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異世界創世記  作者: ねこたつ
プロローグ
5/164

1-4

 妙な空気を払拭するようにニイトは話題を変えた。


「とりあえず、俺たちは服を着る必要があると思うんだ」


 いつまでも裸のままでは目のやり場に困る。


『それもそうね』


 ノアが石版のほうへ向き直ると、その小さなからだ全体が発光した。そしてノアを包んでいた光は収縮を繰り返すように変形すると、そのまま空中を飛んで石版の中へ消えていった。


「消えた!? どこにいったんだ?」

『目の前にいるでしょ』


 再び石版が喋った。さすがに二度目だからニイトは驚かない。が、代わりに別の驚きに支配されていた。


「石版の中に入ったのか?」

『入ったって表現は違うわね。あたしはもともとノアの内部に隔離されている領域にいるの。人の姿だったのはあんたに見えるように物理的に実体化してただけ。でも実体化には時間経過ごとにエネルギーを消費するから、今は省エネモードになっているわけ』

「……」


 目で見たり触ったりできるのに、実際はそこに存在していない? 実態って何だ? 存在って何だ? これ以上考えると哲学的な迷宮に閉じ込められそうなので、ニイトはそれ以上考えるのを放棄した。


『服が欲しいって話だったわね。はい、ここから選んで』


 黒柱の表面を規則的に流れていた模様や光が、一斉に動きを変えてパソコンやスマホのディスプレイ画面のような平面を構成した。


「何だこれ?」

『今あんたが買える服のリストよ』


 画面には確かにニイトが読める文字で服の名前が箇条書きにされていた。それぞれの横には数字も併記されている。


「この数字が値段ってこと?」

『そうよ。ついでにあんたが現在所有しているポイントがこれ』


 右下には残り1000ポイントという表示があった。

 この範囲内で選べばいいのだろう。しかしそれにしてはずいぶんと項目が多かった。


「なあ、このリストってずいぶん多くね?」

『本来はあんたの思念を読み取ってノアの側で取捨選択したリストを出すんだけど、今は機能が制限されているから、類似性の強いものを排除した上でランダムに表示しているわ。言っとくけど、これでも氷山の一角なのよ』

「この量でか」


 ディスプレイ画面に並んだ箇条書きは、視線が下まで到達すると自動的にスクロールされた。もう一度上のリストを見たいと思って視線を上げると、これまた自動でページが戻る。どこまでスクロールすれば終わりに到達するのかと思ってひたすらスクロールし続けたが、終わりはやってこなかった。ひょっとしてループしているのかと考えたものの、類似性を廃したという言葉通り、同じ名前のものは見当たらなかった。


「文字だけ見てもわからないな」

『気になったものがあったら、文字に触ってみて』


 ためしに一つ選ぶと、文字から光の塊が飛び出した。人の頭部ほどの大きさの光球が目の前に静止し、内部には服の立体映像がホログラムのように映し出されている。


「おおっ! わかりやすいなコレ」


 光球の内部映像も、ニイトが思い描いた通りに動く上下左右に回転させてみたり、布をめくって裏地を確認したり。まるでゲームのコントローラーを使わずに、イメージだけで画面内を操作しているような感覚だ。

 光球自体も自由に操作できるようで、ニイトは上空でくるくると旋回させて遊んでいた。


『何してんのよ、あんた?』

「珍しくてつい」

『都会に出てきたばかりの田舎物みたいね』

「ち、千葉は田舎じゃねーしっ!」


 呆れ声のノアに、ニイトは自分でもよくわからない言い訳をした。


『で、早く選んで欲しいんだけど』

「そうしたいのは山々なんだけどさ、どれも服とは呼べないボロきればかりでさ」


 ニイトはいくつか取り出した光球を並べて見比べたが、どれもこれも原始時代の服にしか見えない粗悪な品ばかりだったのだ。


『そりゃそうよ。だって1000ポイントしかないもの。まともな服が買えるわけないじゃない』

「まじかよ……」


 仕方なくニイトは500pの商品を一つ選んだ。

 するとその瞬間、光球が弾けて粒子となり、ニイトの体に纏わりついた。そして光が収まると、いつのまにか粗布を身に纏っていたのである。


「すげー、商品が実体化した!」


 最先端の科学でも実現不可能なSF的光景にニイトは目を輝かせた。反面、高度な技術によって創製された物が原始的なボロ布であることに萎える。これがギャップ萎えというものか。


『これで【購入】スキルの使用方法はわかったわね?』

「スキル?」

『そう。あんたは適応処理によってノアシステムの一部を使用できるわ。本当はもの凄く高度な知性がないと理解できないけど、あんたにわかりやすく説明するとゲームに出てくるスキルコマンドってあるでしょ? あれみたいなものよ』

「へー、どんなスキルがあるんだ?」

『最初に使えるのは二種類だけよ。一つは売買系スキル。【購入】と【売却】の二つが使用できるわ。さっきみたいにポイントを使って商品を買ったり、逆に売ってポイント化したりできるわ』

