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集落へ戻る旅路が始まった。
川べりを上流に向かって進むのだが、これが思いのほか難儀だった。
「待て! 前方にホグウィードがある!」
一見何の変哲もない茎とギザギザの葉だと思いきや、近づくと危険らしい。
「あれに触れると粘液がでてきて、肌に触れると激しい炎症を起こしてやがて壊死する。ほんの少しでも目に入れば失明は免れない」
「どうする?」
「迂回しよう。幸い自走しない種類だから近づきさえしなければ被害はない」
迂回して水辺を離れると、今度は渦巻き模様の花がたくさん咲いている場所に出た。
「止まれ。グルグル草の群生地だ。こいつらが飛ばす花粉は平衡感覚を狂わせる。多量に吸い込めば立っていることができなくなってプラテインの餌食になる」
「マジかよ。じゃあ……」
「迂回するしかあるまい」
こうしてどんどん目的地とは別の方向へ流れていく。気付けば森の中へと迷い込んでしまう。
「なあ、本当に大丈夫なのか? どんどん森の奥へ進んでいるぞ」
「正直、崖の下がここまで酷い有様だとは我も思わなかった。帰還はかなり困難だな」
「少し喉が乾きました。あ、見てくださいニイトさま。あそこに綺麗な水溜りがあります」
マーシャは輝く水面に近づくが、
「待てっ!」
オリヴィアがマーシャの腰を引っ張る。
直後、突如として地面から現れた巨大な魚の顔のようなものが、水溜りごと地面を飲み込んだ。
「ウツボカズーラだ。水辺に近づいてきた獲物を深い落とし穴に誘い込む」
魚頭は再び口を開きながら地面に戻った。そこには底が見えないほど深い穴が開いていた。
「助けていただいてありがとうございます」
「気にするな。我も助けられた」
オリヴィアが服の裾を放すと、隙間からしっぽが飛び出した。
「何だこれは? 毛むくじゃらなものがマーシャの服の中に」
手を伸ばして触ろうとすると、ビクッとマーシャが反応する。飛び跳ねるように振り向いて、珍しく怒ったような表情をした。
「しっぽに触っちゃダメです!」
「し、しっぽ!? どうしてマーシャのお尻にしっぽがあるのだ?」
再び面倒なことになってニイトは頭を抱える。
「今見たことは忘れてくれ」
「さすがに無理だ。気になってしまう。一度触らせてくれないか?」
「ダメです! しっぽに触っていいのはニイトさまだけですっ!」
マーシャは毛を逆立たせて威嚇にも似た姿勢をとる。
「やはりしっぽが生えているのか!? 気になる! 気になるぞ! 頼む、先っぽだけでいいから触らせてくれ」
「シャーーッ!」
二人して拳法の構えのように両腕を広げて間合いをはかる。
「おい、お前ら、落ち着け。こんなところで争っている場合じゃないだろ」
「そ、そうだな。ニイトの言うとおりだ。すまない。我は手触りのよりモフモフしたものが好きでな……。夢中になると周りが見えなくなることがあるのだ」
「い、いえ、わかってもらえれば……」
落ち着いたところでニイトは話しを切り出す。
「とりあえず一旦休んでこれかの方針を決めよう。このまま森を進むのか、別の道を探すか。それと食料と水の調達はどうするんだ?」
「道は危険の少ないルートを見つけるしかないから、残念だが回り道をするしかないだろう。食料については携帯食料が水で流されてしまったから、森の中で食べられる木の実を探すしかない。水もな。」
「結局森を進むしかなさそうだな」
しばらく進むと、キノコが群生している場所を発見した。薄く広がった傘に真っ直ぐな柄。見た目はシイタケに近いが色が真っ白だった。
「おぉ! シロタケがこんなに生えている。良かった、これは生でも食べられるぞ」
さっそく三人で摘み取るが、マーシャが摘んだ一本を見てオリヴィアが目の色を変える。
「ちょっと待て! それはドクシロタケだ! 食べたら死ぬぞ!」
