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異世界創世記  作者: ねこたつ
1章 猫耳少女を救え
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1-6

ある意味でここが最初で最後のストレス展開かもしれない。まあ、ストレスというほどでもないと思うが……。

「はぁ、はぁ、……助かった?」

 たった数時間、いや数十分しか離れていなかったかもしれないが、この狭い空間を見ると妙に安心する。

『あら? 早かったわね? ちゃんと稼げたのかしら?』

 聞き覚えのあるノアの声が石版から発せられた。

「早かったわね、じゃねーよ! 何だよあの化け物は! 危うく死にかけたじゃねーか! あんな危険な世界にいきなり放り込みやがって、いったいどういうつもりだよ! それに汚染されてたぞ! 何考えてんだよ! お前は全部わかっててやったんだろ!」

 恐怖と興奮が覚めやらないニイトは一気にまくし立てる。混乱していてどうしたらいいのかわからなかったのだ。

『落ち着きなさい。説明してなかったけど、今のあたしは外の世界については把握してないのよ』

「何だって!?」

『あたしがわかるのはノアシステムの一部とこのキューブと呼ばれる小さな領域だけ。本来のスペックがあれば外のことも把握できるけど、今の低スペックなあたしにはキューブ内のことすらも十全には把握できないわ』

「そんな無責任な!」

 声を荒らげるニイトだったが、

『無責任とは心外ね。あんたが望んだから今の状況になってるのよ? あたしがこんな状態にされたのも、能力が制限されて満足にサポートできないのも、全部あんたの要求に従ったからじゃない』

「俺が悪いっていうのかよ? そんなのおかしいだろ! 俺は突然わけのわからない場所に連れてこられたんだぜ? それなのに失敗した責任を取らされるのかよ? ふざけんな!」

 ノアの言い分に納得できず、ニイトは感情的に口をついてしまった。

『ちょっと、失敗ってどれのことを指しているのよ? まさか、あたしのことじゃないでしょうね?』

「今ここに俺とおまえ以外に誰がいるんだよ!」

 こうなってしまうとニイトは感情任せになってしまう。言葉と想いが一致せずに、振り上げた拳がどうにも降ろせずにどつぼにはまっていくのだ。

『あなた、ちょっとおかしいわよ! 持ち出した知識の一部にこうあるわ。被害者意識はあらゆるネガティブな感情や行動を正当化して、不都合な現状を打破する前向きな気持ちを失わせる。その結果、他者に責任転嫁して言い訳を続けるため現状が改善されることなく、その場で立ち止まり続けてしまうって。今のあなたはこの状態なんじゃないの?』

 それを聞くと、ニイトは感情を逆なでされたように感じて頭が真っ白になった。

「大事なことはわからないくせに、そんなことは知ってるのかよ!」

『確率計算をもとに役立ちそうな情報をランダムで付与されたのよ。あなたにとってはより重要なことのはずよ』

「うるせーよ! 少し黙ってろよ!」

 するとそれっきりノアはピタリと沈黙した。

 ニイトはばつが悪くて部屋の隅に移動すると、石版に背を向けて寝転がる。嫌なことがあるといつもこうして不貞寝するニイトの癖だった。

 しばらく重い沈黙が流れた。熱く熱せられていた感情も自然と冷やされて、幾分か冷静さを取り戻す。

 するとやってくるのは自己嫌悪。

 まや、やってしまった。悪い癖がでた。見た目こそ整えられたものの、中身はまったく変わっていない。自分はどうしようもないダメな人間だ。

 落ち着くと後悔するのだ。ノアに謝らなければ。人工知能が傷つくのかはわからないが、関係を修復しなければと思って石版に近づく。

「ノア、悪かったよ、……ごめん。お前の言うことが正しいってわかってたんだ。俺はそれで過去に失敗しているから。でも、頭でわかっていても他人からそのことを突きつけられるとムキになってカッとなっちゃうんだよな。ほんと、かっこ悪いとこ見せちまって、ごめん」

 しかし、ノアの反応は意外だった。

『あたし……まだ、生かしてもらえるの?』

「え?」

 予想外の返答に言葉がつまる。てっきり怒っているか、愛想を尽かされるかと思っていたが……。

 言葉の意味を反芻しているうちに気付いた。自分が拒否すればノアは凍結されることに。

 圧倒的な英知と高度なテクノロジーのせいで自分よりも優れた存在だと思っていたが、実際にノアの生殺与奪権を握っているのは他ならぬ自分だったのだ。奇妙な関係が妙な錯覚を生み出していた。

「ごめん。誤解をさせてしまったかもしれない。俺がノアを捨てるようなことは絶対にないよ。俺にはキミが必要だから」

『……ほんとぅ?』

 いつになく弱々しい音声だった。

「ああ。さっきのはものの弾みで本心じゃないんだよ。感情ってのは厄介でさ、思ってもいないようなことを口走らせるんだよ」

『そうなんだ……、人間って、いえ心を持つって厄介なことなのね』

「ああ。人はみんなそれで悩むんだ」

 ちゃんと謝れば許してもらえた。

『あたしもそのうち同じようになるのかしら?』

「え?」

『何でもないわ。忘れて』

 ポツリと漏らしたノアの言葉を、ニイトは聞き取ることができなかった。

 気を取り直して、ニイトは声を明るくする。

「それじゃ、さっきのことは水に流して、これからも俺のサポートをしてくれるか?」

 するとノアも声のトーンをもとに戻した。

『もちろんよ。あんたがどんな人間であっても、あたしの役目は変わらないわ。そもそもあたしの存在もこの領域の未来もあんたの双肩にかかってるんだから、しっかりしてよねっ』

