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異世界創世記  作者: ねこたつ
4章 植獣世界と巨乳エルフ
73/164

4-2

「いざ、植物の豊かな世界へ!」


 次なる目的地が決まり、ニイトとマーシャはゲートをくぐった。


「次の世界はどんなところでしょう?」

「きっと色とりどりの草花が茂る世界のはずさ」

「楽しみです」


 笑顔でそんな会話をしつつ期待を高鳴らせていたが、転移した瞬間にそのほのぼのモードは突然終わった。


「グシャァアアアア!」


 鉄線をすり合わせたような擦過音と共に、得体の知れない化け物が飛び掛ってきた。

 大きく開いたアゴ。鋭い牙。ヘビのような胴体。


 ニイトは反射的に腰のナイフを抜き、斬線を走らせる。

 上下がかみ合うようなギザギザの口横を切り裂きながら、脇へ走りぬける。

 妙に硬い手ごたえだったが、どうにか虫殻の刃は通った。


 化け物は空中で激しく身をよじって暴れる。しかしその勢いは衰えることなく、長い胴体をバネのように使って、地面に着地すると同時に再び跳びかかってくる。


 再びナイフを振り抜くと、化け物の口が上下に分断された。

 閉じられなくなった下アゴをばたつかせながらも、化け物はまだ諦めない。


「不死身か!? なんてしつこい!」


 頭の後ろを切断したとき、ようやく化け物は動かなくなった。


「ニイトさま、ご無事ですか?」

「ああ、マーシャも無事で良かった」


 見ればマーシャもまた一体の化け物をしとめていた。聖短剣で化け物の頭部を貫いている。


「どうやら頭が弱点のようです」

「ああ、急所を潰さない限り延々と襲ってくるようだな」


 まるで痛覚がないかのように、命が燃え尽きるまで迫ってくる姿は脅威だ。

 その正体を調べる為にあーくんに吸収させる。


 ――プラテインの死骸(ヘビ型 下級) 売却額……1万4000ポイント。


 プラテインって何だろう。


 ――突然変異によって捕食生物と化した肉食の植物。植獣生物、暴食植物、禁忌植物、魔植物などとも呼ばれる。食用可。


「この見た目で植物なのか!?」


 確かに言われてみればギザギザの口や目のない頭部はハエトリグサを思わせるし、ヘビのような長い胴体も樹皮を固めたように見えなくもない。

 しかしこんな自走して獲物に喰らい付く化け物が植物だとは受け入れがたい。


 周囲を見渡すとニイトたちは深い森の中にいた。

 しかしどこか様子がおかしい。

 ピリピリとした視線のようなプレッシャーを四方から感じる。

 風はたいして強くないのに、木々の枝が不自然に曲がる。まるでバネのようにしならせて、獲物が通りかかるのを待ち構えているような雰囲気だ。


 大樹に巻きつくツルはヘビのように幹の表面を這って動き、一見すると綺麗な花に見えても花弁の縁には鋭い牙がのぞいている。


「くそっ、ノアめ! どうしていつもこう危険な世界ばかりを検索するんだよ」


 巨大な虫が暴れまわる世界に、野菜が暴れまわる世界。今度は植物が暴れまわる世界ってか? 今までの流れから十中八九そうなるであろうことは容易に予想できる。

 植物が豊かな世界を希望した途端にこれだ。どうしてこう極端なのか。


 もう今回は探索を諦めて一ヶ月休もうかとニイトが思案したとき、マーシャの猫耳が鋭く角度を変えた。


「人の叫び声がしました!」

「俺には聞こえなかった。どっちだ?」

「あっちからです」


 知ってしまった以上は向かわねばなるまい。

 あーくんを斥候代わりに先行させて、安全を確かめながら森を突き進む。


 草や地面を吸収して道を作りながら先導するあーくんはときどき危険生物を吸い込んで破裂する。その瞬間に、あーくんが消えた場所にニイトとマーシャが《魔法の矢》を撃ち込む。何者かの悲鳴が上がり死骸をあーくんが吸収する。


