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異世界創世記  作者: ねこたつ
3章 幕間
68/164

3-17


 翌日。空き部屋の一室を改装して作った教室に全員が集合した。

 大急ぎでこしらえた三人掛けの長机が六つ並び、それぞれに少女たちがこれまた急ごしらえのイスに腰掛ける。

 前方の教壇にはニイトが立ち、その左右にマーシャとロリカが助手のように控えて座る。

「はい、それでは授業を始めます。起立、礼、着席」

「ニイトさま、今のは何ですか?」

 初めて見る風習に一人の少女が疑問を呈す。

「授業を始める前に行う儀式のようなものです。気持ちを切り替える効果があります。それと始めにあたり三つほど注意事項があります。一つ、教壇に立って教える人を先生と呼ぶこと。二つ、私語は慎むこと。三つ、質問があるときは手をあげて発言の許可を得てから話すこと。以上です」

 すぐさま一人の少女が手をあげた。

「はい、キティくん」

「授業って何をするニャ?」

「授業とはみんなで集まって一緒に勉強をすることです。一つの議題に対して意見を出し合うことで理解を深めることができます」

「全員が集まらいといけニャいの?」

「絶対というわけではないので強制はしませんが、大事なことをみんなで話し合ったりもしますので、なるべく参加してください」

 キティは納得したようだ。

「それでは、今日の議題について話します。知っての通り、最近粘土の消費が激しいです。粘土が足りなくてロリカ族長が困っています。その原因はみなさんが文字を書き始めたことです」

「せんせ~」

 手をあげた少女を指す。

「文字って何ですか?」

「みなさんが粘土版に書いていた意味のある傷のことです。忘れたくない情報を長期間保存しておきたくて、みなさんは文字を書き始めたのですよね?」

 一斉に頷く少女たち。

「では今日は文字について勉強してみましょう」

 ニイトが合図すると、助手を務めるマーシャとロリカがいくつかの粘土板を持ってきた。

「これはみなさんの誰かが書いた粘土板です。事前に許可を取っていくつかを教材とし借用させてもらいました。さて、ここに書かれている事柄は何でしょうか?」


=======

 U / Φ ≠∥

 U // Φ #

 U ≠ Φ //ⅰ

=======


 少女たちは順番に眺めると、考え込むような素振りをみせて唸る。

「メイさん、わかりますか?」

「お尻を擦ったら、おしっこがいっぱい飛び出した?」

「そんなこと書いてませんっ! ――あっ、すみません」

 飛び上がって抗議したエリンは、手を上げずに発言してしまってばつが悪そうに俯いた。

「次から気をつけてくれればいいよ。それではこれを書いたエリンくん。これの意味を教えてくれるかい?」

「植物にあげる水の量を変えたら、どのような変化があるのかを記録しました。最初のUが土器にいっぱいの水で、次が回数、Φが葉で、最後は新しい芽が出るまでの日にちです」

「えぇー、これ「U」は絶対お尻じゃん! これ「Φ」もしっぽとお尻にしか見えないよ。やっぱり飛び散ったおしっこだよ」

「違いますってっ。メイさんと違っておしっこを飛ばしたりしませんっ」

「あたいだってしないよっ」

 けらけらと教室が笑いに包まれる。

「はいはい、そこまで。他の人たちはどんな意味だと思った?」

 エリンの説明を受けて少女たちは様々な反応を見せた。

 納得する者、腑に落ちない者、なぜか笑い出す者。

「はい、ありがとう。では次の人のを見てみよう」

 何人かの粘土板を順に見せた後で、今までの例を見て何か思ったことや感じたことはあるか? と、それぞれの感想を聞く。

 すると、いろんな発想があって面白かった、説明されてもいまだに理解できない文字がある、似たような文字なのに意味が違った、などたくさんの意見が出た。

 そんな中、一番多かった意見がこれだ。

「今まで見てきたことでわかったのは、自分以外の人が作った文字はわかりにくい、ということだ。そこで、今日の本題に入ろう。全員が理解できる文字があると便利だと思わないか?」

