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3章 幕間
ニイトの視界を通して異世界の光景を見ていたノアは、同時に入手したアイテムの履歴も参照していた。
――生命の樹の種(レア度 測定不能) 一粒 査定額……買取不可。
『これはいったい……』
見たことも聞いたこともないレアアイテム。こんな代物をあのニイトが入手するだなんて、まったく予想外のことだった。
そしてそれを受けて乱れる自身の精神波形。今までにないパターンでドキドキと擬似神経パルスが揺れ動くのだ。
『頭の天辺から何かが突き出しそうな衝撃。背中がゾクゾクとざわめく感じ。期待と不安が入り混じったような不思議な感覚』
きっとこれは驚愕。あるいは心配。
いろいろな要素の混じった複雑な精神を新たに入手したノアは、その取り扱いに困っていた。
どうしたらいいのかわからない。どう行動すればいいのか正確に計算できない。
そんな厄介な感情を新たに得たノアはしかし、一つだけ確実にわかることがあった。
『あいつが原因』
この結果をもたらしたニイトという存在に、ノアは今までにない興味を持った。
ただの引きニートで下等生物でしかなかったあいつ。そんなあいつが、高度な知性の結晶である自分の予測を超えた事態を巻き起こした。
きっとあいつには何かある。
それを見極めなければならない。
『――って! どうしてあたしがあいつのことをこんなに考えなきゃいけないのよっ!』
気がつけば思考演算領域のほとんどを消費してニイトのことばかり考えていた自分に恥ずかしさを覚えた。
『まったく、バカ犬っ! 全部あいつがいけないんだからっ』
やや火照った石版を冷ますように、ノアは無人の空間に言い放った。
それからすぐに、ニイトは帰還する。
◇
珍しいカブトムシでも発見したかのように、ニイトは屈託ない笑顔で石版に話しかけた。
「見てくれノア、激レアな秘宝を手に入れた」
『……正直、あんたのことを見くびっていたわ。まさかこんな代物を入手するなんて』
「ねぇ、すごい? すごい?」
『すごいなんてもんじゃないわね。正直こんな秘宝はあたしも知らなかったわ。ノアの本体に検索要請を出したけど、結果は白紙回答だったわ。おそらく情報制限がかけられている特殊指定アイテムリストに入っているか、あるいは本体のアーカイブにすら登録されていない未知のアイテムかどちらかね』
「……なんかそう言われると想像以上にヤバイ代物のように思えてきた」
浮かれて煽っていたニイトは途端に神妙な顔つきになる。
『で、どうするの? 植えてみる?』
「そうだな。売れないし、せっかくだから育ててみようと思う。でも広い土地が必要みたいだな」
『1平方キロメートルとなると、1000万ポイントかかるわね』
「高けーよ。今200万くらいしかないだろ」
『しかも維持費とかいろいろ考えたらその5倍くらいの余裕は欲しいところね』
「5000万だって!? そりゃ、ずいぶん気の遠くなる額だな。てか、維持費ってどのくらいかかるんだよ」
『標準のサポートで一ヶ月にエリア購入額の10%くらいね』
「そんなにしてたのか!?」
『しかもこれは標準の場合よ。もっといいサービスを受けようとすれば当然維持費は嵩むわ。逆にサポートの質を下げれば維持費も浮くけどね』
「具体的には?」
『光と空調管理だけに絞って最低レベルに落とせば1%まで節約できるわ。でもそれじゃ、さすがにねぇ』
「だな。まあ、どの道今は拡張できないから、安定して月に100万ほど稼げるようになるまでしばらくはお預けだな」
『そうね。それまでは種を預かっておくわ。時間停止部屋に入れておけばきっと大丈夫でしょう』
「そんな部屋があるのか?」
『あるわよ。今あたしたちがいる石版の部屋の真下にね』
ニイトは地面に視線を下ろす。まさかこの下にそんな部屋が隠されていたなんて。
「知らなかったよ。時間を操ることもできたんだな。そもそも何のための機能なんだ?」
『あんたが外で【売却】や【査定】を行ったときの一時的な保管場所とかに使ってるわ。ちなみにキューブの内外で時間の進み具合を変更することもできるわ』
