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料理大会当日。
かつての作業場だった部屋にはイスとテーブルが並べられて、大きな食堂と早変わりしていた。
審査委員長を務めるニイトが中央に座り、その横にマーシャとロリカ、さらに周囲には参加を辞退した少女たちが同じく審査員として着席していた。
持ち点は一人5点。合計で50点満点が最高点となる加点式で評価される。
ちょうど食堂の北隣りが調理場になっているので、調理を終えた人から順に審査を受ける仕組みになっている。
調理場にはロリカ族長が作った新品のかまどが並んでいた。
一斉に火がくべられて白煙が立ちこめる中、エリンもその一つで料理を始める。
調理を始めてしばらくすると、さっそく料理を終えた子が審査に向かう。
審査の様子が気になって、他の少女たちはそれぞれの調理を休めて扉越しに様子をうかがった。
どうやら最初の子はシンプルなキノコ焼きを作ったようだ。
誰が焼いても似たような状態になる姿焼き料理。それをあえて出すということは、焼きの技術に余程自信があるのだろう。確かに表面に僅かにこげるくらいの絶妙な焼き加減。
審査員もみんな満足そうに頷いている。これは自分もうかうかしていられない。
点数は最後に発表されるようで、評価したい数だけ最高で5つの木片を木箱に入れることになっている。木片の合計が点数だ。
その後、同じように焼き料理を作った人や、刻んだキノコをパンに練りこんだ人、油でソテーした人などが順に審査を受けた。
そんな中、ひときわ大きな歓声を受けた料理があった。
「まさか、うどんかっ!?」
ニイトが大仰に驚く。
「うどんとは何でしょうか?」
「俺の故郷の料理に、似たようなものがあったんだ」
ニイトさまの故郷の料理。みんなが一斉に注目した。
どうやらキノコを練りこんだパンを焼くのではなくて、細く切って水で煮たもののようだった。
煮込んだパンは焼いたものとは全く違う食感になるらしい。エリンには思いつかなかった発想で、プレッシャーを感じた。
残るはエリンを含めて二人。しかも相手は優勝候補のショコラだ。
先に完成させたのはショコラだった。
ショコラはキノコを大量の油で揚げたものを作った。実はエリンも同じことを試したのだが、キノコが油を吸いすぎてベタベタになってしまったから断念した経験を持つ。
彼女はあの問題を解決したのだろうか?
一人になった調理場から審査場をのぞく。
「これは、小麦粉で表面を覆ってから揚げたのか!」
ニイトが驚いたように前のめりになる。
「さすがニイトさまなの。キノコをそのまま揚げると油でベタベタになるから、溶いた小麦粉で衣を作ったの。こうすれば中のキノコが必要以上に油を吸わないの」
「衣がサクサクしていて美味しいです」
「うむ、中のキノコも風味を失わずにジューシーじゃ。むしろ衣によって閉じ込められたことで香りが強く引き立っておるのじゃ」
他の審査員も高評価のようだった。
そんな方法を思いつくなんて、さすがショコラさん。自分が超えられなかった壁を見事に突破してしまった姿に、エリンはショックで腰がよろめいた。
やっぱり自分なんかじゃダメなのだろうかと落ち込みそうになる。会場は既に優勝が決まったように沸いていた。
でも、まだ終わったわけじゃない。
モフタケに誰よりも思い入れがあるのは他ならぬエリン自身である。今回だけは負けるわけにはいかないのである。
最後になったエリンは若干震えながらできたての料理を運んだ。
瞬間、多方面から恐れていた指摘が投げかけられる。
それもそのはず、エリンの料理には形がなかったのである。土器の器にただ透明な液体が満ちているだけだった。
「あら? キノコが入っていないわよ?」
「本当だ。これは反則になっちゃわない?」
審査場はざわめいた。が、ニイトが一声かけるとガヤは止んだ。
「ひょっとして、それは、だし汁なのか!?」
「えっ?」
聞きなれない言葉にエリンは足を止める。
やはりキノコの形が見当たらないことがいけないことだったのだろうかと不安になる。
エリンは怯えた目で聞き返す。
「だしじる、って何でしょうか? ひょっとして私、何かいけないことをしたのですか?」
「いやいや、そんなことはないよ。だしっていうのは俺の故郷にある料理技法の一つで、エリンの料理がそれによく似ていたからビックリしただけだよ。さぁ、さっそく試食させてくれ」
ニイトは土器の器に口をつけて、わずかに褐色に濁った液体を飲む。
「――ほぁ~。まさか、異世界でだしを飲めるなんて」
そのままポロッと目から雫を零す。
「ニイトさまっ!?」
