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異世界創世記  作者: ねこたつ
3章 幕間
70/164

3-19

 ドニャーフ少女の一人、モモは悩んでいた。肩口まで伸びた薄桃色のショートヘアーを揺らしながら、あごに手を当てて唸る。

「どうすれば、ニイトさまの気を惹けるのでしょうか」

 考えた末に辿り着いた答えは――――食であった。

 人は食べ物がなければ生きていけない。それはニイトさまですら同じ。ということは誰よりも美味しい料理を作れるようになれば、自然とニイトさまの近くにいられるということである。

 昔ロリカ族長に聞いた格言によれば、オスの胃袋を掴んだメス猫が勝つという。

「わたくしが、その座につきますわっ」

 思い立ったモモはさっそく作戦を練り始めた。

 ちょうどキューブには野菜という新たな食材が持ち込まれていた。おそらくだが、近日中に再び料理大会が開かれる可能性が高い。ニイトさまのことだから、お題は野菜を使った料理となるはず。そのときまでにとっておきの料理を完成させたい。

 さて、そうなるとどんな料理が良いか。

 今まで優勝した料理を思い返してみる。

 第1回大会。エリンの見えないキノコ(ニイトさまはだし汁よ言っていた)。

 第2回大会。ジェシカの蒸しパン(みじん切りにしたモフタケと何かのペーストをパン生地で包み込んで蒸し器で蒸かした料理。ニイトさまは『肉まん』と呼んでいた)。

 第3回大会。ショコラのコロコロ揚げ焼きパン。(ニイトさまは甘いタコ焼き? と言っていた)

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 ・

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 これらの共通点から、いずれの料理もニイトさまの故郷の料理に近い味や形状をしていた可能性が高い。とすれば、ニイトさまの故郷の料理について調査するのが得策。

 さっそくモモはニイトに話しを聞きに言った。




「ニイトさまの故郷では、どのようなお野菜を使ったお料理があったのでしょうか?」

「そうだな……。俺の世界ではいろんな料理に野菜が使われてたからな。逆に野菜メインの料理って意外と思いつかないな……」

 計画はいきなり頓挫した。

 しかしここで諦めるわけにはいかない。どうにか話しを続けてヒントだけでも聞き出さねば。

「では有名な料理とか、伝統的な料理とかはありますか?」

「お袋の味の代名詞といえば、肉じゃがとか味噌汁とかかな。伝統的なものと言えば味噌・醤油……、そういえば日本食には大豆を使った料理が多いな。豆腐とか油揚げとか」

 モモはキランと瞳の奥を光らせる。

「そのトウフというものがどのように作るのでしょう?」

「えーっと、どうだったかな。詳しくは覚えていないんだけど、すり潰した豆を濾して、ニガリとかいうもので固めたものだったかな。白くてプルプルしたように固まったものなんだ」

「ありがとうございますですわっ」

 猫耳をピーンと立てて、モモは調理場へ向かった。

 さっそく大豆を始めとした豆類をかき集めると、良く洗ってから水に浸した。豆をすり潰すには水を含ませて柔らかくしたほうがいい。

 そうしている間にニガリというものを作ってみる。

 ニイトさまの話では海水を煮詰めて作るらしいけど詳しくは知らないそうだ。

 ならば試行錯誤を繰り返して正解に辿り着くまで。むしろ挑戦のしがいがあるというもの。

 大量に貰った海水を天日干しにしたり、煮詰めたり、塩を取ったり、不純物を取ったり。

 いろいろ試しているうちに、苦い液体が残った。

 少し舐めただけで吐きそうなほどに苦いが、本当に大丈夫なのだろうか? ニイトさまの口ぶりだと、トウフというものはタンパクで癖のない味らしいから、おそらくニガリは薄めて使うものだと思われる。

 試しに豆をすり潰して混ぜてみると、確かに少し固まったような気がする。でもいまいち固まりが良くない。火を入れるのかしら?

