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無事に集落まで戻ることができた一行は、ただの一人も欠けることがなかったことに驚いた。
毒を受けた者は害を受けず、怪我をした者も謎の回復力によって即日に治った。
その中心には猫耳を帽子で隠した青髪の少女がいたので、一同はこの少女に特別な能力があると理解した。さらにその主人はキメラプラントを業火で焼き尽くしたとなれば、この二人が並々ならぬ存在であると感じずにはいられなかった。
そんな話題の主人は、中央区の安宿の一室で情けない悲鳴を上げていた。
「ひぃ~! 痛い、痛い、いた~ぃ! もうやだぁ~! 早く抜いてぇ!」
全身に突き刺さったイバラのトゲを引き抜くたびに走る、肉をえぐられるような痛みに心底まいっていた。
無茶なことをしたと後悔したが後の祭り。全身の傷口から出血して、ある意味文字通り血祭りを一人で開催するはめになったのだ。
「もう少しで全部抜けますから、ご辛抱を。そうしたらすぐに《治療》をかけますので」
猫耳から汗を飛ばしてマーシャがトゲを一本ずつ抜く。魔法で治療した際にトゲが体内に残るのを防ぐ為だ。
「キメラを焼き滅ぼした英雄と同一人物だとは到底思えないな」
オリヴィアも呆れながら一緒にトゲを抜く。
「しかたないじゃないか。痛いものは痛いんだもん」
「さあ、前面は抜けました。後ろも抜きますから、うつ伏せになって下さい」
オリヴィアの膝に顔面からダイブしたニイトは、頬をすりすりしながら涙声で哀願する。
「もう痛いのはやだぁ~、慰めてくれなきゃ、やだぁ~」
「だが、そんなところも我は可愛いと思うぞ」
オリヴィアはニイトの黒い髪を指ですいた。そのまま赤子をあやすように頭を撫でる。
「よしよし、よく頑張ったな」
「うん。引きニート、頑張ったもん」
辛辣に罵倒する役割の石版がいないため、ニイトのキモイ幼児退行プレイが自然と受け入れられる奇妙な空間ができあがった。
「これで全部抜けました! 《治療》!」
魔法の力であっという間に無数の傷口が塞がり、筋肉・関節・骨に至るまで全身の損傷が回復する。
「もう大丈夫なはずです。どこか痛いところは残っていますか?」
ニイトがからだを確認すると、確かに不具合はない。ただ、カラン、と数本のトゲが皮膚を滑って落ちた。
「あれ? トゲは全部抜いたんだよね? ひょっとして抜き残し?」
嫌な予感がしてニイトはせっかく抜いたトゲをもう一度自分の腕に刺した。
「マーシャ。この状態で治癒をかけてみて」
すると、魔法がかかった瞬間にトゲが自動的に引き抜かれて治療された。しかも、あまり痛くない。
「……ぐすん。トゲを抜く必要はなかったみたいだ……」
何のために痛い思いをしたのかわからず、ニイトは切なくて泣いた。
「ニイトさま、お気を確かに!」
「うぅ……、もうやだ。引きこもる!」
英雄は心に深い傷を負った。
翌日、キメラ・プラントの様子を調べる為に再び討伐隊が向かうと、焼き焦げた大樹は未だに屹立していた。樹皮は炭化してボロボロ崩れるものの、根元に転がるおびただしい数のプラテインの犠牲によって、深部までは燃焼を免れた様子。
それでも、驚異的な再生能力の持つキメラ・プラントも、さすがに一日では回復することは出来ず、前日よりも勢いを増した討伐隊によってついには根ごと切り倒された。
付き添ったニイトは掃除を兼ねてプラテインをポイント化しつつ、その様子を後ろから見守っていた。
これで当面の脅威はなくなっただろう。
しばらくは平和な日々を送れるはずだ。
その帰り道、ニイトとマーシャはオリヴィアに呼ばれて三人が出会った崖の前までやって来た。
「話って何だ?」
「ニイトにどうしても聞いてもらいたいことがあるのだ。長老がイラクサの毒にやられたが、マーシャの治療を受けて生きていることを鑑みて、先だっての我の言い分が真実だったと認めた。そして正式な謝罪と共に除名は取り消され、一族に復籍することを認められた」
「良かったじゃないか」
「だが断った」
「はぁ!?」
オリヴィアはすっぱり言い放つ。
