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異世界創世記  作者: ねこたつ
2章 食糧問題を解決せよ
43/164

2-20

 翌日、早朝。

 ニイトはアンナの工房に防具を取りにきた。

「ニイトはん。調整ならしっかりできとるで」

 ニイトとマーシャは防具を装着する。蜂の針対策に防護膜を何重にも重ねたものだ。

 二人が装着し終えて次はアンナの番になったとき、

「ああーーっ!? 破れてもうたっ!」

 何かに引っかかったアンナ用の防護服が破れてしまった。

「あーぁ、破れちまったな。これじゃ遠征には間に合わないな。残念だがアンナ、今回はおとなしく待っていてくれ」

「そんなぁ……」

 アンナを置いて、ニイトたちは集合場所へ向かった。

 道中でマーシャが尋ねる。

「ニイトさま。ひょっとしてアンナさんの装備が壊れたのって……」

「さぁ、アンナが危険な目に合わなくて良かったんじゃないか?」

「……そうですね」

 マーシャは察したように前を向いて、それ以上聞かなかった。


 街の北門前には十数名のハンターが集まった。

 普段とは違い、宇宙服のように分厚い防護服と虫取り網を装備した大人が立ち並ぶ姿は、なかなかお目にかかれないシュールさをかもし出す。

 ひときわゴワついた防護服を纏ったギルド長が前に出て檄を飛ばす。

「諸君! 急な召集によく集まってくれた。知ってのとおり、北の森でキラービーの巣が発見された。報告によると巣の大きさは全長5メートル以上。まだ小さい方ではあるが、このまま繁殖を放置すれば獰猛な蜂共はいずれ街の人間に危害を加えにやって来るだろう。そうなる前に、なんとしても討伐しなければならない。では、諸君らの奮闘に期待する」

 先頭を歩くギルド長の後ろに隊列を組んで森へ行軍する。

 ニイトたちは隊列の後方から着いていった。

 てか5メートルの蜂の巣で小さいのか……。

「マーシャ、無理はするなよ」

「大丈夫です。ニイトさまはわたしが必ずこの身に代えても守ります!」

「いや、その身を大事にしてもらいたいんだが……」

 忠誠が高すぎるとこういうときに困るものだ。

 ニイトがどうしたものかと悩んでいると、後方のハンターの声が聞こえた。

「なあ、この道おかしくないか? 前に来たときと何かが違う気が……」

「ああ。道幅が広くなっているな」

「それだ! それによくみたら刈った草がどこにも見当たらないぞ。これだけ大量の草を運べるわけもないし、いったいどこに消えたんだ?」

「やはり何かがおかしいな。そういや、消えたと言ったら街のゴミ山も消えたらしいな」

「あの最近増える一方だったゴミ山か?」

「そうそう、しかも一晩で消えたらしいぜ」

「バカな。そんなわけあるか」

「俺もそう思って実際に見に行ったんだけどさ、本当に綺麗さっぱりなくなってたよ」

「まじか……」

「ここ最近、不思議なことがたて続けに起こっているから、ギルド長が自ら調査に乗り出すそうだよ」

「そうか、それは良かった。あの人が動くなら俺たちの出る幕じゃねーな」

「ああ、あの人の拷問に耐えられるヤツなんていないからな」

「ちげぇねぇ」

「「はっはっは!」」

 爆笑で終わった二人の会話を聞いていたニイトは、冷や汗が出っぱなしだ。過去に行った自分の行動があれもこれも全て裏目に出ている気がしてならない。

 もういっそのこと自分は異世界人ですと、この作戦が終わったら自首しよう。うん、そうしよう。いや、でも素直に信じてくれるかどうか……、最悪の場合は嘘だと思われて真実を吐くまでムカデが友達に……なんてことになったらシャレにならないし……。

 苦虫を噛み潰した表情をしながら、ニイトは歩いた。


 しばらく森の中を突っ切り、目的の場所に辿り着くとニイトは顔をしかめた。

「うわぁ……。何じゃあれ!?」

 遠めに見てもはっきりわかる大きさ。地面に近い位置に、何本かの樹木を飲み込んで膨れ上がった巨大な蜂の巣がある。中には何千匹、いや何万匹いるのだろう。想像しただけでぞっとする。

