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異世界創世記  作者: ねこたつ
1章 猫耳少女を救え
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1-5

 恐る恐る瞳を開けば、そこは確かに異なる世界だった。

 先ほどまで視界を埋め尽くしていた規則的な壁はなく、広々とした荒野が広がっていた。だが、

「暗い……」

 視界に広がったのは灰色に染まった淀んだ世界。

 想像していたような大自然や中世ヨーロッパ風の建築などはなく、ただ薄暗い荒地が続くばかり。

「どこだよここ。魔王の庭か?」

 暗雲が空を埋め尽くしているので太陽も星も見えず、今が昼なのか夜なのかすらわからない。まるでニイトの異世界冒険譚は、文字通りのっけから暗雲が立ち込めているようで気が滅入りそうだ。

「空気も悪いな」

 砂埃でも舞っているのか、咳き込みたい衝動に駆られる。しかたなく身に纏っていた粗布で口元を覆った。

 期待とかけ離れた光景に、ニイトは落胆の色を隠せない。しかし、今の自分は有能なイケメン転移系主人公なのだと、気持ちを前に向けてさっそくスキルを使ってみる。

 ――【売却】

 頭の中でそう認識した瞬間に、目の前に光の輪郭を帯びた1メートルほどの立方体が現れた。ノアの話ではこの光の立方体に物を潜らせれば自動で売却が行われるとのことだった。

 さっそくニイトは手近にあった石ころを放り込んだ。

 一つ、二つ、近場にあった石を次々に投げ込んでいく。すると光の箱に入った瞬間、石は消えてなくなった。箱の中に手を入れてみても自分の手は無事で、入れたはずの石は見つからなかった。不思議な現象だ。

 少し離れた場所から投げたとき、石は軌道が外れて箱の側面に向かってしまったが、弾かれずにそのまま真上から入れたときと同じように吸い込まれた。

 どうやら箱は上面だろうと側面だろうと関係なく物体を吸収するようだ。

 しばらくすると、箱の表面に光の文字列が浮かび上がる。

 ――汚染された石 1kg 売却額……20ポイント。

「お! 売れたようだな……って、汚染ってなんだよッ!」

 初めての成果に喜ぶはずが、不穏な単語を目にして硬直する。

 散々触ったものが実は汚染されていましたとか、後から言わないでもらいたい。ニイトはその汚染という言葉が気になってしかたない。

 すると、汚染の文字を構成する光が分散して、新たな文章を構成した。

 ――魔王の分体とよばれる暗黒粒子による汚染。数十年にわたって摂取し続けると致命的な被害を受けるが、短期間であれば害毒はない。

「どうやら今のところ害はなさそうだな。手遅れになってなくて良かった」

 わかりやすい解説を目にしてニイトはひとまず安堵した。

 にしても20ポイントってどのくらいの価値なのだろう? この作業を25回繰り返せば今着ている粗布が買えるとなると、高いのか安いのか……。

 考えても埒が明かないので、ニイトは作業に邁進することにした。

 近場の石は集め終わってしまったし、遠くから運んでくるのはめんどくさい。どうしたものかと思案していると、光の箱がニイトのもとへ独りでに近づいてきた。

「お前、移動できたのか」

 ニイトが望んだとおりに箱は動く。試しについて来るように念じながら歩くと、思い描いた通りに後を追ってきた。左に行けと念じれば左に、右に行けと念じれば右に。よく訓練されたペットのようで可愛い。ニイトは即座にこの光る箱を気に入った。

 自動で動く箱のおかげで作業ははかどった。何せ重い物を持ち運ぶ必要もなく、拾い上げるために屈む必要もない。ただ石ころを蹴って箱の側面から吸収させるだけの簡単なお仕事だ。

