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異世界創世記  作者: ねこたつ
1章 猫耳少女を救え
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1-7

 石材の堅い地面では寝転がるだけでもからだが痛い。柔らかいソファーかベッドが欲しかったが、当然そんな高価なものは数百万単位のポイントが必要になる。仕方なく粗布を床に引いて腕まくらするしかない。

 半日くらいは寝ただろうか。時計も太陽もないので時間の感覚がわからないが、最低限の睡眠は取れたと思う。しかしすっきりしたのは意識だけで、身体は堅い床のせいで節々が痛む。

 もやしと豆のひもじい食事を済ませて一息つく。

 こんな生活をあと何日も繰り返すのかと思うと気が滅入る。

 ネットもスマホもないのでとにかく暇だ。娯楽が一切断たれた状態でただ時間だけが有り余っていても苦痛にしか感じないことを知った。

「なあノア。何か面白いことはないのか?」

『ニイトにとっての面白いの定義を教えてもらわないと』

「そうだな。漫画やアニメやゲームとか?」

『あんたの世界にあった娯楽作品は何もないわよ。そもそもあったとしてもディスプレイに表示するのにもエネルギーを使うし、今の極貧状態じゃ危険でできないわ』

 そうなると残るのはただ退屈な時間だけである。

 唯一可能なのは自分の頭を使って何かを考えること。大昔の人類もきっと今のニイトと似たような娯楽の少ない世界にいたのだろう。彼らは何を思ったのか。

「昔の人って何が娯楽だったんだろうな?」

『セックスよ』

「ブッ!? いきなり何を言い出すんだよ!」

『何をって、聞かれたから答えたのよ。娯楽の少ない時代はやることといったらヤルことしかなかったのよ。特に社会制度的に弱い立場だった女性は性行為だけが人生で唯一の娯楽だった時代も珍しくはないわ』

「…………うわー、聞きたくなかった……」

 急にそんな話になってニイトは困惑ぎみに目を閉じる。しかしよくよく考えれば今の自分にだって人並みの性欲はあるはずだ。どうやって処理をすればいいのだろう……。すごく不安になってきた。

「なあノア……、変なことを聞くけどさ、このキューブって部屋の中だとノアの目が届かない場所ってあるのか?」

『ないわよ。この程度の領域なら隅々まで把握できるわ』

「じゃあさ、トイレとかはどうしたらいいんだよ……?」

『その辺ですればいいじゃない。糞便も【売却】できるから問題ないはずよ』

「いやいや、そういうことじゃなくてさ、ノアに見られながらするなんて嫌だよ。それにさ、男の子特有の事情とかもあるし……」

『自慰行為のこと? 精液も【売却】できるわよ』

「だから、そういう意味じゃねーよ!」

 くそ、このアスペAIは、話の本筋を理解してくれない。

「お前にそういう排泄行為みたなのを見られたくないんだよっ」

『あたしに? 人同士ならわかるけど、あたしは擬似人格なのよ?』

「それでもだよ。何となくだけど、俺はお前をただのシステムだとは思えないみたいなんだ」

『ふ~ん』

 それに、実体化したときのノアはとても好みな美少女であったし……、ん? 

「あのさ……、お前って俺の願いを叶えるって言ったよな?」

『ええ』

「じゃあさ、俺の性欲を処理するとかって、するの?」

『はぁ? 何であたしがそんなことしなきゃいけないのよ。自慰くらい自分ですればいいじゃない』

「いやなんか、お前に見られながらとか気分的にできないよ。それに外の世界でなんて危なくてできないし、それだったらいっそのこお前と一緒にできたら気分も盛り上がるかなと……」

『…………ねぇ、ニイト。あなたひょっとして、あたしに実体化して性処理をしろって言ってるの?』

「…………う、うん」

『バカ犬! エロ犬!』

「ひゃいっ!」

『バカなこと考えてるんじゃないわよ! いま極貧状態だって言ったでしょ。あたしが実体化するような余裕はないの。たとえできたとしても、そんな行為のためにポイントを浪費する気はないわ。よくわからないけど、あたしの擬似神経パルスが嫌悪感を示しているもの。きっと普通の女の子はあんたの申し出に忌避感を覚えるはずよ。女の子に嫌らしい行為を要求するなんて、この変態犬!』

