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異世界創世記  作者: ねこたつ
2章 幕間
46/164

2-23

実験で主人公以外の視点で書いてみた。

他者視点って、えらい難しいのな。


 幕間2   ドニャーフ族の生活改善


 この幕間はニイトが巨蟲世界へ旅立ってから次の世界へ向かうまでの間に相当する話です。時系列はかなりバラバラですので混乱したらごめん。


     ◇




 人が生きていく上で必要なモノはなんだろうか。

 そう。それは誰もが知っているとおり土地、空気、水、食料、ネコの五つである。

 ドニャーフ族の新しい生活に、この中で一つだけ不足しているものがある。それは水だ。土地はキューブによってこれから無尽蔵に広がっていく。空気も快適な空調管理がされている。食料も徐々に増えてきた。ネコは彼女たち自身である。

 というわけで、現在水が不足しているのである。

「なあノア。水を安定供給できる方法はないか?」

『一つはあんたがポイントを稼いで毎日水を買う方法。もう一つは水道設備を作ることよ。現在可能なのは井戸を作ることね』

「その井戸って一度作ったらずっと枯れずに使えるのか?」

『ええ。一日に汲める量は決まってるけど、基本的にずっと使えるわ。ただし、設置には300万ポイント以上かかるわよ』

「さすがにその額は無理だ。もう少し安上がりな方法はないのか?」

『井戸を掘る作業を自分たちで行えば100万ポイントくらいに値切ることは可能よ』

「それなら手が届く」

 どうやらノアシステムというのはずいぶんと大雑把な性格らしい。キューブのエリアを広げるなどの大規模ではあるが大まかな仕事をするときはそれほどエネルギーを消費しないが、一エリア内のこまごまとした物事に干渉するときはそれ以上のエネルギーを使うらしい。

 大枠は作ってやるから後は自分たちでやれ、というのが基本スタンスのようだ。

 そういうわけで、ニイトは地中深くに穴を掘る作業を始めた。


 井戸の設置場所は畑エリアに決まった。汲んだ水をそのまま農作物に撒けるので使い勝手が良い。

「いけ、あーくん!」

 ぐるぐると螺旋軌道を描きながら地面を掘っていくあーくん。あっという間に1メートルほどを掘り進める。

 さすがの有能さに、ニイトはこの分だと今日中には作業が終わりそうだと口元を綻ばせる。しかし、3メートルに達した辺りから、あーくんの掘削速度が目に見えて遅くなった。

「あれ? どうした、あーくん」

 硬い地層に当たってしまったのか、あーくんは同じ高さの場所をぐるぐる回っているだけのように見える。

 ニイトが穴の底に入って確かめてみると、たしかに硬い。スコップなどの掘削道具がないと難しそうだ。

「このくらいの深さじゃダメか?」

『浅井戸には最低でも5メートルは必要よ。井戸は深さに応じて水量も変わるから、先々のことを考えるとできればもっと深いほうがいいけど』

「マジかよ、じゃあ、ここからは人力で掘らないといけないのか!?」

『そうなるわね』

 ニイトは天を仰いだ。

 その日からニイトは空いた時間を利用してコツコツ井戸を掘ることにした。しかし何と言っても時間が足りない。

 自分には外の世界でポイントと食料を調達するという使命があり、井戸掘りに十分な時間を割けないのだ。

 そこでニイトは井戸掘りの手伝いを募集することにした。

 しかしこの頃、少女たちはクラフトや料理に熱中していた。定期的に行う大会で優勝者にはしっぽ撫で撫での権利が付与されることが彼女たちの競争心を一層強く刺激してしまったこともあり、地味で単調な井戸掘りなどに興味を示す者は皆無だった。

