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野菜が豊かなこの世界をニイトは野菜世界と呼ぶことにした。
そうして数日間、ニイトは遠慮なく東へ進んで野菜を収穫した。キューブ内では野菜料理がブームになっているので、毎日仕入れないと供給が追いつかないのだ。
子供村(?)から距離が離れるほどに、野菜の品質が上がっているように感じられた。『低質』だったものが徐々に『普通』の野菜が増えて、ときたま『良質』な野菜も見かけるようになった。
食べ比べてみればその差は歴然だった。あーくんの表示が示すとおりに、グレードの高い野菜ほど味に深みがあって香りも上品だった。
可能な限り品質の良い野菜の種をキューブの畑に撒くつもりだ。
始めは痩せた土地でもよく育つ野菜を中心に植える。トマトは最適だろう。栄養が多すぎると逆につるボケを起こすし、水が少ないほうがむしろ甘くなる。他にもサツマイモやナス、かぼちゃ、じゃがいもなども作りやすい。
数日間そのような日々を過ごしたあと、ニイトは次に果物を求めた。
マーシャと一緒に村へ戻ると再びピーターが出迎えてくれる。ドニャーフの大工道具を手土産に持参すると大変喜ばれて、その状態で果物を貰えないか交渉すると気を良くしたピーターが果樹園に案内してくれることになった。
時刻は夕方だったが待ちきれない二人は日暮れ前に果樹園へ向かった。
野菜と違って採れる数に制限があるそうだが、外部の人間であっても分けてもらえるのは懐が深いと言わざるを得ない。
目的の場所は子供村から西へ目と鼻の先にあった。
果樹園とは言ってもあまり手入れはされておらず、雑木林のように多様な果樹が不揃いに生えているばかりだった。それぞれの樹から横に伸びた枝が中空で絡み合って天然の棚を作り、そこから色とりどりの果実がぶら下がっている。
「いろいろあるな」
リンゴやミカンなど、見覚えのある果実が無造作に生っている。が、ニイトはその光景に違和感を覚える。
「あれ? おかしいな」
小声で呟くニイトにマーシャが聞き返す。
「どうかされましたか?」
「いや、俺の知ってる果物はちょっとした環境の違いで育つ種類が限定されていたはずなんだ。でもここにはあらゆる種類の果実が一緒くたに実を付けている」
日本においては北の涼しい地域で栽培されるリンゴ、南の暖かい地域のミカンのように地域によって生産される果物が明確に分けられていた。バナナなんて育ちにくいからほとんどが輸入だ。
しかしここの果樹園ではそうした気候の要因を無視して、あらゆる果物が一緒に生育している。地球ではとても考えられない光景だった。
それによく見たら樹の幹も似たようなものが多い。というか同じに見える。リンゴもミカンもバナナも同じ樹からできる? まさかそんなはずはない。
「ピーター村長。ここには多様な果物があるけど、樹の幹はどれも同じように見受けられるんだが」
「そりゃそうさ。ここにあるのは全部『虹の樹』なんだから」
虹の樹? それは何だろう?
「虹の樹はあらゆる果物を付ける、とても気まぐれな樹だよ。ほら見てごらん。同じ枝から異なる果実ができているだろう?」
ピーターの指差す方向には、確かに一本の枝からブドウのような房とキウイのような実が同時に稔っていた。
「信じられない。こんなことがあるなんて……」
いったいどういう原理なのか皆目見当も付かない。あらゆる遺伝子情報を持っているのだろうか。あるいはランダムで遺伝子配列が変化する果実を生むのだろうか。
「生育する果物に法則性はあるのか?」
「いや、全くないよ。何ができるかは完全にランダム。予測のしようがないね」
「時期によって種類が偏ったりはする?」
「う~ん、どうだろうね。そんなこと気にしたことがないからわからないな。でも思い返してみれば、何日間か同じ果物を食べ続けることがたまにあるね。でも大体はバランスよくいろんな果物を食べているよ」
ニイトはあれこれと質問してみたが、結局真相はわからなかった。
「いろいろ答えてくれてありがとう。最後に一つだけ聞きたいんだけど、この虹の樹を別の場所で育てることってできる? もしも可能なら種を分けてもらえないだろうか」
ピーターは少し悩んでから答えた。
「ここ以外で植えたことがないからわからないな。種のほうは少し難しいかもしれない。と言うのも、虹の樹は極稀に生まれる『虹の実』の種からしか生育しないんだ。それ以外種を植えると、同じ種類の果物しか生らなくなくなってしまう」
「そんな法則があるのか」
「うん。でね、虹の実自体がとても美味で、いつも取り合いになってしまうんだ。しかも実を食べちゃうと種だけ植えても芽が出ないんだなこれが」
つまり実を食べるか新しい樹を生やすかの二択を迫られるわけか。
「一応早い者勝ちってことになっているから、もしも次の機会に僕が入手できたらニイトさんに差し上げることはできるよ」
「ほ、本当か!?」
「うん。ニイトさんはいろいろと僕たちの知らないことを知っていそうだから、仲良くしておけば後々良いことがありそうだしね」
「ありがとう。そのときを楽しみに待っているよ! 俺にできることがあれば言ってくれ。可能な限り力になろう」
