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異世界創世記  作者: ねこたつ
2章 食糧問題を解決せよ
31/164

2-8



 気を取り直して、アンナが言った。

「ちゃんと目隠しはできとる? 隙間から見えたりせんよね?」

「ああ、ばっちりだよ」

 ニイトとマーシャは部屋の中で目隠しをして座っていた。この方がお互いの顔が見えないので、さっきまでの気分を入れ替えるのにちょうど良い。

 しかしこれはこれで誘拐でもされたような気分になるので微妙ではあるが。

「そいじゃ、まずは一品目。ニイトはん、口をあきいや」

 ついにこの瞬間が来てしまった。ニイトは抵抗するあご関節を無理やり開いた。

「――んんッ!?」

 何かが口の中に入ってきた。舌先に妙な感触が乗っている。このまま口の外に押し出したい衝動に駆られるが、

「こらっ、出さないの」

 アンナによって無理やり口の奥まで押し込まれる。

「お、ぉお、おぉお、お、ぉ、お、お」

 喉が引きつったような声を漏らしながら痙攣するニイト。

「がぶっ! って、いくんや。がぶっ、って」

 ええいままよ。ニイトは一思いに噛み千切った。

 口の中で何かが弾ける。プリッとした食感。

 あれ? 少し甘味があって意外と悪くない? エビに近い感じがする。もっと苦くて鼻くそみたいな味を想像していたんだが……おかしいな。想像していたよりも癖がなくて食べやすい。

 エグイのが来たとき用にリアクションも用意していたけど、良い意味で無駄になった。

 ニイトは慎重に咀嚼してから飲み込む。

「あぁ……食べちまったよ……」

「どうやった? 味の感想を言うてみ」

「エビっぽい?」

「なんやそれ?」

「プリプリしてた」

 すごく美味しいというわけではないが、不味くもない。食えなくはないな。妙にプリプリした食感が記憶に残る。

「まずくはないやろ?」

「……うん」

「なら上出来や。ほな次はマーシャ」

 ああ、自分の嫁がこれから虫を食うんだと考えると、複雑な気持ちになる。

「もぐもぐ……、あっ、美味しいです」

 マジか……。すげーあっさり食ったな。葛藤する時間がニイトの半分以下だった。

「ほう、あんたのほうがいける口みたいやな。ほな、どんどんいくで」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。今食べたモノの説明が先じゃないか?」

「それは最後にまとめてするわ。ほい、あ~ん」

 心の整理をつける間もなく、次の食材が投下される。

 もぐもぐ……。ややっ? これは虫なのか?

 おそらく炒めてあるのだろう。油の味と香ばしい焼けた香りが口内に広がる。形は細長で、ウインナーよりもやや柔らかい表面を噛み砕くと、中から木の香りがするクリーミーなソースが出てきた。

 何かの木の実? あるいは植物の種のような風味。ちょっぴりバニラっぽい香りもする。大豆やピーナッツなどの豆類とササミ肉を同時に溶かして液状化させたような不思議な味で、しっかりと旨味が濃縮されている。

 表面のカリカリと焼かれた肉質の香ばしさと、内部のトロトロしたクリーミーなまろやかさが交じり合って、食べたことのない新食感を生み出していた。

「あれ? 美味い……。これは、悪くないな」

「せやろ。これは人気の高いヤツやからな」

 おかしい。こんなはずでは。

 不本意ながら、飽食の世界から来たニイトの舌を納得させるほどの美味さであった。

 本当にこれが虫の味なのだろうか? アンナがイタズラで虫じゃないものを食わせているとか? いや、それはないだろう。ならば、ひょっとしたら異世界の虫は別種で、地球産よりも味がよいのかもしれないな。

「次は一風変わった香りのヤツを紹介するわ」

 三つ目の食材を咀嚼したとき、ニイトは思わず笑ってしまった。

「ぉほっほっほ。何だこれ!? フルーティーなんですけど!?」

 口の中の感触はたしかに虫っぽいんだが、香りは果物のようだった。何だろう。梨とかバナナに近いかな。

「なあアンナ、これ本当に虫か?」

「間違いなく虫や。想像してたのとだいぶ違う味やろ?」

 たしかにこれが虫だとは到底信じられない。

「最後は一番の自信作や」

 四品目は中々に肉厚だった。その食感を一言で言えばカニ。味はカニ味噌と鶏肉と魚のタラを混ぜたような感じだろうか。油で揚げているらしくてジューシーだ。カニとカニ味噌を一緒に油で揚げたようなこってりとした濃厚な味わい。さらにはポテトチップのようにカリカリサクサクした部分もあり食感も楽しい。普通にいける。美味いな。酒を飲む人にとっては最高のおつまみになりそうだ。

