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異世界創世記  作者: ねこたつ
3章 野菜の楽園
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3-11


 戦いの様子を見守っていたベジターがゆっくりとニイトの元へ歩み寄る。

「まさか、異臭四天王が破れるとはな……。貴様、ニイトと言ったな。かなりの使い手と見える。ヤツらに勝ったのだ。約束どおり話くらいは聞いてやろう。力を示した者には相応の褒美を取らせねばなるまい」

 やたら偉そうな態度が鼻に付くが、このまま二回戦が始まらないだけましだった。

「なら一つ頼みがあるんだ。この果樹園を潰すのをやめて欲しい。ここは俺にとっても必要な場所なんだ」

「それはできん。野菜魔人の怒りを思い知らせる為に、ここを潰すことは決定事項だ」

「何でそこまで怒るんだよ」

「収穫された野菜は子孫を残せない。つまり童貞のまま死ぬのと同義。ならば敬意を持って食べきるのが礼儀であろう。人間共の都合で搾取されて、用済みとなれば童貞のまま放置されて朽ちる野菜の気持ちが貴様にわかるか!」

 圧倒的な説得力。

「――お前が正しいような気がしてきた……」

 一瞬ニイトは納得しそうになった。しかし立場上それはできない。

「いや、なら潰す時期を遅らせてくれないか。一年や二年くらい待ってくれてもいいだろ?」

 ベジターは少し考える素振りを見せた。

「貴様は確かに力を示した。しかしこの果樹園の持ち主は貴様ではなくその村に暮らすザコ共だ。ヤツらは何の力も見せてはいない。村長のショタジジイなどどこへ逃げたのか、この場にすらいないではないか!」

 激情を滲ませるベジターだったが、タイミングよく果樹園の奥から渦中の人が戻ってきた。何かを抱えながら一直線にこちらへ走ってくる。

「果樹園の長、ピーター。まずは馳せ参じるのに遅れた非礼を詫びよう。だが、それは我らの決意を示す為の準備に時間がかかったためだ」

「決意……だと?」

 ピーターは真剣な表情でベジターを睨みつけると、嫌な雰囲気のする黒い果実を掲げた。

 あれは、たしか園の中央にあった禁断の実!?

