2-19
あれから一週間後の指定された日に、ニイトは中央ギルドに顔を出していた。
この日はどうも朝から嫌な予感がして胸がざわめいていた。
マーシャを待合室に残し、ニイトは一人ギルド長室へと通される。そこでギルド長と対面しつつ、例の巨大ムカデの件について改めて詰問されていた。
「――で、本当に知っていることはそれだけだろうな?」
「はっ、もちろんであります。自分はただ運良く倒せただけであります!」
強面の巨漢にドスの聞いた声で迫られては、ニイトはたじろぐしかなかった。圧迫面接を受けているような気分だ。
「そうか……、ならいい。有能な新人はギルドにとっても歓迎すべき事だ。これからも励んでくれ」
「はっ、精進いたします!」
ようやく聞き込み調査から解放されて部屋を出ようとしたニイトに、ギルド長が声をかける。
「そういえばゴミ処分場で、処理に困っていたゴミが一夜にして消えたという話が入ってきているが、何か知ってるか?」
「はひっ!? とくには……。ゴミ問題が解決されたなら、よかったのではないですか?」
「……そうだな。よし、行っていい」
「はっ! 失礼します」
今度こそ無事にニイトは退出するはずだった。
「そうだ、忘れ物だぞ」
「……何でしょう?」
「お前宛の報酬を銀殻20枚ほど預かっている。大金だな。よほど良い仕事をしたと見える。さて、何の仕事だったのかな?」
はめられたぁあああああああああ!
ニイトは背筋に嫌な汗が流れた。
「どうした? どの仕事で稼いだのか、言ってみろよ、なあ」
「え、ぁ、いや、それは、その……」
「別に隠すことじゃねーだろ。ゴミ処分場の管理人もとても感謝していたぞ」
バレてるぅううううううううううッ!
壁際に追い詰められていたニイトにギルド長は近づいて、片方しかない腕を伸ばしてドン! と音を立てる。
マッチョハゲの壁ドン。嬉しくない。
「やっぱりお前、怪しいな。大ムカデを調べたが、新人のハンターがしとめられるような代物じゃなかった。それにゴミ処理の一件。何かを隠しているのは明白。さて、ここで一つ為になる話しをしてやろう」
「……な、何でしょう?」
「俺は責任感の強い男でな。この片腕も片目も、仲間を助ける為に失った。そのときから心に誓ったんだよ。仲間とこの街を守るためなら、どんな手段だって使うということをな」
ごくり……。と、ニイトは息を飲む。
「前にこの街に危害を加えようとした輩がいたが、そいつは生きたまま虫のエサになった。そしてそいつを庇って俺に嘘をつきやがったヤツがどうなったか聞きたいか?」
聞きたくない、聞きたくない。
ニイトはブルブルと首を左右に振る。
「耳にムカデが入っていくんだよ。真実を喋りたくなるまでな」
ひぃいいいいい!