 全ての料理を完食した二人は目隠しを取る。

「虫料理のフルコースはどうやった? なかなかのもんやろ?」

「不本意ながら、そこそこ美味かった」

「せやろ~」

 ニイトの反応に気を良くしたアンナは用意しておいた虫の殻で作った皿を並べた。

「これは?」

「あんさんらが今食べた料理や」

 虫の甲羅で上から蓋をされて中身が見えない皿が四つ。

「最初に食べたのはこれや」

 アンナが殻を取り去ると、中には黄金色に色づいたバッタの姿焼きが現れた。

「あぁ……あああっ」

 予想通りの結果に、ニイトは深く吐息を漏らす。

「バッタはどこにでもいて一番多く取れる虫やからな。これが基本なんよ。せやから最初に食べてもらいたかったんや」

 エビだ。これはエビだ。この街の人はみんなエビが主食なんだ。

 ニイトは必死に自己暗示をかけようと努力したが、視覚から入ってくるバッタの存在感に負けて失敗した。

 続いてアンナは二皿目を開陳する。

「おぅふっ……」

 芋虫だ……。間違いなく。

「カミキリムシの幼虫や。非常に人気が高いから今では養殖されとる。天然モノはもう少しワイルドな味やで」

 食べたときは木の実のような味だったのに、実物を前にするとどうしても記憶との整合性が取れない。頭が激しく混乱している。

 ちらっと横を見るとマーシャもまた神妙な面持ちで動揺していた。

 そうだよな、どうしたらいいかわからないよな。俺たち、これを食っちまったんだよ。

「ほんで三つ目」

「うわっ!」

 アンナが蓋を取った瞬間、ニイトは跳ねた。

 黒光りする楕円形のボディ。六本の足。どこからどう見ても虫だった。しかもかなり苦手な形状の。前足の二本が太く発達しているので、かろうじて例のアレとは違うと理解できたが、それでも強烈なフォルムだ。

「タガメや。水の中におる珍しい虫や。オスのフェロモンがええ匂いをしてるんよ」

 あの梨のような香りはフェロモンだったのか。

 いや、さすがに信じられない。こんなグロテスクな虫がフルーツのような爽やかで芳醇な香りを放っているなんて。

「信じられない……」

「そんならもういっぺん食べてみいや」

 ブンブンとニイトは激しく首を左右に振った。実物を見ちゃうともう食べる気になれない。

「ほんなら、最後やな」

 ついに最後の蓋が開けられた。

 ひとめ見ただけでニイトは飛び退く。

「あぁぁああぁあああ、うわぁあぁぁぁぁああぁ」

 食べたことを激しく後悔するように頭を抱えて、頭部をぐるんぐるん回してもんどりうつ。

 マーシャと二人で抱きしめあって、お互いの罪を懺悔するように身を縮める。まるでアダムとイブだ。

「大きいのを揃えるのに苦労したんやで」

 ああ、カニだったのに。現物を見る前まではたしかにカニだったのに。ジューシーなカニのから揚げだったのに。

 どうして見ちゃったんだよ。もうカニじゃねーよ。

 でも見た目はたしかに似てるわな。


 ――でっかい、蜘蛛!


一応補足。

・カミキリムシの幼虫。非常に美味で、古代ローマでは小麦粉で養殖されていたほどだそうです。

・タイワンタガメ。フルーティーな香りは事実のようです。最近は養殖を試みているものの、タガメようのエサも用意しなければならず、コスト的な問題が解決されていないらしい。

・カンボジアのタランチュラのフライ。観光用の名物料理らしい。それなりに人気で最近では蜘蛛の単価が上がっているほどだとか。蜘蛛のフライはタイなど他にも複数の国で存在するようです。


地球にはたくさんの虫食文化があるようです。

私は食べないがなっ!

え? ちゃんと実物を食べて取材しろと?

バカを申すな。妄想を表現するのが小説だろうに。

ではでは~ =3


念のために追記。

ゲテモノ表現はこの小説のメインではありません。

序盤の金欠時代に一瞬だけ出てくるだけです。

ポイント(資金)が安定してくれば普通の食文化になります。

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