「わぉーん!」

『そもそもどういうこと? あんたは無機物に発情するような異常性癖の持ち主だったの? 仮想人体なんてただの人形と同義よ? そんなものに興奮するっていうの!?』

「うっ……、否定しきれない。ていうか、喋れるし体温があるし息づかいもある人形なんて、もう本物の人と同じじゃないか?」

『はぁ……、そうね。あんたの知能レベルじゃまだ錯覚してもおかしくないわね。何となく理解したわ』

「ていうか、その直方体のフォルムとか光沢のある黒い表面とかも魅力的に見えてきたような気がする……」

『それは理解できないっ!? 何その斜め上にぶっとんだカミングアウトは! あたしの演算レベルじゃ解析不可能だわ!』

 ノアはかなり引いた。それこそ物理的に石版が動いたと錯覚するほどにスサーッと引いた。

 ニイトはよろよろと石版に近づく。

『ちょっと、何で裸のまま立つのよ! ちゃんと着なさいよ!』

「人は裸で生まれて、裸で去る。これこそが自然体の姿」

『意味わかんないわよ! 近寄らないで!』

「ほらっ、怖くないぞ。どこにも武器なんて隠し持ってないだろ? あったとしてもマツタケくらいだから心配するな」

『そのみすぼらしいエノキをしまいなさいよ!』

「酷っ! せめてシイタケにして! もう怒ったぞ!」

 ニイトは駆け出して石版に引っ付く。

『嫌ぁあああああああああああああ! 何か当たってるんですけどぉおおおおおおお!』

「当ててるのよ~」

『変態! バカ犬! 離れなさい!』

「うへぇ~、俺、もうなんかおかしくなって――」

 そのとき、石版の間に光るゲートの向こう側に昨日の化け物の姿が映った。

「うわぁああああああ!」

 途端に正気に戻ったニイトは飛び退いた。手探りで粗布を探すとからだにまとう。

『ようやく正気に戻ったかしら』

「ああ、一気に醒めた。何というか、いきなりこんな状況になって、おかしな精神状態になっていたんだとおもう。ごめん、もう大丈夫だ」

『わかればいいのよ。もうこんなことはこれっきりにして欲しいけど。うえっ、何か石版の表面にぬるっとした液体が付着してるんですけど……』

「すまん……。売却してくれ。このことはお互いに忘れよう」

 ニイトは何事もなかったように目線を真っ直ぐにした。黒歴史の封印終了。

 そしてゲートの向こうに見える化け物に意識を集中した。

「それにしても半日くらい経つのに、まだ近くにいやがったのかよ」

 向こうはこちらに気付いた様子はないが、キョロキョロと辺りの匂いを嗅いでいる。

「なあ、俺の匂いを追っているぞ!? 本当にこっちの存在は気付かれないんだろうな」

『大丈夫よ。ゲートやノアシステムに関することは、あんた以外には見えないし探知もされないわ』

「なら大丈夫か」

 まるでサファリパークのように薄壁一枚の向こう側に危険生物がいて落ち着かないが、こちらの安全が担保されているなら冷静さは保てる。

 だが、何か様子がおかしい。化け物は何かを探しているようにしきりに鼻を鳴らしている。

「あいつ、何かを探しているみだいだけど?」

『おそらくニイトではない別のものを探してるのよ』

 ノアの指摘どおり、化け物は何かを感じたようにビクッと首を震わせると、別の方向へ走っていった。

「どこに行くんだろう?」

『後を追うこともできるわよ?』

「そんなこともできるのか。やってみてくれ」

 疾駆する化け物をゲート越しに後ろから追走していると、ふいに化け物が一層身を低くして飛び掛る構えを見せた。化け物の向かう先にはローブのようなボロ布を被った小柄な人らしき存在が。

「危ない!」

 思わずニイトは叫んだ。その声が伝わったかは定かではないが、化け物の襲撃に直前で気付いたその人は振り向いて意匠の凝らされた短剣を向ける。しかし、

 ――キンッ! と、かん高い音と共に短剣は弾かれた。

 魔物の爪を避けるために無理な体勢になったその人は、先ほどの俺のように地面に倒れこむ。

 危ない! やられる!

 助けなきゃ! でも、あんなに強そうな魔物をどうやって? 自分まで返り討ちにされる? 見捨てれば自分だけは助かる……。でも、やっぱり見殺しにはできない!

 刹那の間に様々な思いが駆け巡るが、熟慮している暇はない。本能に突き動かされたニイトは、気がつけばゲートの向こう側へ飛び出していた。

 弾かれた短剣を拾い上げ、獲物をしとめようと腕を掲げた化け物の背後から駆け寄り、身を投げ出して飛び掛る。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 恐怖を打ち消すように咆哮し、刃を振りおろす。

 声に気付いた化け物が振り返るが、もう遅い。刀身が魔物の延髄を突き刺すほうが速かった。

「ギュァ――ッ!?」

 ビクン! と一瞬だけ身を跳ねて、化け物は硬直しながら倒れ伏した。

 化け物の上に馬乗りになったニイトは、万が一にも敵が息を吹き返さないように、突き刺した剣で念入りにえぐった。

「はぁ、はぁ、はぁ、やった……のか?」

 化け物は動かない。息もしていない。死んだようだ。

「キミ、大丈夫か?」

 ニイトが剣の本来の持ち主を見ると、その小柄な人物はフードを下ろしてひざまずいた。

「やっとお会いできました。予言の君、伝説の救世主様っ!!」

 その小柄な人物はまごうことなき美少女だった。長くサラサラの蒼い髪とエメラルドのような瞳の清らかさが、このくすんだ灰色の世界にあっても美しく輝いている。

 その姿を見てニイトは思い出した。自分が異世界検索のときに提示した唯一の条件を。そしてその結果は、彼女の頭の上部にしっかりと反映されている。すなはち、


 ――――猫耳美少女のいる世界。


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