「お前はムカデの討伐は得意そうだが、本当に怖いのは大きな虫よりも小さな虫だって知ってるか?」
ギルド長は眉間に力を込めて凄む。
怖い怖い怖い、ニイトは真っ青になって震えた。
「一度だけは目をつぶってやる。これ以上嘘をつくと、ためにならないぞ――」
そのとき、部屋のドアが勢いよく開けられた。
「大変です、ギルド長! キラービーの巣が発見されました!」
「何だとッ!? すぐに召集命令を出せ。対策会議を開く」
ギルド長の様子からただ事ではないとわかる。ニイトは混乱に紛れてそっと抜け出そうとするが、
「新入り、お前も来い!」
「はいっ!?」
「たしか最初に会ったときに言ってたな。街の安全の為に尽力するのがハンターの務めです、ってよ」
くっ、よく覚えていやがりますこと。
「了解しました……」
脱出に失敗して、ニイトも召集されることになった。
◇
緊急招集によって明朝からキラービー討伐遠征に出ることになった。
それまでに各自装備を整える為に一時解散となる。
知り合いの鍛冶師など一人しかいないニイトは、アンナの工房まで足を運ぶことになった。特に必要なのは全身を覆い隠す防具である。関節が剥き出しになった現在のものでは蜂の毒針を防げない。
「アンナ、ちょっと相談があるんだけ……、何してんの?」
アンナは全身に防具を着込み、武器を構えてポーズをとっていた。
「おぉ、ニイトはん。ちょうどええタイミングやな。うちはこれからハンターを目指すんや」
「はぁ?」
先日一人で素材集めに出て死に掛けた人の言葉とは思えない。もう二度と無茶なまねはしないと言っていたはずだが。
「あんさんがいけないんやで。うちはあのムカデ肉を食べて目覚めてもうたんや。ほんま世界が変わったわ。あんな美味い食材があったなんて知ったら、もうハンター目指すしかないやろっ」
「おいおいおいおい、ちょっと待てよ! 何をとち狂ってるんだ。無闇に突っ走ったら死ぬだけだぞ」
「命を懸けなければ、美味い肉は手に入らないんや!」
「落ち着けってば!」
据わった目で未来を見つめるアンナ。完全にイッちゃってる。
「百歩譲ってハンターになるのはいいとしても、絶対に一人では活動するな。俺とマーシャと一緒ならサポートしてやらないでもない。だがそれとしても、今は外に出るな」
「何でや」
「キラービーの巣が発見されたんだってよ。明朝討伐隊が遠征する。俺はそれに参加しなきゃならないから、しばらくアンナのサポートはできない」
「何やて!? そりゃ一大事やな」
ようやく正気に戻っただろうか。アンナの目に色が戻る。
「それでアンナに蜂対策の防具がないか相談に来たんだよ」
「あるで。ちょうど三着ほど」
あ、この流れは良くない。アンナはニヤリと頬を上げて言い放つ。
「そういうわけで、うちも行くで」
やっぱりー……。
「待てアンナ、それはさすがに――」
「ニイトはんがサポートしてくれるって、いま言うたやろ?」
「ぐっ……」
直前の会話が裏目に出た。
「いや、あれは言葉のあやで――」
「男に二言はない! やろ?」
「……仕方ない。ちゃんと防具ができたらな」
「よっしゃー、やったるでー! ほな、今日中にサイズ合わせをしっかり調整しとくわ」
アンナに防具の調整を任せて、ニイトは一度キューブに戻ることにした。
どうしてこんなことになった……。
◇
キューブに戻り、ニイトは戦力の増強を図る。
『おかえりなさい。やっかいなことに巻き込まれたみたいね』
「そうなんだ。それでそろそろ俺も魔法を覚えようかと思って」
『そうね。ポイントにも余裕が出てきたし、いい頃合かしらね』
ノアは習得可能なリストを表示する。
――魔法の矢 ランク1 30万ポイント。
――魔法障壁 ランク1 50万ポイント。
――肉体強化 ランク1 100万ポイント。
――着火 ランク1 50万ポイント。
――水生成 ランク1 90万ポイント。
――治療 ランク1 100万ポイント。
――解毒 ランク2 350万ポイント。
――火球 ランク2 400万ポイント。
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「たくさんあって迷うな」
『まずは基本の《魔法の矢》を取ることね。魔法の感覚や攻撃の当て方を覚えるのに一番適しているわ』
「そうだな。ならそれで頼む」
――ニイトは《魔法の矢》を覚えた。
魔法を覚えたことで、魔力適性のステータスが判明。
「あれ? 俺、ずいぶん低くね?」
既に判明していたマーシャのステータスと比べても差は一目瞭然だった。
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名前 :ニイト マーシャ
魔法適性 :C B+
