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異世界創世記  作者: ねこたつ
3章 野菜の楽園
57/164

3-6


 野菜魔人との戦いが始まった。

 巨大化したニンジン、キュウリ、ダイコンの野菜魔人たち。それぞれの野菜ボディーに邪悪な笑みを浮かべながら、一足飛びに距離を詰めてくる。

 ニイトは甲虫製のナイフを両手に構えた。小回りが利きそうな複数の敵を相手にするなら、長槌よりもナイフの方が相手取りやすい。

 しかしその前に、試しに一発《魔法の矢》を放つ。

「効かぬわっ」

 先頭のニンジンに当たるが、やはり魔法は効果がない。肉弾戦で戦うしかないようだ。

「わしの臭気を受けてみるがいい」

 しわがれた爺さん声のニンジンが、大きく頬を膨らませてブレスを吐く。辺りに薬味がかった臭いが散漫して、視界が曇る。

 毒を警戒して口元に注意が向くニイトだったが、その隙に乗じてか、濁った視界を切り裂いてキュウリが飛び掛る。

 細長いからだをしならせてムチのような一撃を浴びせた。

 視界を覆われたせいで反応が遅れたニイトは、腕を立てて防御する。しかし、

「痛ッ――!!」

「ふふっ、キュウリにはトゲがあるってご存知でしたか?」

 ガードした腕に何本もの細いトゲが刺さった。トゲ付きのムチを振り回すとは、なかなかに凶悪な攻撃をしてくるじゃないか。なら遠慮はいらない。キュウリは女性の声をしていたが、ニイトは躊躇わなかった。

「こんのっ」

 反対のナイフでキュウリを切り裂く。

「それでは、また縁がありましたら」

 キュウリは回避する仕草すら見せずに、攻撃を受けた。

 緑色の胴体が切り裂かれると、また幽霊のような靄が抜けた。それっきり動かなくなる。

「キュウリ婦人がやられたか。次はわしの出番だな」

 再び辺りにニンジンの霧が撒き散らされる。

「わしは接近戦が苦手ゆえ、視界を封じさせてもらうぞ」

 自ら弱点を教えるとは、知能はあまり高くないのかもしれない。

「ならばこっちから攻める」

 霧の中、声のする方向へ突き進んで影を捉える。

「そこだ!」

 突き刺したナイフから確かな手ごたえが伝わる。

「ぎゃぁぁああああ――!」

 魔人の悲鳴を聞き届けながらナイフを手元に戻すと、

「これはっ!?」

 突き刺していたのは、先ほど倒したキュウリの残骸だった。

「――なんてねっ」

 背後から敵の気配。ナイフを構えるが、敵は直接攻撃はせずに、何かの液体を飛ばしてきた。

「何だ? ――あ、熱い! 痛い、ヒリヒリする」

 液体をかけられた腕の一部が焼けるように痛む。

「ひっひっひ、おいらの絞り汁は気に入ってもらえたかな? ダイコンはお尻に辛味が集まるのさ。恨みで増幅された辛味を存分に味わうがいい。ちなみにおいらの夢は役者になることさ」