「これは、ボーボーの実。食べるといつか必ず死ぬことになる禁断の果実だ! もしもお前たちがこの果樹園を滅ぼすというのなら、僕たち村人は全員この実を口にして死ぬ!」

「なん……だと?」

 現れてから一度も動じなかったベジターが、初めて動揺を見せた。

「僕たちが全員死ねば、野菜を食べる者もいなくなる。それでもよろしいか!」

「き、貴様ッ!!」

 ピーターの胸倉を掴んで持ち上げるベジター。今にも血の雨が降りそうな剣幕で拳を上げる。

「殺したければ殺すがいい。もとより、ここには死ぬ覚悟で来た。僕らはもう何百年も生きた。今さら生にしがみ付こうとも思わない」

 歯軋りしながら泡を飛ばすベジター。しかしその拳が振るわれることはなかった。

「貴様ら! 戦う勇気もないザコの分際で! これだから果物ばかり食う軟弱者は嫌いなんだ! 野菜を食え、野菜を! 戦闘力は食った野菜の量に比例するんだ!」

「僕たちに戦闘力は必要ないよ。暴力を使って争うことを禁じられているからね。しかし戦う方法は暴力だけではない。それと野菜は苦いからイヤ」

 しばらく両者は睨み合った。互いに真剣な眼差しでお互いを射抜き、瞳の奥に隠された真意を探っているようだった。

「ふっ、いい目をするようになったじゃないか」

 掴んでいた胸倉を放して、ベジターは後ろを向いた。

「それじゃあ?」

「勘違いをするな。いい戦いを見た後で、今日のオレ様は気分がいい。滅ぼすのは一年待ってやることにする」

 意外なことにプライドの高そうなベジターが先に折れた。

 激情して乱戦になるのを懸念していたニイトはほっと胸を撫で下ろす。そしてある提案を二人に持ちかける。

「一つ聞きたいことがあるんだが」

「何だ?」

「ベジターら野菜魔人が攻めてくるのって、ピーターたちが野菜を食べないからだろ?」

「いかにも」

「なら、ピーターたちが野菜を食べるようになったら果樹園を滅ぼす必要はなくなるんだよな?」

「無論だ。そうなれば話は早い。だが、何百年もこの状況が変わっていないことを貴様も聞いたであろう」

「そのことなんだけどさ……」

 ニイトはただの野菜に戻って転がっていたネギを掴むと、先ほどの戦闘で燃え残った火種を集めて丸焼きにする。

 土にまみれた外側の皮が真っ黒く焦げた頃を見計らって、ひとおもいに剥ぎ取る。

 豊かな風味を乗せた湯気が舞い上がり、中からはトロトロした純白の果肉が現れる。

「ピーター、ちょっとこれを食べてみてくれないか?」

「……それは、野菜じゃないか」

「いいから」

 ニイトは強引にピーターの口を開いて、程よくさましたネギを突き入れる。

 嫌々口を動かすピーターだったが、直後に眼を見開く。

「あれっ? 甘いっ!?」

 途端に咀嚼スピードが上がって、勢いよくネギを一本食べきった。

 その様子を見ていたベジターが感動したように打ち震える。

「やればできるではないか! 見直したぞ、貧弱人間!」

「え? いや、でも、すごく甘くて、野菜じゃないみたいで」

 混乱するピーターにニイトは説明する。

「野菜ってさ、そのままだと苦かったりして食べにくいけど、火を通すと苦味や辛味や臭味が消えて食べ易くなることが多いんだ。中には果物にも匹敵する糖度を持った野菜もあるのさ」

「そんな、バカな……!?」

 実際、辛味と強烈な臭いで気付かないが、ネギはもともとメロンと同等の糖度を持っている。刻むことでも辛味が強くなるので、一度も切らずに丸焼きにしたネギの甘さを知る人間は少ない。

「ピーターも見てただろ? 俺が焼いたのは正真正銘ネギだよ。ずっと不思議に思ってたんだ。この村では日常生活で火を使った形跡が見当たらなかった。それでひょっとしたら野菜に火を通して食べる習慣がないんじゃないかって」

「確かに、こんな方法は試したことがなかった。野菜がこんなに美味しくなるなんて信じられないよ」

 ピーターの説得が済むと、今度はベジターへ向き直るニイト。

「なあ、これでわかっただろ?」

「ぐっ……、オレ様たち野菜にこんな隠された力があったなんて知らなかった。野菜魔人の王子として、恥の極みだ!」

「ここの村人は野菜の本当の魅力を知らなかっただけで、心の底から嫌っているわけじゃないんだ。それにはあんたたちにも責任があるんだぜ。ちゃんと美味しい食べ方を教えずに無理やり不味いまま食わせるもんだから、ますます野菜嫌いになっちまったんだ」

