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異世界創世記  作者: ねこたつ
4章 植獣世界と巨乳エルフ
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4-16


 ニイトとマーシャが触手をひきつけている間に、二人の男が大きなノコギリを持ってキメラの根に近づく。


 大人二人がかりで扱うオオノコギリは、本日の為に猫娘たちに用意してもらった特注品だった。

 一度ひくごとに大量の木屑を舞い上げながら、あっという間に一本の根を切断してしまう。


 オオノコを使う間は無防備になってしまう男たちを守る為に、四人の冒険者が護衛に当たる。上空の警戒が一人、バックアップが一人。合計八人のチームが二つ、それぞれ反対側から切った根の数を競うように戦果を挙げていく。


 ニイトたちが触手をひきつけているこのときが好機と見て、途中からはオリヴィアも根切り部隊に加わって攻略は順調かに思えた。

 しかしここでキメラ・プラントに変化が起こる。


「うわぁああああ! 毒だ!」


 いくらかの根を切り進めて根元の奥へ進んでいた男が叫んだ。

 キメラの根元から、もくもくと毒ガスがふき出してくる。


「風よ!」


 エルフの一人が魔法で風を起こし、毒ガスを吹き飛ばす。しかしとどまることなく噴出するガスのせいで魔法を使い続けなければならない。


「一度外へ出て立て直すぞ!」


 オリヴィアが指揮をし、毒にやられて痙攣した一人を担いで、根の奥からノコギリ隊が帰ってくる。しかし――、


「なっ!? つるが! 出口を塞いでやがる!」


 キメラの幹に空いた穴の中から、トゲのあるつるが一斉に這い出てきて出口を覆った。まるでこのときのために今まで隠れていたような立ち回りだ。


「くそっ! 突破するぞ!」

「いや、待て! そいつは猛毒のイバラだ!」

「ダメだ! 近づくと絡みつかれる! イバラの方が強い毒だ!」

「どうすんだ!? 毒霧がどんどん濃くなるぞ! このままじゃやられる!」


 根とイバラの檻に閉じ込められた討伐隊は焦る。

 最初に毒を吸った人は嘔吐して苦しみ悶えている。即死する毒ではない。解毒すれば助かるが、時が経ては手遅れになり、やがて死に至る。

 まさかこのような事態になるとは一人として予想だにしなかった。

 オリヴィアを含め、誰しもが無意識に同じことを考える。


 根を切り進める討伐隊の作戦が逆手に取られた? まさか。でも始めにあっさりと根を切れたのは油断を誘う為? ありえない。植物にそんな知性があるわけがない。最初から全力で守るはず。でもじゃあ、自分たちはなぜ今閉じ込められているのか?


「おい、見ろ! 根が!」


 男が指差す先では、切断した根の断面から神経のような細い線が無数に延びて、切り離された根同士を接合していた。


「そんなっ!? こんなに速く再生するなんて……」


 その光景を見て、疑惑は確信に変わる。

 自分たちは罠に嵌められたのだ。根の深くまで誘い込まれて、退路を塞がれて、毒で根絶やしにされる。しかもこの場所で死ねば、ちょうど根から吸収しやすいではないか。考えれば考えるほど合理的だった。


 後悔先に立たず。覆水盆に返らず。

 瞳に絶望の色を湛えて、一人、また一人と膝をつく。

 自らが掘り進めた道が罠となって壊滅する。奇しくもそれは人類の歴史と重なった。

 かつて欲望のために禁忌の道を進んだ人類は、その自らの行いによって滅ぼされた。

 ひとたび牙を剥いた大自然の驚異は、人類がとても太刀打ちできるようなものではなかったのだ。


 ――人類よ、お前たちは何千年経とうとも学ばない。また同じ過ちを繰り返した。


 声を発しない植物が荘厳な声でそう断罪しているように思えた。

 人の浅はかな考えが大いなる自然に通用すると自惚れた人類を嘲笑うかのように……、大自然の一部に過ぎない人ごときが、大いなる存在に歯向かった罪の大きさを知らしめるように……。


 かつての人類がそうであったように、人の知恵を逆用されて、自分で掘った罠に自ら落ちるように仕組まれた。

 すべては人類に後悔を与えて学ばせるため。

 そう考えれば辻褄が合ってしまう。

 だとすると即死するような猛毒ではなかったことにも理由があるように思えた。

 死に至るまで続く長い苦しみの時間は、残酷な刑罰のように思える。だがそれは同時に懺悔のために与えられた慈悲の時間とも解釈できた。


「我らは、間違っていた……のか?」


 ついにオリヴィアも戦意を失って膝を屈した。

 魔法の感受性が強いエルフの血が、大いなる存在の意志を感じ取らせた。たとえ魔力の少ない彼女であっても十分なほどに。


 先人の過ちを、子孫は背負わなければならないのだろうか。

 先祖の罪を、子孫が贖わなければならないのだろうか。

 そしてその結果、人類に存在する資格なしと判断されれば、自分たちは滅びなければならないのだろうか。いや、既に大いなる意志は人類を見限って、この世の支配権を新たな生物に渡されたのかもしれない。それが植獣たち。ならば、自分たちがここに存在する意味は……。