 近場にいたハンターの男に聞く。

「あれで小さい部類なんだよな?」

「そりゃそうだろう。でかいキラービーの巣はな、木の頂上まで丸々飲み込んじまうんだよ。しかも巣が大きくなるごとに兵隊蜂の大きさも獰猛さも増すから、なるだけ早いうちに駆除しなきゃなんねぇ。ほっといたらそのうち人よりも大きな殺人蜂に成長しちまうよ」

 さすが巨蟲世界の虫だ。成長限界がトチ狂っている。さっさと駆除してしまおう。

 全員が到着すると、ギルド長が号令をかける。

「これより我々はキラービーの掃討作戦を開始する!」

 事前の取り決めでそれぞれの配置につく。何人かが手に持った泥で巣の入り口を一斉に塞ぐ算段だ。うまくいけば反撃を受けずに封鎖できるかもしれない。

「よし、かかれー!」

 雄叫びを上げながら、ハンターたちは一斉に飛び出した。

 が、ニイトはその中に耳を疑うような声があることに気付いた。その者の腕を引っ張る。

「おぉおおおおおお――わきゃっ!?」

 顔まで防護服で覆っているので確認できなかったが、

「お前、アンナか!?」

「何するんやニイトはん。せっかくうちの初陣やったのに」

 やはりあの声はアンナだったのだ。昨晩ニイトが破壊しておいた防護服は急いで継ぎ接ぎしてあった。

「お前こそ何やってんだよ! どうしてここにいる!? 危ないだろっ!」

「言ったやろ、うちはハンターになるって」

 ニイトはもっとちゃんとに破壊しておけば良かったと後悔した。今から一人で街へ帰すわけにもいかないし、そばに置くしかない。

「くっ、前には出るな。俺から離れるなよ」

「うちだって戦え――」

「いいなッ!」

「――ひゃいっ」

 ニイトの剣幕におされて、アンナはしぶしぶ納得した。

「マーシャ、アンナの護衛に気を配りながら戦えるか?」

「やってみます」

「よし、アンナ。お前はなるべくここから離れるな。飛んでくる蜂を網で捕らえるのに集中だ。いいな」

「了解や」

 離れた位置にいれば少しは安全だろう。蜂たちのヘイトは前線で暴れている他のハンターが引きつけてくれる。

 ニイトは虫取り網で前線のハンターを襲う蜂を捕獲して回る。

 キラービーは小さいもので親指大、大きいものになると拳大を超える大きなスズメバチだった。予想外の大きさと低く唸るような羽音に怖気を感じて毛穴が引き締まるが、捕獲する手はやめない。

 一定量の蜂が集まったら網を返して一斉に踏み潰す。ひたすらこの繰り返し。地味だが着実に数を減らしていくしかない。

 後ろからはマーシャが《魔法の矢》で大きな固体を撃ち落していく。

 奇襲は成功したようで、複数ある巣の穴を素早く防げたので蜂の反撃は予想よりも少ない。それを見計らってギルド長が声を張り上げる。

「よし! 火を着けろ!」

 持参した油を巣の下にまいて着火。

 すぐに引火して巣の下部は火達磨になる。

 蜂の巣は木の樹皮で作られたものだろうからよく燃えた。炎はどんどん燃え広がっていく。

 やがて巣の底が抜けるように崩れ落ちた。そのタイミングで油を投下すると、勢いを増した炎が巣の中へ伸びていく。

 穴底の縁から蜂が這い出てくるが、多くは脱出する前に業火に焼かれて落ちていく。そして蜂の死骸を飲み込んで火はますます大きくなる。

 一連の様子を見てニイトは感心していた。森の中で火を使うことを聞いて山火事を心配したが、この世界にはこの世界流のやり方というものがあったようだ。

 このまま犠牲者を出さずにうまくいって欲しい。そう願った瞬間だった。

 巣の一部が崩れ落ちて、ドサッと火の中に落ちる。

 一瞬、火の手が緩んだ。その瞬間に、無数の蜂が脱出に成功した。

「おいっ! 油を急げ!」

 ギルド長が檄を飛ばすも対応が遅れている。

 無数の巨大蜂による「「「ブォオオオオオオン!!」」」」というけたたましい羽音がが鳴り響き、あたりには乱気流が生まれる。

(あーくん!)