 その後もモモの試行錯誤は続いた。

 大豆はすり潰した後、一度煮ると良いことがわかった。さらに煮た後に残った固体を分離すると滑らかな白い液体だけが残る。オリカに編んでもらった目の細かい布地を使って濾しだす。

 できた豆乳を温めながらニガリを適量加えて軽く混ぜる。このとき混ぜ方を変えることで出来上がりの固さに違いが出ることがわかった。ゆっくり優しく2~3回かき混ぜると柔らかいトウフになり、たくさんかき混ぜると固いトウフになる。

 こんなちょっとした違いで完成品が大きく変化するなんて、料理は奥深くて面白いと思う。

 最後に布で包みながら絞るように圧力をかければ完成。この時はキティに作ってもらった穴の空いた木箱を使った。布にくるんだトウフの元をセットして重石を乗せておけば、自然と木に空いた穴から余分な水分が抜け出ていく優れものだ。

「ふっふっふ、できましたわっ! これでニイトさまの胃袋はわたくしが鷲掴みですわ」

 完成したものはニイトの言葉通り、白くて柔らかい固形状態のもの。味は淡白で癖がなく繊細な豆の香りと旨味はしっかりと残っている。ニガリをつかったが目立った苦味はない。

 完璧ですわ。きっとこれならニイトさまも満足してくれるに違いありませんわっ。と、モモは勝利を確信した。

 トウフ作りの過程でいくつか面白い副産物も発見した。

 まずは大豆の搾りかす(おから)も美味しい。これも何かの料理に使えそうである。さらにヒヨコ豆を使った豆腐はニガリをつかわずとも熱を通すだけで固まった。

 このトウフを武器に、次の料理大会を待つばかり。


 そんなおり、タイミングよく次の料理大会の日程が発表された。

 さっそくモモは現場に向かう。

「野菜を使った料理大会――(勝ちましたわっ!)」

 思惑通りに事が進んでニヤリと笑みを漏らす。

 しかし油断はできない。もしも指定された食材の中に豆がなかったら、この計画は全てがパーになる。そう思うと不安になり、モモは食材が準備される会場へ向かった。

 そこには今だ食材の姿はなく、広いテーブルが敷き詰められているだけだった。

「まだ食材は運び込まれていないようですわね」

 野菜類は鮮度が大事なので、いつもより食材の提供が遅くなったのかもしれない。

 しばらくすると扉が開く音がした。

 ビックリしたモモは猫の習性か反射的にテーブルの下に隠れてしまった。普段居丈高に振舞っている彼女だったが、どちらかというとドニャーフたちの中でも気が弱い部類であった。

 ドアからはニイトが入ってきた。

 手ぶらで入ってきたにもかかわらず、テーブルの傍までくると山のような野菜を生み出した。

 テーブルの下から隠れてその様子を見ていたモモは口元を手で覆いながら息を飲んだ。

 やはりニイトさまは凄い。何もない空間に一瞬で抱えきれないほどの野菜を生み出してしまうのだから。

「【転送】っと、んんっ!? 今変なものが混じってなかったか?」

 ビクッとモモは身をこわばらせる。

 隠れていることがバレたら心象が悪くなりそう。そもそも隠れる必要なんてないし、ビックリして反射的に行動しただけだ。正直に言えば許してもらえるはず。

 モモは名乗り出ようとテーブルの下から出ようとしたが、

「――ハートレンコン? なになに……食べても毒はないが、催淫効果がある突然変異植物か。惚れ薬の材料になると。――これは使えないな。別の場所に分けておこう」

 そのとき、部屋のドアが勢い良く開け放たれた。

「ニャー! 食材選び一番乗りぃー!」

 あの声はキティだろうか。

「今回こそ優勝するわ!」

「甘いわね。こっちはとっておきの秘策を用意してきたもん」

「負けないわ」

 友人たちが続々となだれ込んできた。

 驚いたニイトの手からレンコンが滑り落ちる。

「ああ、ちょっと待って待ってっ! まだ検分が終わってない……」

 ニイトの手から滑り落ちたレンコンがモモの目の前まで転がってきた。思わず拾ってしまう。首を上げるとテーブルの上には別のレンコンがあった。

 それを一つとって、床に置く。

 ニイトはそのすり替えられたレンコンを取って、素早く消した。

 ほぼ同時に、突進してきたドニャーフ娘たちが食材の詰まれたテーブルに群がった。

「ふぅ、何とか【転送】できたな。あとはたぶんおかしな食材は混じってないだろう。まったく、みんな凄い勢いだな」

 どうやらバレてないようだった。

 モモは心臓がバクバクと破裂しそうになる。

 反射的にやってしまった。いけないことかもしれない。でも、今さら正直になんて言い出せない。むしろこれはチャンス。千載一遇の大チャンス。

 仲間たちの群れに混じって食材を漁り、素早く調理場まで直行した。

 こうして波乱の料理大会が幕を開けた。

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