3-20
料理大会がはじまった。
一斉に調理を始めた少女たちは、早い人から順にさっそく料理を持って行く。
――ブロッコリーとモフタケの炒め物。
――レンコンの天ぷら。
――塩漬け白菜とズッキーニのサラダ。
シンプルながら素材の持ち味を生かした料理が連続して出される。こういう単純な料理は余計な手間をかけないゆえに美味しいことが多い。素材の組み合わせを発見する、いわば味覚センスの勝負。
過去の大会でも入賞者のうち2位3位にはこうしたシンプルなアイデア勝負の作品がランクインすることが多かった。しかし1位はない。
1位を狙うならそれ以上の何かが必要になってくる。効果的な工夫を凝らして味と芸術性を高めなければならない。
「おおっ、これは美味いな!」
会場が沸いたのでモモは気になってのぞいた。
その料理はエローナが調理したカボチャの丸焼きだった。
しかしフライパンで焼いたものではない。全身が均等に黒こげになっていた。しかしこげた皮をはがすとそこには黄金色に輝く果肉が熱そうな湯気を昇らせながら出てくる。
つやのある果肉を匙ですくって食べるようだが、
「甘いっ!? カボチャの甘味が濃縮している!」
その黒こげの見た目からは想像できないほどに美味なようだった。
一体どうやってそんな味を出したのだろうか?
「これはどうやって焼いたんだ?」
「炉の中で焼いたにゃ」
炉の中!? そういえばエローナは一人料理場からいなくなってどこかに行っていたと思ったが、まさか陶芸用の焼き窯を使って調理をしていたとは思わなかった。
なるほど全身が均等に焼かれたあの姿は、炉の中で全方位から焼かれたものだとわかれば納得がいく。火力を調節すれば料理にも使えたのだ。こんな方法があるなんてモモには思い付きもしなかった。
丸焼きというシンプルな料理法でありながら、炉で焼くという今までにない手法。それによって通常とは別の焼き上がりになっていることは想像に難くなく、高得点が出ることは間違いないだろう。
モモは焦った。
トウフは手間のかかった繊細な料理だが、あのインパクトに勝てるだろうか? 審査はニイトさまだけでなく、ドニャーフ全員も行う。ニイトさまの好みに特化しすぎたのはそもそも戦略ミスである可能性もあった。
「まずいわね……」
このままでは勝てないかもしれない。
そしてさらにモモに追い討ちがかけられる。
「こ、これはおでんなのか!?」
その聞きなれない言葉を、モモの猫耳が敏感に聞き取った。
オデン。きっとニイトさまの故郷の料理に違いない。
何てこと!? 自分以外にもニイトさまの故郷の味を再現した人がいたのだ。
その料理はダイコンをだし汁で煮たような料理だった。
モモはササッと近づいて、審査を務める猫娘の一人に一口分けてもらった。
「んっ――!?」
口の中でとけるほどの柔らかさ。ほんのりとした塩味。乾燥モフタケと何かで取った合わせダシは繊細な香りを放っており、しっとりとした瑞々しいダイコンと上品に調和していた。そして何よりも、厚切りに切られたダイコンの深くまでダシが染みこんでいる。
自分も似たような煮込み料理を作ったことがあるが、こんなに野菜の内側まで味が染み込む事はなかった。
「どうしてこんなに味が染みこんでいるの?」
同じ疑問を誰かが投げかけると、
「ダイコンは冷めるときに味が染み込むようなのであります」
何とっ! 沸騰した液体で熱く熱せられたときよりも、冷めるときに染み込むとは知らなかった。そういえばこの料理を作ったミカは一度熱した鍋を水に付けて何度も冷却していたことを思い出す。あの行動にそんな意味があったとは……。
このままでは勝てない。
焦って調理場に戻ったモモは、隣の人の鍋がこげ始めているのを発見した。
「火から上げずに様子を見に行ってしまったのね」
こんなに茶色くなってしまったら料理に使えないのでは。そう思って匂いを嗅ぐと、意外といい匂いがした。
「あれ? おかしいですわね」
試しに一口摘んでみると、タマネギの甘味が濃縮していて、とても香ばしくてコクが合った。
「美味しい……」
それを食べた瞬間、モモの脳裏にはビビッと料理のイメージがわいた。
「あっ、いっけない。こがしちゃった。これじゃ使えないわ」
持ち主が戻ってくると、こげたタマネギ炒めを捨てようとする。
「あっ、いらないならソレわたくしにくださる?」
「いいけど、少しこげてるよ?」
「構いませんわ」
こがしタマネギを受け取ったモモは、ネギ、ショウガ、ニンジン、モフタケ、レンコンなどをみじん切りにしてタマネギと一緒に炒める。その間に長芋をすりおろしておからと混ぜ合わせ、いためた具材と崩したトウフと一緒にこねて塩を加えて形を整える。