「「「にゃおぉ!?」」」

 教室中が沸いた。

 名案だ。便利になる。楽ができる。

 教えられずとも、少女たちは文字の最大の利点を本能的に理解していた。その本質は場所と時間を越えて、他者に情報を伝達できることだ。

 その場にいなくても書置きを残してメッセージを伝えられるし、自分が会うことのない死後の人々にすら伝達することができる。

 そのために必要な条件は一つ。文字を解読できる共通認識を持つことだ。

「いきなり言語文字の統一は難しいから、まずは数字の統一から始めよう」

 複雑かつ膨大な情報量を持つ言語よりも、数字なら十数個の記号を統一するだけで済む。

 しかし、いざ実行するとなるとこの数ですら大変なことをニイトは知った。

 まず10まで数えられない子がいた。4以上の数になると『たくさん』『もっとたくさん』『とてもたくさん』などとざっくり括っていたりして混乱する子がいた。十進法を使っている子のほうが小数で、三進法や四進法などを独自に思いついて使っていることが発覚。

「バラバラじゃないか……」

 7を表現してもらうと、「///////」「♯△」「Ⅶ」「≠≠/」「*/」など、様々な回答が寄せられた。

 思わぬ落とし穴にニイトは頭を抱える。

 何をやらせても天才だった少女たちだが、天才すぎるゆえに既に数学においても独自の道を突っ走っていた。

 このままだといずれ数字のやり取りで滅茶苦茶ややこしいことになりそうなので、今のうちに統一するしかない。

「突然ですが、みなさんには十進法を覚えてもらいます」

「じゅっしんほう、って何ですか?」

「一つの位を十個の数字で構成する方法です。先生の世界では一番有名な数え方でした」

「どうして10なのですか?」

「みなさんの手を見てください。指は何本ありますか? 右手に五本。左手に五本で合計十本ありますね? 数がわからなくなったときに、すぐに指の数を使って確認できるので、十という数を一区切りにしました」

「なるほど~」

 どうにか納得を取り付けたところで、先へ進める。

「では、一つ一つの数字を表す文字を決めていきましょう」

 授業がすんなり進行したのはここまでで、ここから先は大変だった。

 記録媒体のスペース消費を最小化するために、数字はそれぞれ一文字で表すことを求めたのだが、今まで加算式で複数の文字を使っていた子たちは慣れ親しんだやり方を変更されて不満がでる。中には混乱して計算自体を間違う子まで出てくる。

 教室は荒れて、一日にして学級崩壊の危機に直面した。

 そんなときに一喝して場を静めたのはマーシャだった。

「みなさんお静かに! 始めにニイトさま、じゃなくて先生がおっしゃったことをお忘れですか? 私語は慎むように。発言は手を挙げてすること。ちゃんと守らないと授業を続けられません」

 教室は一瞬で静まり返り、少女たちは大人しく着席した。

 さすがマーシャたん。頼りになる。

「よろしい、ではニイ、先生。神さまがお使いになっている数字をみなさんにも教えてあげてください」

「「「神さまの数字!?」」」

 途端に目を輝かせる少女たち。ついさっきまでケンカの一歩手前まで荒れていたのが嘘のように前のめりになる。

 そしてニイトは渋い顔をする。どさくさに紛れて強引に神認定の後押しをされてしまった。いくら否定してもマーシャの信仰心は揺るがない。さすがマーシャたん。頼りになると思った矢先にこれだ。そのピクリとも動かない猫耳のように全くぶれることがない。

 不毛なケンカに発展するのはニイトの本意ではないし、みんなをまとめ上げるにはこれしかないかと、しぶしぶ数字を教えた。

 もう、これは神の文字だからという権威を振りかざして、強引に押し進めるしかない。

 正直勘弁して欲しい。自ら神を名乗るヤツの中に碌な人間はいない。自分がその一味に加わってしまう現状に、ニイトは心苦しさを覚えた。

 こうして一応数字はこのように決まった。

 ――lZ∃Ч5Ь7日q口――

 粘土板に尖筆を押し付けて刻むので、少々不恰好ではあるが概ねニイトの希望通りのアラビア数字になったのでよしとする。

「はい、それじゃ、今日の授業はここまで。明日は足し算と引き算について勉強しましょう。起立、礼、着席」

 どっと疲れを覚えながら、ニイトは教室を出た。

 まさか人に勉強を教えるのがこんなにエネルギーを消費するとは思っていなかった。今さらながらに教師の大変さを知ったニイトであった。


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