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さて、成り行きとはいえオリヴィアを嫁にしてキューブに招待してしまった以上、それより先に関係を築いていたアンナともけじめをつけねばならない。
「アンナさんも側室に加えてあげないとかわいそうです。ずっとニイトさまのために働いてきたのですから」
とマーシャに進言されるとニイトは困った。
自ら進んで側室の数を増やそうとするマーシャの考えがまったく理解できない。そこで思い切って聞いてみると、
「なあ、どうしてマーシャは嫁の数を増やそうとするんだよ。普通は逆だと思うんだが……」
マーシャは人差し指を頬に当てながら、海のような蒼い髪を指先でくるくるといじる。考えをまとめるように碧眼をくりくりと動かすとおもむろに語りだす。
「た、たとえばわたしとニイトさまの子ができたとします」
「お、おう」
自分で言っておきながらポンッと赤くなるマーシャにつられてニイトも赤面する。
「その子供には幸せになってもらいたいので、良い人と結婚してほしいですよね?」
「そりゃまあ」
産まれる前からその子の結婚まで考えるのはなかなかに難しい想像だが、理屈だけで言えばそうなるだろう。
「しかし、残念なことにニイトさま以上にステキな御方などいません。かといって親子では子ができないのでニイトさまと結婚するわけにもいきません」
どうやらドニャーフ族は親子だと子ができない体質のようだ。
「そこで、もしもニイトさまに側室がいて、その側室が子を産んでいればニイトさまの血を受け継いだ人と結婚できるのです」
「えっ!? それってマズイんじゃね!?」
するとマーシャは逆に疑問マークを浮かべながら聞き返す。
「何か問題でもあるのでしょうか? 優秀な血が濃くなることでより優秀な子孫が生まれるのが常識のはずですけど……」
そうなのか? ノアに念話で聞いてみる。
『世界や時代によってまちまちね。人の数が少ない原初の世界では近親婚ばかりだったけど、遺伝の欠損が少ないから奇形児なんかの問題がそれほど出なかった時代もあるわ。他には魔道の家系で血を濃くして魔法の素養を高めたり、権威を維持する目的で王侯貴族が近親婚を繰り返したりしたこともあるわ。ある程度時代が進んでも異母兄弟なら合法にしている国もあるわよ』
(いろんなケースがあるんだな)
『で、ドニャーフ族の場合は少し特殊ね。遺伝配列が特殊でメスしか生まれない上に、交配を繰り返す過程で劣性遺伝を優性遺伝に置き換えることができるから、通常の生物とは逆に世代を重ねるごとにどんどん良くなっていくわね。より優秀な遺伝子をどんどん取り込んで受け継いでいくし』
(……なにそれチートじゃね?)
『で、あんたについてだけど、じつはあんたもキューブに適応化したときに遺伝子を調整したって言ったわよね』
(そう言えば最初の頃にそんなことを言われたような気が……)
『あのときにあんたも良くない遺伝子を良いものに代えてあるから、遺伝的には原初の人間とほぼ同一になっているわ』
(それって……たぶん恐ろしく素晴らしいことなんだよな? いまいち実感がわかないけど)
『そうね。あんたの子供はまず遺伝的な病気にかからないわね。たとえ相当な数の近親婚を繰り返したとしても……』
(マジか……。じゃあ、マーシャが言ってることって)
『たしかにあんたの血が多く入るほど、優秀な子孫が生まれる確率が高くなるわ。多分本能で理解してるんでしょうね。あんたの遺伝子がもっともドニャーフ族と相性が良いって』
メス猫の本能すげー…………。
ニイトは頬を引きつらせた。
「どうかされましたか、ニイトさま?」
「いや、何でもないんだ。マーシャみたいな考えもあるのかと新しく知ったところさ。でも子供にとって良くても、精神的にはどうなんだ? 嫁がたくさんいるのって嫌じゃないのか?」
「猫獣人族には二種類いまして、一つは猫型で雑婚を繰り返すタイプ。もう一つは獅子型でハーレムを形成するタイプ。前者は複数のオスと子供を作って一人で子育てをしますが、後者は一匹の優秀なオスに複数のメスが仕えて子育ても集団で行います。ドニャーフ族は後者なので、本能的にメスの数が多いオスほど優秀で魅力的に感じるのです」
「そ、そんな特性が……」
そういえば日本で馴染みの深い飼い猫は一度にたくさんの子猫を生むが、父親がそれぞれ違うなんていう話しを聞いたことがある。それに対して同じネコ科でもライオンなどはハーレム制で、狩りから子育てから仕事のほとんどをメスがこなすという。あれ? そう考えるとオスってヒモなんじゃ……。まあいいや。
「あっ、でもニイトさまは、存在しているだけでステキですにゃん」
「お、おう……」
頬に手を当てながらイヤンイヤンするマーシャを見て、ニイトはくすぐったいような恥ずかしさを覚える。
「でもやっぱりご主人様には今よりもっとステキになってもらいたい、っていうのが妻たるわたしの正直なところなんです。そういうわけですから、ニイトさまにはたくさんの嫁を娶っていただかないと」
「いやいや、急にそんなことを言われても……」
「ノルマは側室100人ですからねっ」
「えぇ~~っ!?」
さすがに嫁の口からそんなセリフがこぼれるとは考えもしなかったニイトは、どうしていいのかわからずに思考が停止した。
「さあ、善は急げです。アンナさんを迎えに行ってください。きっと二人っきりの方が良いでしょうから、わたしはゲートの外から見守っていますね」
そのまま強引に薦めるマーシャに押されてゲートを潜ってしまう。
◇
