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雲ひとつない青空に浮かぶ太陽が煌々と輝き、緑一色に生え揃った草原に熱線を降り注ぐ。陽光を受けた膝高の草花は、緩やかな風にあおられて銀灰色のうねりをあげて戯れる。
見渡す限り、なだらかな平原。
緩やかな丘と、まばらに生えた背の高い木を除いて目立つものがなく、地平線を境にして空の青と大地の緑が美しいコントラストを描いていた。
「綺麗……、生きた草花がこんなにもたくさん……」
目に染みるような青葉の絨毯に、マーシャは時間を忘れて見蕩れていた。
瘴気と灰に染まった滅びの世界から来た彼女にとっては、ここはまさしく天国のように感じられたことだろう。
「異世界には、このように美しい場所があったのですね」
ありふれた雑草が陽光を反射する小さな鏡となってひるがえる様子ですら、彼女にとっては本物の鏡、いや宝石をも圧倒する価値に映るのかもしれない。
「そうだな」
今度こそまともな異世界に降り立った、とニイトは胸のつかえが下りた心地に浸る。
「この景色をみんなにも見せてあげたいです」
残念だが今のところその願いは叶えられそうにない。
ゲートをくぐって異世界へ転移するためには【嫁認定】をする必要があり、現在はキューブの負担を軽減するために極力嫁システムは使えない。マーシャ一人で限界なのだ。
「いつか、みんなで来れるといいな」
「はいっ」
ニイトは曖昧な返事をしつつあたりを見回すと、草むらでガサッと何かがが動く音がした。
振り向くと、次の瞬間には黒い影が飛び掛ってきた。
ニイトはすぐさま反応。腰に提げた短剣を抜き放ち、その影を突き刺した。
「ギシャァアアアア!」
突き刺したモノは巨大な蜘蛛だった。人の頭部ほどもあり、長い足をわしゃわしゃと動かすと短剣の握り部まで到達する。
「うわぁ!」
気色悪かったので、短剣を大きく振って振り落とす。地面に落ちてもしばらく暴れていたが、やがて長い足を縮めるように丸まって死んだ。
「ニイトさま。それは?」
「クモ……かな?」
記憶にある限り、こんな大きな蜘蛛は見たことないので疑問形にならざるを得ない。
とりあえず情報を得る為にあーくんに食わせてみる。
――オオトビグモ 1匹 売却額……1750ポイント。
微妙な値段。コイツを4~5匹狩れば一食ぶんくらいのポイントにはなるが、あまり積極的にお目にかかりたいとは思わない。
さらに詳しく調べてみると、
――オオトビグモ 強靭な脚力で獲物に跳びかかる肉食の蜘蛛。普段は小型の虫などを襲うが、ときに集団で人を襲うこともある。
説明欄を見た瞬間、ニイトはすぐさまあーくんに指示を出す。
「あたりの草を刈れ!」
すぐさまあーくんはニイトの周囲を渦巻き状にぐるぐると回り始める。草刈り機と掃除機を合わせたような機能で、足元の草がどんどん消えてなくなる。
「マーシャ、俺のそばを離れるな」
「はい」
「それと魔法を撃つ準備をして」
半径2メートル、3メートルと草原の中に地面の露出した領域が現れる。ひょっとしたらミステリーサークルはこうして作られたのかもしれないなどと一瞬バカなことを考えそうになったが、途端にあーくんが砕けたことで緊張が戻る。
「マーシャ、そこを撃って!」
「はい!」
マーシャは左手の人差し指を草むらに向けて、覚えたての魔法を発射。
指先から白い光の矢が打ち出されて、草陰の中に消える。
「ギシャッ!」と、何かが潰れるような悲鳴が聞こえて、続いてかさかさと激しく草をかきむしるような音が聞こえる。
あーくんは生きたままの生物をポイント化できないから、草刈りを兼ねて索敵をしてもらったのだ。そして発見しだいマーシャの魔法で狩る。即席で思いついたにしてはいい作戦だと思う。
再び復活したあーくんで整地を続行する。そしてあーくんが砕けた場所に魔法の矢が刺さる。しかし命中率の問題なのか、いまいち手ごたえがない。
ひょっとしたら小さい虫なんかを吸い込んであーくんが壊れているのではと考えたニイトは、無害な虫は素通りできないかと願う。
――設定を変更しますか?
