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異世界創世記  作者: ねこたつ
3章 野菜の楽園
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3-10



 石版の部屋から戦局を見つめ、ネギの背後にゲートを移動させて二人は一斉に飛び込む。

 飛び込みながら詠唱を終えたマーシャがネギに向かって《火の槍》を放つ。

 直撃。

 しかし、燃えたのはネギではなく、ニラ。

 直前で気配に気付いたニラが体当たりし、ネギを逃がして代わりに自分が全焼したのだ。

「逃がすか!」

 バランスを崩したネギに長槌を振りかぶるニイト。が、地中から飛び出したニンニクの欠片が破裂し、追撃は阻まれた。

 その隙にネギはタマネギのもとへ逃げ切った。

「くそっ! 読まれていたか」

「そなたがネギ殿を狙うのは必定。あらかじめ備えぬわけがないでござるよ」

 やっかいなニンジャに邪魔されて作戦は失敗。

 ニラはこんがり焼けて倒したが、肝心のネギは健在。

「ニラアーチャーは私が蘇生するわ」

 懸念どおり、蘇生されてしまうようだ。

「そんなに歌声を安売りするもんじゃないぞ!」

 ニイトはやけっぱちに叫んだ。

「ありえないわ。私は人気者。みんなの情熱が私を強くする」

 それは厄介だ。正攻法では勝てそうにない。

「よしわかった。君が人気者なのは認めよう。ならばこそ、こんなところにいるべきではないのではないか? 君にはもっとふさわしいステージがあるはずだ。もっと大きくて、たくさんの観客に囲まれた大舞台が」

「……そ、そうかもしれないわね……」

「ね、ネギ殿! 戦いの最中に集中を欠いてはマズイでござる」

 ニイトは畳み掛ける。

「さあ、美少女歌姫よ。君のいるべき本当の居場所を思い出してごらん。君を必要としている人がたくさんいるはずだ」

「美少女だなんて……えへへ」

 ネギが細いからだを器用にくねらせてモジモジした瞬間、火の矢が突き刺さった。

「隙ありですニャ」

「しまったぁー!」

 こんがりおいしそうな焼きネギになって沈黙した。

「ネギ殿ぉー! くそう、精神攻撃とは卑怯でござるよ」

「むしろ基本だろ」

 最大の障害を無効化したニイトは、チャンスの到来を感じ取って一足飛びに地面を跳ねる。

 大上段に振りかぶった長槌をタマネギ頭に向けて思いきり振りかぶる。

「効かぬと言っておろうに!」

 硬質な殻を凹ませたが内部にまでダメージは通らず、タマネギ戦士は反撃に緑棒を振るう。

 それをニイトは槌で受けた。そのまま相手の腕の隙間に槌先を通し、柄をひねればタマネギ戦士の腕が絡まって固定される。

「う、動けぬ」

 身動きが制限されたタマネギ戦士に、《火の槍》が直撃した。

「ぐわぁあああああ!」

 炎上するタマネギ。だが、ニイトが離れた拍子に、タマネギ戦士は燃えた茶色い外皮を自ら脱ぎ捨てた。

 中からは緑がかった白い肉体が現れた。

「危なかった。もう少しで本体まで燃やされるところだった」

「それ、脱げたんだ」

 しとめ損なったのは残念だが、硬い外皮が剥がれればダメージが直に通るかもしれない。

 ニイトは攻撃のギアを上げて連撃を繰り出す。

 棒と棒がぶつかり合う音が間断なく続き、その間を縫うようにシャリッ! っと水気を帯びた音が混じる。

 ついにニイトの打撃が本体を捕らえたのだ。

「やはり、防御力はかなり落ちているようだな」

「ふっ、甘く見られては困る」

 体当たりでニイトを弾き飛ばしたタマネギは、呼吸を整えてぐっと力を溜める。すると白かった体表がみるみるうちに茶色くなっていく。

「外皮が復活した!?」

「ふっ、タマネギの茶色い外皮は元々何層にも重なった麟片層の外側が乾燥したもの。外皮は何度でも再生できるのだよ」

「マジか? じゃあ、タマネギの皮って、普段食べてる白い中身とまったく同じなのか? ひょっとして食べられる?」

「左様。というか、よくぞ聞いてくれた! タマネギの皮は実は薬の材料にもなるのだ。むしろ白い部分よりもビタミンやミネラルは多く含まれている上、それどころか、生活習慣病の改善やガン予防、アレルギーを改善し、さらに血液をサラサラにして老化をも防止する。まさに美容から難病予防にまで効果のある万能薬といっても過言ではない。それを、人間どもは捨ておるのだぁあああああああ! もったいないぃいいいいいいいいいい!」

