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異世界創世記  作者: ねこたつ
3章 幕間
69/164

3-18

 翌日は足し算と引き算を教えた。

 覚えたての数字で慣れないこともあっただろうが、あの天才児たちが二桁くらいの初歩的な計算で間違える光景をお目にかかれたのは、非常に新鮮だった。

 どうやら物作りの天才である彼女らは緻密な数学的計算によってではなく、直感や発想などの想像性によって製作していたようだ。

 それでもその日の午後になると少女たちは何やらゴソゴソと道具を作り始める。

 何を作っているのかと覗き込めば、棒を並べた間に石を置いたり、紐にいくつかの結び目を作ったものを複数並べたりしていた。

 そしてその得体の知れない道具をカチャカチャ動かしながら、ブツブツと数字を呟く。

 棒と棒の間を石が行ったり来たり。ニイトはその動きをどこかで見かけたような気がした。

 石が五つたまると棒を一つ飛び越えて、そこに二つたまるとまた棒を飛び越える。

 なるほど、どうやら自作の計算機を作っているようだ。

 昨日の今日で、もうそういう発想に辿り着くのかとニイトは感心する。

 しかし最もニイトを驚かせたのは道具を使わずに指で数を数えていた少女だ。

 始めこそ両手で十まで数えているのかと思いきや、十を越えても数え続ける。きっと右手で一の位を、左手で十の位を表現しているのだろうとしばらく見守る。やはり、数字のカウントはどんどん増えていき、ついには100に到達。

 しかし驚くべきはここからだった。

 少女のカウントは100を超えてもまだ止まらない。200、300、ついには900を超える。

 十本しかない指でどうやってそんなに沢山の数を数えられるのかと、ニイトは不審がってのぞいてみた。すると少女は指を複雑な形に変えて、確かに規則的に数を数えていた。

 指を立てたり折ったりを規則的に続けて、ついには四桁の大台にのったとき、

「――1021、1022、1023! ここまでしか数えられないかも」

 どうしてそんな中途半端なところで終わった? てか、どうやって両手だけで1000以上も数えた!?

 ニイトには全く理解できなかった。

「な、なぁ、ソフィ。今の、どうやって数えたんだ?」

「え? 指を順番に動かしただけかも」

 順番に動かしたら10までしか数えられないんだが……。

 試しにニイトは両手でチョキを作ってみる。

「これは幾つになるの?」

「ええと…………390かも」

 やや時間がかかったが、すぐに回答が返ってきた。

「じゃぁ、これは?」

 右手でグー。左手でパーを作る。

「んーっと、…………992かも」

 やっぱりしっかりとした答えが返ってきた。何らかの法則性があるのは明らか。しかしニイトはすぐに理解することができなかった。

 やっぱり天才の頭脳は違うのだろうか……。ちょっぴり落ち込むニイトであった。


 翌日、才能の違いを見せられて若干落ち込んだニイトだが、この日はいよいよ文字を統一することにした。

 悩んだ末にニイトが出した答えは日本語を公用語にすることだった。

 正直彼女たちに文字作りを任せたら、ニイトだけがついていけなくなる可能性が怖かった。

 といっても漢字は覚えるのが大変なので、ひらがなだけを教えようと思ったのだが、よくよく考えれば曲線の多いひらがなよりもシンプルな直線で構成されたカタカナのほうが適切だと気付き、最終的にカタカナを教えることになった。

 例のごとくマーシャが、神の国の文字を教えていただけるなんて! と大げさに感動して、それを見た少女たちも触発されてカタカナは好意的に受け入れられたのである。


 数字と表韻文字の共有ができて最低限の文化基盤は整ったとろこで、いよいよ本題に入ることになった。

 ここのところ昼前の1~2時間に授業を行っていたこともあり、この時間帯になると自然と全員が教室に集合する。

「さて、諸君。文字を統一できたことでキミたちの可能性は大きく広がった。しかしながらそれによって新たな問題も起こっている。それはもうすぐ粘土がなくなることだ」

「「「にゃー!」」」

 一斉に頭を抱える少女たち。しっぽと猫耳がプルプル痙攣しながら一斉に天を突く様が可愛い。

「そこで一つ提案をしたい。まずはこれを見てくれ」

 ニイトは奮発して【購入】したインクを取り出すと、アシを削った筆にインクを付着させて、薄くスライスした竹に文字を書いていく。

「これはインクと呼ばれる塗料だ。乾くまでにしばらく時間はかかるが、一度乾くと擦っても中々消えない性質がある。もしもこのインクを量産することができれば、重くてかさ張る粘土板を使う必要がなくなる」

