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さて、ニイトが粘土の保管場所に到着すると、壁際にそれこそ10メートルある天井に届くくらいに粘土が積み上げられていた。真っ白な壁に泥だけ塗りたくってあるような景観がいまいちよろしくない。
「風景を適当な感じに変えてくれるか?」
『あたしが選んでいいの?』
「ああ。たのむ」
すぐに壁や床がぐにゃぐにゃと曲がる。絵の具を混ぜたパレットのように色彩が生まれて、すぐに収束する。
「おお! 悪くないな」
壁は断層が見える崖になっていて、その前に積まれた粘土がそこから採取したような感じに調和して見える。
『こんな感じでいいかしら?』
「ばっちりだよ。ノアってセンス良いんだな」
『ま、まぁ、当然よねっ』
ニイトが褒めると、平坦な声質だったノアは途端に声を弾ませた。
「よし、さっそく始めよう。マーシャも手伝ってくれ」
「もちろんです」
まずは粘土に水を混ぜてよくこねる。
「適切な固さって、どのくらいだろう?」
『さすがに人の感覚的な情報を伝えるのは難しいわね。小石とかが入っていると割れる原因になるから、不純物は丁寧に取り除いたほうがいいわよ』
「なら、何種類か作ってみて適正な配合率を調べるしかないな」
粘度を変えて幾つかの種類に分ける。
しばらく準備作業をしていると、異変に気付いた猫耳少女たちが入り口からなだれ込んできた。
「なになに? なにしてるの?」
「あれ? こんな場所あったっけ?」
「土がいっぱいあるよ?」
新しくできた区画に少女たちは首をキョロキョロ動かした。
「これはニイト殿。もしやお邪魔でしたでしょうか?」
「いや、構わないよロリカ。もう少ししたらみんなを呼ぼうと思っていたところだ」
ニイトとしてはこの粘土が土器に向いているか調べてから少女たちを呼びたかったのだが、知られてしまってはもう遅い。まだ実験段階だが巻き込むしかない。
「粘土を手に入れたから、これで器が作れるか実験するところだよ」
「ねんど?」
「うつわ、ってな~に?」
ニイトが新しいことを始めれば、すぐに少女たちは興味を示す。
「粘土で形を作って火で焼くと固まるんだ。うまくできれば水を入れて運んだりできるようになるぞ」
「おもしろそう!」
「わたしもやるー!」
勢いよく粘土に群がる。
「石やゴミを取り除きながら水を混ぜてこねるんだけど、どのくらいの量を混ぜたらいいかわからないから、柔らかさの違う粘土を幾つかつくるぞ」
しばらく全員でこね続けて、粘度の違うものが数十種類ほどできた。
「次はこの粘度を形にしていきます」
最初に土器の底になる土台を作る。平たく伸ばした円形が基本だ。大きな葉っぱなどを敷くと回転しやすくて便利だ。
次に粘度を転がして細長い紐状に伸ばす。それを土台の縁に合わせて円形に接着していく。あとはこの作業を何度も繰り返して縁を高く積み上げていくのだ。
『しっかり押えて空気が入らないようにすることがコツよ』
ノアのアドバイスをもとに整形を終えると、水漏れを防ぐ為に内側の表面を虫の殻などを使ってつるつるに磨く。
「こんな感じだな」
ニイトが実践するとすぐさま少女たちも見よう見まねで土器作りを開始。
その間にニイトは火の準備をする。
粘土部屋は人でいっぱいなので庭に大きな野焼き場を作ることにした。
しばらくすると、全員が器を作り終えて、それぞれの作品を手に庭にやって来た。
『本当は数日間乾燥させてから焼くんだけど、実験だしすぐに焼いてみる?』
「乾燥しないで焼いたらどうなるんだ?」
『割れやすくなるわ。でも元々成功するかわからないし、結果は早く知りたいわよね?』
「……そうだな。粘土も薪たくさんあるし、気前よく試してみよう」
まずは乾燥を兼ねて、土器をたき火の周囲に並べてじっくりとあぶる。急激に温度を上げないのがコツだ。満遍なく熱を受けるように、ときどき回転させて全体を焼く。
『色が変わってきたら温度が上がってきた印よ。そこで本焼きに入るわ』
本焼きは燃え盛る炭の中央に直接土器を押し込んで、さらに新たな薪を逐次投入して火力を上げる。炎が全体を包んで土器の各部に温度差が生まれないようにする。
ススの影響で土器の表面は真っ黒になるが、やがて色が落ちて白くなっていく。温度が上がっていくと、ピシッ! と嫌な音がした。
「あっ、割れたわ!」
「わたしのも割れたわ」
「あたしのは、まだ大丈夫みたい」
やはり幾つかの土器は割れてしまったようだ。だが、耐えているものもある。
長い棒を使って土器を倒して、底面もしっかりと焼く。炎が当たっていなかった底は黒いままだったので、おき火を寄せて集中的に焼く。
これで一通り焼き終えた。
「よし、みんなお疲れ。後は冷めるまで待つだけだ。急に冷めると割れるから、水や砂をかけたりするなよ。あと、わかってると思うけど、熱いうちに絶対触るなよ」
1~2時間ほど冷ましてから、いよいよ結果を見る。
半数以上は割れずに残った。土器らしい赤みがかった色合いが出ている。
指で弾くと木版を叩いたような乾いたコンコンという音がする。
どうやら成功したようだ。
「うぅ……わたしのは割れちゃったの」
「あたしも……」
中には落ち込む子も出てくる。
「みんな、今のは練習だから落ち込む必要はないぞ。次が本番だ。割れずに残った子はちょうどいい粘度の固さを覚えているだろうから教えてあげるように。今度は模様や取っ手を付けたオシャレなヤツを焼こう」
すかさずニイトがフォローすれば、少女たちは再び上を向いた。
再び粘土部屋に戻って成型を始める。
「このくらいの固さなの」
「わたしのよりも柔らかいね」
お互いに粘土を交換して、適切な粘度を教えあう。
ニイトも失礼して握らせてもらったが、
(あれ? 違いがわからない)
どちらも同じくらいに感じた。
「キミたちはこの違いがわかるの?」
「うん。全然違うよ。ねー」
「ねー」
少女たちが極めて微細な圧力の違いを感じ取っているのに、ニイトは驚いた。試しに腕を背中に回して二つの粘土を混ぜて再び割って渡すと、
「あれ? さっきと固さが違うよ!」
「こっちもだ。ニイトさま、一緒にしたでしょ」
即座にバレた。
(この子たち、天才?)
『種族間格差ってやつよ。ドワーク族の血は伊達じゃないのよ』
意気揚々と粘土をこねる少女たちの中で、一人消沈するニイトだった。
余談だが、数日後にはより熱効率の良い焼き方を求めて、少女たちは自力で炉を作り出してしまうのだが、それはまた別の話。