 そんな中、一人の少女が名乗り出た。

「あの、わたし、やります」

 少女の名はホルン。栗色のショートヘアーをした大人しそうな少女である。

「いいのか? みんなやりたがらない仕事だけど」

「はい。誰かがやらないと」

「ありがとう。助かるよ」

 ニイトはあーくんの売却機能を限定的にホルンにも使えるように設定してもらい、井戸掘りの間コピーした『あーくん´』を彼女に貸し出すことにした。

「ゆっくり自分のペースでやってくれればいいから。俺はあまり時間が取れないけど、定期的に様子を見に来るね」

「はい!」


 この日からホルンの井戸掘りは始まった。

 ホルンがまず行ったのは、友達に掘削道具の製作依頼を出すことだった。長い木の棒に石の尖りが付いたものを作ってもらった。

 颯爽と井戸の場所まで来ると、一人で穴に飛び込む。

「いくよ、あーくん」

 あらかじめ伝えられた起動キーワードを唱えると、ホルンにも見えるように発光した箱が現れて作業を手伝ってくれる。

「えいっ!」

 ホルンは石の付いた先端を穴底に向けて、勢いよく振り下ろす。何度も繰り返して少しずつ地面を削っていく。

 隣ではあーくんが箱の角で地面を叩いて同じように削っている。その様子が面白くて、ホルンは一人でする作業を寂しいとは思わなかった。


 ホルンがこの仕事を請けたのには理由があった。

 最近、ドニャーフの中では物作りが流行している。優れた作品を作った者にはニイトさまが頭を撫でくれて、さらに大変優れた成績を取れはしっぽまで可愛がってもらえる。

 最初にしっぽをなでてもらった子の話によると、今までに感じたことのない快感が押し寄せるのだそうだ。

 是非とも自分もそれを体験してみたい。他の少女たちと同じように、ホルンもまた情熱を燃やした。

 しかし、どうにも結果が振るわなかった。

 ニイトさまは上位の発表しかしないので、自分がどの位置にいるのかがわからない。こっそりとロリカ族長に聞いたところ、だいたいいつも下のほうにいることが判明した。

 ホルンは自信を失なった。

 似たような境遇にいた友人はめげずにむしろ闘志を燃やして、次の大会では上位に顔を連ねていた。

 ダメなのは自分だけのように感じられた。

 少しみんなと距離を置いて、自分を見つめ直してみたかったのだ。それには正直気は乗らないが一人になれる穴掘り仕事はうってつけだったのである。


 そんな微妙な想いを抱えながら、ホルンは掘っては休み、掘っては休みを繰り返す。何度目かの昼寝から目覚めたとき、ホルンは頬に当たる柔らかい感触に違和感を覚えた。

 寝ぼけまなこを開くと、顔の下にニイトさまの膝が当たっていたのである。

「きゃっ! ニイトさまっ!?」

「起こしてしまってごめん」

 ホルンは飛び起きた。

「ご、ごめんなさい。サボっていたわけではないのです。ちょっとうとうとしていただけで……」

「謝る必要はないよ。穴の底にはたくさん掘った痕跡が残っていた。かなりの時間を掘っていた証拠だよ。それにたとえ全く掘っていなくても問題ないよ。これは強制じゃない。暇なときに手伝ってくれればそれで十分なんだ」

