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都合のいい話だったので、ニイトは先輩の商人らしき男の隣に着席した。
男はトントンとテーブルを叩く。なるほど情報料ということか。
ニイトが殻貨を数枚並べると、男は気を良くした様に喋りだす。
「まずはお前さんがしたように地方の小さな酒場に出向くのが正解だ。いきなり本部や支部に行ったところで実績のないヤツは門前払いされるからな。それで、小さな仕事を幾つかこなしながら実績を積むんだ。マスターの信用を得られれば割のいい仕事を回してもらえるようになる」
確かに理に適っている。だが、この程度の話は人に聞くまでもない。
「まあ、焦るな。ここで大事になってくるのは、安い仕事しかもらえない下積み時代をどうやって生き抜くかってことだ」
そうそう、そういうのが知りたかったのだ。
「ある程度資金が溜まったら輸送先の店をよく観察するようにしろ。そうしたら、他にも足りない物資や、逆に余っている物資が見つかることがある。そういうときがビジネスチャンスだ。余って処分に困っているようなモノは安く売ってもらえるし、逆にすぐに必要な物資を持っていれば高く買ってもらえる」
なるほどな。安く買って高く売るのは商売の基本。そんなことはニイトだって知っているが、ただ知識として知っているだけでは実践で役に立たなかった。実際、ニイトは輸送の仕事をしているときに、依頼人の店の状況を観察していなかった。この男に指摘されなければずっと気付かないままだったかもしれない。
「そういうわけで、酒場の掲示板を長時間眺めたところで有益な情報は少ないってことだ。商売になれた人間なら掲示板の前で足を止めたりしねぇのよ。依頼は自分の足で探すものだぜ。なにせ生きた情報ってのは羽虫みたいなもんで、すぐに飛んでっちまうからな」
「おっちゃん物知りだな。もう一杯飲んでくれよ」
ニイトはさらに殻貨を積み上げた。
「はっはっは、兄ちゃん気前がいいなぁ! お前さんみたいなヤツは伸びるぜ!」
上機嫌になった男はさらに情報を提供する。
「油や薪はいくらあっても損はしねぇ。必ず売れるからな。安く仕入れられるときにまとめて買っておくのよ。油虫の繁殖時期を調べておくといいぜ。それから街の門の近くは儲かる話が多いぜ。たとえばハンターが狩ってきた獲物を割安で買うことができたり、あるいは毒消しが緊急で必要だったりな」
「へー」
他にもいろいろな情報を教えてもらい、ニイトは感心した。実際に経験した者にしかわからない肌感覚の大切さを知れたのは大きい。それに異世界特有の事情を垣間見れたこともだ。この世界では油も虫製らしい。
「勉強になったよ、おっちゃん」
「ま、チャンスは探せばあるってことだよ。たとえブツがなくても情報を買ってくれる若者がいたりな」
ウインクを一つ決める男。情報もまた商品になると実践して見せたわけだ。
酒場を後にしたニイトはさっそく実践を開始する。
現地人とは違いニイトは【購入】というスキルが使える。ポイントさえあれば即座に必要な物資を入手できる強みがあるのだ。
とりあえず1kg150ポイントで【購入】した激安の端材薪を背負って、商店街を練り歩く。マーシャと二人で聞き込みをして、必要な物資や余っている売れ残りなどを調べていると、屋台のおばちゃんが話しかけてきた。
「そこのお兄さん。その背中に背負っている薪の買い手はもういるのかい?」
「いえ、まだですよ。よろしければお売りしますよ」
「ああ、助かるよ! 全部売っとくれ」
確かに薪の需要は高そうだ。
「今は薪が不足してるのか?」
「そうなのよ。北の森の調査に失敗したでしょ? だから木材の供給が不足して、どこもやりくりが大変みたいよ」
街の北側には未開の大森林が広がっていて、数週間前に大勢のハンターたちが徒党を組んで捜索に出ていた。新種の虫や植物を探しに定期的に行われる探索だったのだが、やっかいな巨蟲が出たせいで探索を断念。犠牲者も出たことで多くのハンターが自重しているのだとか。
そのせいで森から調達してくる木材の流通量が減って端材の薪ですら高騰している。
そうした事情もあり、穴開き軟殻貨19枚の価値がついた。バッタに換算すれば190匹分に相当する。
ちなみに貨幣の単位は一番低いものを10円くらいだと考えると、
軟殻貨(無印) 10円 (バッタ一匹の値段)
軟殻貨(穴開き焼印付き) 100円
銅殻貨(穴開き焼印付き) 1000円
銀殻貨(穴開き焼印付き) 1万円
金殻貨(穴開き焼印付き) 100万円
――ぐらいのようだった。
一番価値の低い軟殻以外は全て中央に穴が開けれていて、その周りに紋章印が捺されている。紐を通して持ち運びやすいようになっていて便利だ。
にしても虫の殻型をしたお金は何度見ても慣れない。虫だらけの世界だと貨幣の形まで自然と虫の形になってしまうようで、発想が常に虫の方向へ向かっている。
「高騰してるなら伐採してこようかな」
「やめときな、あんた。森は特に危険な虫が多いんだよ。命がいくらあっても足りやしない。この前だって熟練のハンターがやられたって言うじゃないか。まだ若いんだ。生き急ぐことはないよ」
「心配してくれてありがとう。命は大事にするよ」
住人の反応から、巨蟲というのは相当に恐ろしい生き物のようだ。
それゆえにその巨蟲を狩るハンターが一番儲かる仕事であり、街の外に出る仕事は報酬も高い。
しかし、危なくなったら【帰還】できるニイトにとってはかなり美味しいチャンスでもあった。
「でも困ったもんだよ。うちみたいな小さな屋台はまだいいけどね、大規模に幼虫の養殖をやってるところは大打撃だろうさ」
ほほう……。
「おばちゃん。その養殖場ってどこにあるの?」
「北区の城壁に近い場所だよ」
有力な情報を貰ったニイトは北区を目指した。
銭の匂いがプンプンしますなぁ~!
