表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界創世記  作者: ねこたつ
2章 食糧問題を解決せよ
35/164

2-12

 さて、ニイトは数日間ほど巨蟲の調査に費やした。

 これから街外の探索に出るわけだが、敵を知らずに渦中に飛び込むほど愚かではない。

 先輩のハンターに酒を貢いで巨蟲の情報を教えてもらい、それを頼りに準備を済ませる。装備や毒消し薬など、必要になるものを買い漁った。

 話しを聞く限りでは巨蟲はいくつかの種類に分かれるようだ。ワーム系、多足系、飛翔系など、中でも特に厄介なのが硬い装甲で覆われた甲殻系と言われるヤツらしい。

 わかりやすく言えば、巨大なカブトムシのようなものだろうか。鉄塊のような防御力に、自身の体重の何倍をも持ち上げられるような怪力。まさに無敵の王者と言っていい。

 ニイトは地球時代にこんな話しを聞いたことがある。もしも全ての生物が同じ大きさの体になったとしたら、最強の生物は昆虫であると。

 それをまさに地で体現したのがこの巨蟲世界なのだった。

 それでも、人類だって易々と淘汰されることを選ぶはずがない。地上の覇者である巨蟲に対抗するすべを身に付けたのだ。

 それは、巨蟲には巨蟲で、だ。

 巨蟲の素材で作り上げた武器で、巨蟲を狩る。これが巨蟲狩りを生業とする巨蟲ハンターと呼ばれる人種なのだ。

 そんなわけで、ニイトは武器の調達に向かった。

「アンナ、いるか?」

「おぉ、ニイトはん! ちょうど仕上がったところや!」

 ニイトは数日前にアンナに武器防具製作の依頼をしておいたのだ。

「ほう、これが」

 胸の高さくらいある長い柄。その先端に尖った槌のようなモノが取り付けられている。その形状はどこかポールアクスに似ていた。

「やっぱし最も優れとるのはハンマーやな。巨蟲の硬い殻を破るにはこれが一番や」

「中々良さそうだな」

「耐久性には自信があるで。それと防具のほうもできとるよ」

 こちらも蟲の殻で作ったプロテクターだ。小手、脛当て、鎧、と各部に分かれていて、それぞれ結んで固定するようになっている。関節の稼動域を狭めないように動きやすさを重視して作ってもらった。

「武器が一丁、防具が二人分。これで全部やろ?」

「ああ、ありがとう。お代の残りは出世払いということで」

 ニイトは街中に木材を売りさばいてかなりの荒稼ぎをしたが、それでも武器の値段には届かなかった。もっとも、小麦粉を買うためにポイント変換していなければ余裕だったのだが……。

「ええって。あんさんはうちの売れ残り商品をわんさか買うてくれたし、うちとしては十分に黒字なんよ」

 アンナの売れ残り商品を購入したところ、かなりのポイントが稼げたのでニイトとしても顔がホクホクする良い取引だった。

 木材を激安で【購入】 → 売りさばいて殻貨を稼ぐ → アンナの武器防具や他店の売れ残り商品を格安で買い漁り → 【売却】してポイントに変換。そしてまた木材など需要のある物品を【購入】する。

 この一人貿易で面白いようにポイントは貯まった。

 おかげでドニャーフ族は毎日パンが食べられてご満悦である。最近では酵母用の干しブドウまで買えるので、ふっくら柔らかパンも可能になった。

 まあそれでも良い品に対して金をケチるのは誠意に反する。

「職人の報酬は仕事の質によって支払われるべきさ。不当に安い金で買ってしまったらアンナの仕事ぶりが悪いと評価したことになっちまうだろ? だからちゃんと金ができたら残りを支払いにくるよ」

