3-4
その日の夜、ピーターの好意に甘えて村で一泊することになった。
村人はその子供らしい姿に相応しく、太陽が沈むとすぐさま眠りに付いた。
明かりを灯す文化がないようで、日が沈むと本当にやることがない。ただ、仰向けに寝転がって見上げれば、星空が綺麗だった。日中は見えなかったが、大きな月や土星のような惑星がすぐ近くにある。凝視すれば惑星表面のクレーターが目視できるほどに、空が近かった。
ニイトの隣では同じくマーシャが星空を見上げている。
「とても神秘的な光景です。空にはこんなに沢山のお星様が浮かんでいたのですね」
そういえばマーシャの故郷は瘴気がに包まれていたから、星空どころか太陽すら満足に拝めなかったのだ。
「どうしてお星様は落ちてこないのでしょう?」
難しい質問だな。
「きっと近すぎると地上の景色がよく見えないんだろう。星はとても大きいから」
「お星様は私たちを見ているのですか?」
「さぁ、どうだろう」
ニイトはマーシャを抱き寄せる。
「あっ、ニイトさま。お星様に見られてしまいますわ」
「いいじゃないか。俺たちの仲を見せ付けてやろう」
マーシャのしっぽを優しく掴む。
「ひゃっ! ダメです、恥ずかしい……」
月明かりに照らされたマーシャの赤面は一段と可愛らしい。
「そういえば、しっぽって先端と付け根では何が違うんだ?」
「ひゃぃ!? そ、それは……私の口からは申せません」
「じゃあ、付け根も触って良い?」
「だ、ダメですぅ」
さらに紅潮を深めたマーシャは猫耳まで真っ赤になる。
「教えてくれないとわからないんだけどなぁ」
「うぅ……、しっぽは、付け根に近いほど、――敏感、なんです……」
恥ずかしそうに猫耳をペタリと折り畳んだマーシャ。目もギュッ、と閉じて口元は片手で隠す。
「敏感? どう敏感なんだ?」
ついにマーシャは言葉を発することも難しくなり、湯だった顔をブンブン左右に振った。
「それじゃ、どれくらい敏感なのか、マーシャの反応から推測させてもらおうかな」
「にゃぁ~~~~っ!」
うぶな反応が可愛い過ぎて、ついいじめたくなってしまう。
そのとき、村の端から物音が聞こえた。
ガタゴトと、木版をひっぺ返すような荒々しい音だ。
「何だ!? ちょっと様子を見てくる」
音のした方角へ向かうと、ボーリング球に手足が生えたような何かが複数、地面の上でガサゴソと動いていた。
よく見ると一人の子供を薄い板のような何かに撒きつけて、それを集団で担ごうとしているように見受けられた。
誘拐? ニイトは飛び出して怒鳴った。
「おい! 何だお前たちは!」
「ちっ、邪魔が入った。おい! お前らやっちまえ!」
驚いたことにその丸い連中は人語を解し、ニイトに向かって飛び掛ってきた。
素早く聖なる短剣を抜き放ったニイトは迎えうつ。
大砲のような体当たり。攻撃の軌道に短剣を先回りさせて切り裂く。
泥団子を切っているような鈍くて重い手ごたえだった。
月明かりに照らされて一瞬だけ敵の姿がはっきり映った。その全容は緑色でしわしわの豆のようだった。そこに見るからに凶悪そうな表情を貼り付けていた。表現は悪いが、頭部だけの激怒しているナメッ○星人みたいだった。
敵は次々に襲いかかってくる。
一斉に攻められると防ぎきれない。ならば目の前の何匹かに集中する。
「後ろが、がら空きだぜ!」
ニイトの背後から突進する一匹。しかしそこはマーシャの魔法が狙い打つ。
――《魔法の矢》
レベルが上がって威力が向上した光の矢が、寸分違わずに豆のような敵を貫く。――が、
「効かねぇな!」
「何ッ!?」
矢の直撃を受けてもまるで動じなかった敵に、ニイトは背面を強打される。
(ぐっ! バカな! 魔法が効かないだと!?)