そんなわけで虫世界に一人で訪れたニイトは、アンナの店を訪ねた。
「おやニイトはん。今日は一人なん?」
「ああ、マーシャは別の場所で待機してもらっている」
「そかそか、ほんなら今日は二人っきりやね。……え? 二人っきり!? そんな、女一人の部屋に押し入って何をするつもりなん? まさか、人には言えないようなことを迫る気なん!? ニイトはんのエッチっ」
「竹炭の使い心地はどうだ?」
「スルー!? 二人っきりなのにスルーしおった!」
ここに来る前に覚悟は決めてきたつもりのニイトだったが、いざ自分から愛の告白をするなんてことはやはりハードルが高く、タイミングを掴み損ねていた。
「まあ、竹炭はめちゃめちゃええで。火力は恐ろしいほど安定してるし、長時間燃えるし、何より煙があがらんのが最高やな。料理に臭いが付かんくなって、また評判が上がってんねん。他の屋台からも炭を売ってくれって話が毎日来とるよ」
「そいつは良かった。これから大量に作れるようになるから、アンナの裁量で売ってくれ」
「ホンマか? こんなん勝ったも同然やろ。飛ぶように売れるわ」
これでまた一段と資金に余裕が出てくるだろう。
「それともう一つお知らせがある」
「何や?」
「――結婚しよう」
「……もう、ニイトはんったら。そんなん間近で言われたら恥ずかしいやん。マーシャはんがいないからって、はめ外し過ぎや」
「やっぱりマーシャとかいるし、一夫多妻だからダメか?」
「そんな、ダメなわけあるかい。ええで。あんさんは命の恩人やもん。うちはいつだって準備できとるさかい。ま、冗談でも嬉し――」
どこか軽い口調のアンナが言い終える前に、ニイトは強引に唇を重ねた。
「――んんっ!?」
――【【帰還】】
◇
唇が離れたとき、アンナは見慣れない石版部屋の景色にきょろきょろ首を回した。
「え? え? 何や?」
「おめでとうございます、アンナさん。ようこそ、ニイトさまの世界へ」
「え? マーシャはん、これはいったい……? どこや、ここは?」
未だ状況が飲み込めないアンナにマーシャが告げる。
「ここはニイトさまが創造なされた世界です。アンナさんはその側室として選ばれたのです」
「……ふぁっ!? 今何て!?」
予想を遥かに超えた出来事を目の当たりにすると、人はこのような反応をするのだろう。
「世界を創造て……、そんなん、神さんの領域やん!?」
マーシャがにっこりと微笑んで返す。
「我も始めは信じられなかったが、どうやら本当のことのようだ」
オリヴィアもしみじみと言う。
「てか、あんた誰?」
「おっと、自己紹介がまだであったな。我はオリヴィアと言う。若輩の身だが、ニイトの傍に置いて貰っている」
「うちは、アンナや。よろしゅう。てか、傍に置くって、それは……」
「うむ。側室だ」
「うちの知らん間に、側室増えとるー!?」
取り乱すアンナをマーシャがなだめる。
「まあまあ、アンナさんも無事に側室になれたんだから良かったじゃないですか」
「えぇ!? てか、あれ、冗談やなかったの? マジやったん!?」
「冗談で結婚しようなんて言わないよ」
「えぇえええええええええ!? 何か違う! それ何か違うよニイトはん! 愛の契りなんて一生に一度の大イベントや! もっとロマンチックな展開じゃないとおかしいやん! ねぇ、もう一回やりなおそう」
「ヤダよ、恥ずかしい」
「そんなぁ……。てか、オリヴィア……さんやったか、何でうちより先にここにおるねん」
「ああ、そのことなんだけどさ、出会ったのはアンナの方が先だけど、ちょっとした成り行きで先に来ちゃったんだよ。まあでも、すぐにアンナも迎えに行ったから許してくれ」
「うむ。すまない。我もアンナのことは二人から聞いていたから、とくに割って入るような不純な動機などはなかったのだが、どういうわけか先にニイトの世界に来てしまった。それと、嫁登録とか言うものがあるらしく、我が三番と先になってしまい、アンナは四番ということだ。すまない」
「何でうちが四番なんや! うちのほうが早く出会ってんねんぞ!」
ノアのシステムでそうなっているので仕方がない。
「順番なんて気にするな。人間にランクなんてない。俺はみんなを幸せにしてみせるよ」
ちゃんと弁明したつもりだったが、アンナの混乱はすぐには収まらなかった。
目を泳がせているうちに、オリヴィアの胸に視線が釘付けになった。
「このおっぱいやな! このでかい乳がニイトはんを惑わせたんやな! えいっ!」
ついにはオリヴィアの胸を鷲掴みにせんと指を伸ばす。
「や、やめてくれ! この乳はニイトにしか揉まれてないのだ」
「もう揉んだやとっ!? うちはまだやのにっ!」
指を昆虫の脚のように激しく動かしながら、逃げるオリヴィアを追走するアンナ。
「待てぇー! 悪いおっぱいを退治したる!」
「揉まれたのは我だけではない。マーシャもだ!」
「なん……やと?」
アンナは蒼白になる。
「やっぱり、うちだけ遅れとるやないか! ニイトはん! うちのも揉んでや! このままやと、うちだけ女の魅力で劣ってることになってまう」
「……そりゃ、お前が揉めというなら揉むけどさ、せめて初揉みくらいはロマンチックな雰囲気とかじゃなくていいのか?」
「うっ、そう言われると確かに、ちょっと考えてまうな」
アンナは正気に戻った顔で考え込み、
「せや、うちはおたくらみたいに自分のからだを安売りしたりはせえへん! 一番いいシチュエーションでしてもらうんや!」
腰に手を当てて堂々と宣言した。
一連の流れを見て、ニイトはどうして自分の嫁たちは自ら乳を揉まれたがるのだろうかと、今までの価値観が崩壊する音を聞いた。




