4-12
「敵襲!」
森の中、ニイト、マーシャ、オリヴィアの前に、木々の間から触手を生やした花冠が現れた。
「触手型だ。張り付かれないように気をつけろ」
タコのように複数の触手をうねうねと動かしながら、敵は木の幹を蹴って跳躍した。
虫ナイフを棒の先に固定した槍で、オリヴィアが迎撃する。
しかし刃は花弁にあたると甲高い金属音を発し、花弁の隙間にはさまって固定されてしまう。さらに槍身に巻きつくように触手を伸ばしてくる。
「硬花弁まで持っているのか!」
オリヴィアは張り付いた敵ごと槍の穂先を地面に押し付けて接近を拒む。
間髪いれずに、左右からニイトとマーシャが刃で切り裂く。
触手が二本、宙を舞う。
悲鳴をあげることもなく、すぐさま敵も反撃。残った触手の先端からトゲを出して二人を襲う。
「毒だ、避けろ!」
後ろに跳んでかわし、離れ際に《魔法の矢》を突き刺す。
見えない光の矢を引き抜こうと触手が自らの頭に巻きつくのを見て、ニイトたちは一斉に突撃。
左右に切り抜けて、敵の頭を両断した。
頭部が上下に分かれてもしばらく触手はうねり続けたが、やがて沈黙した。
「勝ったな。こいつは結構手ごわいタイプだが、武器の性能が良いおかげで楽に倒せた。二人の連携もよかったぞ」
オリヴィアによれば結構な難敵だったらしい。経験の浅い冒険者なら逃げるのが正解だとか。
あーくんで死体を処理すると、食用には加熱する必要があると表示される。
見た目的にはタコに近いけど、後で食べてみようか。
「よし、もう近くに敵はいないようだ。先を急ごう」
この日、三人は、ある意外な仕事を果たす為に森の中へやって来た。
「森の中に苗木を植林するって、やっぱり変わった仕事だよな。木々がたくさんある中に植林するって違和感がありすぎる」
「はじめは慣れないかもしれないがそういうものだ。以前にプラテインたちは原種の木には近寄りにくいと説明しただろ? だからこうして集落で繁殖させた原木を森の中に植えて、我らの休憩地を作るのさ」
「補給路というヤツか。原木は生存競争に勝てるのか?」
「近くにキメラ・プラントがいなければちゃんと根付く。プラテインと違ってキメラは何でも飲みつくすからな」
「せっかく植えても破壊されるんじゃイタチごっこだな。原木は数に限りがありそうだし、危うい未来だな」
「その心配はない。原木と言っても、プラテインの木を集落で育てたものでも代用可能だから、苗木が尽きることはない」
「え? どういうこと?」
「どういうわけか、プラテインの種を集落内で育てると普通の植物として育つのだ。それを森に移植してもそのまま普通の木のまま生育する」
「なんじゃそりゃ!?」
「エルフの長年による研究でも詳しくは判明していないが、おそらくプラテインと通常の植物は同じ種から生まれるようだ。その違いは、発芽した土地がキメラ・プラントの近くだとプラテインに変化して肉食植物になり、キメラのいない土地だと普通の植物になるのではと言われている」
「マジか! じゃあ、キメラを倒せば植物は正常に戻るってことか」
「おそらくな。ただ、それには膨大な時間と労力がかかるであろう」
植獣たちの奇妙な生態を知りつつ、ニイトたちは目的地に到着した。
「ここがいいな。上部が抜けていて陽がよく入る。ここにしよう」
まずは周囲の木々を伐採する。
「下級のトレントは枝を落としてしまえば無力化できるぞ」
「了解。マーシャ頼む」
「おまかせを!」
魔法の矢を連続で撃ち出して、マーシャはあっという間に周囲のトレントたちを無力化させた。威力も命中率も申し分ない。数字上の魔法レベルはニイトと同じでも、経験を積み重ねた分の成長が見受けられる。
無抵抗になったトレントを根元から切り倒す。
不思議なことに伐採したトレントをあーくんで吸収すると良質な木材と表示された。根から切り離してしまえばプラテインは自然の植物とみなされるのだろうか。そうであれば先程のオリヴィアの話とも関連がありそうだ。
脅威が完全に除去された空間の掃除をはじめる。
切り株や根を取り除き、雑草を刈り取って地面を整地した後に軽く耕す。そして一時的にキューブに【転送】してあった苗木を取り出して植えていく。
最後にこれまたキューブに保管しておいた集落の脇を流れる川の水をたっぷりと注いで終了だ。