 根の隙間から魔法で空気を送り続けるエルフのスタミナが途切れた瞬間が、自分たちの最期である。目と鼻の先まで迫ったその僅かな時間に、答えのない問答を続けた。


     ◇



「ニイトさま、大変です! みんなが!」


 触手の波状攻撃に意識を釘付けにされていたニイトが戦況を把握したときは、既に極めて危険な状況だった。


「くそっ! 何が起こったんだ!」


 触手の動きが急に良くなった。単純な動きから、複雑な軌道を描くようになった。

 戦いの中で成長したのか? あるいはわざと手を抜かれていた?


「向こうはどうなってる?」

「イバラに塞がれて閉じ込められています。根の間から毒のような霧が出ています!」

「やむを得ない。緊急手段を使う。マーシャ、火の槍を使え!」


 マーシャの周囲に膨大な熱量が引き寄せられる。熱源を感じ取った触手の群れが、けたたましく反応する。

 マーシャが火矢を放つと、一斉に群がる触手たち。そこにあーくんで【購入】した大量の油をぶちまける。

 一斉に着火した触手の群れは、炎に飛び込んだヘビのように激しく暴れまわる。周囲から次々に触手が集まってきて炎の山に飛び込んでいく。

 その隙にニイトたちはキメラ・プラントの根に向かった。


「火を使ったからすぐにプラテインの群れが集まってくるだろう。それまでに全員を救出して戦線を離脱する。マーシャは魔法の準備と退路の確認をしてくれ」


 現場に直行したニイトはすぐさまイバラを叩き切る。格子状に並んだつるを一刀両断するも、すぐさま伸びてきて穴を塞いでしまう。そして攻撃を仕掛けたニイトへ一斉に群がる。

 後ろに下がれば救出のチャンスを失う。

 ニイトはそろそろ《肉体強化》の連続使用で悲鳴をあげ始めたからだにムチを打って、迫り来るイバラの束を粉砕し続ける。


「再生が速過ぎる! おい、聞こえるかオリヴィア! お前たちも内側から突き破って来い! 同時にやらないと間に合わない」


 ニイトはイバラの檻に向かって叫ぶが、


「ニイト……。我らのことは構わない。逃げてくれ……」

「はぁ!? 何言ってんだよ!」

「我らは気付いてしまったのだ。これは、裁きなのだ」


 イバラの隙間から、神妙な顔つきのオリヴィアたちがのぞく。


「何わけのわからないことを言ってるんだ! さっさと出て来い! 死にたいのか!」

「我らは失敗したのだ」

「失敗しない人間なんていないだろ! 大事なのは同じ失敗を繰り返さないことだ! それには生きて帰らないと、次がないだろ!」

「違うのだ、ニイト。我らの先祖は許されざる過ちを犯した。そのツケが回って来たのだよ。きっとここで我らが朽ちることが、この世界が選んだ正義なのだ」


 話が通じない状況にニイトはキレた。きっと毒に催眠作用があるのだろう。


「マーシャ! 俺に《解毒》をかけ続けろ!」

「ニイトさま、それは無茶です!」

「いいからやるんだ!」


 マーシャの制止も無視して、ニイトはイバラの中に突っ込んだ。

 もはや毒のトゲに刺されるのもお構いなしに、一直線に突き破っていく。


「な、何をしているのだ、バカ者! 自分から猛毒の中に突っ込むなんて!」

「バカはお前だ! 先に生まれたヤツのツケを子孫に負わせるような理不尽が、正義なわけないだろ! 目を覚ませ!」


 ついにニイトはイバラの檻を突き破り、オリヴィアに手を伸ばした。


「さあ、俺の手を掴め! 歴史ってのは過去の足跡を見るだけじゃないだろ! 未来に刻む足跡を子孫に見せてやることも歴史だろうが! 後ろばかりを見るな! 人の目は前にしか付いてねーんだよ!」