「どんなものが買えるんだ?」

『世界に存在する全ての物が買える、はずだったんだけど……』

「はずだった?」

『あたしの能力が制限されちゃったから、今のあたしが知っているものだけ買えることになったわ。ま、たぶん日常生活くらいは問題なくおくれると思うけど』


 ならいいのかなと、ニイトは一抹の不安を覚えながらも納得する。


『そしてもう一つが転移系スキル』

「転移系?」

『そう。【開門】スキルで異世界へのゲートを開いて、別次元の世界に行くことができるわ。ここに帰ってくるには【帰還】スキルを使えばいいわよ』

「え? ここは異世界なんだろ? ここからさらに別の異世界へ行けるってこと?」

『そうよ。むしろここは各異世界への中継地点みたいなものだから、あんたにとってはむしろ外での生活がメインになるかもね』


 あまりに規模の大きな話だったので、ニイトは頭から湯気が出そうになった。


「え、マジで? ここでお前と暮すんじゃないのか?」

『人は一人で生きていけないでしょ』

「え? だからノアと一緒に」

『あのねぇ、あたしはただの擬似人格よ? 人ではない何かにすぎないわ。厳密には命のない無生物みたいなものなんだから、人間の代わりにはなれないわよ』


 いやしかし、めっちゃ可愛い美少女だったし……。むしろリアル彼女よりも魅力的に見えたと言っても過言ではないというか……。

 ニイトが内心でそんなことを考えているのを見透かすかのように、


『ねえ、ひょっとしてあたしの擬似身体を見ていやらしいこととか考えてたの?』

「ま、ままま、まさかっ!」

『そんなに慌てるってことは、図星だったの?』

「そんなわけないだろう。ほら、無機物を見るような目だろ?」


 ニイトは咄嗟に賢者顔になるが、ノアは疑うような沈黙で答えた。


『まあいいわ。異世界に行って彼女の一人でも作ればあんたの不安定な性衝動も落ち着くでしょ』

「せ、性衝動なんて起こしてないよっ! てか、ノアってヒロインじゃなかったの?」

『何言ってんのよ。あたしは擬似人格って何度も言ってるでしょうが。本当に理解力の低い有機生命体ね。バカ犬っ!』

「わんっ!」

『あたしはただあんたの行動をサポートするナビゲーターみたいなもの。物語で言うところこのナレーション。空気ヒロインにすらならないわ。そもそも現在はポイントが少ないから実態化することも当分先までないから』

「マジかよ……」


 自分で空気ヒロインとかいう女を始めて見た。

 しかしながらあの美少女姿がしばらく見られないのは残念でしかたない。めっちゃ可愛いかったのに。


「そういうわけで、あんたの嫁は自力で見つけて来なさい。そもそも人じゃない架空の彼女を妄想するなんて虚しいだけでしょ』

「お、おう……」


 なぜか心が無性にズキズキする。


『わかったら、さっさとスキルを使用して異世界へ行くこと。あ、でも注意してよ。スキルは使用するごとにポイントを消費するからね。下手な使い方をして赤字にするといつかポイントがなくなるかもしれないわ』

「なくなるとどうなる?」

『ポイントが0になるとノアシステム自体が消滅するわ。ついでにあたしも、適応化されたあんたも存在ごと消滅するし、この領域もなくなるから気をつけてね』

「ちょ、何だよそれッ!?」


 いつのまにか自分もシステムの一部に組み込まれていて生死を共にする運命にあることに、ニイトは激しくうろたえたが後の祭りだった。

 ならば、できる限りたくさんポイントを保持して自分の身を守らねばならない。


「ポイントを増やすにはどうしたらいいんだ!?」

『もう、少しは自分の頭で考えなさいよ。必要な情報は今全部教えたでしょ?』


 ニイトはノアの言葉を思い出す。ボロ布を購入してポイントは減ったが、逆に売却すればポイントを稼げるということだ。

 何か売れるものはないかと周囲を見回すが、あいにくとこの空間には石版以外に何もない。ということは、


「異世界に行って、ポイント化できるものを探せばいいわけだな」

『正解。ま、探すって言っても一定量溜まれば何でも売却できるわよ。土でも草でも』


 それならばずいぶんと話は簡単になる。


「よし。なら早速ポイントを稼いでくるとしよう」

『そうそう、その息でたくさん稼いで来てね。今からゲートを開くけど、何か一つだけ要望を叶えられるわよ」

「何でもいいのか?」

『ええ。あまりにも無理難題なことでなければね』


 ニイトは深く考えずにふと思いついた条件をノアに伝えた。


『はい。検索できたわよ。それじゃ、行ってらっしゃい』


 その言葉を最後に、再び強く発光した石版は縦に割れて左右へぐんぐん広がっていった。割れた石版の間には光でできた鏡のような膜が生まれている。

 ニイトはその光る膜のゲートを恐る恐る通り抜けた。


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