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異世界創世記  作者: ねこたつ
4章 幕間
91/164

4-20

 筆やインクが生まれたことで、ドニャーフ族には新たな文化が生まれた。

 詩・書・絵画などである。

 言葉を文字として残すことができるようになったので、心や精神を文字に乗せて実体化する試みが始められたのだ。

 始めは無秩序に言葉を羅列していたが、徐々にリズムや韻を意識するようになり、やがてニイトも見知った形式の詩も生まれた。

 たとえばこのように。


あかちゃいろ

にじがふければ

わかばいろ

すぎさるいろは

いのちのめぐり


 地下空間の生命の樹から命が生まれた一瞬を切り取った詩のようだ。

 赤茶色の荒野に、虹色の飛沫が吹き上がれば、緑が芽吹いた。古きが過ぎ去って変化することが、生命の営みなのかもしれない。

 ニイトはこのように解釈した。

 新たな生命が生まれた喜びと、過去のものが消えて元に戻らなくなった寂しさが混在するような感受性を思わせる。


 一つの答えを共有できる数学や理学とは違い、答えが人の数だけ存在する文系の学問が発達することは、それだけ社会が安定して豊かになってきた証左でもある。

 ニイトとしてはこの流れを大切にしていきたい。



 精神や心情を文字化する試みが始まれば、こんどは文字自体の造詣の美しさを追求する流れも生まれた。

 それが書、あるいは書道。


 文字自体を芸術作品ととらえて、一画の太さ、角度、擦れ具合、全体のバランスと、様々な観点から美しい文字の形を探求する少女も現れた。


「ニイトさま、これあげる」


 二人の少女が一枚の竹簡をニイトに渡した。

 一人が美しい言葉の組み合わせを考えて、もう一人が美しい文字で書き起こしたものだった。

 ありがたく受け取ったニイトは何気なくあーくんで鑑定してみると、


 ――原始的な魔術符。文字を器にしてアストラル照射を行い、所有者に魔術的影響を及ぼす魔道具の一種。


「ふぁいっ!?」


 予想外の結果が出て声が裏返る。こんなことってあるのか? 

 天才猫耳少女たちは、ついに魔道の扉まで開いてしまったようだ。言葉を失うしかない。


 たしかに日本でも言霊信仰のようなものがあると聞いたことがある。偉大な書道家が書いた文字には霊力が宿っても不思議じゃない。きっとそれと同じようなことが起こったのだろう。

 精神を豊かにする文化の一旦だと思っていた詩や書が、このような神秘面に繋がっているとは知りもしなかったニイトである。


 この道を究めればあるいは、魔道の深みをのぞくことも可能かもしれない。

 予期せぬ発見にからだの震えを覚えつつ、ニイトは魔道に興味を覚えた。




 さて、筆とインクで描くのは何も文字だけではない。

 一人の少女は虫の髭を束ねた筆と墨汁らしき薄めたインクを持って竹の前に座っていた。


「エヴァ、何をしてるんだ?」

「この植物を再現してみたいのです」


 竹簡を綺麗に並べたキャンパスに、筆で竹の絵を描こうというのだ。

 筆を寝かせて縦線を一本描けば、濃い色と薄い色が同時に描かれる。シンプルに陰影を表現した竹の幹がキャンパスに生まれたのだ。


「へー、上手いもんだな」


 口では平静を装いつつ、ニイトは内心で狂喜乱舞していた。

 ついに、ドニャーフ族に絵を描く文化が生まれたのだ。この日がくることをずっと待っていたのである。なぜなら、この先にはニイトが最も求めていた世界の扉があるからだ。


 絵の文化は古く、古代人が残した壁画などが有名である。そして筆記道具の発展と共にその画質はどんどん向上していった。

 そして十分に文化レベルが上がればついに生まれるのだ。


 ――漫画がっ!