「我はどうしても叶えたい目的があるゆえ、一族のもとを去ることに決めた」
「その目的って……?」
「ニイトよ、我をお前の世界へ連れて行って欲しい」
いきなり核心に迫る願いに、ニイトは言葉を詰まらせる。
「……やっぱバレてるよな」
「毒や怪我を一瞬で癒し、物を大量に出したり消したり、極めつけは先日の業火の御業だ。気付くなというほうが無理がある。皆、ニイトがこの世ならざる存在だと気付いているが、恐れ多くて聞くに聞けないのだよ」
ニイトは乾いた笑いを漏らした。状況が切迫していたとはいえ、確かに派手にやりすぎた。
「そこがどんな世界か知らないだろ? 一度行ったら帰って来れないかもしれないぞ?」
「もとより覚悟の上だ。それに、キメラの根とイバラの檻に閉じ込められた我を、身の危険を冒してまで救い出してくれたあの瞬間に、我の心は決まった」
オリヴィアは深呼吸を一つしてから、真剣な顔つきで言った。
「我は、ニイトが好きだ。たとえ叶わぬ想いであっても、残りの命をお前に捧げたい」
「わひゃぁっ!?」
予想以上の展開に、ニイトは飛び上がった。ニイトの世界に興味を持つまでは予想していたが、まさか告白されるとは思っていなかった。女の子から告白されたことなんて人生初である。
「あ、ありがとう。こんな俺を好きになってもらえて、すげー嬉しいよ。オリヴィアは美人だし性格もいいし、俺にはもったいないくらい魅力的だよ。……でも、俺にはマーシャがいるし……」
「みなまで言うな。叶わぬ想いだと言ったであろう。我とて二人の仲に割って入ろうなどとは思っておらん。ただ、使用人の一人として傍に置いて貰えればそれでよいのだ」
「ダメです!」
切ない響きのするオリヴィアの提案だったが、意外なことにマーシャが拒否する。
「マーシャ、ダメというのは……」
ニイトの周りに女が増えるのを嫌ったのかと思えば、まったく違った。
「オリヴィアさんは、ニイトさまが命の危険を冒してまで救い出した人です。ちゃんと側室に加わって頂かなければ困ります」
「「…………えぇ~~~~ッ!?」」
同時に仰け反った。斜め上の理由に分析が間に合わない。
「オリヴィアを側室にしろだって? マーシャはそれでいいのかよ!? 普通は逆に拒否するだろ?」
「いえ、ニイトさまが危険を顧みず行動したということは、それだけ大切に思っているということです。わたしも死の淵から救って頂きましたからわかります。ご自身でもご自覚のない本能の奥底からオリヴィアさんを求めておられるのです。そのような人をお傍から引き離すわけには参りません」
想定外の言葉に脳がエラーを起こしたように動かないニイト。代わりにオリヴィアが真意をたずねる。
「いや、しかしニイトには既にマーシャがいるではないか。あれ? そういえば側室がもう一人いると言っていたな」
「そうです。側室が一人二人増えようと大差ありません。出会った順番が違うだけで添い遂げられないのはおかしいです」
妙な話の流れになってきた。なぜかアンナまでもが側室に加えられている。てか、そもそも側室って何
だよ。ノアはシステムだぞ? どうして人じゃない何かが正室の座にいるのか、そもそもその時点からして意味がわからない。
「そ、そうか……。マーシャが懸案だったが、受け入れてもらえるのであれば、我も側室に加えてもらいたい。ときどきおっぱいがうずいてしまうダメダメエルフの我だが……やはり駄目……だろうか……?」
「い、いや……別にダメというわけでは……」
いつの間にか話がまとまっちゃった。
「では、ニイトさま。お願いします」
「え? えぇ!? お、おぅ……」
嫁が新たな嫁の婚活を積極的に取り仕切るという意味不明な現象が巻き起こり、ニイトはその風に流されるままに巻き込まれた。
「じゃ、じゃぁ、これからよろしく……」
「う、うむ。よろしく頼む……」
そよ風が梢を揺らす出会いの場所で、二人は唇を重ねた。
なぜかその様子を微笑ましく見守る猫耳の嫁の前で。
――【【【帰還】】】
――オリヴィアが【嫁認定】されました。
第4章 植獣世界と巨乳エルフ 完




