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やまぶき幼稚園タンポポ組 3

 「タダにも失礼でしょ?」と母を睨んでいるとタダがボソッと言った。

「大島が行かないって言うならオレも行かない」

タダの言い草に驚いてしまう。こんな自信のない感じのタダ…

 今日のタダは紺色の細かいチェックの七分丈のシャツにこげ茶色の細身のパンツ。たいがいヒロちゃんと遊んでる所しか見ていないから、いつもはTシャツとかパーカーとかジャージっぽいイメージなのに、今日は結構きちんとしている。一応参観だから?なのに自信のない顔は転校して来たての頃のようだ。


 「何言ってんの?弟は?」と聞く。

「朝母さんが送ってった」

「じゃあ弟待ってんでしょ!?あんたが来ると思って」

「そんな一人でとか行けねえって幼稚園とか。まだオレの通ってたとこだったら別だけど、1回も行った事もねえし。うち以外は親が来んのに」

タダがここまで困ってんのを見た事ないけど…「私だってそこの幼稚園じゃないよ。小1で引っ越して来たから」

「じゃあオレと一緒じゃん。行こ」

「行ってらっしゃい」と母。

 ニコニコしている母をまた睨む私。


 「頼むから」と最後切なそうな感じまで出して言うタダだ。

 「わ~~」と母が口を挟みこみまくる。「あんたこんなカッコいい子にここまで言わして行かないって考えらんない。タダ君がさあ、プリント届けてくれた事もあったじゃん。あんたヒロちゃんじゃなかったって残念そうにしてたけどさぁ、タダ君だってめんどくさかったよ。男子とかそんなのすごいめんどくがるでしょ」

「私だってタダんちにプリント届けた事あったよ!」

「いやマジで大島、もう時間ないから。今日のとこはオレの言う事聞いて」

 



 そういうわけで私は今タダの隣に立っているのだ。

「ねえ、あんたの弟落ち着きないね」と、タダにこそっと言う。

「まあな。よく知ってるヒロトも来るつってたのに来てねえし、あんま見た事ねえ大島は来てくれてるから気になってんだろ」

 弟がまた後ろを見て私と目が合ったので、ニッコリ、と優しく笑って返した。極上の笑みだ。

 それなのに弟は無表情で前を向く。私の事が気になってんじゃないのか。その顔はタダの引っ越して来た頃に似ているけれど、性格は似ていなさそうな気がする。



 …あ~~…ヒロちゃん今頃ユキちゃんとこ行ってんのかな。

 『お見舞いに来ました』、とか言って、『あら、わざわざ日曜日にありがとう』とかユキちゃんのお母さんに言われて部屋に通されたりしてお茶飲んだりして、ユキちゃんが具合悪いのに『ありがとう』とか言って起き上がったりして、それでユキちゃんのパジャマ見て、「お」とかヒロちゃんが思ったりして…

「大島」

『寝とけって』とかヒロちゃんが言って、『でもせっかくヒロト来てくれたのに』とかユキちゃんが言って…

「大島」

それで『具合もっと悪くなったらいけないからオレはもう帰るわ』ってヒロちゃんが言って、「ヤだ、もうちょっと居て欲しい。ヒロトにそばに居て欲しいの」って熱のあるユキちゃんがうわごとみたいに…

「大島って!」とタダにぐっと腕を掴まれた。「さっきから呼んでんのに」

「…ごめん」

「ヒロトとユキちゃんの事考えてたろ」

「…いや!」言い当てられた!ビックリ!「考えてないよ」

「それぞれのグループのところに行けって先生が言ってる」

そう言ってタダが弟のいる所を指差した。私がヒロちゃんの現在について妄想していた間に、園児たちは5、6人ずつのグループに別れて輪になっていた。



 「カズミく~~ん」と、それぞれのグループを周っていたこのクラスの先生が私たちのところにもやって来てタダの弟を呼んだ。

 ちょっと背の低めの、でも元気で明るい感じを前面に出している可愛い先生だ。やはり先生なので声も抑揚も大きい。

「今日はぁ、お母さんじゃなくてぇお兄ちゃんが来てくれたけどぉ、大好きな大っ好きなお兄ちゃんに楽しんでもらえるようにぃ、先生と一緒にがんばろねぇ!」

 やたらニコニコしている先生がタダ弟とタダへ交互に笑顔を振りまきながら言う。周りのお母様たちも「あら、お兄ちゃんなの?」「すてきなお兄ちゃん」「いいわねえカズミ君」など口々に。

