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アンナとオリヴィアにキューブ内を案内することになった。まずは畑から。
「おぉぉ!? 何やここ! 木の実がめっちゃ生っとるで!?」
「畑だ。穀物や野菜を栽培しているところさ。ほら、アンナの店に卸している野菜もあるだろ?」
「ホンマや! そうか、そういうことやったんやな。ニイトはんがどこで収穫しとったか気になってたんやけど、あんなに安定して供給できる秘密がようやっとわかったわ」
アンナは子供のようにはしゃぎ回って野菜の株を凝視する。
「ほらほら、見てや。ミニトマトがこんなに! 一本の房に何十個付いとんねん! 数えきれへんわ。おあっ、こっちにはピーマンがなっとる。この土から頭を出しとるんはタマネギか? ほんなら、ジャガイモはどれや?」
「イモ類は土の中にできるんだよ。ほらこれ、一つ掘ってみようか」
ジャガイモの株を掘りあげると、根にたくさんイモができていた。
「ほぇ~、知らんかったわ。ジャガイモって根っこに付いたコブやったんやな。そういや他の野菜より土が多く付いとったな」
巨虫世界では野菜や穀物はほとんど虫に食い尽くされて壊滅しているので、こういった畑のような場所を見るのは初めてなのだろう。アンナはテンションが上がりっぱなしだった。
アンナとは違い畑など見慣れているオリヴィアは別のことに興奮していた。
それは猫耳少女たちが畑に作業をしにやって来たとき。
「おぉぉ!? マーシャと同じ三角耳としっぽが生えた少女たちがいるぞ!」
「彼女たちがこの世界の住人だ。ドニャーフ族という。マーシャを含めて20人いる」
「なんとっ。このように可愛らしい少女たちが20人も。会いたいぞ、そしてしっぽを触らせてもらいたい」
「会うのはどの道あとでみんなを集めて紹介するから大丈夫だけど、しっぽは約束できない。ドニャーフ族にとってしっぽは大事みたいだから、直談判してもらうしかないな」
「ならば是非」
オリヴィアはすっ飛んで行って少女にしっぽを触らせて下さいと頼みに行った。
まるで痴漢やセクハラをさせて下さいと頼んでいるような雰囲気だ。案の定少女たちはしっぽを手で隠しながら引いた。
「ダメです! このしっぽはニイトさまだけのものなんですから。そもそもあなたは誰ですか?」
「そうか……しょぼん。我は新しくニイトの側室になったオリヴィアだ」
「えっ!? ニイトさまに新しい側室!? そんなっ……マーシャお姉さまの次を狙っていたのに……しょぼん」
お互いにしょんぼりして別れた。何とも痛々しい。
「まあ元気出せよオリヴィア。時間をかけて仲良くなれば触らせてもらえるかもしれないぞ?」
「そ、そうだな。うむ。ここは持久戦でいこう」
気を取り直して別の場所を見て回る。
「ここは物作りをする作業場だ。素材ごとに別れていて、一番北の方には炉のある部屋もある」
「お、これは銅甲虫の殻やな。うちも見たことある」
「アンナの世界から持ってきた素材だからな。虫の素材は軽いし丈夫だから重宝しているよ」
「へー、あのしっぽの生えたちみっ子が鍛冶をしとるん? 中々筋がええな。もうだいぶ手馴れとる感じがするわ」
「ああ、みんな覚えが早いしセンスもあるよ。物作り全般に才能があるみたいだ。もしよかったら、アンナが彼女たちを指導してあげてくれないか?」
「うちでええの?」
「ああ。他に教えられる人がいないからな。アンナの知識や経験を教えてもらえるとみんな喜ぶ」
「ほな、ひと肌脱いだるで」
アンナがハンマーを握って叩き始めると、猫耳少女たちが興味深そうに近寄ってきて輪を作る。そしてアンナの腕がいいとわかると、次々に疑問をぶつけて質問攻めにした。
「アンナが囲まれている間に、別の場所を回ろう」
ニイトはオリヴィアをつれて新設した花壇にやってきた。幅10メートル、全長50メートルもある長大な花壇通りである。12ヶ所ある出入り口と中央の通り道をのぞいて、石ブロックを積み上げて高さを稼いだ花壇が隙間なく左右に配置されている。
