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3章はコメディー寄りというかむしろパロディー寄り。
第3章 野菜の楽園
衣食住が安定してドニャーフ族の新生活は安定の兆しを見せている。
「俺は次に何をすべきか?」
『何をすべきかじゃなくて、何をしたいかじゃないの?』
「俺のしたいこと? そうだな。少し前までは快適な引きこもり生活ができればそれでいいと思っていたが、今はあの子たちが健やかに育ってくれるほうが嬉しいかな」
たった一~二ヶ月の付き合いだが、ニイトの心には小さな変化が生まれていた。
「そして、その光景を眺めながら快適な引きこもり生活をする!」
『……一瞬でもあんたの評価を上方修正した自分がバカだったわ。でもま、それならもう少し食材の質を上げたらどう? 食事って重要なのよ。食物の質が良いと才能や能力が伸び安くなるわ。前にレア表示された食材を見かけたでしょ? ああいうのを食べられるようになると、成長にボーナスがつくわ』
「それは魅力的な話だな。でも【購入】できる食材にレア表示なんてほとんどなかっただろ? しかもバカみたいに高い値がするし」
『確かに【購入】では手に入りにくいし高値よ。だから自分で育てるの』
「と言いますと?」
『たとえば農業を育てていけば、最初は大した農作物は採れないけど、徐々に質があがっていってレアな野菜も収穫できるようになるわ』
「マジか! レア食材を自力で生産できると」
『そうよ。他にも酪農、畜産、漁業、林業と、あらゆる仕事を通じて付加価値の高い生産物を得ることができるの。食べ物だけじゃなくて、木材や鉱石などもレアな素材を得られるようになるわね』
「そいつは凄い! どうすればいいんだ?」
『基本的に長い時間をかけるほど良い物が生まれやすくなるわ。時の廻りを繰り返すことで生産者の技術も上がるし、土地の中でシステムの最適化が行われて、さらに連鎖ボーナスでレア物の出現率が上がるわけよ』
なるほどな。巡り廻る人の営みが大事だと。
少女たちもだいぶ畑の使い方が理解できたようだし、そろそろ本格的な農業計画を打ち出してもいい頃合かもしれない。
物作りで稼いでほどほどの食事を得るのも悪くないが、できれば少女たちには良い食物を食べてもらいたい。そのためには、丹精込めて自分たちで育てなければならないわけか。
「いよいよ本格的な農場運営が始まるわけだな」
『ま、自分たちで食べる分だけだから、それほど大規模じゃなくても構わないわよ』
ということで10エリア×10エリアに拡張することになった。ちょうど1ヘクタールの広さだ。
――庭の拡張を行いました。消費10万ポイント。
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畑 □ 窯 粘土 個室 □□□□□
畑 トイレ 風呂 虫材 個室 □□□□□
畑 倉庫 料理 編み物 個室 □□□□□
畑 キノコ 広間 木工 個室 □□□□□
■ 庭 寝室 石工 個室 □□□□□
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「一気に四倍の広さか。とりあえず畑地はどのくらい使うかだな」
『あまり広すぎても管理ができないでしょうし、一人1エリアくらいでどう?』
「そうだな。とりあえず新しく20エリアを畑地にして、全エリアを【連結】させるか。こうすればボーナスが発生するんだろ?」
『ええ。ただし最初は10エリアまでしか連結できないわ。それでも収穫量は二倍で、生育速度も二倍になるわ。スキルが成長すればいずれ20エリアの連結も可能になるわ』
「それだけでも十分にチートだな……」
――畑地を20エリア作成しました。消費200万ポイント。
――畑地10を【エリア連結】しました。
――畑地10を【エリア連結】しました。
一つは小麦畑。もう一つは野菜畑にする。虫の殻を使った農具があるので土地を耕すのも楽だ。一ヶ月前には考えられなかった光景。少女たちの成長力に恐れ入る。
さっそくニイトはできるだけ良質な小麦を選んで種まきをするのだった。