「我らは、生きて良いのか!?」

「あたりめぇだろ! お前らが勝手に死ぬって言うなら、俺も勝手にさせてもらうぞ。勝手にお前らを生かしてやるよッ! 文句は言わせねぇ」


 オリヴィアたちの瞳に、光が戻った。


「ははは、ニイトよ、お前は救世の神子か、それとも反逆の王子か」

「どっちでもねぇよ! 俺は快適な引きこもり生活をしたいだけの――」


 ついにイバラを突き破ってオリヴィアの腕を掴んだニイトは、力いっぱい引っ張りながら叫んだ。


「――ただの引きニートだよッ!!」


 イバラの檻を破って、オリヴィア放り出される。

 まるで人類に架せられた呪いを打ち破り、自由な空を舞うかのように。


「喜べ。引きこもりに引きずり出されたのは、お前が初めてだよ」

「よくわからないが、きっと名誉なことなのだろうな」


 キメラの根から全員を引きずり出して、ニイトも離脱する。


「ニイトさま、お怪我を!」

「毒にかかったヤツの治療が先だ」

「しかし!」

「命令だ!」


 強い口調でマーシャに解毒を頼む。全身を解毒できるマーシャだけが全員を救える鍵なのだ。

 マーシャが振り返ってからニイトは顔をしかめる。

 全身に毒針を刺されて激痛が襲った。毒こそマーシャの解毒で害はないが、一歩動くごとに針先が動いて痛覚に電流が流れる。加えて限界を超えて使った《肉体強化》の副作用が出ている。負担をかけすぎた関節が油の切れた機械のように軋む。


 だが、まだ安心できない。

 派手に火柱を上げたせいでプラテインらが大挙として押し寄せてくる。

 いや、既にもう来ていた。


「まずい! 囲まれておる!」


 長老が悲鳴をあげる。


「慌てるな、今から退路を作る」

「しかしニイト殿」


 ニイトはキメラ・プラントの幹を登らせていたあーくんが頂上まで辿り着いたことを確認してニヤリと口元を上げる。


「道がないなら、強引に道を作ればいい。全員、集落の方向に走れ。動けるヤツは前面で盾になって、怪我人をその後ろに」


 討伐隊は一斉にプラテインの群れに向かって走り出した。ニイトは最後尾から後を追う。

 そして背後のキメラ・プラントから十分に距離を取ってから、ニイトは一度『擦火鋸刃』を納刀し、腰を落として居合いの構えを見せる。


「ニイト殿! もう限界じゃ!」

「人類の底力を見せてやるよ」


 一心に振りぬかれた刀身。

 ノコギリ状の刃が、鯉口に仕込まれた仕掛けと摩擦を起こして、火花を咲かせる。

 舞い落ちる火の粉が大地に根付くと、瞬く間に炎蛇となって戦場を走った。

 直前にまかれた油の線に従って、左右に分かれた炎は蛇行しながらキメラ・プラントへ向かう。根元に到達しても勢いは衰えず、まるで天に挑戦状を突きつけるかのごとく、そのまま螺旋を描きながら幹を駆け登った。


「どうせやるなら、派手にいこうぜ!」


 大樹の天辺まで登りつめた炎は待機していたあーくんに引火して大爆発を起こし、地上に火の雨を降らせた。


「おぉぉ! 何という光景じゃ!」


 なおも樹上から油をまき続けたあーくんによって、キメラ・プラントは大炎上する。

 幹に開いた穴が仇となり、内部に溜まった油に引火して盛大に炎を巻き上げる。

 押し寄せたプラテインらは血相を変えたように大樹へ群がっていく。


「道だ! 退路ができたぞ!」


 左右に分かれたプラテインの間を、面々は素通りして撤退した。

 が、そのとき、燃える大樹に気を取られていた長老の背後から一匹のプラテインがぶつかった。


「アッーー! イラクサに刺されてしまった!」


 臀部を押えながらうずくまる長老。


「何ということだ。せっかく助かった命をこのような形で失うとは!」


 しかし運良く近くにいたマーシャによって即座に解毒される。

 これでオリヴィアの誤解も解けることだろう。


「ニイトさま!」

 マーシャが駆け寄ってくる。きっと抱擁してくれると期待したが、違った。


「鞘が、燃えてますッ!」

「え?」


 ニイトが腰に視線を降ろすと、確かに鯉口が燃えていた。

 発火しやすいように少々油を仕込んだのが裏目に出てしまった。


「熱ちっ! あっちっち!」


 慌てて鞘を引き抜いて放り捨てる。

 せっかく格好良く決まっていたのに台無しである。

 しかしそのとき偶然にも地面に開いた穴から触手が這い出てきた。


「そうそう、言い忘れてたけど、地面の穴にも油を流しといたから」


 燃える鞘に触れた瞬間、穴から這い出てきた触手は盛大に燃えて暴れた。

 ニイトはただ触手と鬼ごっこをしていたわけではない。こっそりと布石は打っておいたのだ。これも計算のうちとしておこう。


 僅かに時間を置いて、地面のあちこちに開いた穴から一斉に燃えた触手が暴れながら飛び出てきた。

 組織的に連携する触手を見て、ニイトは地下で繋がっていることを確信していた。

 それがこの結果だ。


「煉獄への招待状は気に入ってくれたかね? そこで炎のダンスを盛大に舞うといい。下等生物め」


 灰と灼熱が吹き荒れる死の舞踏会を背にして、ニイトは悠々と歩いて帰還の途につく。その堂々たる後姿はまるで王者の風格が…………、いや嘘だ。

 ぶっちゃけ、痛くて走れないだけだった。

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