを置き去りにしたのだろうね」

 ルネは毒があるがやさしいところもある。

「じゃあ、ボクはどうやって死んだ!?」

 と尋ねると、視線を泳がして聞こえていないふりをした。

 ――おそらくカノジョは死神というぐらいだからボクがどうやって死んだのか知っているのだろう。それは口にすることもはばかれるほどの言えないことだと思いたい。

 でないと、死んだ時の記憶のないボクが魂のカンテラにいる理由がない。きっとそれはそれはむごく、理不尽に、ボクは死んだのだろう。カッコつけるつもりはないが、死んだ時の記憶がないのだから、そう思っている。


「ゴメンゴメン。トークに夢中になっていた」

 スマホから視線を外したルネは物思いにふけていたボクに語りかける。

「なんて返信した?」

 物思いを悟られたくないとすぐ返事をした。

「予定より遅くなると冥界に連絡を取っていた」

「予定よりって……」

 けっこう長い間、一緒にいるって。

「ちょっと霧が深いから」

 黄泉路はドライアイスの床みたいに白い霧でおおわれている。確かに、なんか霧が多い。

「霧が深いとちょっと困るんだよね」

 ルネはスマホをカバンに入れ、大鎌を召喚する。身体に似合わないほどの大きな鎌の刃先はギラついて鋭い。

「特に、キミみたいなコを運んでいると、やっかいな奴らが来るね!」

 ルネはそういうと霧の中に向かって、一閃を切り裂いた。

 すると、そこから三匹のオオカミが現れた。

「なんだ。これは?」

「ニマ」

「ニマ?」

「冥界も天国もお断りの存在の魂喰い。その一つが人狼ルーガルー。ヒトを喰らう狼」

 人狼達は獰猛どうもうな赤い目となだらかに流れる青い毛並みを持つ。

 彼らは息づかい荒くこちらをにらむ。

「ちょっと! ボクッ! 死んでいるけど!」

「人狼は人肉を食らうだけじゃなく魂をも喰らう。ちょうど、キミのような粘土性のあるものを好んでいる」

 喉越しがゴクゴクとするのが好みなのか? 人狼は?

「けど、相手はわるかったわね」

 ルネは大鎌を大きく回し、その風圧で空を斬る。すると、人狼の一匹はズバッと腹が裂いた。

「私でなければ、腹は満たせたのに」

 空に華が咲き、人狼を包み、消す。 

 強い。躊躇ない。これが死神のなせる技か。

 それを見た人狼達はパッと姿を隠す。

「逃げたのか?」

「人狼にもプライドはある。なんせ、人間を狙うために人間になりきる狼なのだから」

 ルネはその場から跳ぶ。姿を現した二匹の人狼の下へと飛びかかった!

「――って、ボク、忘れてる! 魂忘れてる!!」

 二匹の人狼はルネの飛び込みを待たずに、ボクに向かって走り出す! 

 ヤバイ! ヤバイって! あの大きな牙! ガラス破れるって!!

「だいじょうぶ」

 ルネは地面に足をつけると、その勢いのまま、人狼達へと近づく。

 人狼達は後ろを見せた。それが決定打だった。

「狼は騙すものだから!」

 人狼達は自分のスピードに自信があったのだろう。ルネのことなんて気にせず、平然とこっちへとやってきた。

 しかしそれはやっちゃいけなかった。ルネの大鎌は二匹の人狼の首根っこをとらえ、そして引き抜いた。

 どうなったのかは知らない。見ていない。だって、ボクは豆腐メンタルなんだから。

 ただ、わかったのは聞いたことのない狼の断末魔が聞こえた。


 最初、ルネは二匹の人狼の下へと飛び込んだように見せたが、ホントはただの垂直ジャンプだった。辺りが白い霧でよく見えないため、人狼達は自分達の下に来ると予想した。そして、ルネの攻撃を回避するのと同時に、魂のカンテラを狙ってこっちへとやってきた。


 人狼の狙いはボク。ボクの魂。死神少女ではない。

 それがいけなかった。ちゃんと死神を見るべきだった。

 魂のカンテラに誘われた二匹の人狼は鋭いギロチン処刑に処された。

 飛び散った首は霧の中へ隠れた。


 横わる二匹の人狼。それもまた白い霧に隠されるように消えていく。

 ――黄泉路で死んだものは何処へ流れ着くのか。

 そんな物思いにふけると、ガンガンとカンテラを叩く音がした。

「な、なんだ!!」

 ガンガン! ガンガン! ガンガンガン!