「善処するよ」

 関係は修復されたようで一安心。

 ――ぐぅ~~。

 安堵した途端、腹の虫が起床した。そういえば何も食べてなかった。

「何か食べるものはないか?」

『ポイントで買えるわよ。リストを出すわ』

 粗布を購入したときのように、たくさんの商品名が表示される。しかし、草だの葉っぱだの、見るからに野草をもぎ取っただけのようなものばかりが羅列されている。レストランで食べるようなちゃんとした料理はなさそうだ。

「俺、結構ポイントを稼いだつもりだったんだけどな……」

『調理済みにすると、労力や燃料や調理にかかった時間まで加算されるから、一気に高くなるわ。もっとも5000ポイントくらいじゃ、たいした料理は買えないけど……』

「マジかよ……。なら、どれも美味そうに見えないし、今回はノアが選んでくれよ」

『あたしが選んでいいの?』

「ああ。栄養がありそうなのを頼む」

 ディスプレイの光が自動的に動いて、一つの品を実体化させた。

『水に漬けた古代豆よ。この中では栄養価が高いほうよ』

 水でふやかせてあるので簡単に噛み潰すことができる。が、

「にがい……というか、えぐい?」

 美味くはない。ぶっちゃけマズイ。

『口に合わない?』

「ま、おいしくはないな。でも、ノアが俺のために選んでくれたから嬉しいよ」

『嬉……しい? それは良いことがあったときの感情でしょ? おいしくなかったのに嬉しいの?』

「味についてじゃなくて、ノアが栄養価とか考えて、俺の為に行動したことに対してだよ」

『――ん? あたしは求めに応じただけよ? 特別なことは何もしてないのに? それにさっきは同じようなことをしても怒られたのに、今度はどうして嬉しがられたのかしら? 不思議だわ』

 どうやら人の心の機微は高度なテクノロジーをもってしても解析が難航するみたいだ。いや、今のノアはそういう機能をほとんど持たないからか。

「しっかし、こらからしばらく毎回まずい飯を食うのは嫌だな……」

『最初は農作物の種を買って畑で育てるとコストパフォーマンスがいいわ』

「畑なんてないじゃん。それともここに畑を作れるのか?」

『ここには無理よ。でも、キューブの拡張を行って土地を増やせば畑も作れるわよ』

「土地の拡張だって?」

 なにやら意味深な発言。

『そうよ。最初に言ったと思うけど、ノアの目的の一つは領域の拡張。そうね、あんたにわかりやすく説明すれば、この石版のある区画はホーム、あるいは自室みたいなもので、この周りにどんどん新たな領域を広げていけるのよ』

「マジか!? どうすればいいんだ?」

『まずは庭の作成ね。初期費用として10万ポイント。それに加えて拡張する面積に応じて別途ポイントが必要ね』

「10万か……それほど大変ではないか」

 あーくんの能力があればそれほど難しくはない。だが問題は、

「そうだ。異世界で化け物に襲われたんだよ。このままだと安心して採集に出かけられない。武器とかないのか?」

『今のポイントじゃまともな武器は無理ね。枯れ枝とかでよければ』

「勇者かよっ!」

 てか、冷静に考えるとそれより酷い。レベル1の駆け出し冒険者に魔王を討伐しろなんて無茶振りをしてくる悪辣な王様でも、ヒノキの棒と一泊の宿賃くらいはくれるというのに。

 そもそも棒切れごときであの巨体に対抗できるはずない。出来れば銃、最低でも弓くらいないと。接近戦? 論外だな。

「だとすると他の世界に行くしか」

『残念だけど、次元転移にはポイントとは別のエネルギーが必要だから、再充填には最低でも一ヶ月くらいかかるわよ』

「えぇ~!? じゃ、それまではずっとあの危険な生物のいる世界で稼がないといけないのか!?」

『そういうことになるわね』

 何てことだ……

「残りのポイントは?」

『4000弱ね』

「少なっ!? さっき5000くらいあっただろ!」

『豆を食べたじゃない』

「あんなマズイ豆が1000ポイントだと!? ぼったくりだろ!」

『労力が増えると価格も上がるって言ったでしょ。まあ、豆だけなら100ポイントくらいだったけど』

「オーマイガー……。これで一ヶ月間篭城する作戦は消えた。もっと節約してくれても良かっただろ」

『そうね。次からは豆だけにするわ。でも水はどうするの? 一日に必要な飲料水なら安くても1000ポイントはするわよ?』

「嘘……だろ?」

『飲み水って意外と入手するのが難しいのよ。環境や時代によってはお酒の方が安いことも少なくないわ』

 そういえば中世ヨーロッパでは水がないから代わりにワインを飲んだなんて話もあったかもしれない。

「一番安くて水分を吸収できる作物って何?」

『廃棄前の傷んだもやしやダイコンあたりかしら? 健康に支障をきたさないレベルの量を食べるとしたら、最低でも一日に500ポイントは必要になるわね』

 つまりあと一週間くらいのポイントしかないと。どうあっても外に出て稼がなければならないようだ。

「どうやらまた外に出るしかないようだな。くそう、快適な引きこもり生活が恋しい」



 何気なく石版の間の膜を見ていると、外の景色が映っていることに気付く。あの化け物はどこかに行ってしまったようだ。

「そういえば、この異世界へ通じている門って、他のヤツも通れるのか? あの化け物がこっちの世界にやってきたりしないよな!?」

『その点は心配いらないわ。ゲートは基本的にあんたしか通れないようになっている。あんた以外の人物が通過するためには許可証が必要になるの。一回あたり1万ポイントほど通行料として必要になるわ』

「なら、とりあえず安心して寝ることはできるな」

 こんな狭い空間に化け物と閉じ込められるようなことにはならないようで、その点は素直に良かった。

 この日はもう動きたくなかったので、ひとまず休むことにした。


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