表面を小麦粉で固めてから、油を敷いた鍋肌で崩れないように慎重に香ばしく焼き上げる。
最後にすりおろしたダイコンおろしを乗せれば完成だ。
当初の予定には全くなかったが、直感的に生まれた料理を持って審査へ向かう。
「あれ、てっきりモモは豆腐を持ってくると思っていたんだが」
「ニイトさまの想像を超えるものでなければ高得点は狙えませんわ」
危なかった。予想通りの料理では驚きを与えられない。直前で変更してよかった。
さっそく試食が始まる。
一口食べた瞬間、審査員の全員が表情を大きく変えた。
「美味しい! 肉厚でありながらフワフワとした柔らかい食感。深みのあるタマネギの甘味と香ばしいコク。モフタケの柔らかい食感とレンコンのシャクシャクした食感が楽しく、ネギやニンジンがさり気なく味に変化を与えています」
「表面のカリカリしたのは小麦粉? 柔らかい肉質にカリカリの表面が食い込んで弾けるのがとても気持ちいいです」
「この、全体を包み込んでいる白くてフワフワトロトロしたものは何!? こんな野菜は見たことないわ」
するとニイトがその正体を言い当てる。
「豆腐だね。やはり完成していたか」
「はい! 豆をすり潰して絞った汁を凝固させたものですわ。ニイトさまの故郷の味だと
聞き及びましたので」
会場が沸いた。ニイトの世界の味と知れたら誰もが食べてみたいと興味をそそられる。
「豆腐だけなら作りすぎて余ったものがありますので、よろしかったら皆さんも試食してみてください」
豆腐の人気はすごく、あっという間に食べつくされる。
「すごくあっさりした癖のない味」
「柔らかくてポロポロ崩れる」
「豆がこんな姿に変身するなんて知らなかった」
新しい食感と味、そして予想を超えた料理の可能性に誰もが舌を巻いた。
やりましたわっ。会場を味方に付けた、これは大きいですわ。
そして結果発表。
「3位、エローナのカボチャの丸焼き。2位、ミカのダイコンのおでん。1位、モモの豆腐ハンバーグ」
やりましたっ! ついに1位の座に輝きました。
モモは薄桃色の髪をかき上げながら颯爽と表彰台へのぼる。
ご褒美に頭を撫で撫でされるとこそばゆい。猫耳をこしょこしょされるとパタパタと跳ねてしまう。
「では1位のモモには特別褒賞を」
ついに念願のしっぽタイム。
「じゃあ、いくよ?」
「はい。わたくしのしっぽを、存分に可愛がってくださいませ」
そういえば、ニイトさまの豆腐バーグには例のレンコンを入れていた。ひょっとしたらニイトさまはこの場で発情なされてわたくしを野獣のように襲うかもしれない。
あぅっ! マーシャお姉さま、ゴメンんなさい。モモはお姉さまよりも先に子猫を生むことになりそうです。
お尻を突き上げるとニイトの手がそのしっぽを握った。
瞬間、モモの体中に沸騰した熱湯のような激しい快感が突き抜けて、視界が真っ白になる。
『ハァハァ、可愛いよモモ』
『そんな、ニイトさま。マーシャお姉さまのいる前で』
『マーシャよりもキミのほうが魅了的だよ。さあ、子作りしよう』
『にゃぁああ~~! ダメです、ニイトさまぁ~~!』
『ニャンニャン! ニャンニャン!(想像力不足)』
「……えへへぇ、ニイトしゃまぁ~」
意識を失ったモモはうわ言を呟く。
「ニイトさま、強く握りすぎなの。モモは敏感な子だから」
「そうだったのか。ごめんモモ。大丈夫か?」
返事はなく、幸せそうに頬を緩める姿がそこにあった。
◇
料理大会が終わり、石版部屋に戻ったニイト。
「ヒック、あれ、何かおかしいな、ヒック。今日のノアはいつもより可愛いな?」
『へ? どしたのいったい? あたしならいつでも可愛いけど……てか、何で脱ぐの!?』
「ノアって俺の正妻だったよな。そろそろ子作りしようぜ」
『ちょっ、あんた! 明らかに様子がおかしいわ。変なものでも食べたんでしょ! てか、その貧弱なエノキをしごかないでよっ!』
「残念。もうしめじぐらいには成長しております。さあ、人型になって大きさをじかに確かめてごらん」
『いやよっ! エノキはエノキなんだから、諦めなさいよっ。いくら背伸びしたってそれ以上は大きくならないわよっ!』
「ならば、石版のままでもいいや。今日もいいツヤをしてるじゃないか。肌もこんなにスベスベで。可愛いよノアたん。ハァハァ、可愛いよ」
『あんた! 催淫のステータス異常にかかってるじゃないっ! 何を食べたのよっ、てか、キノコ汁をかけないでぇ~!!』
ノアにとっては災難な一日であった。
3章 幕間 完




