2-11
石版の部屋に戻ったニイトはすぐに少女たちの元へは向かわずに食材の下ごしらえをする。
『お帰りなさい。パンを焼くことにしたのね』
「ああ、小麦粉のリストを出してくれ」
ノアに表示してもらったリストから手ごろなものを探す。
「え? ちょっと、高くない?」
そこの表示されていたのはどれも1000ポイントを超えていた。安いとされる大麦やオート麦ですらこの価格。純粋な小麦だと1kg5000ポイントを超える。そしてさらに粉として挽いてある小麦粉はそのさらに数十倍の値段になっている。地球時代では同じ量の小麦粉が数百円で買えていた記憶があるだけに、どうしても高く感じてしまう。
『しかたないでしょ。【購入】はもともと割高なのよ。それに粉に加工してあればそれだけ値段も上がるわ』
「しかたないな。自分で粉に挽くしかないな。とりあえず混合麦を10kgほど買うよ。あと水も」
結局6万ポイントもかかった。異世界で稼いだポイントが一気に溶けたがやむをえない。
次に食材の粉末化だ。ちょうど少女が製作した石のすり鉢もどきがあるので、買い集めた何種類かの虫をそれぞれすり潰していく。
それが終わるとペーストやパウダーは石版の部屋に置いて、小麦粉と水だけを持って庭に出た。
「みんな、ただいま」
「「「おかえりなさ~い!」」」
にぱーっ、と屈託なく笑う総勢19人の猫耳美少女たちのお出迎え。感無量である。
「みんな、今日はパンっていう料理を作るぞ!」
「ぱん? 何かしら?」
「きっと美味しいに決まってるわ」
「じゅるり」
料理に目覚めた少女たちは興味津々だ。
「マーシャもパンを焼いたことはないのか?」
「はい。残念ながらパンという料理も知りません」
なるほど、なら説明からか。
「じゃあ、一から説明するね。パンっていうのは小麦っていう穀物をすり潰した粉を、水と一緒にこねて焼いた料理だよ。俺のいた世界では一位二位を争うほど有名な料理なんだ」
「ニイトさまの世界の料理! 楽しみです」
少女たちの視線を集めながら、買ってきたボウル代わりの虫の殻に小麦粉と水と塩を少々入れてこねる。
「こんな感じで、水で小麦粉をまとめていく感じ。やってみて」
マーシャはぎこちない手付きで小麦粉をかき回す。
「指にくっ付いちゃいます」
「最初はそれでいいんだよ。後で指から離れてうまくまとまっていくから」
ボウルの中で何度も転がしながらこねると、やがて一塊にまとまる。
「そうそう、その調子。それから何度か潰して折り曲げてまた潰してを繰り返すんだ。この作業を何回もやると美味しくなるんだ」
だんだんコツがわかってきたマーシャは、体重を移動させて腰の入ったこね方を自然と習得した。
マーシャがこねている間にニイトは石版の部屋から虫パウダーを持ってくる。
「ニイトさま、こんな具合でよろしいですか?」
「いい感じだよ。それじゃ、こね終わったパン生地はしばらく寝かせておこう。酵母を入れてないからあまり膨らまないかもしれないけどね」
続いてニイトは少女たちにもパンをこねてもらう。綺麗な木の板をまな板代わりにして、その上に小麦粉を山なりに積んで、頂上部に穴を空けて水を注ぐ。
「みんなもマーシャがしたのを真似てこねてごらん」
少女たちは一斉に作業を始める。
ニイトとマーシャとロリカも、それぞれ虫パウダーを混ぜた粉で生地を作る。
そうして全ての生地ができあがると、即席のかまどで焼き始める。
銅虫の平鍋で焼くのは薄く伸ばした固焼きパン。やはりというべきか十分に膨らまなかったので薄いパンを中心に焼く。
「よし、みんな。最初にベーシックなものを食べてみよう」
焼きあがったパンをちぎって、みんなで食べる。
「もぐもぐ……最初は硬いけど、おいしい」
「食べたことのない味。噛むほどに味が出てくる」
「焦げたところが香ばしい。いい匂い」
美味しいふっくらパンを知っているニイトとしては、固焼きせんべいのようなパンはいまいち物足りないが、少女たちの評判は悪くない。
「今日はパン種を入れない硬いパンだけど。ふっくらした柔らかいパンも作れるんだ。それにパンはちょっとした工夫でいろいろな味と食感に変化させられる食べ物なんだ」
ニイトの説明に、少女たちは興味を引かれた。工夫をして変化を楽しむことは彼女たちにとって一番の娯楽である。
「生地のこね方を変えてみたり、焼くときの厚みを変えてみたり、生地を寝かす時間を変えたりして、いろいろ試してみるといいよ」
すぐさま少女たちは思い思いの焼き方を実験し始める。
木の棒に巻きつけて焼く者。生地に切れ込みをたくさん入れる者。ドーナッツのように輪にする者。
豊かな発想力でパンを焼く。
その間にニイトは虫粉入りのパンを焼く。
不思議なことに、虫粉入りのパン生地のほうがふっくらとした。何が原因かはわからないが、多少柔らかい仕上がりになりそうだ。
そうしてできたパンを少女たちに配る。
「今度は小麦粉以外の具材を生地に混ぜたものだ。使っている具材がちょっと特殊で、人によっては食べたくないかもしれないから、無理には食べなくていいぞ。もしも大丈夫だったら、味の感想を聞かせてくれ」
ひと足先にニイトが味見した限りでは、まあまあの味だった。はたして少女たちの口に合うかどうか。
「――んんっ!? おいしい!」
「さっきより柔らかくて、木のような香りがするよ?」
「こっちは不思議な匂いがするよ。落ち着くいい匂い」
目の色が変わった少女たちが好意的な反応を見せたのでて、ニイトは一安心。
「どうだろう。こんなふうに具材を足すことでいろんな味のパンを作ることができるんだ。組み合わせの可能性は無限大と言ってもいい。気に入ってもらえたか?」
「「「にゃぉ~ん!」」」
全会一致だった。
「無限に変化する味。面白い!」
「モフタケと混ぜたらどうなるのかしら?」
「草もいけるかニャ?」
猫耳少女たちはそれぞれイメージを口にする。彼女たちの脳内でもまた想像力がパン生地のようにどんどん膨らんでいるのだろう。
「よし、それじゃ、これからパン作りに必要な道具をそれぞれに作ってもらおう。一つはこれ、すり鉢だ。小麦ってのは硬い小石みたいなものだから、すり潰すための道具がたくさん必要なんだ。作れる人は優先的に作ってくれ。それと生地を伸ばすための木のローラーや、しっかりと安定したかまども欲しい」
みんなで手分けをして作業を割り振る。
パン作りなど大したことではないかもしれないが、みんなで一つの目標に向かって団結するのは中々に楽しいことだった。
しばらくはキューブ内でパン祭りが盛り上がることだろう。
そして何の事前知識もないまっさらな少女たちが、持ち前の発想力を駆使してパン焼き文化を発展させていく様を見ることもまた、ニイトにとっての密かな娯楽であった。