「えぇ!? 見た目は同じなのに!?」
「よく見ろ、ヒダの色が少し違うだろ。間違えやすいから気をつけてくれ」
ニイトも確認したが、微妙な違いで素人には判断が難しい。
こういうときはあーくんの出番だ。無作為に放り込んで一括【査定】する。これで毒キノコだと判明したものはそのまま【売却】してしまい、残った食用をキャンセルすれば安全なキノコだけが選別できる。
あーくんはサバイバルの必需品である。
まあ、そもそもあーくんで【購入】すれば水も食料もいつでも入手できるので、オリヴィアの目を盗んでちょくちょく物資を【購入】しているニイトだった。
安全が確認できたところで、シロタケを生のまま食べる。味はあまりないが、きのこの風味があって意外と美味しい。
食事が終わり、一行は歩みを再開した。が、すぐにマーシャが猫耳を立てた。
「前方に気配があります」
「止まれ! プラテインかもしれない」
三人は直立したまま制止した。
「動かないと襲われないのか?」
「基本的に生物の気配を感じて襲ってくる種類が多いから、じっとしていれば襲われないことが多い。だが、動かなくても襲ってくるタイプもいるから、その場合は逃げるか戦う。敵のタイプを見極めるのが大事だ」
すぐに木陰から三体のプラテインが現れた。
ひょうたんに豚の鼻のような部位を付けたヤツが一匹。スイカに鳥の足が生えたようなヤツが二匹。どちらも花弁の隙間からギラギラしたノコギリ状の歯をのぞかせている。
ニイトは小声で話す。
「どうだ、誤魔化せそうか?」
「動かなければ大丈夫なタイプだ。だがマズイ、においに敏感なヤツが一匹いる。今は風の向きが良いから大丈夫だが、我らを通り過ぎるとにおいで気付かれる」
「どうする?」
「すれ違った瞬間にしとめたい。仲間を呼ばれると厄介だ」
「ならばオリヴィアが真ん中のを頼む。俺とマーシャで左右を始末する」
「承知した」
ニイトは虫刃、マーシャは聖短剣、オリヴィアは尖った木の棒をそれぞれ握り締めて息を殺す。
敵がゆっくり近づいてくるのを無防備なまま迎えるのは思った以上に緊張する。心臓がどんどん鼓動を増していくのを、呼吸を止めて抑えこむ。
やがて三匹がすれ違った瞬間、中央の固体が豚っ鼻を鳴らして立ち止まった。
「――ブヒィ!?」
それを合図に、三人は一斉に反転して武器を振るう。
左右のスイカが振り向いた瞬間、ニイトとマーシャの刃が頭部を両断。ほぼ同時にオリヴィアの棒が豚鼻を突き刺す。が、急所が僅かにずれたようで、即死には至らない。
空中に飛び退いてブヒッ! と鳴こうとした瞬間、ニイトとマーシャの返す刃が合わさって斬り裂く。三枚おろしになって地面に墜落した豚鼻が鳴くことはなかった。
「「「――っはーっ!」」」
呼吸を止めていた三人は同時に深呼吸する。
「上手くいったな」
「すまない。我だけ攻撃が浅かったようだ。追い討ちに感謝する」
「気にするな。一人だけ質の悪い武器を使っているんだから仕方ないさ」
「そういえばニイトたちは不思議な武器を使っているな。プラテインがいとも簡単に切り裂かれた。良かったら見せてくれないか?」
「いいよ、二刀あるから一本やるよ」
「本当かっ!?」
虫製ナイフを一振り渡すとオリヴィアは子供のようにはしゃいだ。
「よく切れるから取り扱いに注意しろよ。誤って自分のからだを傷つけないように」
「ほう、ほう、これはすごいな! こんなに薄くて鋭い! 強く押し当てるだけで簡単に物が切れるぞ!」
オリヴィアがナイフに夢中になっている間に、ニイトはプラテインの死骸を集めた。
「これでしばらくは食いつなげるか」
何気なく言ったらオリヴィアがギョッとした。
「ニイト、まさかプラテインを食べるつもりじゃないだろうな?」
「え? ダメなの?」
「当たり前じゃないか! 死にたいのか! 毒があるんだぞ!?」