背中に走る鈍い衝撃。一瞬からだが痺れるが、大事には至らない。
短剣を持った腕を回して、攻撃直後の油断した敵の顔面を突き刺した。
「あぁん! 気持ちいい!」
顔面を突き刺された豆の敵は苦しみの声を上げず、どういうわけか恍惚した表情を見せてから真っ二つになった。
一瞬だが、敵の体から幽霊のような淡い光が抜け出るように見えた。そして後に残ったのは、顔や手足が綺麗さっぱり消えた、ただの大きな豆だけだ。
その光景を見て、他の個体たちは一斉に逃げていった。
「ニイトさま、お怪我はありませんか!」
「ああ、問題ない」
「申し訳ありません。私の魔法が討ちもらしたせいで」
「いや、マーシャの魔法は確かに直撃していた。おそらくあいつが特殊なんだと思う」
敵はマーシャの魔法に気付きながら全く避ける仕草を見せなかったことから、魔法耐性に近い能力を持っていると考えられる。
「マーシャは捕らえられていた子供を頼む」
連れ去られようとしていた子供の縄を、マーシャが解く。植物のつたのようなもので手足を縛られていた。
周囲を警戒しながらニイトは考える。敵は何者だったのか。
ニイトは真っ二つになった敵の死体をあーくんで【売却】してみた。
――巨大グリンピース(良質) 1/2個 売却額……1520ポイント。
結構な値段だった。
さらに詳しく調べてみると、普通に食べられる良質な野菜と表示される。
だとしたら、あの怖い顔や手足はどこから来たのか? 幽霊でも憑いていたのだろうか。
「解けました」
ニイトは捕まっていた子供に話しかける。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「はい。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「ヤツらは何者なんだ?」
「……野菜魔人と呼ばれています」
「野菜魔人? 何だそれは?」
「……詳しいことはわかりません」
「そうか」
子供が縛られていたものを見ると、それは豆のさやみたいだった。ただし巨大だが。
――巨大グリンピースのさや(良質) 1/2個 売却額……410ポイント。
やはりそうだ。
巨大化して襲ってくる謎の野菜。野菜魔人。
平和に見えたこの世界にもまた奇妙な脅威があったようだ。
「詳しい話は僕からしよう」
「ピーター村長」
いつの間にか近くに寄ってきたピーターがことの詳細を教えてくれるようだ。
「まずは村人を助けてくれたことに対して礼を言う」
「いや。大したことじゃないさ。それで野菜魔人とやらは?」
「ヤツらはここ数年の間に現れた謎の生命体さ。詳しいことは何も判明していない。東の方から現れて、ときどき村人を攫って行くんだ」
「大変じゃないか!」
攫われた人の奪還はできたのか? 防衛対策はできているのか? 原因の調査は進んでいるのか? と、矢継ぎ早に質問を繰り返すニイトに、ピーターは頬をかきながら困ったような表情をした。
「それが、攫われた村人はしばらくすると帰ってくるんだよ」
「は?」
「帰ってきた人は怪我もないし乱暴された痕もないし、健康そのものだから特に問題はないかなって」
「何だそれ!? 変わったこととかないのかよ?」
「攫われていたときの記憶が曖昧なことと、帰ってからしばらくは強迫観念でもあるかのように野菜を食べ続けるけど、しばらくするともとの生活に戻るね」
ニイトは呆気にとられた。どう反応していいかわからない。ただ、実際に野菜魔人と対峙してみた感じからすると、あの凶悪そうな表情からはとても平和的な結末が訪れるとは考えにくかった。
「じゃあ実害が少ないから放っておいても大丈夫ってこと?」
「今のところは」
信じられない。こんな防衛意識の低い人々は初めてだ。どこぞの島国民族と良い勝負じゃないだろうか。
「とりあえず、他に攫われた人がいないか調べるくらいはしたらどうだ?」
「それもそうだね」
ピーターが号令をかけて村人の在宅状況を調べると、
「村長、一人いません」
やはりと言うべきか、他にも連れ去られた人がいた。そういえば豆のさやも半分しか残っていなかった。もう半分の別働隊がいたと考えるのが普通だろう。
「まだ遠くへは行っていないと思うし、ちょっと辺りを探してくるよ」
ニイトはマーシャと共に村を出た。