「本当に、ニイトは反則だな……。植林の仕事は制圧から植林と水の運搬を大人数で何日も、場合によっては何週間もかけて行われる仕事だ。それをたった半日足らずで成し遂げてしまうとは……。人のわざとは思えん」
胡乱な目を向けるオリヴィアを誤魔化すようにニイトは苦笑する。
「ははは。仕事が早く終わったんだからいいじゃないか。それより次は俺たちの依頼を頼むよ」
「……ああ」
ニイトたちはオリヴィアを指名する形でギルドに依頼を出していた。内容は森の案内だ。
「あら? あそこにとても綺麗な花があります」
マーシャが膝高の花に近づく。つぼみが魚の鱗のように縦長に密集していて、それぞれから白やピンク色の小さい花弁が咲き乱れている。
「オリヴィアさん、これは何という花ですか?」
「キンギョソウだ。毒はないし無害だ」
無害とのことなので、ニイトは新しく覚えた【交換】スキルを使って花を土ごとキューブの一画に植え替えてしまう。
根と土ごと転送できるので、植物を枯らさずにそのまま移動させることができる。キューブからはあらかじめ地面に敷き詰めてあった同質量の土が代わりに送り帰される。つまり自然環境の一部を切り取ってそっくりそのまま【交換】するスキルなのだ。
「後でみんなにも見せてあげよう。きっと喜ぶぞ」
「はい! わたし、お花の部屋を作ってみたいです」
「面白そうだな。せっかくだから部屋を連結して花道や花畑にしてもいいな。それからベンチや水路を作って花の公園を作るのも悪くない」
キューブに新たな彩が加わり、猫耳少女たちが喜ぶ姿が脳裏に描かれる。
生命の樹を植えた地下の大空間はまだ荒地に近いので、直接植えると枯れるかもしれないからまずは上層で様子を見てからだ。
「なあ、二人はいったい何の話をしているのだ? 我だけのけ者にしないでくれ」
「ごめんオリヴィア。いづれ話すときが来るから、それまでもう少しだけ待ってくれ」
「むぅ……、まぁ、エルフは寿命が長いゆえに待つことには慣れているが……」
オリヴィアは頬を膨らませ、長い新緑の髪から突き出たエルフ耳はつまらなそうにプイッとそっぽを向いた。
ニイトは近いうちに秘密を打ち明けなければならないな、と思った。
「オリヴィアさん、あのお団子みたいにポワポワしているオレンジ色の花は何ですか?」
「マリーゴールドだ。根が虫除けの薬になる。害はない」
「オリヴィア、あそこに白くて甘い匂いの花があるぞ?」
「アリッサムだな。乾燥した土地でもよく育つ。害はない」
ニイトとマーシャは二人して子供のようにはしゃぎながら、様々な草花のことをオリヴィアに聞いた。
「本当に二人は変わっているな。そこらじゅうに生えている草花に、これほど興味を示す者は珍しい。まるで草花の生えていない別の世界から来たような感じだ」
ギクリ、と二人は同時に固まった。
さすがオリヴィア。鋭い。ニイトは誤魔化すように言った。
「あの黄色い可憐な花は何だろうな?」
「バカっ! それはゲルセミだ! 猛毒だぞ!」
オリヴィアに思いっきり引っ張られて、ニイトは後ろにつんのめる。勢い余ってバランスを崩したが、オリヴィアの腕に抱きとめられる。
「あっ」
「あっ」
逆お姫様抱っこのように、空を向くニイトの顔をオリヴィアがのぞきこむ。
「お、あ、そ、その、すまない……」
「いや、こっちこそ毒草から守ってくれてありがとう」
オリヴィアはニイトと目を合わせると瞳を白黒させた。徐々に頬が火照り、それを見られるのを避けるように、くいっと後ろを振り向く。
支えを失ったニイトは地面に背中から落ちた。
「ぎゃん! いきなり放すなよ」
「いや、そ、その、すまない」
オリヴィアは後ろを振り向いたままそっけなく答えた。
その後しばらく歩いていると、ニイトが大げさな声をあげた。
「あれ、綿花じゃないかっ!?」
「……本当だ。しかも古代種の綿花だな。まだ生き残っていたとは驚きだ。それにしてもよくあれが綿花だとわかったな。まだ綿をつける前なのに」
服の素材としてずっと探していたので、ニイトはその形状を苗の状態から記憶していた。
「やっと見つけたよ! たくさん生えてるし、ちょっと貰っていくね」
ご機嫌で【交換】するニイト。
屈託なく笑うのを見て、オリヴィアはボソッと呟く。
「かわいい……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何でもない」
