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日本が世界に誇る風呂文化をドニャーフ族に伝えたところ、評価は真っ二つに割れた。
ニイトと同じように極楽を感じて風呂中毒になる者と、熱いお湯が好きになれない者だ。
もともと水が苦手な猫の習性なのか、からだに水を浴びること自体が好きじゃない子もいた。このあたりは種族的な感性なので仕方ない。風呂の喜びがわからないなんて、かわいそうに。
それでもお湯は嫌でも水浴びは好きな子や、最初は嫌だったけど段々気持ちよくなってきた子なども増えて、結局はほとんどの子が数日に一度は風呂に入るようになった。
そうなってくるとたいへんなのは湯船を作るキティだ。
連日の激務に嫌気が差してもう湯船は作りたくないと、一人別の意味で風呂が嫌いになったとか。ま、それでも彼女は(〓ω〓)こんな顔をしながら長風呂していたところを、他の少女たちに次が待ってるから早くあがれと急かされていたらしいが。
まれに焼け石を取りこぼして火傷をする子が出たが、マーシャが新しく覚えた【治療】の魔法で傷跡も残らずに綺麗に治った。
あのときは肝を冷やしたが、魔法の性能が良くて助かった。彼女たちの珠のような肌に焼け跡が残りでもしたらニイトはショックで寝込むところだった。それこそ引きこもり世界のキューブの中で、さらに石版の部屋に引きこもっていただろう。
そんな一幕もありつつ、キューブに新たな素材が持ち込まれた。
ニイトが異世界から運んできた粘土である。
再び新しい素材に飛びついた猫耳職人たちによって、瞬く間に焼き物文化が生まれる。
粘土を見た数日後には、もうこんな光景が生まれていた。
粘土を保管していた部屋の隣に新しく焼き物専用の部屋を作ったところ、なにやら少女たちが集まって粘土をこねていた。
中心にいるのは珍しくロリカ族長だ。
普段はあまり少女たちの活動の中心には張らずに一歩引いたところから見守っていた彼女だったが、この日は中心に立って指揮を取っていた。
「ロリカ、何をやっているんだ?」
「おーニイト殿! 今、効率よく土器を焼く仕組みを考案していたのじゃ」
彼女たちが作っていたのは粘土を積み上げた煙突のようだった。中は空洞になっていて、下には穴が開けられている。
ややっ、もしやこれは……? ひょっとして、炉? いや、焼き窯か!?
「どういう仕組みになってるんだ?」
「周囲に散っていく火の力を上部に集めるのじゃ」
おそらく輻射熱や反射熱のことを言っているのだろう。土器作りを始めて数日でもうこの発想に辿り着いてしまうとは。今まであまり目立った活動をしていなかったら気付かなかったが、ロリカにもまたドニャーフの血が流れているのだ。てか、族長だったな。
「そうなると、筒の中に土器を入れるんだろ? 火に落ちないようにどうやって固定するんだ?」
「これを使うのじゃ」
ロリカが指差したところには、妙な形の粘土版があった。等間隔で穴の開いた平たい粘土版。ちょうどたこ焼きのプレートの凹んだ部分が全て穴になったような見た目だ。
「これを火の上に固定して、その上に土器を乗せるのじゃ」
あー、なるほど。この穴は下から昇ってくる火と熱を通す為の穴なのか。
「よく思いついたな」
「これを考えたのはわらわではないぞ。誰かが偶然作ったものじゃ。わらわはそれらを集めて一つにしたまでじゃ。ほれ、この火口にあるのも別の誰かが作ったものじゃ。
薪を燃やす場所にはコの字型の部位があった。何かと思えば、灰をかき出し易くする隙間なのだとか。ついでに風を送りやすくする機能も果たしている。なんて合理的な。
改めてドニャーフ族の高い応用力が垣間見える。自然と合理的な完成形が見えてしまうんだな、きっと。
「やっぱ、お前らは優秀だよ」
「何を申される。我らなどニイト殿に比べれば瑣末な小枝に過ぎぬのじゃ」
謙遜して言ったのだろうが、その言葉すら的を得ていた。豊かな実を生らすのは幹や根ではなく、枝なのだ。
間違いなくドニャーフ族はとびきり優秀な枝だよ。果実の品質を見れば一目瞭然。
ニイトはこの才能溢れる枝を支えられる強靭な幹にならなければならないと、プレッシャーを感じながらも気持ちを入れなおした。
彼女たちの果実は大きくて重く、そして数も多いだろうから。
「窯の縁だけど、枯れ草をツナギに混ぜると強度が上がるかも知れないよ」
「それは良いことを聞いたのじゃ。さっそく試してみよう」
ロリカはその見た目通り、無邪気な子供のようにはしゃいだ。
◇
数日で空き部屋はほとんど埋まり、現在の配置はこのようになった。
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畑 □ 焼き窯 粘土 個室
畑 トイレ 風呂 虫材 個室
畑 倉庫 料理 編み物 個室
畑 キノコ 広間 木工 個室
■ 庭 寝室 石工 個室
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ロリカが作った焼き窯のおかげで土器の品質は安定して、日常生活に様々な土器が使われるようになった。
もっとも大きな変化は、壺や瓶ができたことで液体の貯蔵が可能になったこと。キューブのどこにいても水を持ち運べるし、水溶きした合わせ調味料を作れるようになった。
そして最大の功績は、煮込み料理ができるようになったことだ。
熱に耐えて水を沸騰させられることは、料理のレパートリーを劇的に増やす。スープ、シチュー、茹で料理、煮込み料理。
そこでニイトはある計画を画策する。
――料理大会。
ロリカには料理部屋に調理用のかまどを作ってもらい、焼き窯では土器の皿、木工部屋にはスプーンや箸などの食器をそれぞれ量産してもらう。
そしてニイトは料理のお題を考える。
記念すべき始めての料理大会だ。何か象徴的なものがいい。するとすぐにピンと来た。
――モフタケ。
彼女たちの故郷から唯一移植した食物であり、キューブに来る前はずっとこればかりを食べていた。そのモフタケを、キューブでの新しい生活を経た後にどのような可能性を引き出せるかを競う大会。
面白そうだ。
さっそくニイトは大会の概要を発表した。