MP :C D
強度 :C A
射程範囲 :C B
操作性 :C C
消費効率 :C B+
発動速度 :C C
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見事なまでのオールC。平均的。地味。あまりに地味すぎて逆に個性的に見えるくらいだ。
「おい、ノア。これはちょっと酷くないか? 確か適応化処理をして能力を引き上げたって言ってたよな? なのにこの数値?」
『仕方ないでしょ。最大限に引き上げてこの状態なんだから。もともとあんたの世界では日常的に魔法なんて使ってなかったでしょ? 言っとくけど、これでも頑張ったほうなのよ。オールEだったのをここまで高めたんだから、むしろ感謝しなさいよね』
そう言われれば納得せざるを得ない。たしかに魔法とは無縁の世界から来たんだし、標準まで上げてくれただけでもありがたいか。
「適性を上げることはできるのか?」
『そうね。少し条件は難しいけど不可能ではないわ。あんたは初期能力こそ平均的だけど潜在成長率はかなり高いから、経験を積み重ねるほどに強くなっていくタイプよ』
ならいいか。最初から最強よりも徐々に強くなっていく方が楽しいし。将来に期待するとしよう。
お次は魔法のステータスだ。
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マーシャ ニイト
名前 :魔法の矢
ランク :☆
レベル :1 1
残り回数:6/80 50/50
威力 :D E+
攻撃範囲:E E
命中率 :E+ E
攻撃速度:C C
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「……しょぼいな」
適性の差がもろに出ている。
『そうね。威力は最低でもD、できればD+くらいまで上げておきたいわね。今のままだと強敵相手にはたいしたダメージは与えられないわ』
どうやらニイトの場合は魔法をメインに据えるのは難しいようだった。戦術の幅を広げる為にアクセントとして使うのが良さそうだ。
『ついでに、マーシャの充填もしておきましょう。あら? レベルが上がりそうよ?』
「レベルが上がるとどうなるんだ?」
『任意のステータスを一つ伸ばせるわ。お勧めは威力か回数ね。速度はまあまああるし、範囲と命中率はこの魔法では必要ないわ』
「だそうだ。どれにする?」
マーシャは少し悩んでから、
「回数を増やします。今のままじゃ連戦には耐えられそうにないので」
『わかったわ』
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名前 :魔法の矢
ランク :☆
レベル :1 → 2
残り回数:6/80 → 160/160
威力 :D
攻撃範囲:E
命中率 :E+
攻撃速度:C
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「ひょっとして回数って倍々に増えていくのか?」
『大体そんな感じよ。ちなみに回数が増えても充填にかかるポイントは変わらないから、余裕があるなら積極的に上げて損はないわ。でもレベルは10が最高だから、育て方はよく考えてね』
「成長に限界があるのか。ならたしかに考えないとダメだな」
ポイントにはまだ余裕があるから他にも覚えられそうだ。
「次は何を覚えるべきか」
『あんたの場合は身体強化や防御系が基本になるわね。ただ、今回はキラービー討伐が控えているから《解毒》一択ね』
「解毒ってどんな毒でも必ず治療できるのか?」
『場合によるわ。毒にも強さがあるから、強すぎる場合は上級の魔法じゃないと効かないこともあるわ。通常の毒なら確率で即時治療が可能よ。ただしあくまでも毒素の除去だけで、毒によって受けた害を治すには《治療》のスペルが必要よ』
それだけでもニイトは十分に優れていると思った。怪我や病気を一瞬で治せるなんて、世界によっては完全にチートだ。
「じゃあ、マーシャに覚えさせてくれ」
「わたしでよろしいのですか!?」
「魔法の扱いはマーシャのほうが適任だからな」
「ご期待に沿えるように頑張ります!」
――マーシャは《解毒》を覚えた。
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名前 :解毒 キュアポイズン
ランク :☆☆
レベル :1
残り回数:40/40
効能 :D
治療範囲:D
成功確率:C (50%)
治療速度:E+(30秒)
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一通りの準備を終えて、明日を待つ。




