2-5
関西弁キャラに挑戦したけど、正直なところ後悔してる。
にわかが手を出すものではなかった。
本物の関西人から見ておかしい言い回しがあったら教えてください。
翌日。
朝早くから三人は草原を進み、太陽が天頂に差し掛かる頃には街へ到着した。道中は歩きやすい草原かと油断していたが、小規模な泥沼や水溜りも多く移動には思いのほか時間がかかった。
そうして苦労しながら辿り着き、街の外観を見てニイトは息を飲んだ。
「広いな」
高さ5メートルは軽く超えるであろう城壁が視界を横断している。徐々に湾曲しながら左右に伸びていて、全長が何キロあるのかわからない。
近づいて肌触りを確かめれば、日干しレンガや泥を塗り固めたものだとわかる。水抜き用なのか、足場の杭を打つためなのか、壁肌には等間隔で穴が開いていた。
門の場所には特に門番などもおらず、あっさりと中に入ることができた。せっかく立派な防壁があるにもかかわらず、これでは意味がないように思える。
奥行きのある門を潜り抜けて最初に驚いたのは、左右並んだ家屋が城壁と繋がっていたことだ。どうやら外壁だと思っていたのは一つに繋がった家の後ろ壁だったようである。あるいは城壁に沿って内側に家を建設したのかも知れないが、どちらにせよ街の外周にはぐるりと民家が並んでいることになる。
だとすると、人口はかなりのものになるだろう。
「ほんなら、うちの工房に案内するから、ついて来てや」
街の中心方向へ目を戻すと、露店などが並んだ商店街となっていた。この街並みから推測するに、中心に近いほど公共施設が集まっているのだろう。
マーシャには事前に帽子を被ってもらったので、街中を堂々と歩いても怪しまれることはない。
アンナの店は大通りをずいぶんと奥へ進んだ先の路地裏に構えていた。
「ここや」
外観はやはり土レンガ造りになっている。古そうだが耐久性はそこそこありそうな建築だが、中に入ると採光がいまいちなので薄暗い。アンナが木窓を開けるとようやく部屋の輪郭が浮かび上がってきた。
「へぇ、これが武器なんだな」
室内には様々な武器が所狭しと積み上げられている。店というよりは倉庫と表現したほうが適切か。
しかしニイトは並べられている武器がどうにもイメージと一致しない。漠然と鉄の剣や弓や槍を思い浮かべていたのだが、あるのは鈍器類が多く、一見槍のように見えても穂先には巨大な虫の足らしき物体が取り付けられていたりした。
「変わった武器だな」
「そうか? デザインは一般的やと思うけど」
これが一般的だとすると、ニイトは先入観を捨てざるを得ない。
「そう言えば金に困っているって言ってたけど、売り物はあるみたいだな」
「あー、それな、ほとんどは失敗作やねん。それと売れ残り。売り時を逃していき遅れてもうたヤツとか、流行に乗れんくて取り残されたヤツとか。他には勉強用に他の鍛冶師の作品を中古で集めたりとかな。だから金にはならんのよ」
「へーそうなんだ。まだ使えそうな気もするけどな」
「武器は時間が経つごとに劣化しよるからな、半端な代物に命賭ける人間なんておらんやろ」
「それもそうか」
ゲームやラノベではわからないリアルな事情なのだろうな。
「ほんなら先に素材の買取をさせてもらうで。巨蟲が4匹分やから、銀殻2枚くらいでええかな?」
「ん? 銀殻?」
どうやらお金の単位らしいが、それが高いのか安いのかもわからない。銀だから、たぶん高いと思うが。
「素材商人に卸したらたぶん銀殻1枚と銅殻8枚くらいやから、それよかは高いと思うねんけど」
「ああ、別に構わないよ。てか、お金に困ってるんだろ? 安いほうの値段でいいよ」
「ほんまか? おおきに!」
ニイトは代金を受け取ると、自分の知っている貨幣とはだいぶ違う姿をまじまじと見つめた。形としてはカブトムシの羽を守っている背中の細長い殻のようだった。ただし色は銅色や銀色をしている。そして真ん中に穴が開けられていて、その周囲に円形の紋章のような焼印が刻まれている。