 ニイトはあーくんを起動して燃え盛る火の中に突撃させる。火の手を塞いでいる巣の残骸を【売却】する。

 勢いを取り戻した火の壁に遮られて、再び蜂たちは巣から出られなくなる。

 せっかくだからあーくんにはこのまま火の中で落ちてくる残骸を踊り食いしていてもらおう。

「よし。あと少しだ、全員踏ん張れ」

 既に巣の半分ほどにまで火は回っている。しかし直前に飛び出した大量の群れが暴れ回り、前衛のハンターたちに群がっている。ニイトは可能な限り排除しているが、幾分数が多すぎる。

「まったく、どんだけいるんだよ。きりがないじゃないか」

 そのとき、巣の上部から一斉に蜂たちが飛び出した。

「ギルド長! ヤツら穴を空けて脱出しました」

「何ッ! 粘着糸を投げろ」

 巨蟲蜘蛛の糸を加工して作った粘着剤で穴を塞ぐ。しかし今度は別の場所から穴が空いた。

「ダメです、間に合いません!」

「くそっ、女王蜂だけは何としてもしとめろ!」

 怒り狂った蜂たちの猛攻が始まる。前衛のハンターの中には隙間が見えないほどに密集した蜂に埋め尽くされるものも出る。

「ぐあぁああああ! 防具を破られた! 刺されたッ!!」

 強靭な顎で防具を噛み砕いて針を突き刺す殺人蜂。

 ニイトは焦る。助ける方法はないのか!? そうだ!

 直感で思いついた手段をとる。

 あーくんで小麦粉を【購入】して、蜂の群れにぶちまける。すぐさま炎を纏った燃えカスを投げつけて引火させる。

 狙い通り、空中に散布された小麦粉は連鎖反応を起こして燃え広がる。

 何割かの蜂は羽を焼かれて墜落。残りも驚いたのか上空へ避難していく。

 その隙にニイトは解放された人を助け出す。

「おい、大丈夫か」

「だめだ、刺されちまった……。俺はもう助からないかもしれない」

「諦めるな!」

 ニイトは男を後方まで引きずっていく。

「マーシャ、治療を頼む」

「――《解毒 キュアポイズン》」

 およそ30秒の間隔を置いて、マーシャが成否を伝える。

「失敗しました……。もう一度行います」

 再び30秒。

「成功しました! もう大丈夫です」

「よし!」

 解毒の魔法はキラービーの毒にも対応できることが確認できた。

 あとは女王蜂さえどうにかできれば。

「いたぞ! あそこだ!」

 誰かが女王の居場所を発見して指差す。

 蜂たちが空中の一点に集まって球状に丸まって飛翔している。

「蜂球だ! 中に女王がいるぞ」

 ハンターたちは手近なものを投げるが、当たらない。

 ニイトも覚えたての《魔法の矢》を放つ。

 左の人差し指を向けて起動すると、神経に電流が伝うような感覚が流れて、指先に集まった。爪の中に刻まれた紋章が発光して、光の矢が押し出される。

 狙いは僅かに外れて、蜂球の端を削るに留まった。

「マーシャ、来てくれ」

 ここで逃しては元も子もない。

 今が攻め時とばかり、ニイトとマーシャは魔法を連射する。

 女王蜂の逃走を助ける為に、下級蜂たちが捨て身の突撃を繰り出してくる。他のハンターたちはその対応に追われた。しかしニイトたちはそれに目もくれずに女王蜂のみを狙う。たとえ刺されたとしても治療できるとわかったからだ。