 漫画やアニメなどのオタクコンテンツは引きこもりの主食中の主食だ。これがないと餓死する。

 快適な引きこもり生活を目指すニイトにとっては、ここがある意味で最終目標とも言える。

 文化レベルを上げて、あらゆる世界観を取り込んで、毎日のように新しい作品が生み出されるような社会に発展することがニイトの夢である。

 その第一歩がこの一本の竹を描いた水墨画なのである。


「エヴァ。よくやった」


 無意識のうちに後ろから抱きしめたニイトはイケボで囁いた。


「ひゃぁっ! ニイトしゃま!」


 せっかく綺麗に描けた竹の頭から、くねくねした黒いヘビが生まれる。


「絵を描くって、大変だけと、とても素晴らしい仕事だよね。俺は応援するよ」

「にゃ、にゃぅ、ありがとうなのでしゅ」


 しっぽの先を指でくりくりしながら、ニイトは自分にできる応援の方法を模索した。

 未来の漫画家の為なら、何でもするつもりだ。


     ◇


『ずいぶん嬉しそうじゃない』

「そりゃ、ついに絵描きが生まれたからな」

『あんたが芸術に理解があったなんて意外ね。もっと即物的な人間だと思ったけど』

「まさか。俺ほど芸術をこよなく愛する人間もいないだろう。芸術の発展具合は世界の平和指数と比例するのだよ、たぶん。ほら、ペンは剣より強しって言うだろ?」

『……ほんと、どうしちゃったの? とても真人間に見えるわよ!?』

「俺はもともと真人間だっての」

『引きニートのくせに?』

「うぐ……、それは仮の姿で、本当は芸術愛好家だったのだよ」

『くすっ。ま、嫌いじゃないわ、そういう考えも。実際、衣食住が充実してきたからこそ、空いた時間を使って新たな文化や産業が生まれてきたわけだしね』


 いずれ猫娘が書いた漫画を読めるようになるかもしれない。ニイトとしてはできる限りその日が来るのを早めたい。


「何か俺にできることはないかな?」

『いい話があるわ。紙とペンを自作するの。ほら、前にも言ったでしょ? 作り続けて経験値が上がるとレアな素材が手に入るって。それを使って作品を作れば経験値にボーナスが入って成長も加速されるわ』

「そりゃいい! ちょうど紙の素材になりそうな植物が手に入ったんだ」

『そういえばレアなパピルスが混じってたわよ』


 ――テトラパピルス(レア☆)。通常は三角形の茎が四角形に突然変異したパピルス草。成長も早く、水質浄化作用も強い。この茎で作ったパピルス紙を使用すると筆記能力にボーナスが入る。


「素晴らしいじゃないか! さっそく植えよう」


 オリジナル漫画までの道のりを、また一歩進めそうだ。



 レアなパピルスは大事に水辺の近くへ植えた。

 植物世界から輸入した植物はどれも成長がすこぶる早い。木々は日に10センチは伸びるし、竹に至っては一日に1メートルも伸びたくらいだ。きっとパピルスもすぐに収穫できるようになるだろう。


 余った通常のパピルスを使ってさっそく紙作りを始めようとすると、一人の少女が近づいてきた。

 元は白猫だったのか、しっぽも猫耳も真っ白で銀髪が眩しい少女だ。


「ニイトさま。ちょっとご相談があるであります」

「おう、ミカ。どうした?」

「先日作っていただいた書の保管庫なのですけど、竹簡は丸めて保管しているので目当ての物を探すのが大変であります。何かいい方法はありませんか?」

「それならちょうどいい。今から新しい紙を作るところだ。ミカも一緒につくろう」


 まずは長さが1~3メートルほどの茎を適度に切って、三角形の茎の表皮をはぐ。そして中の芯を薄くスライスしていく。


「ほら、こんな風に薄く切ったら、木槌で叩いて柔らかくするんだ。指に巻いても折れないぐらいになれば合格だ」

「軽く叩いた後は、棒を使って潰したほうが早そうでありますね」


 できたものは水にしばらく漬けておく。漬ける時間が数日だとパピルスの繊維は白いままだが、一週間くらつければ茶色くなっていく。好み色合いのときに取り出せばいい。

 数日後に取り出した繊維を、今度は縦横に重ねて並べる。そして木の板に挟んで重石を乗せて数日間固定しておく。

 水分が抜けて、繊維がぴったりくっついて乾けば完成だ。


「すごい! こんなに薄いのに丈夫でありますね! 強く引っ張ってもびくともしません。それにインクが滲みすぎないので、とても書きやすいであります」

「これだけ薄ければ保存も楽だろ? 収納棚を作ってカテゴリーごとに分類して整理すれば調べ易くなると思うよ。ちなみに名前は図書館というそれ用の新しい施設を建設するつもりだよ」

「素晴らしいアイデアであります! ミカはみんなのアイデアをまとめてわかり易く書き直そうと思っていたところなのです。そうしたら今以上に情報を整理しやすくなるはずですし、それらをトショカンにまとめて置けばとても便利になりますよ。いろんな情報を一度に見て新しいアイデアが生まれるかもしれません」


 情報について熱く語るミカは、知識の価値を人一倍高く評価していた。


「ぜひお願いするよ。ミカは情報の整理が好きなのかい?」

「整理もですけど、いろんなことを知りたいと思うであります。知識があるとないとでは何をするにも違いが出ますから」

「ミカはすごいな。情報の大切さを誰よりも強く認識しているんだね。きっと将来大きな仕事をするようになるだろうな」

「えへへ」

「ちなみに今一番興味があることな何?」

「えっと……、どうしても知りたい情報があるのです」


 知識を重視するミカが最も知りたいことに、ニイトは興味を覚えた。


「何だい? 俺にわかることなら答えるよ?」

「じゃぁ……」


 ミカはニイトを上目遣いで見上げると、

「どうしたら、しっぽを撫でてくれますか?」


 おっふ、そう来たか。


「それはトップシークレットだ」

「えぇ~! 教えてくださいよぉ~」

「さぁて、俺は図書館の建設計画を始めるから、またな。完成したらミカには館長になってもらおうかな」


 ニイトはそそくさと移動した。

 その後、ノアに聞くと【図書館】建設スキルの存在を聞いた。

 書物の保存や管理に便利な構造になっていて、しかも館内で書物を読むときに知力や記憶力にボーナスが入るという大変ありがたい施設だ。

 さっそくポイントをつぎ込んで図書館を設置して、ミカを館長に任命した。

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