 踏み切りでけたたましく鳴る警報機のように、頭上でそんな物音がする。

 ――一匹は!? もう一匹は!?

 腹を割いたあの人狼は何処にいる!?

 魂のカンテラが傾き、魂がぐらつき、ボクはガラスに貼り付く。そして、狼のうなり声と共に、魂のカンテラをかじりつく人狼と目が合う。

 ――ハハハ。ハハハ。

 乾いた笑いの後、魂が震えだす。

 ――喰われる! 喰われる! 絶対喰われる!

 チビる! チビるって! 

 いや、魂だからチビるはずがないか。――じゃない! ヤバイって! 絶対ヤバイって!

 絶体絶命というのだろうか。これは。

 ――人狼の胃袋の中に入って消化されて消えるなんてイヤだぞ!

 ルネは!? あの死神は! ボクを見殺しにするのか!?

 脳内? が混乱し、何がなんだかわからない。必死に噛みつく人狼の表情に、固体状の魂は集まりだす。


 ……って、あれ?


 人狼の様子がおかしい。何度もガブッと魂のカンテラに歯を立てるが、激しい音を鳴らして揺れ動かすだけで、ヒビなんてものが入ってこない。

 いや、それどころか、人狼のカオが険しい。まるで目の前にあるごちそうがあるにも関わらず、鉄の檻が邪魔してそこまで届かないと悟った犬の目となっていた。

「ばーか」

 ルネは人狼の腹を踏みつけ、おすわりさせる。

「魂のカンテラは壊れないんだよ。どんなことがあってもね」

 ルネは大鎌で人狼の首根っこを引き抜く。人狼の叫び声と共に、その姿は黄泉路から消えていた。

「だいじょうぶだった?」

 ルネはごめんねっと言わんばかりの笑顔でおでむかいする。

「だいじょうぶなわけないだろう!! 壊れたらどうするんだよ! 壊れたら!!」

「いや、それ、壊れないから。絶対」

「たとえ壊れないとわかっていても怖いわ!! チビッた! いや、魂だからチビらないけど!!」

「ハハハ」

 こういうとき、笑うんだ。

 と、思った瞬間、ルネはわざとらしく軽い咳をした。

 ホント、死神はなんてろくなもんじゃない。特にカワイイ死神は。

「しかし、なんで、人狼が」

「つながっているのかもね。さっき言った渦みたいに」

 ボクはそんな冗談を言うと、ルネはボクのいる魂のカンテラを手にする。

「早く行きましょう」

「え?」

 いつものルネならちょっとした話を交わすのに。

「もし、あの人狼が魂を求めていたのなら、渦は……」

 音がした。衝撃が来た。揺れた。ガタガタ揺れた。

「冥界の渦……」

 ルネは今までに見せたことのない苦いカオをした。

「それほど求めているのね。魂を」

 ルネは深く目を閉じた。何度かうなずいたあと、ルネはボクに話しかける。

「もしかしたら冥界に行けないかもしれない」

 冗談だと思った。

 うでっぽしは強かったし、頭もいいと思う。

 だけど、そんな今のルネにはそんな面を感じない。無力を感じる。

「オモシロかったよ。退屈しなかった。まあ、冥界の仕事をさぼりたかったからこういう業務についたんだけど、悪くなかった」

「まるで死ぬことをわかっているみたいだな」

「うん、そうだね」

 黄泉路がゆがんだ。渦が生まれた。

「世界が求めるのは魂であって死神じゃない。渦に巻き込まれた死神はどうなるかわからない」

「じゃあ逃げろよ! 今すぐ!」

「強いんだよ、この渦は。さっきの人狼達は渦が生み出したから」

「でも、すぐに倒しただろう!」

「そう思う?」

 ルネはつぶさに目線を配った。周囲には無数の人狼達がいた。

「世界は幾らでも魂のない化け物を生み出すことができる。これぐらいの芸当は簡単」

 逃がさないと言わんばかりに、人狼達は鼻息を荒くする。

「なんだよ。たった一人の人間の魂なのに」

「それだけ飢えている。あの渦の先にある世界は誰かを求めている」

 ゆがみは空で回りだし、渦巻きを生み出す。暗闇の渦巻きはいなびかりを生み出し、みるみるうちに冥界の渦ができあがった。


 渦が巻いた。

 風を喰った。

 地面を喰った。

 狼を喰った。

 いやしんぼう、くいしんぼう、辛抱なしの冥界の渦。

 冥界の渦はどんどん膨らみ、もっとステキに肥えてくれる。


 ルネは大鎌を地面に突き刺し、ボクがいる魂のカンテラを抱きしめる。言葉が交わせる余裕はもうない。