 火山が噴火するようにタマネギは頭から湯気を噴射する。

「知らなかった……、タマネギの皮にそんなすごい効能があったなんて。でもどうやって食べるんだ?」

「お勧めはお茶に煎じて飲むか、粉末にして料理に混ぜる。あっ、でも農薬の問題が存在する場合もあるから、できるだけオーガニックなタマネギで試せよな」

 いいことを聞いた。キューブの完全無農薬オーガニックタマネギができたら、試してみよう。

 仕切りなおしといきたいところだが、タマネギ戦士の後ろで呻くものがいた。

「不覚、拙者はもうダメにござる」

 ニンニクニンジャが燃えていた。さっきの魔法の流れ弾に当たったのだろう。

「ニンニンニクぅううううう!」

「拙者の力を預けるでござる」

 ニンニクは破裂し、欠片がタマネギに突き刺さる。

「うぉおおおおおおお! 力が漲ってっくるー!」

 ニンニク注射でパワーアップするタマネギ戦士。頭からは緑の芽が急成長し、それをもぎ取ると二刀流の構えを見せた。

「どうやら残りは我一人のようだな。よかろう。死ぬまで戦い続けるのが戦士の務め。いざ!」

 パワーアップしたタマネギの攻撃は苛烈だった。

 二本のネギ棒を振り回し、ニイトに反撃の機会を与えない。

 しかしニイトが攻撃を裁ききれば、マーシャの魔法が炸裂する。

 再び炎上したタマネギは、またもや皮を脱ぎ捨てる。

「何のこれしき!」

 ややスリムになったが、すぐさま殻を茶色に変色させて戦闘を再開。

 しかもまたもや頭の上に芽を伸ばし、武器を増やす。二つの手は埋まっているしどうするのかと思いきや、タマネギのからだから三本目の腕が生えてきた。

「そんなのアリかよっ!」

 二本の腕でニイトの武器を封じ込めて、三本めで攻撃を加える。

 これはまずい。ニイトに防ぐ手段がない。

「ニイトさま!」

 マーシャが聖短剣で三本目を防いだ。間髪入れずに至近距離から《火の槍》。

 みたび燃え上がる。

 そして当然のごとく、今度は四刀流になって生まれ変わる。

「くっそ、不死身かよっ!」

「倒されるごとに強くなる。それが野菜魔人の特性だ」

 徐々にタマネギ戦士の体格は細くなっている。無限に再生できるわけじゃなさそうだ。

 しかし、スリムになるごとにスピードと手数が増していくので、このままでは敗色が濃厚。

 ニイトは長槌を【転送】し、代わりに巨蟲のナイフを二振り出した。

 もうこの手数を長槌で対応するのは不可能。こちらも手数を増やすしかない。

 ニイトとマーシャは前後からタマネギ戦士を囲んで挟み撃ちにする。

 腕を二本ずつにわければ通常の戦闘と変わらない。

 ニイトは武器をナイフに変えた途端、戦い方を変えた。巨蟲クワガタの刃を薄く伸ばしたナイフは切れ味こそ鋭いものの、打ち合った際の耐久性には不安が残る。

 ゆえに、防御主体だった長槌での戦闘とは逆に、ナイフでは回避が主体になる。

 幸い、ニンニク注射のおかげでニイトの動きは通常よりもキレがある。間合いは狭くなるが、素早く動いて攻撃を避け、タマネギの腕をナイフで切り裂く。

「まずは一本!」

 硬い外皮と違い、腕の組織は柔らかい。ニイトのナイフでも綺麗に斬り飛ばすことができた。

「こしゃくな!」

 二本目の腕を狙うニイト。釣られてタマネギの腕がニイト側に集中する。

 ――《火の槍》

 隙を見せた瞬間にマーシャの一撃が決まる。

 タマネギ戦士はなおも倒れなかった。

 からだは燃えたまま、動じない声で聞く。

「ここまで追い詰められたのはベジター様との戦い以来だ。少年と少女よ、改めて名を問おう」

「ニイト」

「マーシャです」

「ニイトにマーシャ。戦士として、その名を覚えておこう。そして、これよりは全力でお相手する」

 再び燃焼した皮を脱ぎ捨てたタマネギ戦士は、もはや細長い球根のような形状になっていた。おそらくこれが最終形態。しかし、全方位に腕が生えている。その数、8本。

「ちょっと! そのインフレ率は反則だろ! ピッコロと二人がかりでかろうじてラディッツを撃破した悟空が、次の戦いでいきなりナッパを瞬殺したときくらい一気にインフレしやがって」

 ニイト以外に理解できないツッコミは無視して、タマネギ戦士は疾駆する。

「まずはお前からだ、目障りな妖術使い」

 タマネギ戦士(完全体?)がマーシャに向かう。ニイトも後を追い半数の腕を引き受ける。

 こちらは二刀。敵は腕四本。二倍の手数をさばききるにはに速度が必須。しかし相手の二倍のスピードを出すなど不可能。

 動きの無駄をなくして、効率を上げるしかない。

 二本の腕を左右のナイフで受けて、残る二本は最小の動きで避ける。ニイトは激しく眼球を動かして、複雑な腕の軌道を予測し続ける。

 無茶な挑戦だが、ニイトは驚くほど的確に対応してみせた。

 相手のスピードが徐々に上がったことで、目が慣れたのかもしれない。ニンニク注射のおかげで身体能力が強化されたからかもしれない。

 しかし、一番の要因は成長したことだ。この僅かな時間の中で、戦いに必要な能力と技術が向上したのだ。

 研ぎ澄まされた動体視力で縦横無尽に振るわれる腕の軌道を見抜く。

 しばらくすれば複雑な攻撃パターンの中に法則性があることに気付く。

 おそらくは関節の稼動域が原因だろう。攻撃の角度に制限があるようだ。それに先に伸ばした自身の腕が障害になる軌道も使えない。結果、後ろの腕の攻撃パターンは限られる。

 敵の弱点を見抜いたニイトは、回避に専念していた動きを一転する。

 攻撃の軌道を見切り、追撃の角度を計算したうえで飛び込む。

 一気に肉薄して最小の動きでナイフを一閃。

 千切れ飛ぶ腕。さらに逆手の刃でもう一本。返す刀でさらに二本の腕を同時に切断。

 たった一度の攻撃で四本全ての腕を斬り落とした。敵の動きを完全に見切っていなければできない芸当だ。

 反対側では同じように何本かの腕を落としたマーシャが、《火の槍》を打ち込むところだった。

「ふっ、見事であった」

 敗戦を悟ったタマネギ戦士は潔く焼かれた。

「良い戦いであった。いずれまた会うであろう。再戦を楽しみにしておるぞ」

 その心情を表すように、タマネギ戦士は燃え尽きた。




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