◇
幼虫の養殖場で材木を売った。
結果、バカ売れ。
スギ、ヤナギ、イチジク、ミカンなどの柔らかい木が好まれるらしく、道中で売りまくった薪の代金と合わせて銀殻10枚(10万円ほど)を超える資金が貯まった。
生木とは違い、自然に倒木したような木はかなり割安で【購入】できることもわかり、ニイトはキューブの機能を大いに活用して大金を稼ぐことに成功した。
幼虫の養殖所は広い街の中に何箇所もあり、同じことをすればもっとたくさん稼げるだろう。
しかし問題もあった。
それはこんなにたくさんの木材をどうしたと聞かれたので、森で伐採してきたと誤魔化したときだった。
優秀なハンターだから報告しておこうなんていう話になって、実はハンター登録をしてないことがバレて怒られた。一般人が危ないことをするんじゃねーと。
その足で中央の巨蟲ハンターギルドへ出向いて、ニイトとマーシャはハンター登録を済ませた。
成り行きでハンターになったが、ちょうど街外に出ることも考えていたので結果オーライだろう。
「なあマーシャ。危険な街の外に出るけど構わないか?」
「はい。お供します」
リスクを負わなければ大きなリターンは見込めないのさ。
木材が売れる時期は限られているし、大きな稼ぎ口を作っておかないとマジでドニャーフ族の主食が虫になってしまう。
ニイトが目を付けたのは、最も儲かると言われるハンター稼業だ。【帰還】を使えば安全に逃げられるし、魔法だってある。実際アンナを助けたときに倒した経験もあるし、できないはずはない。それに冒険に憧れるのが男心というものだろう。
すぐにでも冒険に行きたいところだが、それよりもまずやるべきことがある。
ドニャーフ族の食料調達だ。
ニイトは稼いだ資金を使ってポイントを増やし、小麦粉を【購入】することにした。そして可能であれば猫耳少女たちの反応をみながら、栄養価の高い虫をすり潰して小麦粉に混ぜて焼く作戦を試してみるつもりだ。
そのために必要な調理器具を探す。
「お、これ良さそうだな」
丈夫な虫の殻をひっくり返してボウル状に形を整えたものだ。小麦粉をこねるのに使いやすそう。
「おっちゃん。これいくらだ?」
「銅殻4枚だ」
「えー、高けーよ。ところで屋台の人がよく火を使って料理してるけど、あの調理道具はどこで手に入るんだ?」
「おう、あれならうちにもあるぜ! 銅甲虫の殻を叩いて薄く伸ばした平鍋だよ。こっちはちぃとばっかり値が張って、銀殻1枚と銅殻5枚ってところだな。ついでに炒めるのに使う柄の長いフライ返しも銅殻3枚だ」
「全部買うからまけてよ」
「しょーがねーな。全部合わせて銀殻2枚でいいぞ」
「買った!」
調理道具を揃えると、食材の買出しも済ませる。
ナッツのような風味が良かったヤツ、フルーティーな香りのヤツ、他にもすり潰しやすそうなヤツを幾つか購入した。
ちなみに道中では露店を眺めながら適当に物品を購入して、人目の付かない路地裏であーくんに【売却】してもらう作業を繰り返していた。
結果は悪くない感触だった。
基本的には貨幣をそのまま【売却】するよりは高値でポイント化できるし、物によっては貨幣の2倍3倍のポイントに化けることもある。外れを引くと損をすることもあるが、全体的に見れば大きくプラスで希望の持てる結果だ。
これだけポイントが稼げれば全員分の穀物を【購入】することは十分に可能である。
そして次回からは売れ残り品や在庫処分品を中心に格安で買っていけば、大きな利益が見込めるだろう。
一通り必要なものを揃え終わると、ニイトとマーシャは【帰還】した。