「かなり危険な土地みたいだな」


 歩く先に隠れている敵もそうだが、枝をしならせた木々は獲物が近づくと反動を利用して枝先を突き刺そうとするし、つるも獲物に絡み付いて絞め殺そうとしてくる。

 どこもかしこも獰猛な植物で溢れていた。

 ややあって人の声が大きくなってくると、彼らの境遇が伝わってくる。


「ちきしょう! 囲まれちまった」

「くそう、あと少しで集落まで帰れるってときによ!」

「諦めるな! まだ助かる余地はある」


 男女数人の焦った口調から、緊急事態であることがうかがえる。

 急いで駆けつけると、麻のような服を着込んで棍棒を構えた村人風の男が二人と、やや上等な服の女が一人、プラテインの群れに囲まれていた。

 彼らの背後は崖になっているらしく、逃げ場がないようだ。


 前方には数十体もの軍勢が扇状に並ぶ。赤と白の毒々しい模様の頭部から鋭い歯をのぞかせて、ヘビのように直立しながら追い詰めた獲物に襲いかかるタイミングを計っている。

 その後ろにやや色違いの固体が一匹だけいた。戦局を堂々と眺める様子から、敵のリーダーのような存在だと思われる。

 赤よりも暗い紅の模様に、他のプラテインにはないギザギザの葉を無数に付けていた。その長い葉の表面には細長い針のようなトゲが無数に伸びている。

 見るからに刺されると痛そうだ。


「マーシャ、あの色違いのヤツを一緒に狙うぞ。リーダーっぽいから、倒せば敵の統率が乱れるかもしれない」

「了解しました」


 小声で打ち合わせた二人は、いち、にの、さん、で同時に《魔法の矢》を放つ。

 音もなく大気を切り裂いた二本の光矢は、後方で高みの見物をしていた敵リーダーの頭を寸分たがえずに貫いた。


「――ギシッ!?」


 自身に起こったことを理解する間もなく、リーダーは力なく倒れた。

 異変に気付いた敵の群れが一斉に後ろを振り返り、指揮官を失ったことを知るや否や混乱したようにその場でくるくる首を回す。


「敵のリーダーが倒れたぞ!?」

「チャンスだ! 突っ切ろう!」

「待て、はやまるな!」


 三人は敵の包囲を突破しようと走る。

 しかし敵が乱れたのは一時のこと。すぐに平静を取り戻したプラテインらはそれぞれが独自の判断で攻撃を開始した。

 自ら敵の間合いに飛び込んでしまった三人は集中攻撃を浴びる。


「くそっ! 立ち直るのが早すぎる!」

「引くぞ!」

「ダメだ、後ろに回りこまれた!」


 囲まれてしまった三人は互いの背を預けながら棍棒を振り回して敵の接近を防ぐ。が、同時にその場から動けなくなってしまう。


 それを受けてニイトも動いた。

 獲物に夢中になったプラテインの背後から忍び寄り、虫刃を一閃。一匹の頭を斬り落とし、返す刃でもう一匹を斬り裂く。

 さらにマーシャが敵の懐に潜り込んで聖短剣を振り上げる。刎ね飛ばされた頭が地面に着地する前に、更に連続して周囲の二匹をし止めて、敵の包囲陣に穴を空ける。


「助太刀する」

「誰だか知らねぇが、ありがてぇ!」


 ニイトの襲撃に気付いたプラテインの群れは二人に向かって一斉に飛び掛ってくるが、用意しておいた《魔法の矢》を至近距離から放って先頭の頭を貫く。

 それでもその後ろから波のごとく次々に押し寄せて襲い掛かってくるので、ニイトたちはバックステップで一度引いた。


 敵の隊列が縦長に伸びて、包囲が解かれた。

 その隙に捕らわれの三人が脱出する。

 しかし、その動きを感じ取った一匹が機転を働かせて、牙の生えた口で地面から何かを咥えるように拾い上げると、それを三人に向かって放り投げた。

 先頭を走る男が反射的に避ける。が、そのせいで背後の女の胸部に当たってしまう。


「しまっ――!? オリヴィア様ッ!!」


 血色を失った顔で互いを見つめる三人。ややあって、オリヴィアと呼ばれた女が口を開く。


「……これは、イラクサのトゲだ。我はもう……助からない」


 敵の一匹が投げたのは指揮官の死骸だった。葉から伸びる無数のトゲには毒があったのだろう。


「そ、そんな、俺が避けたせいで、オリヴィア様がッ! 申し訳ありません! 俺が盾になるべきだったのにっ!」

「気に病むな。過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ない。お前たちは集落へ戻れ。我はここに残る」

「ですが!」

「くどい! 我はもともとエルフの中でもはみ出し者。失ったところで大局にはそれほど影響は出まい。それよりも、お前たちは生きよ。子をなして、人類の未来を繋ぐのだ」


 二人の男は人目もはばからず大泣きした。まるで自分に言い聞かせるように、何度も謝罪の言葉を叫びながら戦線から走り去る。

 残ったオリヴィアはニイトたちに向かって叫ぶ。


「感謝する。名も知らぬ者たちよ。おかげで我の友が助かった。お前たちも早く逃げてくれ」

「あんたはどうするんだよ?」

「我には最後の役目がある」


 青々と茂った大樹のような翠緑の髪からのぞく切れ長の眼には、つよい決意の炎が灯っていた。


「おい、何をするつもり――」


 ニイトの問いに答える素振りも見せず、オリヴィアは毒のせいでよろめく足取りのまま崖に向かって走り出した。


「おいっ!?」


 慌てて後を追うニイト。

 しかし手が届く直前で、オリヴィアは濃緑の長い髪を振り乱しながら崖から身を投げたのだった。


「くそっ!」


 勢いが止まらず、ニイトの視界にも崖下の景色が飛び込む。

 下は流れの激しい川だ。

 ならばと、ニイトは速度を落とそうとしていた足に力を入れて、逆に前方へ力強く飛ぶ。


「マーシャ!」

「はいっ!」


 ニイトにピタリと並走していたマーシャと一緒に飛び降りる。

 急激に耳の奥が引き伸ばされて、重力の支えを失う。

 ニイトは空中でオリヴィアのからだを掴み、マーシャの手を取って抱き寄せる。

 そのまま三人で一塊となって、大きな飛沫音を立てながら激流の中へ飛び込んだ。

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