あれ? 確か以前あーくんで確認したときは確か食用って表示されていたはずだと、ニイトは訝しげに首を傾ける。
「オリヴィア、ちょっと後ろを警戒していてくれ」
「それは構わないが……」
オリヴィアに後ろを向かせている間に、あーくんで再び調べる。
するとスイカに鳥の足っぽいヤツは生でも食べられると表示されたが、豚鼻のほうは過熱しないと毒があると表示された。
確かに毒のある種類もあることを知った。
「なるほど。オリヴィアの言うとおり、こっちには毒があるみたいだな」
「――っ!? おい! まさか口にしてないだろうなっ!」
慌ててオリヴィアが振り向く。
「大丈夫だよ。特殊な方法で確認しただけだ。毒があるほうは食べてないよ」
そういいつつ、ニイトはスイカ型のほうを一口食べる。
「バカヤロウ! 食べてるじゃないか! すぐに吐き出せ!」
オリヴィアはニイトの首を絞めながらぶんぶん頭を振った。
気持ち悪くなってニイトは吐き出す。
「おえっ! 何するんだよ。吐いちまったじゃねーか!」
「良かった。まったく何を考えているのだ、馬鹿者が! 毒があるって言っただろ! プラテインを食べてはいけないことは子供でも知っていることだぞ!」
どうやらオリヴィアは全ての種類のプラテインに毒があると勘違いしているらしい。
「いや、だから毒のある方は食べてないって言っただろ? 生で食べられる種類もあるんだよ。それと毒のある方も火を通せば食べられるようになる種類があるぞ」
「なん……だと……?」
オリヴィアはしばらく放心していた。
「まさか……試したのか?」
「嘘だと思うなら俺が食べた後に様子を観察するといい。かつて毒のあるヤツを食べた人はどのくらいで症状が出たんだ?」
「……確か食べてから半日くらで死亡したはずだ」
「なら、半日以上俺が平気だったら大丈夫ってことだよな」
そういうなり、ニイトは食べた。キノコだけじゃお腹が満たされなかったのである。
「あぁ、ぁ、ぁああぁ、食べた……。本当に食べちゃった……」
「もぐもぐ、――おっ、意外と美味い」
白い繊維質な肉は、硬い豆腐や鳥のササミのような食感だった。淡白でありながら肉や豆特有の風味がある。
緑色の体液は草の匂いがするが、ほんのりと甘い。そして僅かにだがスイカのような甘い香りも残っていた。
総評すればこれは肉だ。植物なのに、鶏肉に近い味がする。
「ニイトさまが召し上がるのでしたらわたしも」
マーシャも続く。
「あっ、美味しいです! わたし、好きな味です」
「ぁあぁ。マーシャまで……」
予想外に美味かったので、ニイトはもう一種の味も気になった。
「こっちも焼いて食べてみようか?」
「お任せ下さい」
すぐにマーシャが《火の槍》で火を起こし、ニイトが豚鼻のプラテインを焼く。すると途端にオリヴィアが取り乱した。
「火っ!? うわぁああああああ! 火が! どうしていきなりっ!」
「どうしたんだオリヴィア?」
尋常じゃない慌てっぷりにさすがのニイトも不審がる。
「何を落ち着いているんだ! 早く消せ! プラテインたちが押し寄せてくるぞ!」
「えっ?」
事情を飲み込めずにあっけらかんとするニイトだが、周囲の木々がやたらざわめいているのを見て危機感を覚えた。
風も強くないのに幹が揺れ、ツルは激しく身をよじり、無数の葉が乱れ飛ぶ。
「何が起こってるん――!?」
そのとき、木々の間から巨大なミミズのようなものが地を這って飛び出してきた。それも一匹や二匹ではない。全方位から一斉に迫ってくる。
「ほれ見ろ! 火やヤツらをおびきよせたんだ!」
「うぇぇえええええ!? 聞いてないよっ!」
「子供が最初に学ぶことだろうがぁああああああああああああ!」
そんな常識知りません。
前情報なしに異世界を歩くとこういうこともあるのかと学びつつ、ニイトはこのピンチをどう切り抜けようかと頭をめまぐるしく回転させはじめた。
どうしよう……?