人柄の良いピーターのおかげで友好関係が築けた。
虹の実が入手できた際には是非ともキューブで育ててみたい。今から楽しみで仕方ないぞ。
「それじゃ、今日は普通の果物をいくつかもらえるとありがたい」
「どれでも自由に採ってかまわないよ。ただしルールが二つだけある。一つは、一日に収穫して良いのは両手で持てる分だけ。もう一つは、園の中央にある果実だけは決して口にしてはいけない。この二つさえ守ってくれれば問題ないさ」
一つ目のルールは、その日に食べられる分だけ採るようにして乱獲を防ぐためだろう。だが二つ目のルールは気になる。いったい果樹園の中央に何があるのか。
穏やかなピーターが一瞬険しい表情をしたことから、余程のことなのだろう。
せっかく築いた良好な関係にヒビが入るのも嫌なので、ニイトはこの話題に深く立ち入らないことにした。
「わかった」
美味しそうな果実がそこらじゅうになっていて目移りしながら歩いていると、しばらくして雰囲気が異なる区画に突き当たった。
「ここだけずいぶん葉が茂っているな」
まるで植物がこれ以上先へ進ませないようにバリケードを張っているようだった。
「距離的にこのあたりが果樹園の中心なのではないでしょうか?」
ニイトは食べてはならないと警告された中央の果実とやらが気になっていた。
「中に入ってみよう」
「食べてはいけないと言われましたよ!?」
「もちろん食べないさ。でも見るだけなら大丈夫だろう」
生い茂る葉を掻き分けて、ニイトは進む。茨のようなトゲのあるつるも群生していて、進みづらいことこの上ない。
苦労して進んだ先には、二本の大樹が聳えていた。
それぞれの樹には異なる実をつけていた。一方は真っ白な果実。もう一方は真っ黒な果実だ。
神聖さと不気味さが混合したような妖しい空間に息を飲む。
近づいて観察すると、白い実は表面がつるつるしていて、光が反射すると僅かに桃色がかった光を放つ。一方黒い実は太く縮れた毛がもじゃもじゃと表面をみっちりと覆っていた。
そのとき、ニイトの脳裏に声が響いた。
『これ、人の子よ。ここに来てはならぬと申しておいたろうに』
頭に直接声が聞こえる。キューブ内でノアと会話するときに良く似た現象だった。
しかし声の質はノアとは全くの別人である。うららかな女性とも、声変わりする前の少年とも取れるような中性的で性別がわかり難い声質だ。
「すみません。気になって来てしまいました。食べないのでご心配なく」
『む? よく見ればそなたは村の住民ではないの? 異界の者かの?』
異国ではなく、異界ときたか。ニイトはそれだけで相手が只者ではないことに気付いた。
「おそらくあたなの言われるように、俺たちはこの世界の人間ではありません。別の領域から来ました」
『ほう、これは珍しい。何用であるかの?』
ニイトが異世界人と打ち明けても当然のように話が通じるということは、相手もニイトに近い存在である可能性が高い。無用な争いを起こさぬように、慎重に言葉を選ぶ。
「じつは我々の世界では食料の供給が不十分なのです。ですからもしもこちらに余剰の野菜や果物があれば、分けて頂きたく参りました次第にございます」
『ふむ……。この世界の木の実は創造主が人の子らのために用意したもの。余剰分の扱いは彼らに尋ねるがよかろうの』
「では、お許しを頂けるのでしょうか!?」
『園の管理は彼らに委ねておる。彼らの判断に従いなされ』
ならば問題ない。既に話はついている。
『ただし、そなたの目の前にある二種類の果実だけは取ってはならぬ。これらは禁断の果実。食べれば二度と元には戻れぬ変化をもたらす』
「どのような変化でしょうか?」
『黒い実は『ボーボーの実』であるの。食べれば体中に無駄毛がボーボー生えて、ボーボーボボボになって、やがて死ぬの』
一瞬吹きそうになったニイトは必死に口元を押えて堪える。想像していたのとだいぶ違ったのでギャップにやられそうだ。
「その、無駄毛が生えると、なぜ死ぬのでしょう?」
『創造主は言われた。人の子よ、幼子のようであれと。首から下には一切の無駄毛が生えぬつるつるロリータであれと』
……お前のところの創造主って、ヤバイな……。ニイトはツッコミを心の中にしまう。
『ゆえに育ちすぎて無駄毛が生えるようになると、創造主の祝福から漏れて不死属性を失う。ボーボーの実を食べると、時が経てばボッボツボボーボになって死ぬ運命に定められるのよ』
「――さっきと名前が違うようですが」
『意味は同じじゃ。ボボボーボ、ボーボボでなければ問題は起こらぬよの』
そりゃ確かに特定の問題を引き起こしそうだ。
これ以上関わると笑い出して相手の機嫌を損ねそうだったので、ニイトは早々に退散することにした。
その後、ニイトとマーシャは両手にひとつずつ果物を採集した。あまり欲張っても良い顔をされないだろうし、これくらい謙虚にしたほうが良いだろう。
だがこれだとドニャーフ族の全員分を用意できない。
果樹園以外で果物のなる場所を探さないといけない。それまではマーシャと二人だけの秘密になりそうだ。ごめんよ、みんな。これも品質調査という大事な仕事なのだ。うむ、仕事だから仕方ないのだよ。じゅるり。