「オレ様たちにも落ち度があったということか」

 ベジターは腕を伸ばし、ピーターと握手を交わす。

「どうやら野菜の魅力を見誤っていたのは、オレ様のほうだったようだ。許せ」

「僕たちこそ、今まで野菜を食べなくてごめん」

 和解はなった。

 その後ニイトは、和解の印として野菜魔人たちに揃って『焼き土下座』をすることを提案した。というかむしろ強制的にさせた。

 熱せられた虫殻の鉄板に、土下座マシーンに拘束した野菜魔人たちをセットして10秒ずつ土下座させる。1秒でも足りなかったらやり直し。「うひゃひゃっ」

 このときばかりは心なしか全員の鼻と顎が鋭く尖って邪悪な笑みを浮かべて焼かれる姿を見ていたような気がするが、きっと気のせいだ。

 こんがり焼けた野菜を村人たちは食べた。まだまだ苦手な野菜は残っているようだが、タマネギやニンジンなど甘味の強い野菜は受け入れられたようだ。

 かくして合法ロリ村と野菜魔人との争いは収束したのであった。


     ◇


 戦乱を鎮めたニイトは果樹園の中央へ報告に来た。

「――というわけで、両者は和解した。もう争うことはないと思う。たぶん」

『なんとお礼を申せば良いのか。まことに感謝にたえませぬ。異界の神族ニイトさま。数百年も続いた戦乱を治めたその手腕は、世々限りなく語り継がれることでありましょう』

「よしてくれ」

 ニイトは照れたように頬をかいた。

「さすがニイトさまです! ご立派なお姿で、誇らしい限りです!」

 マーシャは感動したように打ち震えてしっぽをピンと天に向けて伸ばした。幸せの絶頂のような表情をしているが、そこまでされると逆に怖い。

『我が主より感謝の贈り物を預かって御座いまする』

 二対の禁断の樹から、それぞれ一つずつ果実が離れて宙に浮く。そして黒いボーボーの実の皮が剥がれ落ちて中から黒い光沢のある実が飛び出し、同じく皮が向けた白い果実と融合する。

 中空でぐにゃぐにゃと形を変えた二対の果実は一つになり、灰色の種となってニイトの手の上に収まった。

「これは?」

『生命の樹の種にございます。いかなる荒地であっても命を芽生えさせることのできる神々の秘宝の一つだと聞き及んでおりまする』

 すげー! そんなすごい激レアアイテムを貰えるのか!

「ありがたく頂戴させてもらうよ。使い方はわかるか?」

『大地に広く根を張りますので、それなりに広い土地が必要なようです。最低でも1キロ四方ほどは必要でしょう。種が浸るくらいの水の中に浮かべれば発芽するようです』

「土地の目処が立ったら、さっそく試してみるよ」


 園を後にしたニイトは思いもよらぬ幸運に心が弾む。

 無茶な依頼だったが受けてよかった。結果的に見ればマーシャの強引な後押しのおかげだ。

「マーシャ、ありがとう」

「そんな、お礼を言うのは私のほうです。私の幸せは全てニイトさまに与えてもらったのですから」

 ニイトはがばっ、とマーシャを抱きしめた。

「あぅっ!」

「しっぽを握りたい」

「はぅぅ……、私のからだは、ニイトさまのものです」

 にぎ、にぎ。さすり、さすり。

 マーシャの毛並みは、絶妙に気持ちの良い肌触りだった。




 数日後、村人と野菜魔人の間で今後のお互いのあり方の取り決めが行われた。

 それにより、今後野菜魔人が武力によって村や果樹園に危害を加えることはなくなった。

 そして村の周囲に野菜畑を作ることが決まり、野菜魔人たちは村人と共に農作業に従事し、より美味しい野菜の栽培に心血を注ぐようだ。そして村人はしっかりと野菜を消費することを約束した。

 両者の仲を取り持ったニイトは、定期的に訪れるときに果物や野菜を分けてもらうことになっている。ただ貰うだけでは悪いので、調味料や農具や生活必需品と交換するつもりだ。

 いい交易の村ができた。


 その後、ニイトは野菜の調理方法や簡単なレシピを教えてから村を去る。

「ニイトさんには本当にお世話になった。ありがとう。おかげで僕らの村はおろか、この世界が救われたよ」

「ふん、貴様は武勇にも秀でて知略にも長けているようだな。今回ばかりは感謝してやろう。何だったら、オレ様の配下に加えてやっても構わんぞ」

 ピーターとベジターからお礼を告げられながら村を去る。

「そうそう、貴様にこれをくれてやろう」

 ベジターは石の箱をニイトに渡した。中には小分けにされて葉に包まれた野菜の種がたくさん詰まっていた。

「良い種を厳選してある。貴様なら立派に育てられるだろう。良い戦士は良い野菜を育てるからな、フハハハ!」

「ありがたく頂くよ」

 思わぬ心遣いにニイトは喜んだ。いい種を選別するのは、自分でやれば何年もかかる作業だ。数年分の労力が浮いたと考えれば小躍りしたくなる。

「それじゃ、しばらく旅に出るよ。またな」

 旅人という設定だったので、ニイトとマーシャは村から見えない位置まで進んでから【帰還】した。

 もしもあらゆる世界で野菜を食べ残す悪い子供がいなくなれば、この世界に真の平和が訪れることだろう。

 彼らの平和は、キミたちにかかっているのである。そう、そこのキミ! 食べ残しをしないで、ちゃんと野菜を食べなさい。


                      第3章 野菜の楽園  完


焼き土下座……元ネタはカイジ。

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