 ニイトは肩を震わせた。こんなにこけにされたのは初めてだ。

「でかしたぞ、ダイコン役者。こやつ、簡単に騙されたのう。知能はかなり低いと見える」

「何を言ってるんだ、ニン爺さん。おいらの演技が素晴らしかったからだろ?」

「大根役者に言われてものう」

 言いたい放題だった。

 珍しく頭に血が上ったニイトは、両手に握り締めたナイフをでたらめに振り回す。

「てめぇらぁあああああああ!」

 無鉄砲な攻撃だったが、それが敵の予測を上回ったのか偶然にも当たる。

「ちっ、怒らせたのは失敗だったかのぅ。一気にスピードがあがりおった」

「ニン爺さんッ!」

 一匹しとめて、もう一匹。

「ぎゃぁあああああ!」

 たて続けに切り裂く。

 こうなったら野菜魔人共を一匹残らず駆逐してやる。そう息巻くニイトだったが、

「ニイトさま」

 マーシャの声で我に返る。

 こんな視界不良な状態でイタズラに刃物を振り回してマーシャに当たったらどうする。

 一気に頭が冷えて冷静になる。

「マーシャこっちだ」

 片方のナイフを腰にしまい、空いた手を霧の中で泳がせて位置を探る。

 ――むにゅっ♪

「ひゃんっ!」

 いた。でも、柔らかい。

「マーシャか?」

「は、はい。ニイトさま……」

 霧が薄まると、視界が広がる。

 ニイトが掴んでいたのは、マーシャの緩やかな膨らみだった。

「ご、ゴメン! 見えなくて」

「……い、いえ。控えめで、ごめんなさい」

「そ、そんなことないよ! 小ぶりなほうが可愛いよ。てか、ちゃんと手ごたえあったもん」

 戦場で、何を言っているのだろう。ニイトは自分がわからなくなった。

「本当ですか!? 小さくても嫌いになりませんか?」

「も、もちろんじゃないか。大きさなんて瑣末な問題に過ぎないよ」

 大事なのは色と形さ。

 ややあって霧が晴れると、般若のような表情をした野菜魔人たちがニイトたちを囲んでいた。

「こいつら……戦場でいちゃラブしやがって!」

「戦をなめている」

「でかいほうがいいに決まってるだろが! なぜわからない! 貧乳は人にあらず!」

 野菜を捨てられたのとは別種の憎悪を滲ませて、野菜たちは吐き捨てる。

「大人しく投降すれば三回処刑するだけで許してやろう」

 交渉する気はないようだ。

「残念だが、血祭りに上げられるのはお前らのほうだよ」

「ふざけんな! 今の状況をわかってねぇようだな。お前らは完全に包囲されている。そしてさらに俺たちには人質がいるんだよ!」

 部屋の隅を指差すジャガイモ魔人だったが、

「あれ? 人質は?」

「既にマーシャが逃がしたよ」

「何ぃいいいいいいいいい!?」

 ニイトが敵の注意を引いている間に、マーシャは子供たち(数百歳以上も年上の大人?)の縄を解き、出口付近の見張りを倒して逃がしていた。それゆえにニイトと合流するのが遅れたのである。

「ちきしょう! やられたぁあああ!」

 怒り心頭のジャガイモは顔を真っ赤にして火を噴く。が、その瞬間、たくわえられたエネルギーによって芽が出た。

「あっ、しまった!」

 ぐんぐん芽が成長していくジャガイモ。

「何てことだ。毒のある芽が出てしまった。もう食べてもらえない――クハッ」

 ジャガイモはショック死した。

「ジャガ男爵ぅううううう! くそう、俺たちは食べられないことが何よりも辛い。そのことがショック過ぎて、男爵は死んでしまったのだぁああ」

 血の滲むような激白を、ニイトは目を棒にしながら眺めていた。

 なぜか知らんが、敵のリーダーに勝ったようである。説明乙。

「ちきしょう、男爵の仇だ。みんな、やっちまえぇえええ」

「「「おぉおおおおおおおお!」」」

 それでも向かってきたので、ニイトはマーシャに指示する。

「焼き払え」

「はいニャっ」

 マーシャの指先に炎が渦を巻く。

 野菜魔人たちはビクッと一斉に動きを止めた。

 バレーボールくらいに大きく膨らんだ炎の球が、野菜の群れに向かって放たれる。

 ――《火球》

 まるでバレーのスパイクのように、予想よりも早い速度で飛翔した火の球は、一体の魔人に当たると一瞬で火達磨にする。

「ぐわぁああぁぁああぁああああぁあ! 燃える! からだが燃えるぅうううぁあああぁぁああああ!」

 絶叫してのた打ち回る野菜魔人。さらに火炎は周囲の魔人をも飲み込んで引火していく。密集して襲い掛かってきたことが仇となった。

「ぎゃぁあああああああああ!」

「熱いぃいいいいいいいい!」

「死ぬぅうううううう――――あぁっ!? 意外と気持ちいい?」

 しかし、地獄絵図になりかけたところで、ぽっと発せられた一言が雰囲気をぶち壊す。

 全身に炎が回りながらもしきりに自らの手足や胴体を確認する野菜たち。なぜか気持ち良さそうに頬を緩める者や笑顔になる者が続出する。

「「「これ、意外と悪くない」」」

 こんがりと焼けた野菜魔人たちは、満足げな表情を浮かべながら一斉に霊魂が離れるようにして倒れた。

 残った野菜魔人たちとニイトらの間にシュールな沈黙が生まれる。

「あ、あの~、私はどうしたらいいのでしょうか?」

「……とりあえず、残りも焼こうか」

「はい」

 《火球》の魔法を四方に放つマーシャ。

 魔人たちはどうしたらよいのかわらないのか、おどおどと右往左往。しかしやがて誰かが炎に包まれると結局連鎖的に全員が仲良く火達磨となった。

「ぐぉおおおおおお! おのれ、人間どもめ、もう許さん! こうなったからには覚悟せよ。すでに聖戦のラッパは吹かれたのだ。我らは死なん。何度でも蘇り、必ずや宿敵を打ち滅ぼすであろう。ふははははははっ。――ああんっ、気持ちいいっ」

 意味深な捨てゼリフを残して、野菜魔人は昇天した。

「…………終わったな」

「……表現の難しい戦いでした」

 こんがりと焼けた野菜をあーくんで吸収していくと、どれも5000ポイントを越える額で売れる。中には1万以上の値を付ける猛者もいた。

 焼けた欠片を一つ摘んで食べてみると、甘みが濃縮されていて美味しかった。

「いろんな意味で美味しい戦利品だな」

 とりあえず、誘拐された村人の解放という目的は達成できたので、ニイトは良しとした。


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