 が、タダの弟は真顔で答えた。「別に兄ちゃんそこまで好きじゃねえよ。普通」

ハハ、とつい私は笑ってしまった。タダも苦笑している。

 が、それに先生と周りのお母様たちが食いついた。

「「「「「「あらあらあらあら、それはどうしてかなぁ」」」」」」

タダの弟がちょっとびっくりしている。

「じゃあもらっちゃおっかなぁ~~」と先生が唇を尖らせて言った。「カズミ君のお兄ちゃん。先生もらってもいい?」

 周りのお母様たちは「まあ、先生たら」っていう顔をしている。

 タダの弟はそれには答えず、幼稚園児とは思えない冷めた目で先生を見つめた。

「やめて」と先生が言う。「カズミ君。そんな目で見るの止めてくんないかな」



 タダの弟はぷい、と私たちから顔を反らし、しゃがんで床に置かれた大きな画用紙に黒いクレヨンで何か書き始めた。なんだろ…くま?あ、目が黄色いな…何かな。悪魔に乗り移られたハイエナか何かかな…ハイエナだとして、なぜそれを幼稚園の共同制作で書くか、タダの弟。

 ふっ、と隣のタダが笑った。「キイじゃん」

 キイ?ヒロちゃんとこの猫?

「この間、カズミ連れて遊びに行ったから」とタダが言う。「すげえキイの事気に入って連れて帰るってヒロトにムチャ言ってた。けどヒロトは『そうか、やる』ってすぐ言うし」

 そっか、と思う。可愛かったもんね、ヒロちゃんちの黒猫のキイ。カズミ君の絵はハイエナかと思ったけど。

「ヒゲ描いたらいいんじゃないの?」と思わず言ってしまったら、速攻睨まれた。

 もう何この子…何とがった感じ出して来てんだろ、幼稚園児のくせに。やっぱりここは遠巻きに見るだけにしとこう。だって私はタダの付添だもんね。



 「なあ」とタダがボソッと言う。「悪かったな。今日無理に」

「…そんな事ないけど」

「ヒロトもいないのに」

「…そんな事…ないけど」

「すげえ助かった。オレ一人だったらマジびびってたわ」

「そうかな?先生もお母様たちもタダに好意的じゃん」

「ありがと大島」

「…いいよ、そんな、改めて言わなくて」

 …なんか恥ずかしいじゃん…


 「大島?」

え?

 呼ばれて今私はタダの弟と目が合っている。この子、今私の事『大島』って呼んだよね?

「大島なの?」とタダの弟の確認だ。

「…そうだよ」大島だけどさ。

「へ~~~」


 何!?『へ~~~』って何?

 その後何も言わずに制作に没頭する弟だ。黒やたら塗ってんな…まぁ黒かったけどさ。『へ~~~』ってなんだろ…タダが私の事を家で話してるとか?

「ヒロにいは来ないの?」と弟がタダに聞く。

「用事出来たって」

「大島はヒロ兄の代わり?」

「いや代わりってわけじゃ…ないよな?」

そうタダは私に促すけど、なんでヒロちゃんは『ヒロ兄』で私は「大島」なんだ!ちょっと『ユズねえ』とか言われたいかも。

 

 「ヒロ兄のどこが好きなん?」

へ!?

 弟からの驚きの質問に単純にビックリしてタダに『何!?』って顔をしてしまう。苦笑いのタダだ。

「カズミ、いいから早く続きやれ」

タダがそう言っても弟はひるまない。続けて私にこう聞いた。

「ヒロ兄のどこが好きで、兄ちゃんのどこが嫌いなん?」

へ!?

 何?何をこの弟は知ってるの?

 パッと回りを見ると、お母様たちと先生が思い切り聞き耳を立てている。…もう~~先生…他のグループも見た方がいいんじゃないの?


 

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