 その判断が功を奏した。

 二人の魔法が空中で絡み合い、蜂球の中心を貫く。

 群れの中から墜落するひときわ大きな蜂。その姿を後追いして高度を下げていく蜂の群れ。

「当たった!」

 さらにマーシャが追撃。

 光の矢が、確実に女王蜂の胴を貫いた。

「よし、良くやった!」

「にゃーっ!」

 ニイトに褒められたことが嬉しかったのか、マーシャは猫耳が引っこ抜けそうなほど勢い良く立てて頬を上気させた。

 女王が討たれたことを知った蜂の群れは、混乱したように方々へ乱れ飛ぶ。

「くぁっ! 刺された!」

「ちきしょう! こっちもだ!」

 そろそろ防具の耐久性が限界間近なのか、次々に刺される

「女王蜂はし止めた! 引き上げるぞ!」

 ギルド長の号令で、一斉に戦線を離脱するハンターたち。だが、一人のハンターがその場に倒れた。

 ニイトは助け起こす。だが、防具の隙間から見えた男の顔は元の造形がわからないほどに腫れていた。

「みんな、すまねぇ。俺はたぶんもう助からない。ここに置いて行ってくれ」

「何言ってるんだ、諦めるな」

 ちょうどそのとき、ギルド長が駆け寄ってくる。

「おい、しっかりしろ!」

「その声はギルド長か。悪い、ドジ踏んじまった。俺は前にも一度刺されているから、今回は助からねぇ」

「バカヤロウ! 何で事前に報告しなかった! 刺された経験のあるヤツは遠征から外すって通達してあっただろうが!」

「……連れが昔蜂にやられてな……仇をとりたかったんだよ……。自分が返り討ちになっちまったんじゃ世話ねぇな、はははっ」

 重い沈黙が流れた。

 男が言っているのはいわゆるアナフィラキシーショックのことだろう。スズメバチに刺されると一度目は処置が早ければ助かる。しかしそのときに生まれた抗体のせいで、二度目に刺されると免疫が過剰に反応してショック死するというものだ。

「みんなの足手まといにはなりたくねぇ。頼む、置いて行ってくれ」

 ギルド長は怒り狂ったような、あるいは今にも泣き出しそうな形相で拳を震わせていた。

 そこに、ニイトは静かに告げる。

「まだです。助かる可能性はあります」

「何ッ!?」

 男を後方まで移動させてマーシャに治療してもらう。

「できるか?」

「助けてみせます」

 緊張した面持ちで数回ほど《解毒》を繰り返すマーシャ。

「おい、何をしているんだ!」

「静かにしてください、ギルド長」

「何をしているかと聞いているのだ!」

 ギルド長に胸倉をつかまれてニイトは引き寄せられる。

「《解毒》ですよ」

「嘘をつくな! ただ手をかざしているだけじゃねーか!」

 仲間の生死がかかって興奮しているギルド長だったが、ニイトは胆力を込めて怒鳴る。

「これが嘘を付いている人間の目に見えますかッ!」

 ギルド長の網膜を突き刺すような視線で射抜く。

「俺の信念は、助けると決めたら必ず助けるんだよ!」

 その迫力に気圧されてか、ギルド長は渋面で押し黙った。

 直後、顔を明るくさせたマーシャが叫ぶ。

「できました。成功です!」

「本当か!?」

 ギルド長の腕を振りほどいてニイトは様子を確かめる。さっきよりも顔の張れが僅かに引いているように見えた。免疫異常によるダメージまでは治せないので、まだはっきりと大丈夫だとは言えない。

「おい、あんた。意識はあるか?」

「ああ、まだ迎えは来てねぇみたいだ」

「まだ助かる可能性はある。街まで運ぶぞ」

「冗談だろ?」

「それは自分の体で確かめてみろ」

 ニイトはギルド長に向き直ると、

「人手を貸してください」

 神妙な顔つきで沈黙していたギルド長は静かに頷くと、近くにいたハンターに指示を出した。

 これでようやく撤退できる。せっかくだから女王蜂の死骸でも記念にポイント化しておくかと、あーくんに吸わせる。

 その表示を見たとき、ニイトは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 ――キラービー(兵隊長)の死骸 一匹 売却額……7000ポイント。

「女王じゃないっ!? しまった! まだ女王が生きてるぞ!!」

 その瞬間、背後で人が倒れる音がした。

 誰かと思って見やれば、アンナだった。

「アンナ!?」

 ほぼ同時に、今までで最も大きな羽音が急激に上空へ流れた。

 壊れかけの蜂の巣の上部をぶち破って、最も大きな蜂がけたたましい羽音をはためかせながら浮かび上がった。

「見ろっ! 女王が飛んでる!」

 護衛の蜂を連れた女王は一目散に逃走をする構えだった。今すぐ撃たなきゃ、間に合わない。しかしアンナも心配だ。

 ニイトは激しく葛藤する。

 後ろには倒れたアンナ。前には女王蜂。どちらかしか選べない。

 どうすれば……?


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