「え? それどういう意味?」
『たとえば、キューブ内の時間をゆっくりにすれば、キューブで一週間過ごしても外の世界では一日しか経っていなかったり、逆に外の世界の一ヶ月がキューブの中の一日にしたりできるわけよ。多くの世界を渡り歩くとそれぞれの世界でやることが多くなるでしょ? それらに対応できるようにあんたの活動時間を引き伸ばすための仕組みね』
「すげー、それすぐにやりたい」
『ただし時間操作系のサポートはポイント消費が激しいわ。そもそも覚えるのに億単位のポイントが必要になるから、現状では不可能よ』
「しょぼん」
またここでもポイントが足りない。
結局金か。世の中なんて結局金で回っているのさ。
とにかく、今ニイトに最も必要なのはポイントを稼ぐことのようだ。
そんなわけでさっそく仕事を始める。
まずは畑の整備からだ。
ベジターから頂戴した野菜の種は、さすがに王子を名乗る者が選別しただけあってどれも高品質だった。さっそく畑に撒いて収穫を楽しみに待つとする。
部屋を出ようとしたニイトだったが、
『あっ、ちょっと待って。あんたたち二人に頼みたいことがあるの』
ノアに呼び止められて二人は足を止めた。
『はい、マーシャはこれを被って』
光の球体がマーシャの頭にかぶさって、ヘルメットのような形になった。
「これは?」
『あんたの脳波とかを測定する術式よ。その状態でしっぽを撫でられてみて』
「にゃふ!?」
突然のことにニイトは戸惑った。
「おいおいノア。いったいどういうこと何だよ」
『必要な情報を収集するためよ』
「どんな情報だよっ」
『ドニャーフ族がオスにしっぽを触られた際の脳内変化についてと、それが肉体と精神に与える影響についてのシミュレーションね』
「いや、そんな学術論文みたく言われても……」
マーシャは口元を手で覆いながら顔を赤くしている。しっぽはとても敏感で恥ずかしいって言ってたから、これはつまり脳内の測定までされてさらに恥ずかしいのだろう。
「わかりました。ご正室様の仰せでしたら従わせて頂きます」
『素直でよろしい。さあニイト。しっぽを撫でて』
なぜかノアの前でしっぽプレイを始めることになった。
「じゃ、じゃぁ、いくぞ?」
「にゃぁっ……」
しっぽの先をクリクリ指の腹でこすると、途端にマーシャの吐息が熱くなる。
『ふむふむ、へぇー。こんな感じになるんだ。脳の血流が一気に上がったわ』
次はしっぽの中ほどをさすったり、ぎゅっと握ったり。
「にゃふっ! にゃぁぁ、にゃんんん♪」
『え? すごいすごい! 人が幸福を感じるときの脳内波形と類似した形が幾つも見られるわ。凄まじい快感と幸福が押し寄せている状態みたいね。あら? この脳グラフのパターンは――(性交?)』
ノアが途中で音声表現をやめたので、ニイトは肝心なところが聞き取れなかった。
「あっ、ダメぇ、ニイトさま、これ以上は……にゃぅう!」
マーシャが膝をプルプルさせて座り込んだところで、ニイトはプレイを中断した。
「ノア、もういいだろ?」
『ええ。貴重なデータが採取できたわ。もう行っていいわよ、マーシャ』
「はぁはぁ、失礼します」
マーシャが退出し、ニイトは残る。
『じゃあ、今のデータをあたしにダウンロードして石版からしっぽを出すから、今度はそれを撫でてみて』
「まだ続くの!?」
『これからが本番よ』
石版から猫しっぽを生やしたノアはやや楽しそうに言った。しっぽをゆらゆらと振って、『さあ、早く』と催促する。
「やれやれ、どうしてこんなことになったのか……」
ニイトは同じようにしっぽを撫で上げる。
『にゃ、にゃぁああああ! これっ、すごいっ! しゅごぃのぉおぉぉぉ♪』
実際に体験したシコシコが想定以上に刺激的だったのか、ノアは石版のままプルプルと痙攣をはじめた。
「おいっ、大丈夫なのか?」
『これはヤバイ……ヤバ過ぎるわ……』
「じゃあすぐにやめよう」
『待って! もうちょっとデータを取る必要があるわ』
「ノア……お前はどこに向かっているんだ……」
ニイトは切ない表情をしながら黒光りする石版の表面を見つめた。