次は野菜の種まきだが、どうせなら品質の良い野菜が欲しいところ。できれば果樹も欲しい。そろそろ少女たちも甘味料の存在を知ってもいい時期だろう。
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小麦 小麦 畑 畑 □ □□□□□
小麦 小麦 畑 畑 □ □□□□□
小麦 小麦 畑 畑 □ □□□□□
小麦 小麦 畑 畑 □ □□□□□
小麦 小麦 畑 畑 □ □□□□□
畑 □ 窯 粘土 個室 □□□□□
畑 トイレ 風呂 虫材 個室 □□□□□
畑 倉庫 料理 編み物 個室 □□□□□
畑 キノコ 広間 木工 個室 □□□□□
■ 庭 寝室 石工 個室 □□□□□
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数日後。
新たに異世界転移できるようになると、ニイトはそれらの希望を伝えるためにマーシャと共に石版の前に立つ。
「――というわけだ。次は質の良い野菜や果物が手に入る世界を頼む」
『わかったわ。それと一つ朗報があるの。転移エネルギーが一定量に達したから、ゲートの数を二つに増やせるわよ』
「ってことは、巨蟲世界のゲートを維持しながら別の世界にもいけるってことだよな!?」
『ええ。ゲートの数は今後も増えていくでしょうから、これからは複数の世界を行き来できるようになるわ』
「そいつはいい!」
巨蟲世界に残してきたアンナが気がかりだったが、杞憂に終わったようだ。あとで新しい世界の物品をお土産に持っていこう。
「それなら気兼ねなく新世界に行けるな。さっそく向かおう」
新たな異世界の門が開き、ニイトとマーシャは手を繋いでゲートをくぐった。
◇
新たな異世界に来たニイトが最初に必ずすることは、一呼吸することだ。
ノアのことだからいきなり毒が充満した世界や無酸素状態の空間に放り出されることはないとは思うが、人は呼吸ができなければ生きていけない性質上、必ず確認しなければならない。
大気を胸に溜め込んだニイトの第一印象はこうだった。
「空気が、軽い」
「はい。とても澄んでいて綺麗な空気です」
人よりも鋭いドニャーフの鼻でも良質な空気だと判断されたようだ。
さらに目の前にはのどかで牧歌的な雰囲気の光景が広がっている。
柔らかい下草、咲き乱れる色とりどりの花。程よく乱立した樹には鮮やかな果実が実っている。
ポカポカと陽気に照らす太陽熱が程よくからだを温めて、草花の香りを乗せた微風が優しく肌を撫でる。
このまま昼寝をしたらさぞかし気持ちが良いことだろう。
「いい世界だな。まるで楽園のようだ」
「とても心が落ち着きます。あっ、見てください! 空を飛ぶ生き物がいます!」
マーシャの見つめる先には青い羽の鳥が二羽、じゃれあうように飛んでいた。
「綺麗な色の鳥だね」
「とり、と言うのですか。空を飛べて羨ましいですね」
そういえば巨蟲世界では鳥を滅多に見かけなかった。マーシャの故郷でも見かけないとすると、確かに彼女が鳥を見たのは始めてかもしれない。
その二羽は果樹の枝に止まると、柿のような実を無警戒に啄ばむ。その姿には天敵の存在に神経を尖らせる緊張感など微塵もなかった。
「いい光景だな。俺もいつかこんな世界を創りたい」
「ニイトさまなら必ずできます。そのときが待ち遠しいです」
マーシャの信頼が心強い。
たしかにニイトには無限に土地を得る方法がある。時間をかければこの光景を模倣することは可能なのだ。
いつの日にか、ドニャーフ族のみんなとこんなのどかな場所で一日中昼寝ができたら、これ以上の贅沢はないだろう。
「それまで俺を支えてくれるか?」
「もちろんです! どこまでもご主人さまにお従いします」
愛くるしい嫁の姿にこらえきれず、ニイトはガバッと抱きしめる。背後では食事を終えた二羽の鳥がお互いのくちばしを掃除し合うように重ねていた。それと同調するように、二人の唇もまたお互いの気持ちを確かめ合うように重なるのであった。
一つに交じり合った二つの影。それを重ねて照らした太陽は、心なしか熱量を上げたように感じられた。