「あ、ありがとうございます」

 自分の仕事を見てもらえたことに、ホルンは嬉しくなり胸が温かくなった。

 最初は乗り気じゃなかった穴掘り仕事だが、こうなってみると悪くないのかもしれない。


 翌日も、ホルンは掘り続けた。その翌日も。

 日に一度ニイトと会うことがホルンにとって特別な時間だった。そのときに彼の喜ぶ顔が見たくて、一日中掘っていた。

 しかしこう何日も一人でいるとさすがに人恋しくなる。光の箱に話しかけてみるも、あーくん´に会話機能は付いていない。

 ちょうど酷使していた道具が壊れたのでホルンは仲間の少女たちの元へ向かった。

 すると広場はガラリと様変わりしていた。

「ほぇ~」

 ホルンは力の抜けた声を漏らしながら辺りを見渡す。

 見たこのない素材が溢れていた。木でもなく、石でもなく、何かの生物のようにも見える素材の山。

「ホルン? 最近見かけなかったけど、どこに行ってたの?」

「畑のところにいたよ。ところで、この見たことのないモノは何?」

「ニイトさまが新しく持ってきた素材よ。むしのからとか、はねって言うんだって」

 その正体は巨蟲世界からニイトが持ち帰った素材の数々だった。

 ホルンはこの光景をみて、さすがはニイトさま、たった数日でこんな見たこともない素材を用意するなんてと、改めて偉大な存在だと思った。

「硬そう。それに色も綺麗」

 ホルンは目の前の新しい素材に目をキラキラさせる。が、同時に今夢中になってしまったら井戸掘りが滞ることを思い出した。

 新しいおもちゃで遊ぶか、ニイトさまに褒められる井戸掘りをするか。ホルンの心は揺れた。

「ねえ、この前作ってもらった道具が壊れちゃったんだけど」

「それならちょうどいいのがあるよ。今日作ったばかりの丈夫なヤツ」

 友人に手渡されたのは新しい素材をふんだんに使った一品だった。触るとゴツゴツする虫の殻というものが使われていて、前の棒よりも軽くて丈夫だ。

 新しい素材でクラフトしてみたいと思う。でも穴掘りは自分しかする人がいない。

 道具があるなら仕方ないと、ホルンは井戸へ戻った。


 新しい道具の性能は抜群だった。先端を地面に突き刺して足をかける部分に体重を乗せると、面白いように地面が掘れる。

 さらに数日間続けたことで、ホルンの掘削感覚は研ぎ澄まされてコツを掴んでいた。

 同じように見える地面にもよく掘れる場所があり、力を入れる角度によって少ない力で効率的に掘れることがわかったのだ。

 ――ホルンに掘削の才能が芽生えました。

 この感覚と新しい道具のおかげで掘削速度は劇的に変わった。

 翌日、いつもの時間にニイトが進捗を見に来た。

「おっ! もう5メートル掘り進めているじゃないか! すごいなホルン」

 目標に到達したようで、上機嫌に笑うニイト。自然とホルンは頭を撫でられる。

 ホルンは頬が熱くなって、胸がポカポカする。とても良い心地だった。

「おめでとう。これで井戸が作れる。今日までご苦労さま。何か欲しいものはあるか? 一人で頑張ってくれたから、みんなには内緒でご褒美をあげるよ」

 一瞬、ホルンの頭によぎった不安。

「あの……、もう穴掘りは終わりなのですか?」

「そうだよ。お疲れさま」

 それは嫌だ。せっかく穴掘りが楽しくなってきたのに、まだやめたくない。それに、ニイトさまと二人きりの時間も終わってしまう。

「もう少し掘ってはダメですか?」

「え、まだ掘るの? それは別に構わないけど。退屈できつい仕事だろ?」

「やらせてください!」

 ホルンが熱意を伝えると、ニイトは「そこまで言うなら」と許可を出した。

 これでまだしばらく穴掘りを続けられる。


 数日後、ホルンは穴底で硬い何かに触れた。今までに見たことのない表面がツルツルした緑色の石だった。さらに表面には見たこともない複雑な模様が描かれている。

 その瞬間、ピーッ! ピーッ! と、けたたましい音が鳴り響き、世界は赤一色に染まった。太陽が血に変わったように、赤い光だけが世界を照らす。

『警告! 警告! キューブの外壁に何者かが接触しました』

 ホルンは恐ろしくなって猫耳を塞ぎながら穴底で縮こまった。

 すぐに、誰かが走って近づいてくる音がした。

「ノア、何が起こった? ――え? 侵入者? ――どういうことだ? ――わからないって何だよ!」

 その声はニイトのものだった。

「誰もいないぞ? ――え、下? 井戸の穴のことか? ――ホルン! いるか?」

 ホルンは深い穴の底から叫ぶ。

「ニイトさま! ここです!」

「待ってろ、今行く」

 ニイトが飛び降りて来ると、ホルンはその胸に抱きついた。

「怖いっ」

「もう大丈夫だ。キミは俺が守るよ」

 その言葉に身を預けて、ホルンはしがみついた。すると不思議なことにニイトは誰かと話すように独り言を繰り返す。

「え、ここ? 下? ――ああ、つるつるした床みたいなのがあるな? ――え? どういうことだよ? ――ああ、とりあえず、警告を止めてくれ」

