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第5章 魔法都市 メイガルド
嫁を三人も連れたニイトが次にやって来た異世界は、やや光の弱い場所だった。世界全体が柔らかい間接照明に照らされたような淡い色合い。
空を見上げると、そこには太陽も星も雲もなく、水面のような膜が波打っていた。
「不思議な場所だな」
やたら急勾配な針山が多く散在し、月のクレーターのような灰褐色の岩肌がむき出しになっている。
緑が少なく、全体的に寂しい風景が続いていた。
「ニイトさま。ここが本当に魔法の世界なのでしょうか?」
「ノアの情報は今までに外れたことはないから、たぶんそうなのだろう。何が出てくるかわからないから、油断はするなよ」
気を引き締めて、いつでも魔法を撃てる準備をした一行だったが、すぐにその心配はなくなった。
「ニイトはん、あそこに人がおるよ」
アンナが住人を発見した。近づいて話しをしてみると、言葉は通じた。
「すみません。ちょっと道に迷ってしまって、ここはどこでしょうか?」
「ああ、ここは山が多くて迷いやすいんだべさ。こっちの方角にしばらく進むと道が見えてくっから、あとはそれにそって歩けば近くの町に着くべさ」
「ありがとうございます」
その通りに進むと、確かに町があった。
「どうやら安全な町っぽいな」
「何でわかるんや?」
「外壁がないだろ? 外敵に侵入される心配がないからだろう」
「なるほどっ、さすがうちの旦那様や。賢いなぁ」
街に入って率直に思ったことは、変わった街並み、だった。
家の材質がわからない。タイルブロックのようなものを積み重ねているのだろうけど、表面はかなりつるつるしている。石ではない。何らかの合成された科学素材のような感じだ。
文明が進んでいるのかと思いきや道は舗装されておらず、ゴツゴツした岩肌がそのまま露出している。
近未来を感じさせる家屋と、原始時代を思わせるむき出しの大地。
どうにもアンバランスな印象が否めない。まるで月面に無理やりプレハブを建てたようなイメージだろうか。
「ニイト、あれは何だろうか?」
オリヴィアが関心を向けた先には謎の壺が置いてあった。それも一つや二つではなく、道に沿って無数に一定間隔で並んでいる。
胸の高さほどもあるそのうちの一つを覗き込めば、中には水がはってあり海草のようなものが揺ら揺ら泳いでいた。
「ワカメ? それと白い貝? 何でこんなところに」
町中にワカメと貝がらの壺が無数に配置されている。意味がわからない。
住人は人だけでなくエルフ耳の者や獣耳の者も多数いて驚いた。これなら二人が帽子で頭を隠す必要もなさそうだ。
だが、最もニイトを驚かせたのは店先の看板に書かれた文字だった。
「ひらがな……!?」
確かにひらがなだった。だが異世界にひらがなあるわけないので、きっとノアシステムに適応化したときに文字を見知ったものに自動変換されるようになったのだと当たりをつけた。
読めないよりは読めたほうがいいので、この件は一旦保留とする。
「とりあえず情報を集めるぞ。飯屋と宿屋と換金所は必須だ」
何をするにも情報と金がなければ話にならない。
ニイトは『あきない』と書かれた店に入った。
「いらっしゃい」
「景気はどうだい?」
「ん? まあボチボチだな。先月までは食料が足りなくてヤバかったが、今月の頭に配給が届いたから今は落ち着いたよ。あんたはこの町の人じゃねーな。変わった服を着てる」
ニイトたちはキューブで製作されている和装に近い服を着ていた。前開きの羽織に近い生地を腰帯でまとめる感じだ。それに対してこの街の住民はズボンやシャツのような洋装に近いスタイル。部外者であることは一目瞭然だった。
「町を移動しているのさ」
「ってことは流れの商人ってとこかい? 北のほうから来たんだろ」
異世界に来て始めて商人という言葉が通用したことに、ニイトは僅かな感動を覚えた。
あたりまえの常識が通じるって、尊いことだ。
「ああ、そんなところだ。足りない物があったら教えてくれ。在庫があれば売ろう」
「そうだな……、今はちょうど食料も火石も補充したばかりだからな、特にねえわ」
「そうか」
「その変わった服は卸してねえのか?」
「ああ、この服か? いいよ、似たようなものが何着かある。すぐに持ってくるよ」
店を出てしばらく時間を置いてから、【転送】した衣服を持って戻る。
「ほう、つくりが荒いのはアンティークっぽい雰囲気を出す為か。匂いがいいな。まるで本物の植物を編んだように新鮮な香りがする。気に入った、いいだろう、一着大銀貨2枚で買い取ろう」
「なら4着頼む」
幸先よくこの世界の通貨を手に入れられてニイトは安堵した。
「まいど」
店主が金を数えている間に主力商品っぽいものを幾つかあーくんで調べてみた。
――火石。魔法で合成した簡易な魔石。たくわえた火の力を発散する。
――呼吸草。魔法で改良された酸素を多く排出する海草。食用可。
――塩貝。魔法で改良された塩を吸収して殻を成長させる貝。食用可。
どれも魔法で合成だの改良だのされたものらしい。字面を見る限り高い魔法技術が発展しているようにうかがえる。
服を売った代金を手にして、ニイトは店を出て、そのまま一行は飯屋へ入った。
座席に座り、ニイトがまとめて注文をする。二種類しかないお品書きはやはりひらがなだった。
運ばれてきた料理は、小さな弁当箱のような器に詰め込まれた茶色いペースト状の何かだった。具が入っていないカレーのルーのような見た目だ。
付属のスプーンを差し入れようとして、ニイトはその精巧なつくりと材質に驚く。
プラスチックのような、アルミのような軽く丈夫な材質の食器は、幾つもの異世界を旅した中でも始めて目にする。まるで工場でプレスして作られたように、同じ形のものが揃っていた。
機械化による大量生産の技術があるのだろうか?
それだけ高い文明レベルにあるのなら、一見地味な料理の中にも英知を結集させた味わいがあるかもしれない。そう期待して一口含む……、
「――ぅぇっ! 何だ、これ……」
タイヤを溶かして歯磨き粉に混ぜたような味だろうか。もとの食材が何だったのか、まるで見当が付かない。
「不味ッ!? 何やコレ!?」
「これは、人の食べ物なのだろうか……」
一様に顔をしかめる。これなら鼻くそを食べたほうがまだマシだとすら思えるほど酷い味だった。
――合成食料(低質)。魔法によって合成された非常食。非常に不味いが、魔法の素養を高める効果が微量に含まれる。
「どうやら魔法で作られた食事のようだ。しかも食べると魔法の素質がアップするらしい……でも、恐ろしく不味いな」
それを聞いて食べようか迷った一同だったが、あまりの不味さに断念した。
食料までもが魔法で合成される世界。
日用品のあらゆるものが魔法技術で成り立っているところを見れば、高い文明力を持っていることがわかる。しかし、それと反比例するように生活の質が低いのは何故だろうか。どうにもアンバランスでとらえようの難しい世界だった。




