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異世界創世記  作者: ねこたつ
4章 幕間
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4-18

 第4章 幕間


 この物語はニイトが植獣世界へ行ってからの裏話です。時系列は結構バラバラ。





 生命の樹を植えてからというもの、地下の巨大空間の経過観察を行うことがドニャーフ族の新たな趣味になっていた。

 最初に種を噴射した翌日から、生命の樹を中心として植物が生まれた。


「ゴワゴワしたのが生えた」

「触るとふかふかだよ~」


 始めは藻や苔のようなものが水辺の岩肌にひっそりと生まれた。徐々にその勢力を伸ばして増え広がっていく様子を、猫耳少女たちは興味深そうに見つめていた。


「ねぇ、見て見て。ゆらゆらっ」

「こっちはうねうね」


 水面を覗き込めばワカメのような水草が揺られていて、クラゲのように透明で極小のイモムシのようなモノも泳いでいた。

 水の中に指を入れて感触を楽しむ少女たち。なにが面白いのか、無邪気にキャッキャと笑う。

 やがて多様な植物が大地から一斉に芽吹いた。

 若葉色の頭を土の中からもたげて、天に向かって顔を広げる。

 根がしっかりと大地に伸びて、茎が伸び、葉の数が増える。

 名もなき雑草のような草だが、それぞれに違った形があった。やがて花芽から赤、白、青、黄色と、様々な色の花弁がのぞかせたときは、少女たちを一層強く興奮させた。


 七日の周期で新たな種が噴射される。その瞬間を待ち遠しく感じた少女たちは、早く出ておいでと、はりのある割れ目を指でふにふに摩る。そして待望の性なる樹、――間違えた、聖なる樹が現れると、つんつんとその膨らんだ亀のような頭部を突いて遊んだ。


 生命の樹が種を撒くたびに、新しい命が生まれる。

 いつの間にか水中にはメダカのような魚が生まれていた。

 少女が掬うと、ピチャピチャ跳ねて水面に戻っていく。


「すっごい、はねた!」


 面白がって何度も水中から引っ張り出す少女たちを、魚は迷惑そう見つめた。やがて手が届かない岩陰に潜って隠れることを覚えた。

 魚に隠れられて不満そうな少女だったが、今度はブンブンと空気を揺らして空を飛ぶ別の生き物に心を奪われた。

 草から草へ、花から花へ、小さな翅を果敢に振動させて空を駆ける虫が、少女たちの視線をメトロノームのように左右に揺さぶる。

 ついに耐えきれなくなった少女が、虫を捕まえようと空中に手を伸ばすが、


「あっ、逃げられた」


 少女の手をするりとかわした虫はあさっての方向へ飛んでいく。


「待てぇ~」


 小さな虫を追いかけて、まだまだ岩肌の目立つ生まれたての自然を、少女たちは駆けた。

 やがて開いた花弁に飛び込んだ虫を捕まえようとするが、


「待って、何かしてるよ?」

 虫が口から細い管を出して、花実に刺した。


「花を食べてるのかしら?」

「美味しいのかな?」

 虫が飛び立った後に、花柱を舐めてみる少女。


「どんな味?」

「んー、変な味? 美味しくない。でもちょっぴり甘いかも」

 少女たちは毎日のように自然を感じた。

 草が芽吹く様子、花の蜜を蝶が吸う様子、土の中に虫が潜る様子。

 気付けば命の種類は数え切れないほどに増え広がっていて、少女たちの五感を楽しませる。


 どこにでもある何の変哲もない光景だが、どれもこれも新鮮で目新しい光景だった。

 かつての故郷では命あるものはほとんど死に絶えた。そんな世界からやって来た彼女たちだからこそ、この平凡な自然風景の尊さというものを真に理解することができたのかもしれない。


     ◇


 さて、炭作りを始めたニイトは、少女たちにも製法を伝えることにした。

 まずは植物世界でも行ったように、竹炭と薪を使った実験を行う。

 無煙、無臭、安定した火力、長時間の燃焼、コンパクトな収納、その性能を目の当たりにして少女たちは興奮した。


「それではこれからこの炭の作り方を教えよう」

「「「にゃぉーん!」」」

「ただ、炭作りにはたくさんの種類があるんだ。そこで今回は趣向を変えてヒントだけを出すから自力で製法を考えて欲しい」


 概要としては単純だ。木材から揮発成分を取り除いて炭化させるだけ。もっとざっくりいえば、完全に燃えて灰にならないように蒸し焼きにすればいい。炭素さえ固定できれば炭になるので、作り方には多様性があるわけだ。

 基本概要を教えて現物を渡せば、後は天才猫耳少女たちが自力でなんとかするだろう。


 さっそく実験に取り掛かる少女たち。

 まず始めに行ったのは野焼きだ。木材を積み重ねて火をつけた後に土をかけて蒸し焼きにする。

 最もシンプルで原始的な手法だ。何も教えられずとも、自然とこの方法を思いつく。

 柔らかい炭ができた。しかし火の通りにむらが出るところもあり、少女たちは納得いかないようだ。


「土をかけるのが面倒くさいわね」

「場所によっては生焼けになるのよね」

「こんな方法はどうかしら?」


 次に少女たちが行ったのは、土をかけない方法だった。

 底の空いた壊れた鍋のようなものを取り出し、中で火を焚いて上から次々に木材を投入する。

 その様子を観察していたニイトは、これでは全て燃えて灰になってしまうのではと心配したが、そんなことはなかった。


 鍋で作った壁が空気の流れを遮断し、さらに上からどんどん木材を入れたことで先に燃えていた木材は落ちてくる新たな燃焼物に覆われて酸素不足になる。横からも上からも酸素を遮断されて、これがちょうどいい感じに炭になる条件を満たしていて、じっくりと炭化するようだ。