「これが、お金……なのか?」
「やっぱりあんた、この街の人間やないな? 殻貨を見てそないに不思議がる人はおらんもん」
どうやらもう隠し切れそうにない。
「まあ、わけありの商人なんだよ」
「せやった、せやった。ま、でも、うちは嬉しいんよ。まだここ以外にも人が生きてたってことやからな」
その口ぶりだと、ここ以外の人間は全滅したというのが街の共通認識のようだった。
「うちに何かできることがあったら言うてや。命の恩人の頼みやったら、できる限りのことはするよ」
「なら、食料を売っている場所を教えてもらえるか? わけあって大量の食糧が必要なんだ」
「ほいきた。なら飲食街に案内するわ。この街は食料だけは豊富やからな」
アンナはあまり深くは立ち入らずに、上手な距離感でニイトと対話する。これはよい協力者を得たとニイトは思った。そして食料が豊富なこともありがたい。これでドニャーフのみんなが飢えずに住む。
――――そう思っていたのだが、
飲食街に来る途中に道行く人々を観察すると、みんな肌つやが良い。きっと栄養のあるいいものを食べているのだろうと、ニイトは期待を膨らませる。
しかし、連れて来られた屋台の立ち並ぶ光景を見て、ニイトは絶句した。
「らっしゃい、らっしゃい! 今日はでかいのが入ったよ!」
「うちは焼きたてだよー! 熱いうちに食べてくれな!」
「今日もいきの良いのが揃ってるよ!」
威勢のいい掛け声で客を引く店主たち。
確かに活きの良い食材が暴れまわっていた。
おがくずを詰めた木箱の中で。もそもそと、うじゃうじゃと無数の虫の幼虫が蠢いている。
隣の店では串に刺されたバッタが四段重ねで焼かれている。その隣には油で揚げられたサソリがしっぽとはさみを大きく反り上げて並んでいた。フライパンで豪快に炒められる芋虫の山。ムカデの姿焼き。カタツムリのつぼ焼き。
右を見ても左を見ても、虫、虫、虫。
虫にいきの良さなんて求めてねぇえええええええええええ!
そんな中、唯一の光明が。遠くにフライドポテトを作っている店がある。一縷の望みをかけて近づくが、白く細長いポテトだと思っていたものは、虫のサナギだった。
唯一の希望が途絶えたニイトとマーシャは、真っ青になりながらお互いの体を抱きしめあってブルブル震えた。
「お、アンナじゃないか。どうだ、一匹買わないか? 軟殻2枚だぜ」
「おお! 今日はまたえらい大きいのが入ったな。ほんなら一匹もらうわ」
アンナは顔見知りらしき屋台の親父に虫の殻のようなお金を2枚手渡すと、代わりにでかいバッタを一匹、生きたまま手渡された。
そのまま素手で翅をばたつかせて暴れるバッタの頭部を掴み、捻じって引っこ抜く。内臓らしきものも一緒に抜けてバッタは静かになり、それから足を取り除いて一気に口の中に入れた。
「うん。やっぱ、おっちゃんとこのバッタは一味違うな!」
うわぁあああああ! バッタを生で食いおったぁあああああああ!
ニイトとマーシャは抱き合ったまま膝をついてへたり込む。
「に、ニイトさま……。虫って、食べるものだったのですか?」
「そんなわけないよ。これは何かの間違いなんだよ。ドッキリテレビなんだよ」
ショッキングな光景に肩を震わせる二人に、アンナが呆れ声を出す。
「何してんの、二人とも?」
「だ、だだ、だって、お前、む、虫を、食べて……」
「はぁ? あんさんが案内せえって言うたやろ。だって――」
アンナはさも当然と言わんばかりに真顔になって、
「――食料って言うたら、虫のことやろ? 他に何を食べるん?」
瞬間、ニイトは白目をむいて卒倒する。
「ニイトさま! ニイトさま! しっかりしてください!」
薄れゆく意識の中で、ニイトはこの世界が虫食文化だとようやく理解したのだった。
今更ですが、この章は人によっては厳しい描写もあるかもしれませんので、閲覧には注意してください。