心配そうに寄り添うマーシャ。
しかしニイトはすぐさま晴れやかな顔に戻り、
「心配させてごめん。いやぁ、懐かしい味だったから、つい涙腺が緩んじゃった。とても美味しいよ」
ニイトが泣くほどに美味い。それを知るや否や、一斉に器に口をつける審査員たち。
「おぉ! この風味と香りはまさしくモフタケなのじゃ。もしや、水に溶けておるのか!?」
「信じられません。どこにもキノコの姿がないのに、とても濃厚な香りがします」
「どうやってこの味を出したの?」
みんなの疑問に答えるようにエリンは懐から答えを取り出した。
「これを使ったんです」
それは乾燥して干からびたキノコだった。
「乾燥させたキノコを細かく砕いた後に煮出しました。最後に塩で味付けをしています」
エリンの解説にニイトが頷く。
「キノコの水分を飛ばしたことで旨味を濃縮したんだね」
「知らなかった……。キノコって乾燥させると味が濃くなるんだ」
「キノコにはこんな可能性が隠されていたなんて」
口々に驚きの声があがる中で、代表してニイトが言う。
「よくこの方法を思いついたな」
「……実はこれ、捨てられていたキノコなんです」
一瞬、審査会場がしんとなる。
捨てられていたキノコ。その響きにどこか侘しい空気が漂う。
「以前の世界ではキノコが捨てられて乾くことなんてなかったんです。ニイトさまのおかげで私たちは危険も飢餓もなくなりました。そのことは感謝しきれないほどに感謝しています。でも、食物が豊富になっても、忘れちゃいけない大事なことってあると思うんです」
悲しげなエリンの独白が部屋を包む。その言葉は少女たちの心にも染みこんでいるようだった。
「それで干からびたキノコを具材に選んだわけだ」
「はい。きっとこの子たちも食べて欲しいと思っていたはずですから。そうしたら予想外に美味しい味になりました」
エリンは移りゆく時代の中で見向きもされずに放置されたキノコに、どこか自分自身を重ねていたのかもしれない。
そしてそのキノコが冷遇された境遇に耐えながら味を濃縮させて、復活の機会を待っていたことに衝撃を受けたのだ。
「いいところに目を付けたね。エリンがいなかったら、このキノコの味は誰にも知られなかったかも知れない」
「はい」
そう言われてエリンは目頭が熱くなる。
時代に取り残されたキノコが認められたことで、自分もまた認められたような気がしたからだ。
「たくさんの食材に押されて徐々に存在感が薄れてきているモフタケですが、たとえ目に見えにくくなってもちゃんと存在していることを表現したくて、見えないけどあるキノコ料理を考えました」
「エリンの気持ちが見事に表現されていると思うよ」
こうして全ての料理審査が終わり、いよいよ結果発表の時間になる。
「第三位、モモの茹でキノコパン(うどん)。第二位、ショコラの揚げキノコ(天ぷら)。第一位、エリンの見えないキノコ(ダシ汁)」
エリンの作品は並み居るライバルを抑えて見事に優勝を果たした。
「えぇぇ!?」
驚きのあまり両手で口を押えるエリン。まさか自分が選ばれるなんて露ほども思っていなかったのだ。
腕を引かれて表彰台に連れられても、まだ実感がわかない。
「それでは表彰者へのご褒美タイムなのじゃ」
ロリカ族長の合図で一人ずつ頭を撫で撫でされる。エリンもくすぐったそうに身をよじる。猫耳の間を指ですかれると、しっぽまでくねくねしてしまう。
しかし優勝者にはさらに続きがある。
「それじゃ、お待ちかねのしっぽタイムなのじゃ!」
「えっ? ちょっと、待って! しっぽはまだ心の準備がっ!」
「「「しっぽ! しっぽっ! な~でなでっ! しっぽ! しっぽっ! な~でなでっ!」」」
コールが巻き起こり、断れない雰囲気が蔓延する。
「それじゃ、しっぽもいかせてもらうぞ」
「ひゃっぁ、しっぽはダメですっ! 私、そんな簡単にしっぽを許したりしな――ひゃぁん!」
必死の抵抗を見せるエリンだったが、ひとたびしっぽを握られてしまうとカクッっと腰の力が抜けてしまう。
「ひゃぁぁっ! しっぽ……しっぽ、気持ちいいれすぅ~」
しっぽの気持ちよさを知ってしまったエリンだった。
◇
その後ニイトの希望によりトップ三人の料理を合わせることになった。
茹でたパンは麺という名前が与えられて、揚げたキノコは天ぷらと呼ばれるようになる。そして形のないキノコのスープにはつゆと名付けられた。
そしてそれらを一つにあわせた料理をうどんと呼ぶらしい。
キューブ内に初めてのドニャーフ族の伝統料理が生まれた瞬間だった。
2章 幕間 完
次回から3章になります。
ブクマ、ポイント評価、感想などありがとうございました。