「へー、こんな方法でも作れるんだな」


 ただしそのままだといづれ燃え尽きてしまうので、ほどよいところで水をかけて鎮火させる。そこそこ良さそうな炭ができた。


「もっと一気に燃やしましょうよ」

「そうね、廃素材を接合してみる」


 その手法を発展させて、風呂桶のように広く細長い枠組みを作って大量生産できるようになった。

 ただ、できた炭の質がやや柔らかい。ニイトが渡した炭はもう少し硬く、納得がいかない少女たちは悩む。


「もっと燃やす量を減らしたほうが良さそうね」

「でも、これ以上火をすくなくするには、火が消えても燃え続けないとだめだよ……」

「それよ! 密閉して熱を溜めればいいんだわ!」


 そして、別の方法を考案した。ニイトが行った泥窯である。

 炭作りのコツは過剰な空気(酸素)を絶つ事であることを理解した少女たちは、いかにして空気の量をコントロールすれば良いかを中心に研究した。

 内側が見えない窯での炭作りは何度が失敗したが、やがて要領を得てからは失敗せずにできるようになった。

 ここまでくればさすがに満足するかに思えた少女たちだったが、貪欲な向上心はここで立ち止まることを許さなかった。


「毎回粘土を盛るのって、大変ね」

「壊れない粘土ってないかな……」


「「「――あっ?」」」


 今度は毎回粘土を固めるのが面倒くさいからと、何度も使用できる炉を作ってしまおうということになった。

 こうしてあっという間に炭窯を作る発想に辿り着いてしまった。


 少女たちが取り掛かったのは洞窟のように横穴が空いた壁に材木を敷き詰めて密閉する方法だった。煙を排出する方法を苦心しながら実現したが、その完成品にはやや納得がいかない。


「温度が低いニャ」

「もっと熱効率を良くする必要があります」


 そういうわけで熱効率の良い空間を自作せんとばかりに、インクや炭を使って設計図を描いては議論を重ね、さっそく窯作りを始める。

 石ブロックをドーム状に積み上げて粘土で固定する方法が採用された。

 石材はメイが中心となり、粘土はロリカ族長が、他にもそれぞれの得意分野を生かした役割をこなし、ドニャーフの技術力を集結させてあっという間に大窯を作ってしまった。

 地面に掘った横穴が排煙や排水の役割を果たし、一部の石ブロックは取り外して内部を確認できる窓にもなる。

 空焚きをして粘土を固めて安定させると、さっそく焼入れを行う。

 様々な種類の木材を入れて焼き上がりを比べるのだそうだ。


 数日間、張り付くように炭窯をじっと眺めている猫耳たち。何を見ているのかと聞けば、煙の状態を見ているのだという。

 白い煙がもくもく出ているうちはまだ木の水分がたくさん残っている証拠で、これが透明になってきたら余分な水分がなくなってきた合図だそうだ。

 そうしてタイミングを見計らって窯を開けると、太陽のように白く熱せられた木炭を取り出して土や灰をかけて鎮火する。

 一日ほどかけて熱をさますと、キンキン! と、まるで鉄琴でも叩いているかのように硬質な金属音がする炭ができた。


 ――白炭。硬質な木材に、未炭化成分を焼き飛ばすネラシ処理を行って硬く焼き固められた、炭素純度の高い炭。燃焼臭が非常に少ないので、素材の香りを重視する繊細な料理に重宝される。


 すげー高級そうな炭を作り上げてしまった。

 しかも排水溝に溜まった褐色の液体を調べると、


 ――木酢液もくさくえき。木材を乾留した際に生じる乾留液の上澄み。殺菌、害虫避け、土壌改良、皮膚病治療などの効果があり、魔法薬の調合素材としても利用される。


 ……すごそうな副産物までできてしまった。

 買い取り価格もお高めである。ずるい。ドニャーフの才能に思わず嫉妬してしまう。

 粉末になった炭も炭素の塊であるので、畑に撒けば土質改良に役立つ。まったくもって無駄のない産業である。


 立派な炭を作った猫耳娘たちは褒美を賜ろうとニイトに寄ってくる。


 これほど良質なものを作られてしまえば、ニイトに断ることは不可能。

 ちっぱいも多い猫耳ロリータたちのしっぽを、丹念に撫で上げるサービスをする以外に選択肢はなかった。

 キューブに広がる妖艶な嬌声。メス猫の鳴き声が集団でこだました。


 こうして、あっという間にドニャーフ族は炭焼き技術を習得してしまうのだった。

 そしてこの技術は植物世界に輸出されて、無尽蔵に生えてくる竹の恩恵を最大限に引き出して巨額の利益を生むことになるのだった。


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