 渦が吸い込む力は段違い。予想以上の強さで笑えない。


 それだけあの渦の向こう側にある世界は魂を求めるということ。


 ……あの渦の中はどんな世界なのか。


 誰かの魂を求めるほど、凄惨せいさんな世界なのか。もう人と呼べる存在がいないほど、ガレキの世界なのか。

 そんな世界へ行くなんて、怖すぎる。

「ボク、豆腐メンタルなのに」

 その言葉が心からポロッと出た。

「ハハハ! ハハハ!」

 どうやらルネはツボにハマったようだ。

「豆腐メンタルか! ハハハ!」

「ヒトの魂で笑うな。ルネの悪口だぞ!」

「そんなこと言った? 私」

「言った!」

「ああ、そうか。言った。言った! 面白いこと言うな、私……」

 笑いつかれたルネはゆっくりと頷いた。

 冥界の渦はその強さを変えず、ボクらを吸い込もうとする。渦の回転はますます強くなり、止める術は自然に任せるしかない。

 もうどうしようもないと、途方に暮れる中、ルネは小さくボクに話しかけた。

「魂の契約しようか」

「魂の契約?」

「そう」

 ルネは力なく笑いながらそう言った。

「どんな契約」

 けれどボクはその意図を読まず、契約の中身を知りたがった。

「私と一緒に冥界へ還るための契約」

 いい契約だ。

「もちろん!」

「じゃあ、目を閉じてくれ」

 ボクは目を閉じた。視界を閉じた。

「どんな力なんだ! なあ!」

 ワープか! 瞬間移動か!

「自由の力だよ」

「自由!」

 それだよ! そういうの!

「そうだ。いい響きだろう?」

 ルネは静かに笑う。

「ああ!」

 ボクもつられて笑った。

 魂のカンテラが少し揺れた。何か施したのだろう。

 

 ……。

 

 お、おい。何、やったんだ? 何かしたんだろう? もしかしてこれで終わり?

 そんなことを考えているとルネは静かに言った。

「これで確かに渡したよ。あとは好きにするといい」

 ……え。

「いつまでも魂のカンテラの中にいていいし、カンテラから出ていってもいい」

 ルネはカンテラのガラスにゆびを当てた。

「キミは自由だよ」

 また笑った。ボクの表情は止まったのに。

「何処に行っても元気にね」

 ――意味がわからなかった。理解できなかった。

 強くなった気がしない。すごいパワーが使える気がしない。無敵になった気がしない。

「死神だろう! ここから出るための死神能力があるんだろう!? 人間と契約して人間にオレツエェーを使わさせるのだろう! そういうお約束だろう!」

「現世だとそういう能力はあるといえばあるね」

「そう! だから! そういうのを――」

「けれど、ここは黄泉路だよ。現世と冥界とつながる路に死神の力は役に立たない」

「それなら何を渡したんだ!!」

「冥界へ着いたときに返す予定だったもの。つまり――」

 渦から巻き起こる暴風でうまく聞き取れない!

「――私は返さないといけなかった」

「聞き取れない!」

「落ち着いて聞いて……」

 ボクはカノジョの言葉に耳を傾ける。忘れないように。

「私はこの渦に巻き込まれて死ぬかもしれない。だから、私はキミから奪ったモノを返したんだ」

 ボクはルネから遠ざかっていく。ルネの手が限界だったのか。それとも、手が冥界の渦に食いちぎられたのかわからない。

 けれど、離れていく。それだけはわかる。

 そして、魂のキオクにもキズを負うのがわかる。

 線が入る。痛みはない。けれど冷たい。傷口から広がろうとする。パカっと広がってボクは裂けようとする。二つに、四つに、八つに、無数に、キズが増えていく。

 ああ、そうか。これが、魂にキズを負うということか。痛いんだ。これ。魂のキオクが現世に置き去りにしたがるのもわかる。

 けれど、このキズは捨てたくない。痛いけど、痛いけど、捨てたくない。

 ボクはこの痛みを捨てないと約束する。それがルネとの魂の契約だと信じる。

 渦の中へと、渦の中へと飲み込まれる。きっと、異世界に……。


 そのとき、ボクはルネからウソをつかれていたと気づいたんだ。泣いた。遅かった。

 魂も泣くことがあるんだと笑い、また泣いた。泣いた。


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