「あんさん……なかななええ男やないか。惚れてまうがな」

 涙を拭くしぐさをするアンナだが、泣いてなどいない。ただのノリだ。

「でも、ほんまに気いつけてや。いきなり深いところまで行ったらあかんよ」

「ああ、わかってるよ。無理はしない。危なくなったらすぐに引き返すよ」

 【帰還】で、とは言えない。

「ま、あんさんなら大丈夫やと思うけどな。よう似合うとるで。やっぱ商人よりもハンターの方があんさんらには合っとるよ」

 アンナと別れを済ませ、いよいよニイトはハントに出かける。


 本日は北の森へ続く道の整備という依頼を同時に受けている。

 ここのところ北の森へ進むハンターが激減していて、道が草に覆われているとのことだった。道端の草を刈って、道路を綺麗にする。最低でも目視可能な状態に。

 もちろん、ニイトが手作業で行うはずもなく、人目がないことを確認してからあーくんを使って一気に整地してしまう。

 草刈り機と掃除機の役目を同時にこなしてしまうあーくん、有能すぎる。さらに副産物としてポイントも着実に貯まる。

 そして草陰から飛び出した虫や、あーくんが吸い残した虫をマーシャが虫取り網で捕まえていく。この虫取り網とマーシャに背負われた大きな虫かごはドニャーフの少女に作ってもらったものだ。

 依頼をしたら一日足らずで作ってもらえた。現在の虫かごは三作目。作るたびにどんどん熟練していくのがわかる。前の二つも中々に良質だったので、売ったらそこそこお金になった。これもいい売り物になる。おかげで少女たちの食事も豪勢になった。

 あーくんの活躍によって昼過ぎには森までの道が整備され直した。ほとんど歩くのと変わらないような異常な速度で達成してしまった。一週間くらいかかるだろうと言われていたから、あまり早くに帰っても怪しまれる。

 そういうわけでニイトは少しばかり森に入ることにした。

 森に入ってもあーくんは草や小石を食べ続ける。さすがに樹木は無理だったようで、その場所だけは器用に避けていた。未来型お掃除ロボットとしてもやっていけそうだ。

 そうしてしばらく森を進んだときだった。

「ニイトさま! 何か来ます!」

 マーシャの耳が敵の気配を捉えた。

「どこだ?」

「正面です! あの太い樹の裏側あたり」

「よし、回り込んで挟み撃ちにするぞ」

 ニイトとマーシャは左右から忍び寄り、呼吸を合わせて一気に回り込んだ。が、

「「いない!?」」

 そこには何者もいなかった。

「マーシャ、何もいないぞ!」

「待ってください。まだ気配があります。上ッ!?」

 二人が一斉に見上げると、クワガタのような牙を生やした平たい頭が、勢いよく降下してきた。

「避けろッ!」

 二人は左右に転がって離れる。その間を巨蟲が突き抜ける。

 牙が空振りしてガキン! と、ハサミを勢いよく閉じたような音が弾ける。

 だが、攻撃はそれだけで終わらない。

 巨蟲は、ヘビのように長い胴体を空中でくねらせてニイトを襲う。長槌で受けると、キィーッ! っと、金属が擦れるような音と振動が伝わる。

 長い胴体が通り抜けたとき、長槌のヘッドは直線状に削れていた。

「何だ、コイツは!?」

 距離が離れたことで、その全容が判明する。

 巨大な、ムカデ。

 全長4メートルはあろうか。エビのしっぽのように赤い殻が何枚も折り重なったボディー。それぞれの節からは左右に尖った脚が伸びていて、これによってニイトの武器は削られた。そして何よりも、