「ほう、これは見事だ。草花が規律正しく植えられている。しかもみな人を襲わない穏やかなものばかりだ。我のいた世界ではこのように丁寧に管理された花畑などないから、逆に新鮮に思えるな」
「この世界はもともと自然物がゼロだったんだ。だから色鮮やかな花はとても珍しい。沢山の種類の綺麗な花をあの子たちに見せたくて、この花壇通りを作ったんだよ」
「よい考えだと思うぞ」
水やりに来た少女が中央に設けられた小型の井戸から汲んで、ジョウロのように小さな穴が開いた水差しでたっぷりと注ぐ。
「その花は水をあげすぎると枯れ易くなるぞ」
「あら? そうなのですか?」
「花は水を多く与えればよいというわけではないのだ。それぞれに好ましい水分量というものがある。それに光の好みもある。たとえばそこの白い草は暗い場所を好むから、こちらの背丈のある花の傍に植え替えてやるといい」
「詳しいのですね? もっと植物のことを教えてください」
あっという間に群がってきた少女たちに、オリヴィアも質問攻めにされる。
しばらくして一行は石版の部屋に戻ってきた。
「いやー、参ったわ。みんなめっちゃ質問してくるんやもん。ホンマ元気な子たちやねんな」
「うむ、我も植物のことを根掘り葉掘り聞かれたぞ。だが、このように頼られるのも悪くないな」
「せやな」
好奇心と向上心の塊みたいな猫娘たちの勢いに飲まれて二人はたじたじだった。
「良ければこれからもちょくちょくあの子たちの疑問に答えてやってくれないか?」
「ええよ、うちも楽しかったしな。あの子たちはセンスがあるから、うちも勉強になるしな」
「そうだな。我の知識を求めてくれることが嬉しい。喜んで協力しよう。――そのうちしっぽを……ふっふっふ」
二人ともドニャーフに好意的になってくれてニイトは安心した。
一息付いてからアンナが口をこぼす。
「にしても、うち、ホンマにニイトはんに輿入れしたんやな。こないな世界を見せられたら信じるしかあらへんけど、全然実感が沸かんわ。やっぱり夫婦の契りが雑やったのがあかんねん」
「まだ言うか」
「そりゃ言うよ。一生に一度のことやもん。そういやマーシャはんのときはどんな感じやったん?」
「え? わたしですか? そうですね、俺のものになれって感じで抱きしめられました、ポッ」
「かーっ! ええな。うちのときと全然違うやんか。んで、オリヴィアは?」
「わ、我は別に良いであろう」
「オリヴィアさんは自分から告白したんですよね」
「こらっ、マーシャ」
赤面したオリヴィアはマーシャの口を塞ごうと飛びかかるが、素早い猫のような身のこなしでひらりとかわされる。
「ほう、それは興味あるわ。何て言うたん?」
「そんな恥ずかしいことを言えるか!」
「良いじゃないですかオリヴィアさん。とても凛々しかったですよ。『我は、ニイトが好きだ。たとえ叶わぬ想いであっても、残りの命をお前に捧げたい』って――」
「うわぁああああ! やめてくれ、恥ずかしいではないか!」
「出会った場所で告白だなんて、とても運命的です。梢から漏れる陽光に照らされて、そよ風がまう崖の上で、ふんわり風に髪を舞わせていて絵画のように綺麗でしたよ」
マーシャの暴露話を聞いてアンナが目を丸くした。
「な、なんやて! そないにロマンチックな告白やったのか!? ずるいねん。うちなんて『おっす、アンナ。ちょっくら結婚しよう』みたいに、めっちゃ軽いノリやったで!? おかしいやろ! どないなっとんねんっ。うちやって、出会った場所でロマンチックな告白をしたかったわ」
収集がつかなくなりそうなので、ニイトがボソッと言う。
「アンナと出会った場所って……、虫に宙吊りにされてゲロを吐きながら誓いのキスをするのか?」
「うわぁーー、せやったぁーー!」
アンナは頭を抱えて膝から崩れた。
まったく女が三人集まれば姦しいとはよく言ったものだ。静かだった石版部屋が一気にやかましくなったよ。