慌てて後ろを振り返ったオリヴィアは、長いエルフ耳の後ろが赤く色づいていることに気付かなかった。
それからしばらくして、オリヴィアが尋ねる。
「ニイトはどうしてそんなに草木を集めているんだ?」
「趣味みたいなものだ」
「変わった趣味だな」
「今探しているのは痩せた荒地でもよく育つ樹木かな。おすすめはないか?」
オリヴィアは少し考え込んでから、
「アカマツやニセアカシアなどは水が少なく痩せた土地でも育つぞ。他の樹木が枯れた土地でも育つくらいだから、それによって自然が回復することもある」
「へー。オリヴィアが知っている中で一番のお勧めは?」
「既に絶滅してしまったものでもよければオリーブだな」
「オリーブって絶滅したの!?」
「知ってるのか? 今はエルフの中でも一部しか知らない植物なのに」
普通に会話をするといとも簡単に墓穴を掘ってしまうが、もう仕方ない。
「オリーブオイルが採れる木だろ?」
「ああそうだ。強靭で耐寒性もあり、乾燥した荒地や痩せた土地でも丈夫に育つ。災厄前は平和の象徴とされていたらしく、その実からは聖なる油が取れたという、古い言い伝えに出てくる木だ。我のオリヴィアと言う名も、このオリーブに由来するのだ」
「へー、そうだったんだ」
「普通の草花の知識はないくせに、こういう伝承の植物については知っているのだな。どうにもニイトの知識はアンバランスだな」
「それを補う為にオリヴィアに仕事を依頼したんじゃないか」
「そうだな。楽な仕事だよ」
絶滅したのであれば、あとでオリーブの苗木でもプレゼントするかと、ニイトは心に留めた。なぜって、しばらく前にキューブの畑の隅に植えたもので……。
集落への帰り道、ふとオリヴィアが聞いた。
「その、つかぬ事を聞くが、二人は夫婦めおとなのか?」
「はい。わたしはニイトさまの側室の一人目です」
「なっ!? 側室だと!? しかも一人目ってことは、他にもいるのか?」
「はい。アンナさんという方が二人目です」
「ちょっと、その話ネタじゃなかったのっ!?」
ニイトとオリヴィアは別の意味でそれぞれ驚愕する。
「そ、そうか……ニイトには既に三人も嫁がいたのか……。そうか、なるほど……」
オリヴィアはエルフ耳を下に傾けてブツブツ呟きながら歩く。
「危ない!」
「え?」
オリヴィアの足元にには不自然に伸びたつるがあり、案の定、踏んだ瞬間にゴムのように縮んで彼女を逆さ吊りにした。
「しまった、ツリツルだ!」
高い木の枝に引っ張り上げようとするつるを、マーシャが魔法の矢で切断する。
落ちてきたオリヴィアをニイトが受け止めた。
「くっ、不覚! こんな初歩的な罠に引っかかったのは子供のとき以来だ」
「大丈夫か? 調子が悪いのか?」
今度はニイトがお姫様抱っこ状態でオリヴィアを覗き込む。
「あっ、ぁっ……」
オリヴィアのエルフ耳がピヨ~ンと上を向いて、顔が赤くなる。息苦しそうに胸の辺りを握り締める。
「どうした? 様子がおかしいぞ。胸を気にしているようだし、顔も赤いな」
「べ、べつに赤くなってなどないぞ!」
「いや、真っ赤じゃん。ひょっとして、また胸のトゲが痛み出したのか? それでミスをしたんだろ」
「え? あ、あぁ……、そうなのだ。困ったものだな」
「しかたないな。それじゃ、また揉んでやるよ」
「なぬっ!?」
オリヴィアはしまったという顔で身を強張らせた。
「い、いや、今はいい。大丈夫だ」
迅速な動きでニイトの腕から飛び降りて直立する。が、
「戦闘中に発作が起こっても困るから、今のうちにほぐしておこう。脱いでくれ」
「ぬぉっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ。こんな明るいところでは、さすがに恥ずかしいぞ。せめて、服を脱がさずに手を中にいれてくれ」
「それじゃ布地が邪魔でちゃんと揉めないだろ。あそこに木陰があるから、そこで済ませよう。マーシャ、見張りを頼む」
「了解です」
「え、あの、ちょっと待って、あうぅぅ!」
オリヴィアの腕を強引に引っ張って、ニイトは治療を開始する。
余程症状が酷かったのか、オリヴィアは顔を真っ赤に発熱して、荒い息づかいと共に激しく身悶えした。そして治療中ずっと切ない声をあげていた。
戦闘中にこの発作が起きなくて本当によかった次第だ。