「空を飛んでいる!?」

 巨蟲ムカデはその巨体でありながら空中を遊泳していたのだ。まるで水の中を泳いでるかのように、木々の間をくねくねと蛇行しながら遊弋する。

「そんなことがあるのか!?」

 物理常識的にありえないことだが、現実に目の前にあるのだから受け入れるしかない。

「また来ます!」

 巨大ムカデはぐるりとUターンすると、再び空中を泳ぎながら向かってくる。よく見ると幾つかの関節の間から、透明な翅のようなものが生えていた。

「翅を狙え!」

 マーシャは指先を伸ばして《魔法の矢》を撃つ。

 一射。二射。

 直撃した箇所の装甲が凹むが、致命傷には至らない。

「ダメです! 翅を隠すように飛んでいます」

 長い胴体を山なりに曲げることで、正面からは翅を狙えない。

「俺が囮になる! 横から狙ってくれ!」

 ニイトは横へ駆け出し、長槌を振り回す。尖ったハンマー部分を横からムカデの顔面にぶち当てる。

 ガン! と鈍い衝撃が手のひらを伝う。

 怒ったムカデは左右の目を真っ赤に発色させて、身を翻す。

 頭部を伸ばしてニイトに突進。

 それを後ろに飛んで回避。

 一度頭を引いたムカデは、さらにバネをつけて噛み付く。

 今度は地面を転がって逃げる。そばに生えていた細い幹の樹は鋭いハサミのような牙で両断された。

 休む暇を与えずにムカデは追撃の構え。上空から地面を突き刺すような角度で滑空する。

 ニイトは背筋のバネを使って飛び起きると、長槌を棒のように地面に立てて空中に飛び上がる。

 ニイトがいた地面にムカデの頭部が激突する。そのまま長槌を弾きながら地面をバウンドして通り抜ける。

 長槌を弾かれた勢いを利用して、ニイトは空中で縦に一回転。遠心力を乗せた渾身の一撃を巨大ムカデの背中に見舞う。

「ギシィイイイイイイイ!」

 初めてムカデが金切り声を上げた。ベコッと大きく凹んだ殻が、内部の神経を圧迫したのだろう。

 だが、その瞬間、ムカデは空中で体制を変えた。

 胴体を捻じりながら上下を入れ替えて、体を丸めるようにして空中に放り出されたニイトを包み込む。

(ヤバイ! 絡みつかれて、切り裂かれる!)

 瞬時に【帰還】を使おうとしたが、ムカデの胴体の隙間からマーシャが見えたので、すんでのところで思いとどまる。

 マーシャが放った《魔法の矢》が背中の翅を削ぎ落とした。

 ムカデは、一瞬にして浮力を失ったような動きでバランスを崩し、地面に落ちる。

 難を逃れたニイトはムカデの頭部に槌を振り下ろす。

 直撃を当てても、まだ倒れない。

 残った翅を震わせて、胴体だけでも再び空中に逃げようともがく。

 しかし、そこをマーシャの魔法が再び刈る。

 再度地面に落ちたムカデに、ニイトはもう一撃を振り下ろす。

 横合いからマーシャの追撃。

「一箇所を狙い続けろ!」

 胴体の隙間を狙った魔法の矢が間断なく放たれて、徐々に突き刺さるようになる。一点を狙い続けたことで弱くなった関節を、ついに貫いた。

「ジィイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 耳をつんざく擦れ声を撒き散らせて、ムカデは激しく暴れた。しかし、その下半身は全く動かない。魔法の矢で神経を切られたのだろう。

 残る頭部に槌と矢の集中砲火を浴びせて、ついにムカデの頭は元の形がわからぬほどに潰れて、息絶えた。

「はぁ、はぁ、危なかった。何とか勝てたな。マーシャは大丈夫か? 怪我はないか?」

「はい。ニイトさまが引きつけて下さったので、わたしは無事です。ニイトさまこそ、お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ。それにしてもこんな化け物がいるとは思わなかった」

 巨蟲ムカデが森の生態系の中でどの位置にいるのかはわからないが、これほど強い蟲がわんさかいるようなら、ニイトが想像していたよりも森ははるかに危険であることがうかがい知れる。

「とりあえず一度キューブに戻って休もう」

 まだあたりに敵が潜んでいるかもしれないので、このまま森で休むのは危険だと判断した。

 ――【帰還】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