「それは素晴らしい道具です! 材料は何でできているのですか?」

「基本的にはススを水で溶いて、ニカワや樹脂などの油性成分を混ぜて粘性を与えればいいはずだ。ただしもっとよい方法もあるかもしれないし、植物をすり潰した素材を使えばカラフルな色のインクも作れるから、工夫をして多様なインクを作ってみることをお勧めする」

 沸き立つ教室。

「ニカワって何かしら?」

「油で試してみる?」

「樹脂って木からにじみ出てくるベトベトしたやつよね?」

「木を薄く削る道具も必要にゃ」

 すぐさま周囲の子たちと相談が始まり、いろいろなアイデアが議論される。

 とっても学校らしい光景だったので、ニイトは満足げに頬を緩ませる。生徒が自主性を持って積極的に勉学に打ち込む姿を見ることが、教師にとって最大の喜びである。臨時教師を始めて数日しか経っていないが、その醍醐味の一端を垣間見ることができた。


 それから数日間、インクと紙作りを始めた少女たちの試行錯誤は続いた。

 そしてあっさりと完成させてしまう。

 ドニャーフ族にかかればインクの精製など数日もあれば事足りるのだ。


 インクができてから、少女たちは様々な記録を残すようになった。

 多くの場合は良かったことや成功したことなどだ。それらがたくさん集まれば成功する共通項が見えてくる。するとその後の失敗確率が下がるのは必然だ。

 逆に上手くいかなかったことを記録して共通点を洗い出すことで、失敗する法則を探そうとする子もいる。失敗の法則を避ければ逆説的に成功の可能性が高まるからだ。最大のメリットは成功の法則だけでは狭い範囲の可能性から出られなくなるが、失敗の法則から逆に見れば成功する可能性の範囲は最大化される。より多角的な分析が可能になるというわけだ。既に知られた正回答以外の可能性を探す場合に、大いに有効である。まったくもって賢い。

 今までは自分一人の勘や経験を頼りにしていたが、これからは他者が書き残したメモを読むことで人が得た経験を僅かな時間で追体験できるようになった。

 それによってより幅広い視点からの考察が可能になり、発想の幅は大きく広がる。

 さらに数学によって共通の基準が判明したことで、感覚の違いによるズレもなくなり、みんなが作る作品に統一性が生まれた。

 必然的に長さの単位なども生まれた。

 これはキューブ内の部屋がどれも同じ広さであることから、部屋の一辺の長さを基準として、それを十等分としたものを1メートルとして共通の単位とした。

 地球では北極から赤道までの距離から算出しためんどくさい単位が1メートルになったようだが、キューブ内では部屋の長さを見ればすぐに目安がわかるので、その点は便利だ。


 何にせよ、文字と数字を覚えた猫耳少女たちは、さらに物作りの才能を飛躍的に伸ばしていくことになるのであった。


 そんな平和なある日。

「大変なのじゃー!」

 ロリカが慌てふためいて駆け寄ってきた。

「どうした?」

「畑に化け物が現れたのじゃー!」

「何っ!?」

 すぐに現場に駆けつけると、大きな野菜が暴れていた。

「野菜の残した子におしおきしたるぜ!」

 その光景を見てニイトは野菜の種はベジターから貰ったものだと思い出した。

 ああ、誰だよ、野菜を残したヤツは……。

「化け物ニャー!」

「みゃーたちの畑は荒らさせない!」

「シャーッ! 返り討ちニャァアア!」

 栄養のある食事を取って運動能力も上がったドニャーフ少女たちは、存外素早い動きで野菜魔人に迫り、猫の手に模した指先で引っかく。

「「「ニャニャニャニャニャ!」」」

「くっ、なかなかやるではないか……」

 四方から囲まれてボコられた野菜魔人はやや満足気な顔をしながら倒れた。夕食のメニューは決まってしまったな。

 まったく、平和とは長続きしないものである。


                     幕間3-2 猫耳青空学校 完

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