 するとその瞬間から、音は止み、赤一色だった世界は元の色に戻った。

「…………マジか。掘り過ぎて外殻に辿り着いちゃったってこと? ――そうか。なら問題はないんだな」

 独り言を終えたニイトが向き直ると、ホルンと目が合う。

「怖い思いをさせてゴメンな。もう大丈夫だよ」

「いったい、何があったのですか?」

 彼は一瞬言うべきか迷うような仕草を見せたが、意を決したように口を開く。

「みんなには内緒にしておいてくれよ」

 ホルンは息を飲んだ。

「実はホルンが掘った穴が、世界の境界線に到達しちゃったみたいなんだ」

 そう言ってニイトは足元を指差す。そこには先ほどホルンが触れた翡翠色で妙な感触の石があった。

「きょうかい?」

「そう。これ以上は先に進めないようにしてある区切りのことだよ。急にこの境界に触れられた世界がビックリしっちゃって大声を出したんだって」

 世界がビックリする? そのことにビックリした。ホルンには想像もつかない規模の話で、それ以外にどう反応していいかわからなかった。

「大丈夫なのですか?」

「ああ、もう心配ないよ。でもまた同じことが起こったら大変だから、これ以上深くは掘っちゃだめだよ」

 ホルンは大仰に頷いた。

「ごめんなさい。わたしのせいなんですよね?」

「いやいや、事前に説明しなかった俺が悪いんだよ。ホルンは何も悪くないさ。それにしても、よくこんな深さまで掘れたね。そっちのほうが驚きだよ」

「その……喜んで欲しくて……」

 するとホルンは、両腕を広げたニイトの胸に引き寄せられた。

「――えっ?」

「ありがとう」

 優しく猫耳を撫でられる。

「ひゃうっ!」

 突然のことに、ホルンの胸はバクバクと脈動する。

「あ、あのぅ……」

「あ、ごめん、ちょっと待って」

 再びニイトは独り言を始める。

「え? 隠しスキル!? マジマジ? もちろん取得するよ」

 ――ニイトは【ブロック】作製スキルを取得しました。

 ――ニイトは隠しスキル【破壊不能ブロック】を取得しました。

 ――ニイトは隠しスキル【座標固定ブロック】を取得しました。

「ホルン、お手柄だ! キミのおかげで俺は新しい能力を得たよ」

「わたしなんかが、ニイトさまのお力になれたのですか!?」

「ああ!」

 ホルンは驚天動地の心情だった。まさか自分がそんな功績を残せるとは夢にも思わなかったし、いまだに信じられない。

「そうだ、何かお礼をしないとな。何がいい?」

 しかし褒章を与えると言われては、どうやら本当のことだと遅れて理解する。

「で、では……しっぽを撫でて欲しいです……」

「そんなことでいいのか?」

 ホルンは顔を真っ赤にして何度も頷く。

「よし、わかった」

 ニイトは手を伸ばして、ホルンのしっぽを握った。

「あひゃぁっぁぁんんん!」

 瞬間、ホルンのからだに雷のような快感が突き抜ける。おなかの奥がきゅぅ~っとなって、細い脚がプルプルと震える。顔から火が出るように熱い。

 気持ちいい。感じたことのない快感。

「こんな感じでどうだ?」

 言葉を発することができないくらいの快感に、ホルンは真っ赤に染まった顔を隠すようにニイトの胸に押し付けた。しばらく動けそうにない。



 翌日。

 ホルンが掘った穴の縁には石が組み上げられていた。

 そして穴の中にはたっぷりと水が張っている。ホルンはその様子を友達たちと眺めていた。

 全員が集合した畑の一角で、ニイトが演説する。

「みんな、これは井戸と言って水が出てくる穴だ。これからは毎日ここから綺麗な水を得られるから、各自必要なときに汲んで利用するように」

 どうやらホルンが掘っていた穴は、このためだったようである。

 地下に掘った穴から水を生み出すなんて、やはりニイトさまは凄いと思った。同時に、初めてしっぽを撫でられた思い出の場所は水の下に埋まってしまった。もうあの場所には行けないと思うと少し淋しい。でも思い出の場所は誰にも知られずに隠されたと思えば嬉しいとも思う。

 淋しいのか嬉しいのか判別のつかない微妙な心地で、ホルンは水面を眺めた。

 ――ホルンに水魔法の才能が芽生えました。

「すごい、水がいっぱい入ってるよ?」

「毎日出てくるの?」

「汲み上げる道具を作らなきゃ!」

 みんなが笑顔になる。それをみてホルンは穴を掘って良かったと思った。

「それと、この井戸を掘ってくれたのはホルンです。みんな、彼女に感謝するように」

「えっ!?」

 いきなり表彰されて、ホルンは猫耳をビクッと緊張させた。

「やるじゃんか、ホルン!」

「しばらく見ないと思ってたら、こんな大仕事をしてたのか」

「これで好きなときに水を飲めるようになったわ!」

 一斉に拍手をされて、ホルンは恥ずかしそうに俯いた。

 クラフトで一番いなれなくても、幸せになる方法は他にもあることを、この日少女は知ったのだった。


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