 ――汚染された石  1kg 売却額……22ポイント。

 ――汚染された石  1kg 売却額……21ポイント。

 ――魔鉱石の破片  1粒  売却額……280ポイント。

 ――汚染された砂  1kg 売却額……16ポイント。

 ――汚染された硬石 1kg 売却額……247ポイント。

「何か混じってるな」

 同じ汚染された石でも売値が微妙に違うのはなぜだろう。そして、ところどころいろんなものが混ざっている。売却額も十倍以上だ。レアドロップみたいなものだろうか。

 しかしあらゆるものが汚染されている現状はいただけない。稼ぐだけ稼いで、早めにこの世界から帰還せねば。

 何にせよ、元手ゼロでどんどんポイントが増えていく様は気持ちいい。濡れ手に粟とはこのことか。

 これもみんな優秀な光る箱のおかげである。

「お前は本当に優秀だな。可愛いやつめ」

 無機物なのに、てか物体かどうかもわからないが、ニイトは相棒の箱に対して既に往年連れ添ったペットのような気持ちを抱いていた。

 だが、光る箱の性能はこれだけではなかった。

 ニイトがふと(スコップがあれば楽に土を集められるな)と思った瞬間、箱の縁部分の輪郭が伸びて光の刃となす。

「変形した!? これを使って土を掘れってことか?」

 言葉による返答はないが、ニイトは箱の意志を感じた。

「よし、やってみよう」

 箱を斜めに傾けて、そのまま地面をひきずるように動かすイメージ。すると、スコップのような刃となった箱の角が土を削って、すぐさま側面から吸収していく。

「すごいすごい!」

 ただ歩くだけでじゃんじゃん土が削れる。

 ――汚染された土 1リットル 売却額……13ポイント。

 ――汚染された土 1リットル 売却額……11ポイント。

 ――汚染された土 1リットル 売却額……16ポイント。

 ――汚染された砂利  1kg 売却額……17ポイント。

 ――汚染された種   10粒 売却額……71ポイント。

 ――汚染された虫の卵 10粒 売却額……54ポイント。

 ・

 ・

 ・

 歩いているだけでどんどんポイントが貯まっていく。いや、今はもう歩いてすらいない。目線で合図して念じるだけで光の箱が勝手に地面を走って稼いでいる。

 あっという間に数千ポイントを荒稼ぎ。

「お前、有能すぎるよぉ~!」

 ニイトは感激して箱に抱きつく。どことなく「ご主人様褒めて~」と甘えているように感じる。無機物なのに可愛い。

 こうなってくると、もうただの光る箱ではない。

「よし、お前に名前をつけてやろう」

 どんな名前がいいか。箱、はっこん、ボックス、ミミック、アーク、アーク君?

「決めた。お前は今日からあーくんだ!」

 アークはただの箱や大箱の他に聖櫃や掟の箱などの意味を持つ中二心をくすぐるかっこいい名前だ。そこに君を付けて可愛さもアップ。かっこよさと可愛さを併せ持つなかなかの名前だ。

「これからよろしく頼むぜ、あーくん」

 心なしか、あーくんも強く発光して応えているようだった。



 さて、異世界でのポイント稼ぎは順調かに思えたが、問題は唐突にやってきた。

「待て、何か音がした!」

 ニイトの進行方向には岩が積み重なった小高い丘があって、その向こう側は死角になっていてよく見えない。しかし、その岩壁の奥から何かが動く音が聞こえたのだ。

 足音を殺して近づくニイトだったが、その何かは鎌首をもたげて丘の上から顔を覗かせた。

「グワァアア!」

「化け物ッ!?」

 ワニのようにアゴが突き出た化け物が岩壁を飛び越えるのと、ニイトが来た道を引き返して駆け出すのは同時だった。

「うわぁああああああああああああ!」

 破裂しそうな心臓を押さえつけるように、ニイトは大声で叫びながら走った。

 アイツは何者なんだ!? 身の丈二メートルはあろう巨体。大きく膨らんだ頭部。平たいアゴが全面に飛び出していて、その隙間にはノコギリのような歯がびっしりと並んでいる。臀部からはトカゲのようなしっぽが踊っていて、全身の皮膚が真っ黒だった。

 そんな見たこともない巨獣と鉢合わせれば、本能が逃げろと叫ぶのは当然だ。

 ニイトは全力疾走する。

(あれ? 体が軽い!?)

 走り始めてすぐに異変に気付いた。自分の体がとてもスムーズに動く。筋肉が最適の力加減で動き、自然と正しい体の使い方になっているようだ。

 そういえばノアが適応化処理でいろいろいじったと言っていたことを思い出す。なるほどこれが運動能力や身体能力を向上させた結果か。一流のスポーツ選手にでもなったかのように早く走れる。

 これならあの化け物も振り切れるかもしれない。しかしそう思ったのは早計だった。

 始めは二足歩行していた化け物が、四足動物のように身を屈めて走るスタイルに変わると、いっきに速度が上がった。

 どんなに身体能力が上がろうとも、人が野生のチーターに勝てないように、種族差を覆すには至らないのだった。

 あっという間に距離を詰められて、ニイトに肉薄する。

 数秒おきに振り向いて距離を確認していたニイトは、一瞬にして化け物の牙が自分の鼻先にまで接近していることに驚いてバランスを崩す。

「うわぁ!」

 しかし、それが功を奏したようで、化け物の顎は空をきった。もしも転倒していなかったら、体の一部をもぎ取られていただろう。

 しかし、転んだ際に足を痛めて立ち上がれない。

「あ、ぁあぁ、ああ!」

 声帯が痙攣したように声がでないニイトの眼前に、化け物が二本の後ろ足で仁王立ちする。そして腕なのか前足なのか判別のつかないそれを振り上げて、指先に備わった鋭利な鉤爪をニイトに振り下ろす。

 まずい! やられる! 避けなきゃ! 動けない! 死ぬ! 死ぬッ!?

 かつてない勢いで思考が入り乱れて、ニイトは一つの言葉を思い出した。

「――【帰還】ッ!!」

 叫んだ瞬間、まるで時が止まったように首元へ迫っていた鉤爪がピタリと静止し、同時に一瞬のうちに目の前の光景が真っ白に染まった。

 直後、空間が歪むような錯覚を覚えながら視界が戻ったときには、割れた石版の間に光る鏡のような膜があった。周囲に首を振ると、あの化け物の姿はない。そして見覚えのある規則的な立方体の壁が映った。

「キューブ……に戻って……きたのか?」


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