(無害な虫は吸い込んでもそのまま排出するように)
すると設定が変更されたようで、あーくんが弾ける回数はいっきに減った。
やはり小さな虫を吸い込んで誤爆していたようだ。
そうして半径10メートルくらいの範囲を狩り終えた。剥き出しになった地面の上を、たくさんの虫が歩いている。
「これだけの距離があれば、敵が近づいてきてもすぐにわかるだろう」
マーシャと背中合わせになってお互いの背後を警戒。ひとまず安全は確保できた。
――雑草 1kg 売却額……48ポイント。
――雑草 1kg 売却額……51ポイント。
――土 1リットル 売却額……67ポイント。
――雑草 1kg 売却額……46ポイント。
――牧草 1kg 売却額……548ポイント。
――雑草 1kg 売却額……55ポイント。
――土 1リットル 売却額……72ポイント。
――雑草 1kg 売却額……50ポイント。
――雑草 1kg 売却額……53ポイント。
――雑草 1kg 売却額……48ポイント。
――小石 1kg 売却額……67ポイント。
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すごい量のログが流れて把握しきれない。
(売値が高いものから順に表示して)
――月光草 1本 売却額……1万5000ポイント。
――薬草 20本 売却額……2065ポイント
――毒ガエルの死骸 1体 売却額……638ポイント
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呼び戻したあーくんを確認すれば、あのでかい蜘蛛の仲間はいなかったようだ。どうやらはぐれた一匹と運悪く遭遇してしまったらしい。あるいはあーくんの草刈り音で逃げたのかもしれないが、確かめようがない。
しかし蜘蛛以外に毒ガエルもいたらしく、のどかで平和に見えた世界は意外と危険な世界なのかもしれないと判明した。
「ニイトさま。これからどうしたら良いのでしょう?」
「まずは身の安全の確保。それから食料の探索だ。食料が多い世界のはずだから、木の実や野生の穀物なんかがあるはずだ。それと一番大事なのは人の住む街を探すこと。そこに行けばこの世界の情報が入るはずだ」
立ち止まっていても始まらないので、ニイトは進むことにした。
進行方向にあーくんを走らせて道を作りながら進む。道作り、ポイント集め、索敵も兼ねているので効率的だ。
「疲れてないか?」
「大丈夫です。ここ数週間ほどずっと体力トレーニングをしてましたから」
冬眠生活をしていたマーシャにいきなり長距離の旅はつらいかと思われたが、どうやらずっとこの日に備えて体力をつけていたようだ。
そういえばニイトは部屋の隅でやたらと走ったり跳んだりしているマーシャを何度か確認していたことを思い出す。
「ニイトさま! 右から来ます!」
マーシャの声に反応し、飛び掛ってきたカエルを両断した。
「ありがとう、よく気付いたな」
「耳は良い方なんです」
マーシャは誇らしげに猫耳を揺らした。確かによく聞こえそうな大きくて可愛い三角耳だった。
「さすがだな。警戒はマーシャに頼む」
そんな調子でしばらく進むと、マーシャが猫耳をピンと張った。
「何か来ます!」
ニイトにはまだ聞こえなかったが、あたりを警戒しながら数分ほど待つと、遠くから異音が聞こえた。
――ブオォォンという、ヘリコプターのような低い振動音が、徐々に大きくなりながら近づいてくる。
二人は警戒して背の高い草に身を隠すようにしゃがむ。
いったい何が来るんだ? 右も左もわからない異世界。敵か味方かもわからない。
「あ! あそこです!」
マーシャが指差した方角を見ると、空に黒い影が浮いていた。
「何だあれ!?」
その異様な姿を見て、ニイトは目を瞠った。




